アスと重要な話をしていたら突如薫が現れたのだけど、私としては薫の方こそこんなところで何をやっているのか謎だった。
「薫こそ、何してるの?」
今までのタイムリープでは、ここに薫が現れることはなかったので、私は訝しんだ。
「いや何って、これから莉音の家行くんだろ。打ち上げ的なパーティするってさっき話していたじゃん。家行く前に菓子買いにスーパー行くところだけど」
「あッ」
そこまで言われて私はようやく思い至った。一周目の卒業式後、薫と莉音と下校しているときに卒業パーティをする流れになったのだ。そして一周目を再現している今現在の五周目も、当然同じ流れになっているはず。私は小桜さんの死とタイムリープの不可解さという理不尽を呪っていて、その間の会話は適当に合わせていただけだからすっかり印象に残らなかったらしい。
それに本来なら、私はもうこの時間にはタイムリープしている。いうなれば今この時間は、私が今まで体験してこなかった未知の時間である。そうか、アスのタイムリープを先延ばし、もしくはタイムリープしなければ、この場所このタイミングで薫に遭遇することになっていたのか。
時間は数式と言ったアスの感覚で言い表すとしたら、卒業式後そのまま帰ることにもったいなさを感じた私が始めの数値となり、会話の中で様々な数値が組み込まれて途中式ができ、その式の答えが今の薫の遭遇ということだろう。この薫の遭遇も、莉音の家で卒業パーティをするという解に至る数式に代入されるというわけだ。
「で、そちらさんは誰?」
私が一人で納得していると、薫はベンチに座るアスに視線をやり、私に尋ねてきた。
だがしかし、アスのことをなんて説明すればいいのかまるでわからない。全体的に真っ白な容姿のアスだからなんとなく神秘的に見えるかもしれないけど、でもいきなり「未来人です」と説明しても受け入れてくれないでしょう。私の頭を疑われかねない。
「あ……えっと……」
私はこの状況で最も適切な返答を模索している。しかしそういうときに限って、事態は進んでしまう。
「ワタシはアスと言います。未来から来ました。アナタにとって、未来人ということになります」
アス自ら未来人と名乗り出てしまった。あ、いや、違う意味でどうしよう。アス自身は自分の存在の説明をしたわけだけど、でも私たち現代人からしたら何の説明にもなってない。いきなり未来人と名乗る人は間違いなく頭が残念な人って印象になるはず。
私がそんな心配をしていると、そのアスの言葉を受け取った薫は、
「え? ホントに!?」
意外なほど食いついてきた。
「なになにどのくらいの未来から来たんだ?」
そして薫はそのままアスの隣に座ってしまう。私が引いてしまうほどに、薫はアスに興味津々の様子。どうすることもできず、とりあえず私も薫の隣に座った。
「ねえ。この人の言っていることを信じるの?」
私は小声で薫に問い詰めた。いくら何でも不自然過ぎる順応さだ。
「いやだって、めっちゃ面白そうじゃん」
薫も小声で答えてくれたが、しかし今の薫は完全に揉め事を楽しむダークサイドモードだった。
「杏も相変わらず変なことに巻き込まれるな」
薫は嬉々として言ってくるけど、しかし私としてはそれを否定したい。私だって望んでトラブルに巻き込まれているわけではない。
と思ったところで、私は妙案をひらめいた。
今私が抱えているトラブルに、薫も巻き込んでみてはどうだろう。
別に薫が楽しむネタを提供するわけではない。そういう意味ではなく、小桜さんの死に関する時間的トラブルを解決するのに、薫の助けを得られないだろうかということ。私一人では解決の糸口が見出せなかったけど、しかし薫という別視点で事態を捉えれば、何か解決に一歩近づけるのでないかと思い至った。
多分今の薫は冗談的に未来人アスを受け入れているはず。これを本格的に捉えさせるにはどうすればいいか。答えは簡単だ。
「ねえアス。せっかくだから薫にもタイムリープさせてみようよ」
タイムリープを体感すれば、誰であろうと認めざるを得ない状況になる。シンプルでありつつ効果的な方法。
「わかりました。ではどの時間にタイムリープしたいですか?」
「え! 本当にタイムリープできるのか!?」
そして私の提案にアスは前向きに捉えてくれ、薫も嬉しそうにはしゃいでいる。うむ、計画通り。
問題はどの時間に行くかだ。ただ未来に行くのは端から除外した。アスの出現が確定しているのは、卒業式後のこの時間。下手に未来に行き、その後アスと遭遇できなければすべてが詰んでしまう。それだけは避けなければならないので、タイムリープは過去に行くしかない。しかし過去に行くにしても、下手に時間を遡ってしまうとタイムパラドックスを引き起こしかねないので、パラドックスの発生を最小にする配慮が必要だ。
と、そこまで考えて、私は思いついた。
「なあアス。私たちの卒業式が終わった頃に戻してほしいけど、その際に私と薫の二人同時のタイムリープって可能かな?」
アスとの遭遇は卒業式が終わって下校した頃。正確な時間はそのとき時計を見ていなかったからわからないものの、でも式が終わった直後なら精々数分か数十分くらいだろう。その程度のタイムリープなら、その場で人殺しレベルの惨事を起こさない限りパラドックスは発生しないし、他の並行時間を観測したとしてもこの時間帯は大したことは起きていないから問題はないだろうと踏んだ。それに万が一の保険として私も同行すれば完璧。
「それは何時頃ですか?」
「わからないけど、一時間は経っていないのは確か」
「なら大丈夫です。他者のタイムリープは多くのリソースが必要ですが、処理情報を少なくすればそれだけ余裕ができます。それに過去への転送は過去の意識に上書きするので、戻りたい時間から今現在の時間までの限られた意識だけを情報化すれば事足ります」
「重複するデータはいらないってこと?」
私の解釈にアスは「その通りです」と短く答えた。過去への短時間のタイムリープなら複数人できるみたい。
「そうか。じゃあやって」
アスは「わかりました」と返事したのちベンチから立ち上がり、私と薫の前に立つ。薫はこれから何が始まるのか興味津々の様子。アスが「目を閉じてください」と指示してきたのでそれに従うと、直後こめかみと片目に圧力が加えられた。どうやら頭を鷲掴みにして、親指で瞼を押さえつけているみたい。相変わらず眼球を押し潰す勢いで押さえつけられており、隣の薫は不愉快そうに呻いていた。
「ではいきます」
そうアスが言った瞬間、すべての圧力は消失した。アスが私たちの意識を情報化してタイムリープを行ったのだ。
それを意識した瞬間に私は目を開けた。そして周囲を確かめる。ここは、学校の昇降口。卒業式が終わり、別れを惜しんで泣く人や高校生活に期待して笑い合う人など、それぞれが卒業の雰囲気にのまれて式後の時間を過ごしている。
「アンちゃん、帰るってば! ……って、なんで薫君まで立ち止まってるのさ」
莉音は私の脇を通り過ぎるものの、歩き出さない私と、そして薫を訝しんだのか、振り返って催促してきた。
「おい杏。あの自称未来人って、まさか本物だったのか?」
薫は突然の現象を受け入れきれていないのか、隣に立つ私の肩を掴んで問いただしてきた。
「うん。アスは本物の未来人みたい。私はもうすでに何回も同じ時間をループしている」
「正気かよ……」
薫の整った顔が見る見る蒼白となっていき、心底動揺していることがよくわかった。
「アスの時代はタイムパラドックスで滅茶苦茶になっているらしい。それで重大なパラドックスは犯罪として逮捕されるみたい。とりあえずこのあとアスと合流するまで、これまでの流れを再現して些細なパラドックスの発生を抑えよう」
私は薫にだけ聞こえる大きさでささやく。薫は「あ、ああ」とぎこちなく返事をした。そして私は莉音に聞こえるように、
「ねえ、二人は卒業式なのにやることないの?」
と一周目と全く同じ台詞を言う。
「な、ないな。どうせ同性にちやほやされるだけだし。気を遣う必要のない杏たちといる方が楽でいい」
「アンちゃんがやることないなら、わたしもないよ。わたしはいつだってアンちゃん優先だから」
薫は引きつった表情で発言を再現する。莉音はタイムリープしていないのでスムーズに答えてくれたけど、でも少々薫の態度を不思議がっていた。まあこの程度の差異なら未来に影響することはないでしょう。というか表情一つで引き起こされるパラドックスとか想像できない。
その後適当に歩き出し、校門を抜け、通学路を歩きながら一周目の会話を再現することに。薫は初めてタイムリープしたことで動揺してぎこちなかったけど、話を進めるうちに慣れてきたようで、余裕のある話し方になっていった。私と薫で会話をコントロールし、卒業パーティの話をまとめたところで例の横断歩道に辿り着き、私は二人と別れた。薫のことだから、いったん別れた後またここに来るでしょう。
私は薫が来る間、例の如く信号無視をしようとしたアスを助ける。
「多分もう六回目。ちょっとそこのベンチにでも座って、もう一人がここに来るまで別の時間の記憶でも漁っていてよ」
助けた直後、私はアスにそう言い放った。アスはその言葉で察したらしく、「なるほど、そういうことですか。ではお言葉に甘えて」と返事をし、尻餅をついた状態から立ち上がり横断歩道近くの小さな広場のベンチに腰掛けた。私も薫が座るスペースを確保してからベンチに座る。
そして数分ののち、薫が現れた。一見平静を装ってゆっくり歩いているけど、でも雰囲気としては興奮状態であり、はやる気持ちを抑えきれない様子だった。
「なあ杏――」
「ちょっと待って。アス、別の時間の記憶はもう漁り終わった?」
薫は私たちの前に現れるやいなや問いただそうとしてきたけど、しかし私は一度それを遮り、アスに状況の確認をした。
「ハイ。別の時間で何が起こっていたのか、すべて思い出しましたよ。大変なことになっていますね」
アスはさもひとごとのように話す。ループによって量子化されたアスの記憶だけど、その記憶はただ重なっているだけなので、別の時間で発生した出来事もその時間にならないと読みとることはできないらしい。いくらすべてを情報化できる全身コンピューターの未来人でも、未来の記憶を思い出すことは不可能。量子化されていようが所詮記憶は記憶。
「で、薫。何か言いたいことある?」
「……いや。いろいろと言いたいことがあったけど、もうどうでもいいや。とりあえず現状を受け入れるよ」
一度遮られ出鼻をくじかれたせいか、興奮していた薫は少々落ち着きを取り戻していた。
「ただどういうことになっているのか、あたしにも教えてくれ」
薫はそう言って私とアスの間に座った。事前に薫が座るスペースを確保していたので、私が追いやられることはなかった。
私が小桜さんに関する一連のループの話をし、アスは私にしたように時間にまつわる話をした。
「なんかややこしいことになっているな」
すべての説明を聞き終わった薫は背を丸め、深く息を吐いた。その吐息が三月の寒さで白くなり、それがまるで休憩がてらに煙草で一服するサラリーマンのようだった。まあいきなりタイムリープなんかさせられたあとにこんな話を聞かされたのだから、脳がパンクしても仕方がない。
「なあ薫。私はどうしたらいい」
「自分で考えろ」
「冷たいこと言わないでよ。本当にどうすれば小桜さんを助けることができるのかわからないの。知恵を貸して」
「この状況で知恵を借りなきゃならないなら、お前は正真正銘のバカだ」
薫は鋭い眼差しで私を睨みつけた。失言した相手を本気で軽蔑するかのような目だ。
「小桜さんを助けるだと? そんなの簡単だろ。お前が小桜さんを諦めて、告白なんかしなければすべて丸く収まるんだよ」
わかりきったことを言わせるな、と薫はあとから小声で付け足した。
そんなことは私だってわかっている。私の告白が最初の数値となり、その後何かしらの途中式があって、小桜さんが死亡するという解に行きつく。なら最初の数字さえなければ式は破綻するので、小桜さんが死亡する答えには至らない。そんなことわかっているよ。というか実際に諦めて実践した。
でもやっぱり、そんな簡単に割り切れるわけない。
私は小桜さんが好き。ずっと、小桜新菜という子が好きだった。中学生にしては小柄だけど独特の穏やかさと包容力があり、それが魅力的な女の子。柔らかそうな髪も天使のような笑顔も好き。同性だけど恋するなという方が無理なくらい。
この恋をなかったことにするのは容易い。だけど、この恋があってはならないものであることは、決して認めるわけにはいかない。恋する自由を時間や運命といったわけのわからない要素で否定されるのは我慢できない。
「わかっているよ、そんなこと」
私は薫を睨み返す。
「わかったうえで言っているの。私は、やっぱり、小桜さんに告白したうえで、小桜さんを助けたい」
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