「もう卒業だから言うけど、実はずっと小桜さんのことが好きでした。多分恋愛感情として。卒業して離れ離れになるけど、もしよろしければ高校生になってもよろしくお願いします」
七周目のループで、なおかつ三回目の告白ということもあり、告白の言葉はかなりスムーズに口から出ていった。まるで脚本に書かれている台詞を稽古によって馴染ませたかのような滑らかさである。
生まれて初めての告白は当然緊張するし、自分が何を言っているのかがわからなくなってしまう。でもそれが恋を楽しむ要素になっていることを、私は三回目の告白で学んだ。なんというか、三回目となるとさすがに慣れてしまい、新鮮さがなく緊張感を持てなかった。どうやら告白は最初の一回が重要で、何回も繰り返してするものではないみたい。愛の告白は鮮度が大事らしい。
私の告白に、小桜さんは心底驚いた様子だった。目を見開き、両手で口を覆って固まっていた。
「えっと、あの――」
小桜さんはそのままの状態で反応するも、しかし一向に続く言葉が出てこない。そしてお互い身動きしないまま時間だけが過ぎていく。保健室の時計が刻む秒針の音がやけにうるさく聞こえる。
とまあ、これまでと全く同じシチュエーションで告白したので、小桜さんの反応はこれまでと全く同じだった。なのでこのあたりのことは割愛させていただく。重要なのは私が小桜さんに告白したという事実を作ること。これによって、私が抗うべき時間の数式が始まる。
「――だから別に稲垣さんのことが駄目とかじゃなく、その、時間が欲しいだけなの。稲垣さんの気持ちにしっかり向き合えるだけの時間が、ね」
「そうね」
私は当たり障りのない返事をする。三回目の保留なので動じることはなかった。
「あ! でも、卒業式は明日だから、明日までにはちゃんと返事するから。一日かけてお家で頑張って考えてくるから!」
明日が卒業式で、それが過ぎればもう会えないことに思い至ったのか、小桜さんは慌ててフォローした。明日、ね。小桜さんが無事明日を迎えられるよう善処するしかない。
というわけで宙ぶらりんな状態となった告白のせいで、私たちの間に妙な沈黙が支配した。そしてその空気に耐え切れなくなったのか、
「あ……えっと、じゃあ、明日。返事、必ずするから」
いきなり立ち上がった小桜さんは私を見下ろしながらそう言い残し、私の反応を待つことなく逃げるように保健室から出ていった。私は無言で見送る。
その後教室へ戻るとホームルームがちょうど終わったところで、小桜さんは安西グループの面々とともに教室を出ていこうとする。そして安西グループはドア付近で私を迎えに来た莉音とすれ違い、集団最後尾にいた三上が莉音と小さな挨拶を交わす。
「……帰るぞ、杏」
三周目の薫にも催促され、莉音と合流して下校。話の内容から歩き方までこれまでの再現をする。家近くの横断歩道前まで来たところで二人と別れた。
直後、私のスマホに着信が入った。スマホを取り出して表示を確認すると、薫からメッセージが来ていた。
『首尾はどうだ?』
私が保健室で小桜さんに告白している間、薫は何かの行動を起こすわけにもいかず、また状況を確認する術もないので、事情を知っている薫としては歯がゆい思いをしたことだろう。こうして別れた途端に状況確認してきているのが何よりの証左である。
『今のところ問題ない。無事告白できた』
私がそう返事すると、すぐさま労いの返事が来た。
そんなこともありつつ、私は帰宅後しばらく自室で待機することに。その間これからの行動のため休息をとる。そして日が暮れる少し前に薫が家に来て、私の部屋を勢いよく開け放った。
「杏、行くぞ」
比較的おしゃれな冬の装いの薫に促され、普通な恰好の私は家を出発した。そのまま二人で目的地に向かう。
「ここでいいの?」
辿り着いた場所は、小桜さんが転落するはずの橋の下、巨大な池の周りに整備された公園内の東屋だった。
「ああ。ここでいい」
薫は東屋のベンチに腰掛け、そして双眼鏡で橋の方を眺めていた。
「でもここからだと微妙に遠くない?」
「考えてみろよ。小桜さんがあそこから転落して亡くなるらしいけど、その直前であたしらのことを見つけた小桜さんがなにか行動を変えるかもしれん。それで死ぬのを阻止できればいいが、事態が悪化したら元も子もない。ならギリギリまで見つからない場所で見守って、動きがあったら助けに行けばいい。幸いここからなら走ってすぐだ。途中で大声でもかけて近づけばなんとかなるだろ」
薫はそう算段をつけていた。まあ、元バスケ部のエース様なら間に合うのでしょうね。鍛えられた体力と足の長さによる歩幅が私とは違う。
日が落ち薄闇に包まれた橋は、いくつもの街灯と行き交う自動車のライトで無駄に明るい。この橋は縦長の巨大な池と、それを囲う公園をまたぐように作られているため、必然的に転落した場所は橋の中央部分だと思われる。私は明るい橋のちょうど真ん中あたりを注目するものの、私の視力では行き交う人々の姿がぼんやりと見えるだけだった。薫みたいに双眼鏡でも持ってくればよかった。
公園内の景観を楽しむためなのか、私たちがいるこの場所には壁などなく、ただ柱と屋根があるだけ。そのため風通しが非常によく、時折吹きすさぶ風が私たちに襲い掛かってきて、その度に私は身を縮こまらせていた。
以前のタイムリープでは二十時頃にはもう転落していて、野次馬の中心で警察が処理をしていた。そこから考えると精々一時間前か早くても二時間前くらいに落ちたのではないかと予想された。
時折トイレや温かいものを求めて近くのコンビニに向かっていた。それにより東屋の真ん中にある木製のテーブルにはコンビニ袋が散乱していた。そんな東屋を占拠している私たちのことを、たまに通りかかる人が怪訝な表情で見ていく。きっと「近頃の若者は……」と思われているかもしれないけど、こっちからしたら夜の公園を歩いているそっちの方が不審者だった。犬とか連れていれば散歩だとわかるけど、一人でいるおっさんとか何しているのだろう。
「おい杏。小桜さんが来たぞ」
私が公園内にいるおっさんを警戒していたまさにそのとき、双眼鏡を覗き込んでいた薫がやや興奮気味で状況を知らせてきた。
「来たの!?」
私は薫以上に興奮しながら薫の隣に座り橋を見上げた。橋まで距離があるので肉眼ではよく見えないけど、でも女の子と思われる姿が橋の灯りに照らされていた。
「あれは……何しているの?」
小桜さんと思われる人物は橋の歩道を進み、そしてちょうど中心部分で立ち止まった。欄干に寄りかかっているのか、こちらからでは後ろ姿しか見えない。
「誰かを……待っているみたいだな」
双眼鏡で橋の上の様子を見ている薫はそう推測した。小桜さんが橋の上で立ち止まって数分が経過したけど、一向に動き出そうとはしない。客観的に見れば、橋で待ち合わせをしている風にしか見えない。
「誰って……誰?」
問題は待ち合わせしている相手は誰なのかということ。その人物は、どう考えても小桜さんの転落に関与しているはずだ。
「あたしらが推測したことが本当に起こっているのなら、安西から情報を得られた誰かだろうな」
私たちの推測では、私に告白された小桜さんはその後安西に相談し、その安西はあろうことかその相談を暴露してしまったと思われる。そのためその先の展開は安西の暴露を知ることができた人物になる。それは誰だ?
「しかし動きがないな」
薫は双眼鏡で橋の上の人物を監視し続けるものの、待ち人が来ることも何か行動をすることもない。体感ですでに十数分くらいは経過していると思われるけど、事態が進展することはなかった。
私は一度視線を橋から外し、スマホで正確な時刻を確認しようとした。もし今回が失敗に終わりまたタイムリープする羽目になったときのことを考えると、正確な時間を把握していた方が無駄はなくなるはずだ。しかし上着のポケットに手を突っ込んだ瞬間、
「誰か来たぞ!」
薫は双眼鏡を眺めながら興奮気味に前のめりになった。その薫の声を聞いた私は反射的に橋の方を向いた。
この距離ではぼんやりとしか見えないけど、確かに橋の中心部分で佇立している人物のもとに誰かが近づいている。なんとなくの雰囲気から、近づいてくる人物は女性だと思われる。
「私にも見せてくれ」
「悪い。一瞬たりとも目が離せない。あとでちゃんと教えるから勘弁してくれ」
私も双眼鏡で詳しい状況を見たかったのだけど、確かに薫の言う通り双眼鏡を手渡しているわずかな間に事態が進展する可能性もあった。考えられるとしたら、再び双眼鏡を覗き込んだ際に見失うとかね。目が離せない状況であるのは私も理解しているので下手に駄々をこねることはしなかったけど、でも歯がゆい気持ちになるのも確かだった。
「今合流した。そのまま何か話している」
橋の上の状況を薫は実況する。私はその情報を意識しながら肉眼で見えるぼんやりとした様子を補完していく。橋の上では二人の女性が向かい合って何かしている。
「相手はわかるか?」
重要なのは、小桜さんが待っている相手である。
「相手は……、え? はあ!?」
私の質問に答えるため薫は今来たばかりの人物の特定をしようとする。けど、突如薫が驚愕した様子で声を荒げた。
「あのバカ! 何してんだよ」
私の視力では橋の上の人物を特定することができないため、薫が一体何を見たのかがわからなかった。しかしその薫は切羽詰まった様子であり、即座に双眼鏡を捨てたのち、
「杏行くぞ!」
と言い放って走り出してしまった。
事態の急変に私は反応が遅れてしまった。双眼鏡を拾って薫が何を見たのか確かめようかと思ったけど、薫を追いかけて橋の上に行けば判明することだったので、私も橋に向かって駆け出した。
公園内を走り、橋へ向かう階段を一段飛ばしで登っていく。巨大な池と周囲の公園を跨ぐ橋だから、橋自体が相当な高さがある。途中体力の問題でペースは落ちてしまったけど、でも必死で駆け上ったので割と早くこの長い階段を登りきることができた。
階段を登り終えたところで荒くなった呼吸を少しだけ整え、私は橋を渡る。前方を見やると、橋の中心部分で一人の女性がもう一人の女性に掴みかかっており、欄干に体重がかかっていた。このままでは欄干を乗り越えて転落してしまう。
しかし私の遥か前方には先行した薫がいた。薫は走る勢いを止めることなく掴みかかっている女性に突進。体当たりされた女性は勢いで相手の女性から手を放し、地面に倒れ込む。そして薫はそのまま倒れた女性に跨り、手を拘束して身動きが取れないようにする。
遅れて現場に来た私は、状況を確認するために一同を見やる。案の定橋の上にいたのは小桜さんであり、彼女は欄干を背にして突然の出来事に怯えていた。
次いで私は、薫が取り押さえている人物を見る。顔は地面に伏せられているので直接は見えないけど、しかしその雰囲気は私がよく知る人物だった。
「ねえ、何しているの?」
私は軽蔑するかのように冷たく言い放った。その人物の正体が意外で驚きはしたものの、私としては怒りの感情の方が勝っていた。
その人物は私の声に反応せざるを得ない。だってその人物にとって、私はかけがえのない存在なのだから。
「アン、ちゃん……」
薫が取り押さえている人物、私の幼稚園からの幼馴染の新田莉音は、私の声に反応して顔を上げた。
橋の上で小桜さんに掴みかかっていたのは莉音だった。そして状況から判断するに、別の時間で小桜さんをこの橋から突き落としたのは、紛れもない莉音だった。
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