=少女

杉浦 遊季
杉浦 遊季

ファイル9「莉音」

公開日時: 2020年9月8日(火) 17:07
文字数:3,850

 結局私は、無駄にタイムリープしてしまった。もうこれ以上何をしても意味ないのである。だから私は前回を同じように一周目をなぞることにした。


 卒業式前日を私は何事もなく過ごし、夜にご飯を食べてお風呂に入って、普段通りにベッドに入った。そして寝ているときに夢を見た。


 それは幼稚園の夢。


 夢の中で私は、幼稚園児の莉音にプロポーズをしていた。なぜそんなことをしたのかはわからない。多分子供として結婚は好きな人同士がするものという認識はあったものの、性別についての制約等々を全く理解していなかったからだと思う。単純に幼稚園の頃は同級生の親友である莉音のことが友人として好きで、好きだからプロポーズしたのではなかろうか。どんな言葉でプロポーズしたのかは曖昧だったけど、でも確かにプロポーズしたことだけはわかった。私も幼稚園児だったので、おそらくそこまで難しい言葉は使わず、ストレートな言い回しだったと思う。


『ホントに!?』


 幼い莉音は破顔し、大袈裟に喜んでいた。


『わたしもアンちゃんのお嫁さんになる!』


 そして同じく、莉音も結婚について深く理解していなかった。莉音も親友として私のことが好きだったに過ぎないはず。


 その日から私たちは、それまでよりも一緒に遊ぶようになった。ときには幼稚園の教室で、ときには自宅の中で、ときには公園の片隅で遊んでいた。


『アンちゃんはわたしのどこが好きなの?』


『んー、アイドルみたいなところ?』


 私は子供ながら、莉音はお人形のように可憐でおしゃれだと思っていたので、そのたとえとしてアイドルという存在を口にしていた。


『アイドル好きなの?』


『カワイイ! キラキラしてて踊りもうまいの』


 そうして私はその場で、記憶の中にあるアイドルのダンスを真似してターンをしてみる。幼稚園児らしいたどたどしいターンである。


『こんな感じ?』


 莉音も見様見真似で回る。私よりも運動が得意だった莉音は、私よりもはるかに綺麗なターンを決めた。


『すごーい! ねえねえ、家でアイドルの動画見ようよ。それでアイドルごっごしよう』


 そういってその日は莉音を家に連れていき、画面を見ながら部屋の中で舞っていた。その遊びがやけに面白く感じられた。思うに、もしかしたら莉音がアイドルに傾倒するきっかけはこれだったのかもしれない。


『おいアイツらいつもベタベタしてるぜ』


 あるとき教室で男の子にからかわれた。何がそんなに気に入らないのかはわからないけど、でもそれに反論する私の反応が面白かったのか、からかいはエスカレートしていき、次第に小物を投げつけられるようになった。そしてしまいには周りの園児までも面白がって参加し、私は一方的に集中砲火を浴びることとなった。投げ込まれる小物が身体に当たって痛みを発し、幼稚園児の私は泣き出しそうになっていた。


『やめなさい!』


 そのとき、私の前に立ちはだかる存在が現れた。莉音だ。


『わたしのアンちゃんに何するの!?』


『うわー、相方が来たぞ!』


 莉音がいじめられている私を庇ったことで、小物を投げつけていた園児たちは盛り上がってしまった。莉音の登場は、明らかに火に油を注ぐ行為だった。


『調子に乗るなーッ!』


 それに激昂した莉音は、最初に私をからかった園児に突進していき、そのままその子を押し倒してしまった。押し倒された子は不意打ちだったせいで何も抵抗することができず、馬乗りになった莉音から殴られ続けた。幼稚園児の男女の差は然程なく、しかも莉音は周りに比べて運動能力が高かったから、喧嘩において莉音は一方的に攻撃をしていた。


『アンちゃんはわたしが守るからね』


 ボロボロになりながらも喧嘩した帰り道。莉音は日差しを背にそう言ってきた。


『無理だよ。莉音ちゃんは女の子だよ。男子にかなわないよ』


『そんなことない! 男の子なんてキンタマ蹴って痛がってる隙に顔殴れば倒せるし! それに喧嘩の仕方とかマンガとかアニメで勉強できるし』


 事実莉音はその後、そのような戦法でからかってきた多くの男子を屠っていった。


 一方私としては、莉音に危険なことはしてほしくないと思っていた。


『好きだよ。ずっと一緒にいるからね。どんな邪魔が入っても、わたしとアンちゃんの仲を引き裂くことなんてできないんだからね』


 転瞬、夢の中の時間が加速する。


『アンちゃん』『アンちゃん』『アンちゃん』『アンちゃん』『アンちゃん』……。


 走馬灯のようにいくつもの場面が脳裏に現れ、それぞれ異なる年齢の莉音が私を呼びつける。


『アンちゃん』『アンちゃん』『アンちゃん』『アンちゃん』『アンちゃん』……。


 それは次第に見覚えのないシーンへと変わる。それとともに莉音自身もまるで悪魔が本性を現したかのように狂気に満ちた姿へと変貌していく。


『アンちゃん』『アンちゃん』『アンちゃん』『アンちゃん』『アンちゃん』……。


 私は莉音だった存在に飲み込まれようとしている。そしてついに……。


「はッ」


 気がつくと、私の視界は自室の天井を映していた。途中でうなされていたようで、私は寝ながらにして大量の汗をかいていた。


「でも……そうか……」


 睡眠中の夢は記憶の整理というのをどこかで聞いたことがある。過去の記憶映像がランダムでつなぎ合わされ適当なストーリーを作り出してしまうのだと。今しがた見た夢も、私の記憶からでたらめに繋いだものでしかなく、そのような過去が実際にあったかどうかは定かではない。ないけど、それでも私は、莉音が私にこだわる理由の一端に触れたような気がした。それは莉音本人が思っている理由と同じなのかは謎だけど。


 うなされていたこともあり、いつもより早い時間に目が覚めてしまった。ループによって初めて知った事実によれば、朝のこの時間、莉音は部屋で私の制服の匂いを嗅いでいるはずだった。


 私は莉音のことを警戒しながら自室を一瞥する。


 莉音は、いない。


「え?」


 毎日私の部屋まで迎えに来ているので、一周目と、そして一周目を踏襲した四周目と同じ流れをなぞっている今回も、幼馴染は部屋にいるものだと思っていた。二周目と三周目のときはいなかったけど、それは一周目と異なる流れだったからその影響だと思っていた。まあ、どういう影響があって莉音が部屋にいないのかは全然わからないのだけど。


 一周目をなぞるはずが、いつの間にか流れが変わっていた。私はそのことに訝しむ。


「わけがわからない……」


 私は混乱して呟いた。タイムリープと莉音はいったいどのような関係があるのだろう。


 気を紛らわせるため、私は起き上がって自室を出てトイレに向かった。そして自室へ戻り扉を開けてみると、


「え? あ、アンちゃん?」


 私の部屋に莉音がいた。


「いつの間に来たの?」


 私がトイレに行っている時間は僅か。ほんの数分。その間に莉音は家に上がり込み私の部屋へ行き、そして私の制服を取り出して匂いを嗅いでいることになるけど、さすがにそれは無茶がある。仮に私が起きたときには既に家の中にいて、私と入れ違いで部屋に入ったとしても、制服を取り出す時間などないはずだし、なにより廊下で私とすれ違うはずである。


 私が起床したときは、間違いなく莉音は部屋にいなかった。しかし現に莉音はいる。それはまさに、いきなりそこに出現したと言っても過言ではないほど不思議な現象だった。


「え? あれ? アンちゃんいつの間に起きたの?」


 莉音は私の制服を持ったまま、入り口に佇む私と部屋のベッドを交互に見やる。当然ベッドに私はいない。


「いや質問を質問で返さないでよ。いつ部屋に来たの」


「え? ……え? いや、さっき……」


 莉音は激しく混乱しているのか、目が点になっている。


「わたしが入ったときはアンちゃん寝ていたから、こっそり制服取り出したけど……あれ?」


「いや私もさっき起きたけど、部屋に莉音はいなかったよ。トイレ行って帰ってきたらいきなりいるもんだから驚いたよ」


「え? そんなはずはないよ。だってわたしアンちゃんの寝顔を見てから制服を取り出したから……」


「いや、そんなはずは……」


 いまいち話がかみ合っていない。そのせいか、私も莉音も自分が体験したはずの事実が信じられなくなり、自然と語気は弱くなっていった。


 私は莉音が部屋にいないことを確認してからトイレに行ったが、莉音は私の寝顔を確認してから制服の匂いを嗅ぎだした。


 何かがおかしい。私と莉音に認識のずれがある。でもその原因がわからない。これもタイムリープによるループの影響なの?


「ともかく莉音、まずは私の制服を置こうか」


「は、はい」


 私も莉音もぎこちない。そしてそのぎこちなさと認識のずれの疑問が解消されることなく、私たちは学校に行くこととなってしまった。


 卒業式は無事終了した。小桜さんは生きていて、何事もなく朝から学校に出席していた。式後小桜さんは帰宅していき、私は薫と莉音と一緒に下校した。そして卒業パーティの話ののち例の横断歩道で別れ、私は一人信号の傍に佇む。いつも通り目の前の道路では、速度を超過した車やバイクが走り抜けていく。


 私は待っていた。アスが現れるのを。


 タイムリープするためではなく、時間についてアスを問い詰めなければならないため。


 三周目において、小桜さんは橋から転落したものの翌朝いつも通り学校に登校していたけど、その数十分後にはやっぱり死亡していたという事実に改変された。そして今回の五周目では、今朝莉音が突然出現するという怪奇現象が起こった。何かがおかしいのは火を見るよりも明らか。アスのタイムリープは、単純に時間を遡るものではないと確信した。

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