情報主義社会の誕生により社会は激変した。世界そのものが巨大なデータと化した時代において、その中で埋もれている記録にこのような記述がある。
「情報化された我々は、所詮データ、数値だ。数値は数値でしかなく、現象を表す表記、言語でしかない。そのため創造性に乏しい。何かを創作したとしても、それは過去のデータから学習してアレンジしたに過ぎない。情報主義社会という人類の究極系に辿り着いた我々はただの記号に成り果て、自分たちだけではこれ以上の発展は望めなくなった。だからこそ社会が停滞した我々は、発展のきっかけを得るためにロストしたデータ、つまり過去に着目してサルベージ活動をしている。
しかしワタシの興味は別のところにある。
別件のサルベージにおいて、ワタシは時空公安から嫌疑をかけられた。そのことは無実であることを証明できたので、問題として取り上げるほどではない。ないが、ワタシはそこであることが気になった。
どこまでやると時空公安が動き出すのか、ということを。
ワタシは常々思っていることがある。情報主義社会により社会が停滞しているので、きっかけを過去に求めるのはいい。いいが、しかし過去をサルベージするくらいなら、いっそそのまま過去を改変してしまえばいいのでは、と。その方が効率よく社会を変革できるはずだ。パラドックスを受け入れることで、人類はまた新たなステージに進化できるのではと。
タイムパラドックスとは、一つの世界に複数の時間が重なり合ったことによる観測の差異であり、つまり式は合っているのに答えだけが間違っている状態。もしくは式は間違っているのに答えだけ合っている状態。すなわち数式の崩壊。
数式の崩壊によって、まだ見ぬ新たな次元に踏み出す可能性が生まれる。
しかしタイムパラドックスを否定したい現在の社会では、時空公安によって取り締まりが行われている。これ以上パラドックスによって社会、ひいては世界に歪みが生じないようにと。
時空公安。このなんとも安直な名称を誰が考えたのかは謎だ。記録が残っていない。というより、この組織のことはブラックボックス化されているので、調べようがないと言い換えた方が適切なのかもしれない。彼らがいるので、我々はサルベージ中に下手な行動はせず、最小のパラドックスに収める必要があるのだ。
タイムパラドックスによる社会の変革を望むのであれば、彼らと敵対するしかない。いわばタイムパラドックスをテロの道具にしてしまうこと。そのようなことを考えてしまうのはワタシくらいなもので、それ故に興味がある。ワタシは自らテロリストとなることで、誰も成し遂げられなかった進化を行うことができるのではないかと考えた。
ならば敵を知る必要がある。そのために実験を試みた。
適当な時代にタイムリープして、そこで明確なタイムパラドックスを発生させる。ワタシ自らが改変してしまえば露骨過ぎてしまうので、ワタシはあくまで力を与えるだけで、実行するのは現地人のオールドタイプの人間だ。そのオールドタイプの人間による時間改変で時空公安がどのような動きを見せるのか、それが実験の目的だ。
別のところでは、現地人が力を与えられ、そして時間にまつわる情報を得て何をするのかも、実は興味があった。人間の価値をはかるにはただ努力させるだけではだめだ、力を与えてみればいい、とは誰の言葉だっただろうか。検索してもノイズ的な情報が多過ぎて、はたまた情報が古すぎて、明確なソースに辿り着けない。ただ、少なくともこの言葉のような意図は確かにあった。
後者の結果として、まさか二千回もループするとは思わなかった。それは予想外だった。情報の海からかき集めた感情を編集した感情パッチを当てることで、ワタシは少女にとって都合のいいキャラクターを演じることができ、それが結果的に少女の行動に拍車をかけたのだと推測する。この結果は別にいい。いいデータを収集できた。少女の主観データとして保存しよう。
しかし意外だったのは前者の結果だった。
ワタシが二千周の少女と関わりをもったあのとき、なぜ時空公安は介入してこなかったのか、ということ。
少女が想いを寄せている少女が死亡した時点で、時空公安が介入してもおかしくないはずだ。なぜならサルベージ中においてオールドタイプの人間を死なせてしまうと、まず間違いなくその後の未来に影響を及ぼしてしまうから。十分公安が介入する案件となるはず。
だが結果として、彼らの介入はなかった。
疑問を抱いたワタシは、少女と接触したときとは異なるアプローチで調査を始めた。まるで量子力学のように重なり合った時間を調べていく中で、ワタシはある結論に至った。
少女が恋慕を抱いている少女は、あの後死亡しているということ。
しかもそれは、少女が二千回時間を繰り返したこととは全く関係のない、別の要因によってだ。
つまり、少女が二千回ループしようがしまいが、事象の解は変わらないということだ。変わらないというより、帳尻合わせをしたかのように重なり合った式の解がそれぞれ近い解になった、とした方が適切かもしれない。
これが、時空公安が介入しなかった理由だ。結果的に答えが近いのなら、タイムパラドックスが発生しても彼らの許容範囲に収まっているということだ。
だがなぜそのような事態になった?
考えられるのは、誰かが少女を殺害して帳尻を合わせてしまったとか。しかしどの時間を探ってもそのような痕跡は確認できなかった。その痕跡に関するデータが抹消されている可能性もあるかもしれないが、それはそれで興味深い。
時空公安が直接関わっているのか、それとも全く関係ない第三者なのかは定かではないが、しかし情報主義社会の暗部に蔓延る陰謀が存在していることを、明確に知ることができただけでも十分な収穫だ。
ワタシも多忙の身だ。表向きは社会のアップグレードのために、過去をサルベージしている。次の案件のため、新たなサルベージを行わなければならない。サルベージ活動をしつつも、停滞した社会を真に動かすためのテロリズムとしての方法を模索するとしよう。
二千回も同じ時間を繰り返す少女は、一人の少女を想い続けてループをし、結果として少女は歪んでしまった。そのことについては、然程興味はない。
そもそも、我々の時代では、膨大な情報から人体情報を抽出すれば、人間などいくらでも量産できるので、わざわざ生殖活動をする必要はない。故に恋愛感情といった想い想われる機能は退化した。過去には同性同士で子供を作る技術があったようだが、どこかの過程で失われたようだ。今あえて子供を作るとしたら、それは今の我々にない新しい観点をもたらすことを期待してのことで、イノベーションとしての意味合いが大きい。しかしそれが成功した例はない。そのため二人の少女の関係は、我々にとって意味はない。
意味はないが、アーカイブから掬い上げた情報としての感情と言葉を彼女らに送るとしたら、ワタシはこれを送りたい。
どうか、二人が幸せでありますように、と。
少女の死の時期には、最大で二年十ヵ月の差がある。その間二人の少女がどのような関係でどのように過ごしたのかは興味がないので、特段調査したりしない。だがせめてそれが彼女にとってプラスに作用するものであってほしいと思う。
ワタシはこの記録を一応残しておくが、とくに拡散しようとは思わない。そもそもテロを行おうとしている情報を無防備に公開したりしない。いやむしろ、ワタシは誰かに見つかって己を止めてほしいと深層部分で感じているのだろうか。ならば、これに辿り着いた人が勝手に読み込み、勝手に処理してくれることにしてもらう。
さて、では停滞した社会を改善するために、表によるサルベージ行為と裏によるテロ行為に勤しむとしよう。
今回の少女による実験は、ワタシの野望の糧となるだろう。
すべては究極系の先へ進化するために。
数式の崩壊。
記号からの脱却。
情報主義のさらに先へ、ワタシは進みたい。
人類の究極系である情報主義社会のその先になにもなければそれでよし。それはそれで受け入れるしかあるまい。ただ、情報主義社会の先にまだ見ぬ進化があるのであれば、ワタシはそこに到達したい。
それがワタシの解。そしてワタシの式であり、値だ。これがワタシという時間なのだ」
〈了〉
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