薫は少しの間黙考した。
「……ならやっぱ、過程を確かめるしかないだろ」
そして捻り出すかのように口にした意見はもっともなものだった。私だってすべてを他人任せにするつもりはないから頑張って考えていたけど、でも薫の意見以外のことは何も思いつかなかった。やるのであれば、私の告白から小桜さんの死亡までの過程をなんとかしなければならない。
「小桜さんが私に告白された後にとった行動は何か、ってことだね」
「ああ。だからお前が別の時間で、小桜さんに告白した前後のことを詳しく教えてくれ」
告白した前後といっても、卒業式の予行練習のあと私は保健室へ向かい、そこで体調不良により途中退席した小桜さんと鉢合わせた。もうそのタイミングでしか告白できないことを悟り、人気のない保健室で告白した。そのあと気まずくなって退室した流れはそれぞれ違うけど、教室に戻った小桜さんは安西たちと一緒に下校していった。私の視点ではこの程度しか知らない。
「あたしは小桜さんのこと、クラスメイト以上のことは知らない。お前にとって小桜さんはどういう人間なんだ?」
「どういうって……」
薫に尋ねられ、私はしばし考え込む。小柄とか包容力のある雰囲気とか、柔らかそうな髪とか天使みたいな笑顔とか……でも今聞かれているのはそういった外見的な人物像ではなくもっと内面的なこと。
しかし私だって小桜さんのことを想うあまり、あまり話をしてこなかった。神秘的でさえあってなかなかお近づきになれず、遠くから見ているだけだった。だから私も小桜さんのことをあまりよく知らない。
でも知らないなりに、僅かでも知っていることをかき集めてヒントを探さないと前には進めない。小桜さんはどういう人物? 私が小桜さんと一番よく話した場面はいつ?
そこに至って、私が小桜さんと一番よく話をしたのは、あの告白のときだということに気がついた。そして気がつくと同時に、私はあのときのやり取りを記憶から探る。
「小桜さんは……モテない」
私は時間経過によって曖昧になっていく記憶から一粒の情報を掬い上げた。
「はぁ? お前何言って――」
「小桜さんは、私の告白を保留にしたの。その理由が、今まで誰にも告白されたことがないから、恋愛とかよくわからないって。男子にも告白されたことがないって」
そのときの私は、告白とは受け入れるか断るかの二択しかないと思っていた。だからこそ返事を待つという先延ばしの選択に虚を突かれた。その様子が表情に出ていたのか、小桜さんは慌てて弁解し、そしてその理由を明かした。
「杏、それだよ!」
薫は私からの小桜さん情報に食いついた。
「恋愛経験のない人がいきなり告白されたら、どう反応する?」
「え? それは……保留にするんじゃない?」
実際小桜さんがそうだった。
「ああ。保留するか、もしくは動転して反射的に断るかだ」
「そのパターンもあるのか」
「そう。でだ、保留にするにしろ断るにしろ、それまで色恋に関わりがなかったのなら、その返事が正しかったのか不安になるはずだ。そこで不安を解消するためにとる行動といえば――」
「誰かに……相談する」
薫は力強く「そうだ」と肯定してくれた。
「相談するなら当然色恋に精通した人物が好ましい。で、小桜の周囲で恋愛事に詳しい奴は誰になるかだ」
「……誰もいないよね?」
他のクラスのことはよくわからないけど、でもクラスメイトで誰と誰が付き合っているなんて噂は聞いたことない。まあ私だけが知らないだけかもしれないけど。
「なら恋愛事じゃなくていい。恋愛経験のない奴にとって告白したされたというのは未知の領域だ。ならその未知の領域に関わりがありそうな人物は誰だってことだ」
薫は話の方向性を少しだけずらした。そのおかげで、私は相談するにふさわしい人物に思い至った。
「……安西」
私が辿り着いた答えに薫は深く頷いた。
安西弥生。私のクラスでの女子上位カースト集団の中心人物。小桜さんはその安西グループに属している。正確には取り込まれたと表現するのが正しい。安西が小桜さんを取り込んだのは、小桜さんは男子から人気があるからだった。
人気者を放置するほど安西は人格者ではない。嫉妬深い安西は、人気者の小桜さんを客寄せパンダとして使い、寄ってくる男子に接触している。そして安西は小桜さんの株が落ちるようなありもしない噂を流し、結果として小桜さん目的で近づいてきた男子を方向転換させて自分の方に向けさせている。小桜さんの人気を安西が陰で掠め取っているのだ。だからこそ安西は男子と確かなパイプがあり、一方横取りされている小桜さんは男子とは縁がないのだ。
しかし事情を知らないであろう小桜さんの視点で安西のことを見れば、それは男子から人気がある女子として映るだろう。クラスカーストの上位という説得力もあわせて考えると、無垢な小桜さんならそう信じてしまう可能性もあるわけだ。
でも腑に落ちない。
「自分で言うのもあれだけど、小桜さんは同性から告白されたんだよ。多分男子が告白してくる以上にデリケートな問題だと思う。それをおいそれと人に相談したりするのかな?」
いくら安西に恋愛経験があったとしても、さすがに同性は相手にしないでしょう。きっと安西にとって同性とは、自身の腰巾着かもしくは嫉妬の対象でしかないはず。男子に好かれることを望んでいたとしても、同性に好意を抱くような性格とは思えない。異性の恋愛の相談なら適任だけど、同性の場合はそうではない。
「だから、小桜さんは誰に告白されたか言ってないんだよ。普通に『告白されたけどどうしよう』って相談されれば、普通は異性が相手だと思うはずだ。おそらく小桜さんは、告白してきた相手の性別ではなく、告白してきたそのものを相談したんじゃないかな」
それはあくまで推測でしかなく、悪い言い方をすればただの妄想でしかない。でももし本当に小桜さんがそのような相談の仕方をしたのなら、私は同性という理由で拒絶されたわけではないみたい。性別関係なく、一人の人物として返事をしようとしてくれている。
私の告白を受けて、小桜さんは私の存在を隠したまま安西に相談した可能性が高い。
私の告白が、安西まで波及した。
「でもよりによって安西とは……。だって安西は――」
「安西には噂の拡散能力がある」
薫は言葉を遮り、私が言いたかったことを先取りした。
安西が小桜さんの噂を流す手段は、学校で実際に会って話すこともあるが、大きいところではSNSやコミュニケーションアプリの学校裏グループを活用していること。
口頭で広めるよりもネットで広めた方が拡散範囲と速度が違う。どの程度の生徒が裏グループSNSを閲覧できるのかは知らないけど、確かに学校裏コミュニティが存在している。
男子に人気がある小桜さんのことを貶めたいと思っている安西にとって、小桜さんからの相談は格好のネタであった。それを故意に着色することで、ありもしないマイナスな噂ができあがる。
「でももし安西が、小桜さんが告白されたことをネットで暴露したのなら、そこから先どう波及したかなんかわかりっこない」
SNSやコミュニケーションアプリでの拡散は範囲や速度だけではない。匿名性も仇となる。ましては学校の裏事情を密談する場なのだから、匿名でなければ誰も参加しないだろう。そういう人たちは、本人を明かしているメインアカウントと、匿名で暗躍するサブアカウントを使い分けている。だからこそ誰がどのタイミングで閲覧したかなど、無限のパターン故に外部の人間が特定するのは不可能である。
「短絡的に考えるなら、安西が流した情報を見た誰かが小桜の死に関与している、ということになる」
「でも薫。それだとそいつの動機がわからない。学校の生徒が関与しているところまで突き止めたのはいいけど、でも私たちは中学生だよ。中学生が人殺しなんて発想できるわけがない」
「まあな。でもそいつが直接殺したんじゃなく、事故を誘発させてしまって結果として小桜が死んでしまった可能性もある。それならあたしらみたいな中学生でも人を殺めてしまうこともある。まあないとは思うが、可能性だけの話なら、実は小桜も密かにアクセス権を持っていて、自分のことが晒されていることにショックを受けて自殺してしまった、なんてこともあるかもしれない」
自殺という言葉を聞いて、確か二周目のときに薫が同じような話をしていたことを思い出した。反射的に「その話はもういいよ」と言って話題を打ち切った。それに小桜さんが学校裏グループの存在を知っているとは思えない。知っていて尚且つ閲覧できるのなら、噂の出所が安西だということに気がつくでしょう。それなのにわざわざ安西に相談する意味はない。
「ここまでの流れで、どう過程を修正するかだね」
「ああ。小桜さんが安西に相談さえしなければ、ネットで拡散されることもない」
「小桜さんの相談を阻止するの?」
阻止さえできれば解決できる。しかし、
「どうやって?」
少し考えてみたけど、相談を阻止する方法が思いつかなかった。それは薫も同じで、私が聞いても薫は「さあ?」と曖昧な返事しかしなかった。
「一緒に下校したのは確かだけど、でも小桜さんも他の人間がいるところで堂々と恋愛相談するとは思えねぇ。どこかで二人っきりになったときに相談するはずだが、そうなるとそれこそスマホでやり取りすれば済む話だ。時間も場所も関係ない。自由なタイミングで相談し放題だ。小桜のスマホを奪い取るくらいしか方法はないぞ」
「それは……完全に窃盗だね」
スマホを奪う方法しかないとなると厄介になる。小桜さんを救う目的で行為に及んだとしてもその後のリカバーが困難だ。バレれば私たちがアウトだし、バレずに盗んで頃合いを見て返却するのはとても現実的とは思えなかった。
「じゃあやっぱり杏が告白を諦めるしかないな。告白されなければ恋愛相談をする必要もないわけだからな」
「ぬぐぐ……。手段と目的が入れ替わってるし」
告白後の恋愛相談を阻止するために告白をなかったことにするなんて、本末転倒もいいところだ。まあ実際に四周目と五周目で本末転倒となったけど。
でも最早それ以外の方法がない。だがそれでは意味がない。意味がないことはもう体験している。ならどうするべきか思案したときに、
「なら……」
と薫が考えながら提案してきた。
「何か妙案があるのか?」
「妙案ってわけじゃないが、最初の方からじゃあダメなら、最後の方からアプローチするしかないだろ」
「最後って、まさか……」
「そう。小桜が死んだ現場に乗り込むんだよ」
これが推理小説ならば、探偵役が犯人を推理するために殺人の瞬間に立ち会うという、何とも強引で無茶苦茶な方法だった。まあでも私が置かれている状況はミステリー作品ではなく確かな現実だし、それにタイムリープなんてものもあるから、方法としては可能である。
いやむしろ最初からこの方法をしていればもっと楽に小桜さんを救えたかもしれない。一応小桜さんのマンションに張り込みはしたけど、それは頭の足りない私がしでかした過ちである。というより三周目のあのとき、もしかしたらマンションから外出しなかった並行時間が観測されていた可能性だってある。だから私の張り込みをすり抜けて橋へ向かうことができたのかもしれない。
小桜さんが例の橋へ向かうのを阻止するのではなく、橋その場所で対応する。そうすれば薫の助けを借りなくても済んだのだ。
「乗りかかった船だ。最後まで付き合う。だから小桜が死んだ状況をもう一回詳しく説明してくれ」
「最後まで付き合うって、え?」
「あたしも昨日にタイムリープして協力する。おい、いいよな、未来人」
薫はそこまで言って、隣に座るアスに問いかけた。これまで蚊帳の外だったアスに、薫は決定事項だとでもいうかのように上から尋ねた。
「ええ。大丈夫ですよ。一日程度のタイムリープなら二人くらい同時に行えます。ただしあまり派手なことはしないでください。タイムパラドックスが――」
「わかっている。最小のパラドックスで済ませるよ」
私は言ってから気がついたけど、告白している時点で最小のパラドックスに抑えることはできない。告白一つでここまで現実が改変したのだ。その改変を望む結果に修正しようものなら、パラドックスは違うベクトルに変化するだろう。このパラドックスがこれからの未来にどのような影響を及ぼすかわからないけど、でも今を生きる私としては、そんなの関係あるか、と一蹴したい。
私は薫に事の次第を説明する。小桜さんが橋で転落して亡くなった話から、それを覆そうとループを繰り返した過程のこととか。
「なら、橋で待ち伏せるしかないな」
薫は説明を聞き終えて、そう結論を出した。
「うん。じゃあアス、お願い」
話がまとまったのなら、あとは実行に移すのみ。私はアスにタイムリープするようお願いする。
「わかりました。では昨日の午前中ですね。目を閉じてください。今から頭を押さえて親指を瞼に添えます」
薫はアスの言う通りに目を閉じた。それを見てから私も目を閉じる。アスの冷たい手が私の頭を鷲掴みにし、そしてそのまま親指を瞼に押さえつけていく。
「ではいきます」
薫は三周目に突入し、私は七周目に突入した。
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