宿というか馬小屋だけど、宿を出て俺たちはカード屋に向かっていた。
というのも宿を出る前の、主人の薪(まき)割りを手伝っていた時のフォッシャとのやり取りがキッカケだった。
「魔法って俺にも使えるのか?」
「種類にもよるかもワヌけど……使えないことはないんじゃないワヌ? もしかして、カード1枚も持ってないワヌか?」
「ああ」
「冒険士ならあったほうが絶対便利ワヌよ。途中にカードショップがあるから、見ていくワヌ!」
俺は自分の耳を疑い、すぐにフォッシャに聞き返す。
「カードショップがあるのか…!?」
「そりゃあるワヌ。なに言ってるワヌか?」
ドクン、と心臓が高鳴る。
呼吸が速くなったのが、自分でもわかった。
「そうか……! さっそく行こう!」
そうだ、カードショップだ。あそこにきっとなにかがある!
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さっそくフォッシャと二人で、目的の場所へ向かった。
カードショップはすぐに見つかった。建物の頭に、大きなカードのオブジェがあったからだ。
俺はすぐに入ろうと扉に手をかけたが、ある考えがよぎって手をとめる。
いいのか。カードを探すのを手伝うって、フォッシャと約束してしまった。
とはいえなにもわからないままここに留まっていても、たぶん前進はできない。
俺の身になにが起きてるのか、調べないと……
自分を納得(なっとく)させ、カードショップの扉をひらく。
カード屋は意外と大きく、昼間だというのにやたらと人で賑わっており繁盛(はんじょう)しているらしかった。
店の中に展示されているカードをフォッシャが解説してくれる。
「トリックカード。元々魔法が使える人もいるけど、そうじゃない人はこうやって買って揃えるんだワヌ」
そう、俺にはずっと気になっていたことがある。
魔法とカードの存在だ。
俺のいた場所では科学の力が豊かな暮らしを支えていた。だが、ここでは魔法の力がそれに代わっている。
町人が魔法のカードをつかっているのを街で何度か見かけた。重いものを浮かして運んでいたり、料理につかう火を起こしたりしていた。
ほかにも色んなことやものが、カードの魔法に置き換わっていた。
「トリック、か……」
カードゲームにそれなりに親しんできた者としては、興味深い。
なによりカードのデザインもすばらしい。ホンモノのモンスターを見た今だからわかる。リアルで精巧(せいこう)なつくり。カードのなかのモンスターが本当に生きてるみたいだ。
「なあ、かなり値段が高いのもあるみたいだけど……20万オペンもするんだな」
「そうワヌね。高いものだと億オペンいくわぬからね」
「おくっ……!? カードに!? マジかよ……」
「フォッシャも詳しくないけど、カードは遠い昔の神話(しんわ)の時代からあるもので……古代の重要な資料なんかでもあるから貴重だそうわぬよ」
「ふーん……だからここじゃお宝ってわけか」
「ここじゃっていうかどこでもそうだと思うけど……エイトのところはそうじゃなかったわぬか?」
「うん? うーん、俺の故郷(こきょう)はなんていうか……」
返答にこまっていると、お店の端っこに見慣れない機械があるのが目に付いた。
「これは……?」
「チョリ~ッス。お客さん、初心者って感じじゃね?」
ここの店員だろうか、渋谷か大阪にいそうな派手なメイクのお姉さんが、カウンター越しに俺に声をかけてきた。
「は、はい……」
「マジー? ウケるんだけど~キャハハ」
な、なにがウケたのだろう。こういう女性と話すことは生きてきてほとんどなかったので、俺は戸惑う。
「教えたげるよ~。これはカダデル。オドの結晶とか、いらないカードを入れると、新しいカードを自動生成してくれちゃうの。よくわかんないケド超スゴイよね!」
ポンポン、とギャル店員が機械をたたく。
「へえ……」
こういう機械は、俺の世界にもあったな。おカネを入れて、ランダムに排出されるものを手に入れる。抽選(ちゅうせん)くじと原理は同じだ。
「あ、でも気をつけてネ。カードはランダムで排出されるんだけど、例外もあるの。たとえば赤のオド結晶……」
店員さんが見せてくれたもの、見覚えがある。俺はリュックから3つ、同じものを取り出した。
昨日のクエストのときに地面に落ちているのを見つけて、売れるんじゃないかと拾っておいたんだ。
「そーそー。それモンスターからドロップしたやつっしょ?」
「そうなんですか?」
「そ。色でわかんだよね~。赤のオド結晶は他に使いみちはないんだけど~ことカード召喚にいたっては特別な力を発揮すんの。具体的には~、10%の確率でオド結晶を落としたモンスターのカードが出るみたいな~。ま、試しにやってみちゃいなよ!」
言われたとおり、ミキサーのような装置の中に結晶をねじ込む。
すると、1枚のカードが出てきた。
モンスターのカードだ。植物の苗のような奇妙な外見をしている。
「なんだ、これ」
「なんだか弱そうワヌね」
「……」
まだ結晶は2個ある。いいのが手に入るかもしれない。
出たのは、トリックカード。かっこいい火や氷を使うカードを期待していたのだが、2枚ともなにに使えるんだかわからない地味で微妙なカードだった。
「ガッ……」
おもわず、変な声をだしてしまった。
なんかレアなのがくるんじゃないかってちょっと期待しちまった分、軽くショックだ。
「イミワカンナイよね~。まあそんな感じで、ハズレが多くて赤のオド結晶はあまり人気がないんだ~。ふつうにカードを買ってくれたほうが、公正だしお店としても助かるよ。マジ助かり」
「う……お、おカネはちょっと今は余裕がないから、また今度にします」
足元のフォッシャに、コソコソっと小声で俺はたずねる。
「これって売ったらいくらになる?」
「たぶん300オペンくらいワヌね」
「メシ一食分か。いい商売になるかと思ったんだけど……」
だけど、集めれば使用用途はいろいろありそうだ。
「ま~でもさ~弱いカードでも大切にしてあげてよ。アタシ、どんなカードにも意味はあると思うんだよね~」
ニコっと笑って、ギャル店員は頬杖をつく。
それもそうだな。彼女の意見に同感だ。
と、そうだ。試したいことがあったんだった。
俺は手に入れたカードを持って目を閉じ、もう片方の手をカードの上にかざしてみた。
……なにも……起きない…
「エイト……おまじないかなにかワヌか? フォッシャも手伝うワヌか?」
「あ、いや……なんでもない」
「あ、せっかくなんだし~ヴァーサスを覗いていっちゃえば~?」
店員に勧められて俺は奥の試合スペースに行ってみることにした。
みんな楽しそうに笑いながら遊んでいる。部屋の奥の方にいる一部の人たちは真剣にプレイしていて、すごい熱気だ。
俺の地元では、カードゲームはここまで盛んじゃなかった。この街では、カードがまるでカネや便利な道具と同等以上にあつかわれているようだ。
フム、と俺は考え込む。
来てよかったな。興味深い。
さっきまでは気づかなかったけど、店の中は女の人がやたら多い。
ここではカードゲームって、女性に人気なのか?
一般の対戦スペースと分けられているが、カフェテリアのようなところではお菓子と飲み物をやりながらカードで遊んでいる人もいる。カードは紙製ではないのだろうか。
不思議な光景に、しばし俺は呆けてしまった。
とにかく、試合の様子を見学させてもらおう。
やはり基本はカードゲーム。ルールはわからないけど、テーブルを囲んで二人がカードを並べ向かい合って闘っている。
カードに描かれたモンスターがホログラムのように立体化している……。荒野の地形の浮かび上がった机の上で、戦士たちが実際に戦い、戦場のように魔法が飛び交う。
ミニチュアサイズとはいえ、迫力がある。
ものすごい技術だ。さすがは魔法だな。
「いいネ~! アゲアゲだね~!」
さっきのギャル店員が、熱戦を眺めながら言う声が聞こえる。
ほかの試合に目をやると、俺の目を引くものがあった。
テーブルに出された1枚のカード。
デザインはよく見えなかったが、あのカード、見覚えがある。どこかで……
近づこうと机の脇を通ったのだが、横からきた誰かにぶつかってしまい、よろけさせてしまった。
「キャッ。……す、すみません!」
ぶつかったのは、声と体つきからして女の子だった。帽子を深くかぶって七分丈のズボンをはいていたので、すぐにはわからないかった。
だがよく見るとやさしげな雰囲気をまとっていて、美しく俺はすこしの間見とれてしまった。だがそんな場合じゃない。
「ごめん! 俺が余所見してたんだ。怪我はない?」
「は、はい。大丈夫です……」
この子もカードを手に持っている。プレイヤーなのだろうか。
「あ、あの、空いているようでしたら……ヴァーサスしますか?」
「え? ああいや、俺はその……初心者だから」
「そ、そうなんですか。……わ、わたし、ご迷惑でなければ、その、基本的なことならお教えできますが……」
か細い声で親切に彼女はそう言ってくれる。だけどちょっと遊んでる場合じゃないんだよな。
「ええっと……その……なんていうか……」
それに、カードは3枚しか持ってない。
「ありがとう。でも俺、仕事にいかないと」
それじゃあ、と言って俺たちはカード屋をあとにした。
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