ギャグ漫画のように肌をすすだらけ、髪の毛をアフロにして、俺とフォッシャはとぼとぼと宿に帰った。
宿のちかくでまた町長さんの娘さんと会った。
よくここで会う。彼女の名前はラトリー・ヴィヴィアンというらしい。あれから何度か治療してもらっていて、いつもありがたいと思うと同時に申し訳ない気持ちになる。
治療費を渡そうとしても、まだ医者の卵だからとなかなか受け取ってくれない。そのうちなにかお礼をするか、町長さんに払わないとなんだか悪い気がする。
「あ、エイトさん……今日も傷だらけですね。フォッシャさんまで……」
ラトリーが、俺たちのボロボロの姿をみて言う。
「こんくらい舐めときゃ治るワヌ!」
「いいえ、手当てします」
やや強引に、ラトリーはフォッシャを持ち上げる。
それにしても天候が怪しい。さっきからぽつぽつと雨が降り始めている。
いつもならこの通りの端で手当てしてもらうが、今日はフォッシャの分もあるから難しいんじゃないか、と俺は思った。
「ありがたいけど、雨のなかじゃ診察も出来ないし……」
「雨で医者は休みません」
きっぱりと言い切るラトリーに、俺とフォッシャは困って顔を見合わせる。
俺としてはありがたいし、骨の状態も気になるのでお言葉に甘えようかな。
「じゃあ、近いしあそこにいくか」
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研究室の灯かりをつけ、中に入る。
ハイロに冒険士カードを通じてメッセージを送ろうかと思ったけど、すぐに終わるだろうしいいかな。
子供に雨のなか手当てしてもらうなんてさすがに良心が痛む。今日はここで診てもらおう。
俺のほうが重傷だったのだが優先順位が彼女の中ではあるらしく、ラトリーはフォッシャを先に診た。
すすを落とし、ブラシで毛並みを整えている。その間に俺も備え付の洗面台で顔を洗った。
フォッシャのほうが終わり次第、俺は椅子に座るよう指示をうける。
ラトリーはメガネをかけて、手帳をみながら診察をはじめた。
「それでは、スオウザカエイトさん。しんさつをはじめたいとおもいます。痛いところなどはありますか?」
「左腕がどれくらいで完治するのか知りたいです…………このやり取り、どうにかならないか?」
「ダメですよ! まず診察というのはこういうことから始めるんです」
ペタペタ、とラトリーは俺の左腕を触診して、状態をたしかめる。
毎回毎回、これじゃまるでお医者さんごっこだ。なんだかすこし恥ずかしい。
部屋の扉がひらくと共に、紙がパラパラと床に落ちる音がした。
みると、ハイロがカードを落として、目をぱちくりさせ棒立ちになっていた。
「エイトさん……なにやってるんですか?」
唖然として、ハイロの声はうわずっていた。
「え? なにって……治療してもらってるんだけど」
「それは見ればわかります。私の知らないあいだに女の子をまねいて……何を考えているのか、ときいているんです」
口調はやや強く、真剣な顔つきでハイロが言う。
なんだか、不穏な雰囲気になってしまった。やっぱり一言いっておくべきだった。
「ごめん、まずかったよな。ハイロが借りてくれた研究室なのに……」
「……ひとこと言ってくれれば……」
ハイロはそう言って、俺とラトリーの間に割り込んできた。机の上にあった包帯を手に取り、俺の右腕に強引に巻きつける。
「治療なら私がやりますよ……ほら!」
「いただだ!? きつすぎ! 血が行ってないからこれじゃ!」
「エイトさん、なんだか傷だらけですね……。あ……私も同じ場所に包帯巻いたら、お揃いですね」
「話聞いてる!?」
ハイロのテンションが妙に高く、俺は困惑する。怒っているというわけでもなさそうだが、あまり機嫌はよくなさそうだ。
「落ち着けって。いつも手当してもらってるんだよ、ラトリーには」
俺は右手でハイロの手を制しながら言う。手首をつかむと、さすがにハイロも包帯で締め付ける力を弱めてくれた。
「ほら、俺ってエンシェントでも、なぜか人より生傷ができやすいだろ? ラトリーはただの子供じゃない。お医者さまを目指してるんだ」
ラトリーは立派だよな、と感心しながら説明する。
ハイロはおどろいて俺から手を離し、
「お医者さま……!? すごいですね……あいさつが遅れました、ハイロといいます」
いつもの調子にもどって、あたふたと礼をした。
「あ、こ、こんにちは。かわいいお洋服ですね」
「ありがとう! ラトリー……ちゃんはカードやるの!?」
「あ、いえ私は全く……」
「そ、そうなんだ……もしやりたくなったらいつでも私が教えますから!」
「ありがとうございます……」
ラトリーはあまり乗り気ではないのか、引き気味に言った。
「それにしても、たしかにエイトがあれだけいつもボロボロになるのは、不思議ワヌ」
なんでなんだろうな。迷惑極まりない話だ。
まあそもそも不思議といいだしたら、俺には今自分がここにいることすら不思議なんだが。
俺は椅子から立ち上がって、左腕の調子をみる。痛みはない。
「よし。ラトリーのおかげで本戦もやれそうだ。ハイロ、さっそく練習はじめようぜ」
「はい。わかりました」
と言ってもエンシェント式でやるわけではない。通常のボードヴァーサス、カードゲームだ。
エンシェントとボードルールでは完全に戦略が一致しているわけではない。だがカードの特性や相性をみたりするのにはもってこいの練習だ。
まあそれにくわえて、単に俺がエンシェントより、こういう安全で楽しいゲームの方が好きなのもある。
「ラトリー、フォッシャが家まで送ってあげるワヌ」
それがいい。俺とハイロの真剣な練習をみていても、たぶんおもしろくはないだろう。
「フォッシャもカード、やるの?」
とラトリーはきく。
「いや~フォッシャはあんまり……」
「そっか。……あ、あのハイロさん、私も見ててもいいですか?」
「もちろんだよ! あ、ちょっと待ってて、たしかお菓子があのへんに……」
意外なことにラトリーはここにいたがっているようだ。
たぶんカードが目的なのではないのだろう。椅子に座り、フォッシャをひざの上において、フォッシャを撫でたり顔をすり合わせたりして、楽しそうに笑っている。
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