カードワールド

ー異世界カードゲームー
イサデ(isadeatu)
イサデ(isadeatu)

22

公開日時: 2024年10月1日(火) 10:23
文字数:2,452


 ギャグ漫画のように肌をすすだらけ、髪の毛をアフロにして、俺とフォッシャはとぼとぼと宿に帰った。


 宿のちかくでまた町長さんの娘さんと会った。

 よくここで会う。彼女の名前はラトリー・ヴィヴィアンというらしい。あれから何度か治療してもらっていて、いつもありがたいと思うと同時に申し訳ない気持ちになる。


 治療費を渡そうとしても、まだ医者の卵だからとなかなか受け取ってくれない。そのうちなにかお礼をするか、町長さんに払わないとなんだか悪い気がする。


「あ、エイトさん……今日も傷だらけですね。フォッシャさんまで……」


 ラトリーが、俺たちのボロボロの姿をみて言う。


「こんくらい舐めときゃ治るワヌ!」

「いいえ、手当てします」


 やや強引に、ラトリーはフォッシャを持ち上げる。

 それにしても天候が怪しい。さっきからぽつぽつと雨が降り始めている。

 いつもならこの通りの端で手当てしてもらうが、今日はフォッシャの分もあるから難しいんじゃないか、と俺は思った。


「ありがたいけど、雨のなかじゃ診察も出来ないし……」


「雨で医者は休みません」


 きっぱりと言い切るラトリーに、俺とフォッシャは困って顔を見合わせる。

 俺としてはありがたいし、骨の状態も気になるのでお言葉に甘えようかな。


「じゃあ、近いしあそこにいくか」



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 研究室の灯かりをつけ、中に入る。

 ハイロに冒険士カードを通じてメッセージを送ろうかと思ったけど、すぐに終わるだろうしいいかな。


 子供に雨のなか手当てしてもらうなんてさすがに良心が痛む。今日はここで診てもらおう。


 俺のほうが重傷だったのだが優先順位が彼女の中ではあるらしく、ラトリーはフォッシャを先に診た。

 すすを落とし、ブラシで毛並みを整えている。その間に俺も備え付の洗面台で顔を洗った。


 フォッシャのほうが終わり次第、俺は椅子に座るよう指示をうける。

 ラトリーはメガネをかけて、手帳をみながら診察をはじめた。

 

「それでは、スオウザカエイトさん。しんさつをはじめたいとおもいます。痛いところなどはありますか?」


「左腕がどれくらいで完治するのか知りたいです…………このやり取り、どうにかならないか?」

「ダメですよ! まず診察というのはこういうことから始めるんです」


 ペタペタ、とラトリーは俺の左腕を触診して、状態をたしかめる。


 毎回毎回、これじゃまるでお医者さんごっこだ。なんだかすこし恥ずかしい。


 部屋の扉がひらくと共に、紙がパラパラと床に落ちる音がした。

 みると、ハイロがカードを落として、目をぱちくりさせ棒立ちになっていた。


「エイトさん……なにやってるんですか?」


 唖然として、ハイロの声はうわずっていた。


「え? なにって……治療してもらってるんだけど」


「それは見ればわかります。私の知らないあいだに女の子をまねいて……何を考えているのか、ときいているんです」


 口調はやや強く、真剣な顔つきでハイロが言う。

 なんだか、不穏な雰囲気になってしまった。やっぱり一言いっておくべきだった。


「ごめん、まずかったよな。ハイロが借りてくれた研究室なのに……」


「……ひとこと言ってくれれば……」


 ハイロはそう言って、俺とラトリーの間に割り込んできた。机の上にあった包帯を手に取り、俺の右腕に強引に巻きつける。


「治療なら私がやりますよ……ほら!」

「いただだ!? きつすぎ! 血が行ってないからこれじゃ!」

「エイトさん、なんだか傷だらけですね……。あ……私も同じ場所に包帯巻いたら、お揃いですね」

「話聞いてる!?」


 ハイロのテンションが妙に高く、俺は困惑する。怒っているというわけでもなさそうだが、あまり機嫌はよくなさそうだ。


「落ち着けって。いつも手当してもらってるんだよ、ラトリーには」


 俺は右手でハイロの手を制しながら言う。手首をつかむと、さすがにハイロも包帯で締め付ける力を弱めてくれた。


「ほら、俺ってエンシェントでも、なぜか人より生傷ができやすいだろ? ラトリーはただの子供じゃない。お医者さまを目指してるんだ」


 ラトリーは立派だよな、と感心しながら説明する。

 ハイロはおどろいて俺から手を離し、


「お医者さま……!? すごいですね……あいさつが遅れました、ハイロといいます」


 いつもの調子にもどって、あたふたと礼をした。


「あ、こ、こんにちは。かわいいお洋服ですね」


「ありがとう! ラトリー……ちゃんはカードやるの!?」


「あ、いえ私は全く……」


「そ、そうなんだ……もしやりたくなったらいつでも私が教えますから!」


「ありがとうございます……」


 ラトリーはあまり乗り気ではないのか、引き気味に言った。


「それにしても、たしかにエイトがあれだけいつもボロボロになるのは、不思議ワヌ」


 なんでなんだろうな。迷惑極まりない話だ。

 まあそもそも不思議といいだしたら、俺には今自分がここにいることすら不思議なんだが。


 俺は椅子から立ち上がって、左腕の調子をみる。痛みはない。


「よし。ラトリーのおかげで本戦もやれそうだ。ハイロ、さっそく練習はじめようぜ」


「はい。わかりました」


 と言ってもエンシェント式でやるわけではない。通常のボードヴァーサス、カードゲームだ。

 エンシェントとボードルールでは完全に戦略が一致しているわけではない。だがカードの特性や相性をみたりするのにはもってこいの練習だ。


 まあそれにくわえて、単に俺がエンシェントより、こういう安全で楽しいゲームの方が好きなのもある。


「ラトリー、フォッシャが家まで送ってあげるワヌ」


 それがいい。俺とハイロの真剣な練習をみていても、たぶんおもしろくはないだろう。


「フォッシャもカード、やるの?」


 とラトリーはきく。


「いや~フォッシャはあんまり……」


「そっか。……あ、あのハイロさん、私も見ててもいいですか?」

「もちろんだよ! あ、ちょっと待ってて、たしかお菓子があのへんに……」


 意外なことにラトリーはここにいたがっているようだ。

 たぶんカードが目的なのではないのだろう。椅子に座り、フォッシャをひざの上において、フォッシャを撫でたり顔をすり合わせたりして、楽しそうに笑っている。



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