なんだか、どっと疲れた。
マールシュが帰ったあともしばらくは俺たちは言葉を発せられずにいた。
「結局なにしにきたんだ? あいつ」
俺が沈黙をやぶり、ハイロが反応する。
「エイトさんとフォッシャちゃんを、なにか警戒しているように見えましたが……」
「ああ。なにかとつっかかってくるんだ」
「ローグお姉ちゃんは、いい人ですよ。今日はちょっとなんだか、怖かったけど……」
そう言ったのは、ラトリーだった。
「知り合いなのか」
「よく遊んでもらっていました。ちょっと前までは……」
まあマールシュのことはもういい。それより、問題は……
氷の魔女は座らずに、部屋の隅にじっと立っている。
何度見ても彼女の姿は人間と変わらない。白の手袋をはめており、片耳に雪の花を綴じたイヤリングをつけている。
カードはただのオドの魔法なんじゃなかったのか。
ここにきてから混乱しっぱなしだ。頭が痛くなってくる。
マールシュの残したカップを触ったが、やはりひどく冷たかった。
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あのあと、色々試しているうちになんとか氷の魔女を元に戻すことが出来た(と言っても、どうやら氷の魔女自身の意思で戻れるらしかった)。
精霊杯の本戦が、とうとう明日まで迫っている。
今日は冒険士のクエストで沼地まできているが、仕事中でもどうにも昨日のことが頭から離れない。
その日の撃退クエストを終え沼地エリアを抜ける。まだ枯れた木々があったり灰色の地面が続く殺風景な景色がわずかに見える。
ここから乾いた地面になっていき、それがモンスターの出ない安全地帯であることの知らせだ。
まだラジトバウムまでの道は長い。俺たちは倒木に腰をおろして小休止をはさんだ。
あえて難しい話は避けていたが思い切って、俺は胸に抱えていた疑問を聞いてみることにした。
「昨日のあれは、なんだったんだ?」
なにか俺の右腕のカードと、関係があるのか。
「わかりません……。カードというのは昔からあるのですが、謎が多いんです。まだよくわかってないことだらけで」
「でも、カードってのはただのオドの魔法なんだよな。だったらなんであんなことになる?」
「……『災厄カード』、というのを聞いたことがあります」
「私も詳しくはないのですが、色々な呼び方をされています。いわく、『オドを凌駕する力』『呪われたカード』など……」
俺はハイロの言葉をきいて、はっと心胆が震える思いがした。
思い出したのは、あの絵柄と名前のない奇妙なカードのことだ。
あのカードと出会ってからだ。なにかがおかしくなったのは。
そうに違いないという確信さえ沸いてきた。異世界に俺を飛ばすにせよ、なぜその場所があんな危険地帯なんだ。おかげでフォッシャに出会うまで、苦労の連続で生きた心地がしなかった。
カードのせいだと考えると、わからなかったことにも合点がいく。
あの壊れたテレポート装置。あれもきっとカードだ。呪いのカードのせいでここに飛ばされる途中、なにかの拍子に紛れ込んだのかもしれない。
俺はこらえられずに立ち上がって、自分でも驚くくらい真剣な声を出す。
「呪われたカード……! ハイロ、それについてもっと知らないか?」
「すみません、私も具体的には……」
「……そうか。じゃあ、氷の魔女は『災厄カード』のうちの一枚かもしれないってことか? そうは思えないけど……」
「まあハイロの言ったとおり、オドとカードには不思議なことがつきまとうものワヌ」
「って言ってもな……」
「私も気になります……」
「ま、あまり気にしてもよくないワヌよ」
フォッシャの能天気さに、俺は呆れる。
が、それとともに気はいくらか楽になった。たしかに面倒ごとを背負うのはもう充分だ。
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