夢の中で、僕は彼女と初めて出会った。
そこには何もなかった。
人が行き交う街も、長閑な田舎の風景も。
だだっ広い平野と、ささやかな風。
横たわる柔らかい空気が、どこまでも優しく続いていく。
遠い地平線には海が見えて、雲が、ゆったりと流れていた。
長い髪を靡かせながら、彼女は、そっと微笑むように佇んでいた。
白いワンピースと、透き通った肌。
クロスストラップの身軽なサンダルを履いて、鮮やかな緑に覆われた草原の上を歩いてた。
道標も、行き先も見当たらないまま。
「キミの名前は?」
僕は心の中で、彼女にそう尋ねたかった。
どこかで会ったことがあるようで、記憶のどこにもない顔。
見れば見るほど、線がぼやけていくようだった。
かといって、僕の人生のどこかで、すれ違ったことがあるような——
「キミが言いたいことはわかってる」
彼女は、そう言う。
何も言えずにいる僕に。
逸らしそうになる瞳に。
ずっとわからないことがあった。
彼女が何者であるかは、二の次だった。
くすんだ青色と、澄み切った空気と。
空を見上げれば、吸い込まれていくような穏やかさがあった。
永遠にも感じられるほどの遠さと、すれ違う光。
きっと、——いつか
心の中で、そう何度も感じてしまう寂しさがあった。
それがどこから来ているものかはわからなかった。
例えば、夏の終わりの夕暮れや、桜が咲く春の訪れ。
そういう時間の流れの中に、取り逃してきたもの——
わからなかった。
自分がどこにいるのか。
どこから、やってきたのか。
「行こう」
不意に見上げてしまう視線の下で、彼女はただ微笑んだ。
まるで、できすぎた物語の主人公のように。
落ちていく砂時計の、静けさのように。
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