「敢えて甘味や苦味を追求したのですね」
「そうです。天野先生の力がなければとても不可能でした」
「食材そのものは、イワシラ・ウグイドン組と共通ですね」
「はい、互いに交換し合いました」アジカンにすれば、もはや隠す必要もない。
「ユニークな上に力強いです。決断力、意志の強さがはっきりと感じられる一方、深い思慮にも裏打ちされた大海原を彷彿とさせる舌福です」
「ありがとうございます!」
と、天野がアジカンをだし抜いて頭を下げた。
「ご馳走さまでした」
天使は三度テーブルから食器を消した。
「それでは、結論に入りましょう。勝者は……」
一同が等しく固唾を飲んだ。
「アジカン・天野組です。おめでとうございます」
「ちょっと待って下さい!」
大いなる喜びに爆発しようとして、導火線が消された。
「何ですか、エバンテ?」
「伺ったところでは、二つの組は食材を融通し合ったんですよね?」
「そうです」
「なら、反則じゃありませんか」
エバンテの表情は、これを無視しようものなら一生許さないといわんばかりだ。
「どうして?」
天使はあくまで冷静だった。
「どうしてって……あたし達は自力だけで食材を見つけたんですよ!」
「今回は『料理の審査』です。『食材の調達』は入っていません。あなた達も同じように融通し合えば良かったでしょう」
「より優秀な食材を自力で発見するのも実力の内です!」
「では、あなた達の食材が他に比べて優れていますか? そうだとすれば根拠はなんですか?」
「死人茸とイノシシは、市場価値に換算すればカラスや川魚よりずっと高い値段がつきます」
オヒョウドの反論は、あながち的外れでもない。
「私は天使です。イワシに比べてマグロが高いから優れているなどという発想には与しません」
「イワシよりマグロが美味で希少だから高値がつくのです」
オヒョウドはなおも食い下がった。
「では、あなた達は今までにない味を追求しようとしましたか? その、より値打ちが高いとやらいう食材の可能性をどこまで突き詰めましたか?」
「それは、熱冷の……」
「熱いか冷たいかの差異による工夫よりも、鳥肉の味つけは塩や甘だれだけだという固定概念を破ろうとした挑戦を私は買いました」
「……」
誰が悪いというのでもなかった。エバンテとオヒョウドの料理は、『既存の味の改良』に過ぎなかった。イワシラとウグイドンのそれも結局は同じだった。
「さあ、アジカン。天野。望みを言いなさい」
「私は……」
再び異口同音。
慌てて二人は黙り、気まずそうに顔を合わせてから天野が改めて明らかにした。
「私は、元の世界に帰ります。口原君については本人が自分で決めれば良いと思います」
「ふむ。アジカンは?」
「私は……タラフクに残りたいです」
「アジカン!」
我慢できなくなり、イワシラは泣きながらアジカンに抱きついた。
「好き! 大好き!」
「お……俺もだ!」
「まあ、こんなところだろうと思いました」
抱き合う二人を横目に、ため息寸前の表情で天野はコメントした。
「待って下さい」
今度はウグイドンが。
「何ですか」
天使は寛大にも話を聞く態勢になった。
「もし、可能なら……俺を、地球に行かせて下さい」
「ええっ!?」
天野は両手で口を抑えた。
「そうなると、タラフクには戻れませんよ」
「構いません。店はアジカンとイワシラに譲ります」
「ど、どうして……」
「天野さん。俺は、短い間だったがあんたから聞いた地球の料理にとても気を引かれた。タラフクも魅力的だが、アジカンとあんたが作ったあの料理……俺が料理人の腕を極めるには地球へ行くしかない」
「でも、ご家族や友人とか……」
「俺は、料理の追求に人生を捧げてきた。だから天涯孤独だ。未練はないし誰にも迷惑がかからない」
「でも、どうやって暮らしていくんですか?」
「あー……それを、その……天野さんから……料理と引き換えに……」
「虫がいい考えですね!」
出来の悪い生徒を叱る、天野の口調にはウグイドンも小さくなった。
「最初から、私に助けて欲しいと言いなさい」
「はい、すみません」
「私の家や預金をそのまま渡すよ。店のお返しに」
「すまん」
「そういうことなら構わないでしょう」
天野は矛を収めた。
「ふん。あんた達がウグイドンのお店を継ぐんなら、手抜きしてないかどうか確かめにきて上げるよ。いつかは今回のリベンジを果たすから」
「手抜きしていたら代金はもちろん慰謝料と請求手数料を……」
「あんたは黙ってなさい!」
「いいでしょう。そのように計らいます。ウグイドンがそうするなら……皆さんの記憶については余計な操作をしないでおきましょう」
粋な計らいを示す天使。
「ありがとうございます!」
エバンテやオヒョウドまで含む全員が頭を下げた。口でどう言おうと、エバンテ達も忘れたくはないに決まっていた。
「さて、皆さんの希望が明確になったところで一つお知らせがあります」
天使が頃合いを計って持ちかけた。
「この廃墟は、元々宮殿でした」
天使が軽く右手を上げると風景が一辺した。
円柱に支えられた頑丈で分厚い屋根、床に広がる金色に縁取られた赤紫色の絨毯。色とりどりのきらびやかな衣装を身につけ、笑いながら踊る人々。エメラルドグリーンのテーブルクロスがかけられた数々のテーブルには様々な料理が味を競っている。
円柱の隙間から眺めた光景からするに、白昼の舞踏会か。何かの祝祭かも知れなかった。
「正確には、オイシイ山に離宮をこしらえて特別な日に王侯貴族だけのお祭りをしていたのです。そして、イワシラの祖先はまさに王様その人でした」
「ええっ!?」
突然の衝撃で声もないイワシラに代わり、アジカンは何度目かの芸のない驚愕を露わにした。
「しかし、オイシイ山の食材を独り占めしたことに不満を持った民衆が革命を起こして彼等は追放されました。祖先の美食への想いが遺伝して、イワシラの特異体質に繋がったのです」
「それは……ご先祖様が悪いよね。独り占めは良くないもん」
「ところが、オイシイ山を好きなように使えると知った民衆は際限なく山を食べ尽くし、全ての生き物が死に絶える寸前になりました」
「……」
人間の業を思い知らされるアジカン達。
「それで、今は主だった貴族の子孫と革命を起こした人々の子孫が仲直りして厳しくオイシイ山を管理するようになったのです」
「なら、イワシラも名乗りでればいいのに」
挑発めいたエバンテの指摘に対し、イワシラは静かに首を横に振った。
「そんな昔の話はどうでもいいよ。僕は、ウグイドンとはまた違う形で料理を極めようとするつもりだし。それに……アジカンもいるし」
「な、何よそれ。結局ノロケ?」
「うんっ。ノロケ」
「バカバカしいっ! そんなんじゃあたしにすぐ逆転されるじゃない!」
「すぐ逆転なんかされないもーん!」
「ぼつぼつその辺にしましょう」
天使の台詞が通り、沈黙が満ちた。
「お別れね、口腹君……いえ、アジカンさん。寂しいけど、風邪引かないでね」
「先生こそ」
「ウグイドン、お店は任せて」
「ああ、お前達なら安心だな」
「ふ、ふんっ。いくなら早くいきなさいよ」
エバンテの目には涙が溜まっていた。
「では、アジカン。これで全ての約束は成立しました。ご機嫌よう」
天使の言葉が終わり、またがらりと周囲が差し替えられた。どこかの街のさなかにある、『食えば踊る亭』と記された看板の
かかったレンガ造りの店。看板は、ステップを踏む人間のシルエットをモチーフにしている。それがウグイドンをモデルにしているのはすぐ分かった。
「さあ、お店に入ったらまずはお掃除だよ!」
イワシラの呼びかけに、アジカンは笑ってうなずいた。
終わり
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