気絶するほど異世界グルメ

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二口目 学食で美食 三 ~ 三口目 音楽で美食 一

公開日時: 2020年10月9日(金) 18:10
文字数:4,082

 噂では一回離婚歴がある。きりっとした美貌の反面冷たい印象もあるが、講義は人気があった。そんな先生が、きつねうどんセットを乗せた盆を両手で持ちながらたっている。


 そんな歳上の冷静系美人に弱い口腹である。


「天使さんみたい!」


 言われてみれば、そっくりではないが雰囲気は似ている。


「おい、失礼だろ」

「私、まだ死んでないから。お邪魔みたいだし、楽しんでね」


 微笑みながら天野は遠く離れた席へと去った。


「あの人と知り合いなの?」

「まあな」


 実は、食堂でたまたま隣の席になって茶のやり取りをしてから自然に会話が増えるようになっていた。


「ふう~ん」


 と、そこでかちゃんと音がした。イワシラの両手からナイフとフォークがテーブルに落ちる。


「結局なるんじゃないか!」


 イワシラの身体から離れたばかりの霊体に、思わず口腹は突っ込んだ。


「いいえ。私、分かりましたの。こちらでは、美味しい物を食べて美しい人を見たら霊的に熟成するのですわ」

「そ、そうだったのか」

「つまり、あなたは美しくありませんわ」

「やかましい!」

「さ、参りますわよ」

「どこに」

「厨房へご挨拶です」

「いや、ここはそういう場所じゃ……」

「大丈夫、私は肉体を持ちませんから。あなたはカウンターの外からでよろしくってよ」

「あのなー!」


 しかし、令嬢幽霊は苦もなく厨房へ進んだ。知らん顔をしたいが既に手遅れだ。どうせカウンターからでいいという話だし、一応見届けよう。


「ご機嫌いかが、調理人の皆様。丁度手がお透きのようですし、ご挨拶に……」

「ぎゃあ~っ!」

「お、お化け~っ!」


 調理師のおばちゃん達が口々に絶叫し、逃げだした。


「なんの騒ぎですか!?」


 天野がカウンターまで駆けつけた。


「先生、見ない方が……」

「あら先生、先ほどはまともなご挨拶ができずに申し訳ございません」


 厨房から、イワシラの霊体が優雅にお辞儀した。


「う~ん……」


 口から泡を吹いて天野は床に倒れかけた。


「先生!」


 慌てて天野を抱き抱える口腹。


「まあっ、これからあなたのお部屋で目にした絵のような行為をなさるのね?」

「うるさい! 食い終えたらさっさと……」

「どいて下さい!」


 逃げだすおばちゃんに天野ごと突き飛ばされ、二人分の体重がかかった状態で床に背中から倒れた。後頭部に鈍い衝撃を受け、そのまま意識が遠のいた。


 目を覚ますと、天使のいるレストランだった。店や窓越しに見える風景は相変わらずだが、前回より更に席が一つ増えている。


「ご機嫌いかが、天使様?」


 口腹の隣の席で、ぐったりと突っ伏しているイワシラの肉体のさらに隣で令嬢幽霊化したイワシラが滑らかに挨拶した。


「麗しく」


 この上ない優雅な微笑を、天使は浮かべた。その隣には天野がいる。並んでいると姉妹に思えた。


「先生、何故……?」

「私が招きました」


 それは二回目になる。


「えっ? て、天使……? 私は死んだんですか? さっきの幽霊も……口腹君、どうして?」

「まずは恒例の土産話をしなさい」


 いかにも万事弁えた司会者のように、天使は命じた。


「はい」


 実行しかけてはたと止まった。


「天使様」


 口腹としては本番前に地ならしをするつもりで切りだした。


「なんですか」

「『恒例』と仰いましたが、まだ二回目なのでは」


 天使は無言無表情だった。その代わり、テーブルの上に立体映像が突然浮かんだ。鬼、いや、悪魔か、とにかく獄卒の手で針山に串刺しされたり溶岩の中に叩き込まれたりする亡者どもが映っている。


「余計な話をするとこうなります」

「大変失礼しました」

「分かればよろしい」


 それからは、ごくスムーズに話が進んだ。


「とても面白いお話で楽しめました。満足です」

「で、では……」

「まだです。隣にいるお客様をもてなさねばなりません」


 天使は天野の方へ少し視線を注いだ。


「い、いや、私が招いたのでは……」

「あなた達二人を呼ぶのに、たまたま気絶していたせいで天野先生の魂も巻き込まれてしまいました。不慮の事故ですが、こられたからには満足して頂かないと」

「もてなすとか満足とか、なんのお話ですか?」


 多少なりといつもの冷静さを取り戻した天野。


「こうです」

「はい、把握できました」


 そして、天野だけでなく口腹の頭の中にも天使の言葉が別個に注がれた。


『憧れの先生を恋人にする機会です』

『まあっ! 口腹様が夜中に一人でこっそり見るようないやらしい絵のような展開になるかもしれませんわね』


 何故かイワシラの言葉も注がれた。


「……」


 沈黙は即ち肯定になりかねない。しかし、語る気持ちを整理できない。


「さあ、感動の波が盛り上がったところで三人をタラフクへ移しましょう。丁度、それに相応しい場所があります」


 天使は我と自らたてた計画に……それを計画と呼べるかは人によるだろうが……満足しているようだ。


「それから、イワシラはご自分の肉体に帰りなさい」

「はい、天使様」

「それでは、しばらくご機嫌よう」


 またがらりと辺りが変わった。暑い。そして熱い。とうに夏は終わったはずなのに。


 寄せては返すさざ波の音に、陽気な鼻歌が混じっている。かすかに磯の香りもした。


「海だ!」


 はしゃぐイワシラに知らされるまでもなく、口腹達は浜辺にいた。


「踊っている人がいます」


 天野に伝えられて目の当たりにしたのは、自分達から少し離れた場所で上半身裸の若い男性が相方……と、おぼしき存在……とまさしく踊っている様子だった。先ほどから耳にする鼻歌は彼からとも聞き取ることができた。


 男性は二十代の後半ほどか。口腹、いやタラフクではアジカンになるが彼と天野の中間くらいの年代だ。下半身は膝まである水着風のズボンをはいている。青い髪をしている一方、ズボンは赤地に緑色の花柄だった。そして筋肉質。それだけなら本人の勝手だろう。


 彼の相方は、見るだに人間ではなかった。人間と同じくらいの大きさをした蟹のような生き物で、左側のハサミがもげている。右側のハサミは……人間の頭くらいのサイズだが……ロープで縛られ開け閉めできなくなっていた。それを、男性は両手で包むように持って互いの身体を揺すっている。


 相方がただの蟹でないのは大きさだけではない。甲羅の真ん中からミミズのような太い虫がにょろっと生えて、男性の鼻歌に合わせてくねくね揺れている。ミミズそのものではないが、他に呼びようがないのでミミズとすることにアジカンは決めた。とにかくそれは人間の胴体くらいの長さ太さを備えていた。


 男性の傍らにはそれこそテレビゲームにでもでてきそうな巨大な金槌が一つとリュックが一つずつ置いてある。そして、同じくらい大きい金串がリュックと金槌を橋渡しするように横たえられていた。


 その内に、男性はハサミから手を離した。そして、甲羅に右足をかけてミミズに両手をかけたかと思うと力任せに引き抜いた。


 ずるずると引っ張りだしてから甲羅の上にとぐろを巻くように置き、金串を手にしてミミズの先端に突き刺した。慣れた手つきでミミズの体を突き破らないように通すと、甲羅から降りて両手で金串を持ち変えてかぶりつき始めた。


「あー、思いだした! カクレカニムシだ!」


 イワシラが目を輝かせた。


「カクレカニムシ!?」


 アジカンと天野は唐突にハモった。


「隠れ蟹虫。簡単にいうと蟹の寄生虫だよ。珍味で有名だけど、人食い蟹にしか寄生しないせいで滅多に取れないんだ。ただ、メスに寄生された奴がいたら少し離れた場所にまた別のメスに寄生された奴がいる。寄生虫同士で交尾するための場所が限られてるから」

「あれはどっちだ?」

「メスだよ。卵を産む穴がある」

「な、生で食べられるのか?」


 さすがのアジカンも毒気を抜かれた。


「どう食べてもおいしいよ。蟹の方も」

「す、凄い食欲なのはともかく……どうして踊っていたんでしょう」

「それが食材への敬意だからさ、お嬢さん」


 金串から顔を離して、男性が天野に説明した。橙色の瞳がはっきりとこちらを捉えていて、狡猾とも人懐こいとも印象づけられそうな顔だちになった。


「ねえねえ、それお兄さんが捕まえたの?」


 イワシラの両目は好奇心の余り星になりそうだった。


「ああ。お前らにはやらんぞ」

「い、いや、そもそも……」

「えーっ。死人茸があるからかえっこしない?」


 あくまで執着するイワシラ。


「うーん……。どれくらい手持ちがある?」

「小さな一袋」


 イワシラは自分の両手で輪を作って見せた。


「なら一口だけだな」

「あっ、一口だけでも……」

「待て」


 アジカンは一歩踏みでた。


「なんだい兄さん」

「その死人茸と引き換えに、隠れ蟹虫の居場所と捕まえ方を教えて貰った方がいい。ついでに道具も借りよう」


 それは天野から教わった見識だった。魚を得るより魚の取り方を得る。


 時と場合にもよるが。


「ワハハハハハ。なかなか抜け目がないな。だが、少々欲が過ぎるんじゃないか?」

「なら、もし捕まえられたら少し分けるというのはどうかしら?」


 アジカンに刺激されてか、天野が補った。


「ふーん。もし捕まえられなかったら? それに、道具が壊れたりしたらどうする?」

「そのときはこのアジカン君が働いて返します」

「ええっ!?」


 聞き捨てならないイワシラの条件。


「アジカン? その兄さんか。変な名前だな。で、構わないのか?」

「失礼ですが、どんな労働形態になるのでしょうか」

「賄いつき、一日八時間労働、休憩一時間で休みなしの三週間ってとこだな」

「却下です」

「じゃあ諦めろ」

「私達も働くから一週間ならいかがかしら?」


 天野が大胆な領域に踏み込んだ。


「それならそれで構わんよ」


 男性は寛大に受け入れた。


「そもそもどんな仕事なの?」


 反対するかと思いきや、イワシラまで乗りだし始めた。


「料理店だ。ここから少し離れた街で開いている。ちなみに今回は趣味できた」

「すごーい! 僕も料理人だよ」

「なに? いや待て。その顔。その年格好に『僕』……お前、放浪料理人のイワシラか」

「ええっ!?」


 素で驚くアジカン。


「あなた……知らないままだったの? まあ、私もだけど」


 呆れた表情になる天野。


「はい……すみません」


 殊勝に謝るアジカンであった。


「ウワーハハハハハ、兄さんにお嬢さん。とんだ貧乏くじだな」


 男性の態度が露骨に一変した。

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