気絶するほど異世界グルメ

退会したユーザー ?
退会したユーザー

五口目 防波堤で美食 三

公開日時: 2020年10月19日(月) 21:32
更新日時: 2020年10月22日(木) 15:09
文字数:3,724

 小柄なのでかえって可愛らしい。態度はその反対だが。


「釣針や餌には触っていません」


 本当は、そんな確証はないのだが堂々と天野は明言した。


「ふむ……それなら別個に提案がある」

「何ですか?」

「貴公らの内、少なくとも筋肉質と丸ぽちゃは料理人だろう」

「おい、失礼な言い方をするなよ」


 アジカンとしては、これをしも黙っていれば正義が廃れる。


「貴公こそ話の腰を折るな」

「料理人だったらどうなんだ?」


 ウグイドンがたくましい両腕を組んだ。


「こちらと料理勝負をして貰おう。丁度、エバンテもいるしニ対ニのチーム戦だ」

「どうしてそんな流れになるんですか?」


 天野はあくまで冷静だ。


「先ほどの件で精神的な打撃を受けた。それを挽回するにはこの勝負で勝つ他ない」

「分かった! 言い負かされて悔しいからむぐむぐむぐうっ」


 ウグイドンが大きな手でイワシラの口を塞いだ。


「俺達が勝ったらどうする?」

「全員で銅貨一枚を支払おう」


 ウグイドンに、若者は即答した。


「負けたら?」


 ウグイドンは辛抱強く確かめた。


「先ほどの請求に必要経費と手数料を上乗せして払って貰う」

「それはいくらくらいになるのですか?」


 天野が再び追及した。


「時価だ」

「話にならない。さっさと離れよう」


 アジカンが促し、イワシラ達がうなずきかけた。


「つまり、負けるのが怖いのだな」


 エバンテの言葉が各自の胸に突き刺さった。


「そんなことないもん! 僕達負けない!」


 イワシラの言い返しに、ウグイドンの手は間に合わなかった。


「さっきの仕返しか?」


 アジカンは、イワシラより更に背の低いエバンテを見下ろした。


「ふふん、見たところお金も荷物もないようだな。ここがどこか知っているのか?」


 エバンテはアジカンの質問を無視した。


「知らん」

「最寄りの村まで最短でも歩いて三日かかる。その間は不毛な荒野を通らねばならない。つまりあんた達は死ぬ」

「防波堤があるなら文明圏が近いはずだ」

「なら試すといい。昔はこの近くに漁村があったが、流行り病で十数年前に滅んだ」

「だから勝負に勝って物資を調達しろと言いたいのか」

「察しがいいな」

「お断りしておくが、文無しに貸す道具はない。まあ、負けたらお情けで使役してやる」


 若者はあくまでも尊大だった。


「料理の内容は?」


 天野が尋ねた。


「魚……としたいが凡庸だ。肉料理にしよう。我々は干肉のストックがある」


 若者の答えには、勝利を確信した傲慢さが滲み出ていた。辺り一面、牛や豚はおろか野良犬一匹見当たらない。


「この前の疑似肉もなしだからな。魚も肉の一部とかいう理屈も駄目だ」


 エバンテが冷ややかにつけ加えた。


「やるしかないな」


 ウグイドンが肩の筋肉を盛り上げた。


「受けよう」


 アジカンが決断し、宣言した。


「結構。時間は日没までだ。楽しみにしている」

「なら一つ、私の要望も聞いて貰おう」


 アジカンは若者を見据えた。


「なんだ?」

「私の名はアジカン。そちらは?」

「オヒョウド。近い内に様をつけて呼ぶことに……」


 アジカンはすたすた防波堤を歩いて去った。あとを追う仲間達の足音を耳にしながら、食材の方針を頭の中で取捨選択する。


 深刻な状況とは裏腹に、浜辺は静かに波の音を奏でていた。暑くも寒くもない天気で、それだけはありがたい。空には少し雲が多いように思える。


「見て、アジカン」


 イワシラが空を指し示した。雲間から光が差している。


「天使の通り道か」


 ウグイドンのコメントからは、それほど大した関心がないように感じられた。


「肉……肉か。浜辺を離れて内陸に近づけば……いや、それだと制限時間に……」


 歩きながらぶつぶつ考えを放り出すアジカンは、どこ吹く風になっていた。


「天使だわ!」


 天野の目撃に、さすがのアジカンも一気に知的方向を視線ごとねじ曲げられた。


 荘厳な音楽などかかってはいないが、後光をまといながらしずしずと天使が降りてきた。羽ばたいたり手足を動かしたりではなく、両腕を伸ばして両足をそろえた姿勢を保って目の前にやってきた。


「いつも会ってる天使さんだ!」


 イワシラが目を輝かせた。


「ご機嫌いかが?」

「初めて天使らしい登場ですね」


 皮肉のつもりはないアジカンだったが、やはり皮肉になった。


「あなた達が持っていたのはこの釣具ですか?」


 天使の右手の平が空に向けられ、そこから少し間隔を開けてモリとロープが浮かんだ。テレビゲームのアイテム紹介画面のように回転している。


「それ、釣具じゃなくて漁具だろ」


 ウグイドンがぼそっと指摘した。


「それともこの釣具ですか?」


 天使は左手の平も同じように空に向けた。こちらはアジカン達の釣具そのものが現れた。


「もちろん、左手の方です」


 アジカンは自分達が使っていた釣具を指した。


「正直な方ですね」


 天使は微笑んだ。


「ご褒美に両方差し上げます」

「つまり、どこかの童話みたいな演出を楽しみたかったのか」


 独り言にしては少々アジカンの声は大きすぎた。天使とアジカンの間に時ならぬ針山地獄の幻が生じた。


「はい、黙ってありがたく頂きます」

「では、頑張りなさい」


 天使も地獄も消えた。砂浜の上に投網と釣具だけが残った。


「これだけだと魚とかエビとかしか取れないな」


 ウグイドンは道具と距離を置いたままだ。


「釣った魚をエサにして、鳥か何かを狙うのはどう?」

「そうだ!」


 突然イワシラが目を輝かせた。アジカン達は一瞬驚いたが、とにかく耳を傾けた。


「海亀だよ。ほら、甲羅の残骸がある」


 イワシラに促された先には、波に洗われるようにして甲羅の一部が砂から突きでていた。


「絶滅危惧種じゃないの?」


 天野はその類に用心深い。


「いくらでもいるし海に近いレストランでも普通にだすよ」

「ならいいか……見た目は沢山いても絶滅寸前というパターンもあるが、この際一匹取れば上出来だろう」

「沢山いるのに絶滅って、どうして?」


 イワシラはアジカンの知識に興味を持った。


「動物によっては、まとまった数の群れがいないと卵を産まなくなる習性があったりする」

「ふ~ん。アジカンって物知りだね」

「それほどでもない」

「たまには」

「……」

「えー、こほん。海亀を捕まえる算段をつけましょう」


 天野が呼びかけ、アジカンは頭を切り替えた。


「例外もあるが、大抵のウミガメは肉食性だ」


 アジカンは釣具を手にした。


「なら、それこそ釣った魚を使うか……待てよ、道具はあっても魚用のエサがない。その辺で調達するか」


 ウグイドンが太陽を見上げた。ある程度まとまった量を確保するなら大した時間はない。


「魚を手に入れたらどうするの?」


 敢えて天野は素人じみた質問をした。


「素潜りでばらまく」


 当然自分がやるといわんばかりのウグイドン。実際、一番うってつけだろう。


「生きたまま?」


 天野は尚も煮詰めた。


「いや、余りそれは気にしなくていい。死肉も食うからな」

「亀がきたら、ロープを結びつけたモリを打ち込んでみんなで引っ張るんだな?」

「そういうことだ、アジカン。今回は、俺が魚を撒くのとモリを打ち込むのと両方やろう」

「助かるよ。じゃあ、調理はどうする?」

「そういえば、調理器具まではないね。ナイフはあるけど」


 使い慣れた自分の道具が手元になく、イワシラは悔しそうだ。


「あるものでなんとかしよう。そうだ、イワシラが見つけた甲羅があったな。調理台か皿かに使えないか?」

「うん、打ち上げられた流木とかも使えるよね」


 アジカンの思いつきに、イワシラも乗ってきた。


「なら、みんなで魚のエサを集めて釣りをして、それからウグイドンが亀を捕まえる。我々はその間甲羅を掘り起こして流木を集める」


 アジカンがまとめると、異議はなかった。


 それからは、地道な作業の連続だった。浜辺の砂を掘り返せば小さな蟹がいくらでも見つかった。サビキ釣りには当てはめにくいエサなので、能率を上げる意味でも全員が投げ釣りの仕かけを用いた。重めの重りをつけて浜辺から仕かけを投げると、すぐに様々な小魚がかかった。


 百匹近い小魚を蓋つきのバケツに入れ、ロープをつけたモリを肩に担いだウグイドンは上半身裸になって海に入った。一方、イワシラは流木を拾いにいきアジカンと天野は甲羅を掘り起こす。


 アジカンからすれば、単純だが大変な作業だった。まず道具らしい道具がない。砂浜には石ころ一つない。一応、手で掘れなくはないのだけが救いか。


 時々、意地悪な波が砂をもたらしたせいで折角の作業がなにがしか逆戻りする。まさに賽の河原だ……天使のもたらした知識によれば、タラフクにも似たような川があるそうだが。


「アジカン、はいこれ」


 イワシラが、座ったまま素手掘りを続けるアジカンに木で作ったスコップを差し入れた。


「ありがとう。流木から作ったのか?」

「うん。あとは天野さんが一人でやるから」


 イワシラは自分のスコップを手に、アジカンの隣に座った。


 天野は一番体力がない。だから、負担が一番軽い作業に当たるのが合理的だ。それが理解できないアジカンではないが、どうせなら天野と二人きりになりたかった。


「ねえ」


 二人でひたすら甲羅を発掘しながら、イワシラが不意に口を開いた。涼しいくらいの天気にもかかわらず、額には汗が浮かんでいる。アジカンはとうに全身汗だくだ。


「うん?」

「天野さんのこと、好きなの?」

「ブッ」


 イワシラ手製のスコップが甲羅に当たった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート