気絶するほど異世界グルメ

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一口目 夢中に美食 二 ~ 二口目 学食で美食 一

公開日時: 2020年10月7日(水) 18:10
文字数:3,503

 地面に座ったアジカンは、イワシラから深皿とスプーンを受け取った。おたまは鍋に入ったままなので、一すくいして皿に入れる。


「頂きます」


 律儀にもお辞儀して、アジカンは食べた。


「はふはふ……キノコを食べる時は先人の努力に敬意を表さないと」

「先人の努力?」

「最初の内はどれが毒キノコか分からないから、試行錯誤だろ。中にはあたって死んだ人も大勢いるし」

「ああ、そうだよね。僕も自分が知ってる奴しか食べないもん」

「僕?」


 思わずアジカンは手を止めた。


「どうかした? 僕は僕だけど」

「いや……なんでもない」


 僕っ娘には特にどうとも思わない。令嬢幽霊とのギャップには驚いたが話の内容そのものはごくまっとうだ。話の内容は。


「スープが独特だな。肉が入ってない代わりに野菜が旨味を高めている」

「お~、お客さんお目が……じゃなかった、おベロが高い。苦労して探したかいがあったなあ」

「探したって?」

「キノコを」


 良く考えれば、夜中の墓場で鍋など常軌を逸している。


「椎茸じゃないのか?」

「ううん、シビトダケ」

「チビを抱け?」

「死人茸」


 ブーッと素で吹いた。笑ったのではなく恐ろしい衝撃でだ。


「汚いし勿体ないなあ。墓場でも死人茸を見つけるのは大変なんだぞ」

「い、いや、名前からして……」

「そりゃあ死体に生えるけど毒はないし栄養価は高いし、なんなら魔法道具の材料にもなるし。とっても有用」

「うむむ……」


 自他共に認める一言居士のアジカンながら、論破されたのを認めざるを得ない。


「まー、難しいことはそのくらいにして好きなだけ食べなよ」

「お、おう」


 空腹はあらゆる理屈を後回しにする。鍋の底がはっきりするまで食べ続けた。


「ご馳走さまでした。食器はどこで洗う?」


 再び頭を下げ、アジカンはもちかけた。


「一緒にきて」


 イワシラはたち上がってズボンをぱたぱたと手ではたいた。それから食器を鍋にまとめて持ち、焚き火は置いておいて先に歩き始めた。


「この墓場は共同墓地かなにかか?」


 イワシラに半歩遅れて歩きながら、アジカンはきょろきょろ頭を振った。自分一人ではないし、イワシラの様子からして危険な存在はいないようなので恐怖心はかなり薄らぎつつあった。


「違う。共同墓地の廃墟」

「死人茸はどんな形をしてるんだろう」

「普通だよ。傘は丸くて白くて握り拳の半分くらいで、茎は灰色で少し太目」

「他のキノコと間違えないのか?」

「茎に小さな人間の影みたいな模様が沢山

あるからすぐ分かる。その墓場に埋葬された人間通りの模様になるみたい」


 香り高い沈黙が辺りに溢れた。


「どう調理するんだ?」

「それはね……」


 死人茸のスープ


 一、水洗いして傘と茎をばらして、根っこみたいな部分は捨てて茎は縦に切る。傘は適当に指でちぎる。


 二、傘を脂で炒める。スープの元が滲みでてくるので火を止め傘はしばらく脇に置く。


 三、一で縦切りした茎に水とさっきのスープの元を加えて煮る。ついでに他の野菜も入れておく。


 四、最後に、炒めた傘を加えて完成


「……て感じ」

「イワシラって、食い意地が張っただけの人間じゃなかったんだな」


 我ながらひねくれた感心の仕方だ。


「そういう君はどうなんだ。そもそも、どうしてここにきたの?」

「あー……気がつくといた」


 天使が云々はさすがにややこしい。


「なにそれ? 記憶喪失?」

「ま、まあそんな感じだ」


 歯切れの悪い説明は好みではない。この際仕方ない。


「ついたよ」


 イワシラの台詞を待つまでもなく、つい最近知り合った天使と全く同じ姿形の石像がたっている。無論ステーキを食べる様子ではなく、胸の前に少し傾けた水差しを両手で構えていた。


 石像の足元は地面ではなく、レンガを平らに敷き詰めた正方形の基礎がこしらえてあった。隅には排水口が設けてある。


 鍋を水差しの口のすぐ下になるよう捧げ持つと、音もなく水がでてきた。八割ほど入ったところで鍋を下げると水も止まった。それからすぐに、鍋に溜めた水を石像の基礎に捨てた。


「洗うなら私がやろう」


 もてなされたからにはと、アジカンは提案した。


「え? もう洗ったよ」

「すすいだだけじゃないのか?」

「ほら」


 まだ湿っている中身をイワシラは見せた。なるほど、新品同様になっている。


「凄いな。便利なものだ」

「ここが特別なだけで、普段は手を動かして洗うから間違えないでね」

「こんな便利な設備があるのにどうして廃墟になったんだろう」

「さあ。古代文明の名残りみたいだよ」

「墓荒しなんかはこないのか?」

「昔いたけど、この天使様が動きだして魔法かなにかで燃やしちゃったって。ああ、キノコをとるくらいなら許してくれるよ」

「ふーん」


 そういえば、ついでに手を洗いたくなった。


「すまないが代わって貰えないか?」

「うん」


 天使像の水差しに両手をだすと、すぐに水がでてきた。ただし、鍋を洗うのと違って巨大なバケツからぶちまけたような勢いだ。


「うわあっ!」


 全身ずぶ濡れになったかと思った直後に、アジカンはタラフクから姿を消した。


 そして彼は口腹になっていた。特別なきっかけや変身めいたものがあるのではなく、心の中で自意識が切り替わった。なんとなれば、目の前に天使がいたからだ。石像ではなく生身で。


 場所は初めて会ったのと同じレストランである一方、料理はどこにもない。代わりに、天使はついさっきまでいじっていたスマホをテーブルの上に置いた。画面の内容は口腹からは見えない。


「一区切りついたみたいですね」


 厳かに天使は問いかけた。


「すっごーい! 本物の天使様ですか? 石像とそっくり! もしかしてモデルさんとか? あの仕かけどうやって作ったんですか?」

「どうしてお宅が隣にいるんだ」


 同席しているイワシラの興奮ぶりに、口腹はついていけないものを感じつつもどうにか割り込んだ。


「私が招きました。もっとも、死んだのではありません」

「招いた?」


 図らずも同じ言葉が重なり、口腹とイワシラは顔を見合わせた。


「それより、早速ご馳走を食べたようですね」

「やだなあ、それほどでも」

「お宅に言ってるんじゃないだろ」

「本題に入りなさい」


 天使に促され、口腹は一通りを語った。時々イワシラが口を挟んだのは愛嬌だろう。


「ありがとうございます。とても楽しいいきさつでした。それでは、約束通り生き返らせましょう」

「生き返るって?」


 イワシラが頭にいくつも見えざる疑問符を浮かべた。


「元々私は、タラフクとは別の世界の人間だった。たまたまトラックに轢かれて死ぬ直前の状態でこのレストランにきたんだ」

「なにそれ? トラックって?」

「いや、もうお宅とは……そもそもどうして招いたんです?」

「その方が賑やかで楽しいでしょう?」

「でも、これで用件は終わったはずですよね。それではお互い元の世界へ」

「ずるい」


 ぼそっとイワシラは述べた。


「ずるい?」

「僕、見ず知らずの君に大事な死人茸の鍋をご馳走したのにな。軽く言葉でお礼言って後は知らん顔かあ。あーそーですかそーですか」

「……」


 なにやら面倒くさい成りいきに差しかかりつつある。


「今度はイワシラがアジカンの……というよりは口腹の……世界にでなにか食べ物を振るまってもらうのがいいでしょう。それが公平というものです」

「わーいやったー!」

「か、勝手に決められては……」

「では天国へいきますか?」


 半ば脅迫に等しい。


 とはいえ、一飯の恩義を言葉だけで済ませるのはいかにも狭量に思える。


「いいでしょう。その代わり、私は金持ちじゃありませんからできる範囲は限られますよ」

「それで構いません。土産話を楽しみにしています」


 天使の言葉が終わるのと、場面がまたしてもきれいさっぱり切り替わるのとは全く同時だった。


「起きて」

「うーん……」

「起きてよ」

「むむむ……」


 なんだか変な夢を見ていたような気がする。なかなか頭が切り替わらず、このまま眠っていたいような気持ちも強い。


「起きろー!」


 ついに布団が引き剥がされた。たまらず目を開けると、覗き込むイワシラの黄色い瞳が自分の寝ぼけた顔を映していた。


「わーっ!」


 イワシラの格好は墓場で会った時のままだ。口腹はパジャマで、その単調な青白の縦じまから自分の部屋だと把握できた。


しがない六畳部屋だがそれはどうでもいい。


「本当に驚くのが好きなんだなあ。せっかく天使様の計らいで君の世界にきたんだから、さっさと起きて案内してよ」


 下ぶくれ気味の顔が迫っている。作業服風の上着越しに、彼女の胸が自分のそれに近づいていた。


「分かった、分かったからどいてくれ」

「うん」


 ようやく自由に動けるようになった。しかし、着替えねばならない。


「少しの間、風呂場にいてくれないか。そこのドアだ」

「いいよ」


 さすがにイワシラも悟ったようだ。わずかながらも静かになる。

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