鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
kiki
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112 絡みつく運命

公開日時: 2021年1月5日(火) 17:49
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:20
文字数:4,491

 



 カラリアとアミは、とっさに武器を手に取る。




「誰だお前たちはッ!」


「お姉ちゃんを離せっ!」




 かなり強めの殺意を向けられ、少女二人は大げさに驚いた。




「うひいいぃっ!?」


「ま、待ってお姉さんたち、私たち怪しい者じゃないよお!」




 慌てて弁明を始める二人組。


 なお、まだメアリーからは腕を離していない。




「そう、私たちは観光ガイドなんだから!」


「ここ、女神の生まれた村“ミーティス”を訪れた貴重なお客様を」


「丁寧におもてなしするのが役目なのっ!」


「金髪の私は姉のエリニ・ヒュペリオーネ。そして銀髪のこっちが――」


「エリオ・ヒュペリオーネだよ、以後お見知りおきを!」




 自らの胸に手を当て、ハイテンションに自己紹介をする少女二人。


 同じ姓を持ち、そしてこの外見――おそらくは双子なのだろう。


 そんな二人に挟まれながら、メアリーは呆れ半分に言った。




「私たちは観光客ではありません」


「えー、なら何でこんな何もないクソ田舎の村にやってきたの?」


「わかんないわかんなーい。観光以外に用事なんて無いはずなのに!」




 見たところ、地元の人間のようだが――散々な言いようである。


 確かに、彼女たちにとっては退屈な村かもしれないが。




「申し訳ありませんが、今はとにかく宿に行きたいんです」


「宿! それなら案内してあげる。ほらほら、こっちだよっ」


「観光じゃなくても案内はできるの。さあさあ、残りの三人も早く早く!」




 連行されていくメアリー。


 それを不安そうに見つめるカラリアとアミ。




「……ついて行くしかあるまい」


「キューシー、大丈夫?」


「病人じゃないんだから、歩くぐらい平気よ」




 そう返事をするキューシーは、病人のように青ざめた顔をしていた。




 ◇◇◇




 エリニとエリオは、メアリーたちを宿まで案内すると、早々に立ち去っていった。


 宿の店主にも話を付けてくれたようで、部屋を二つ確保してくれた。


 キューシーはそのうちの一つに入ると、「しばらく一人にして」と言って扉を閉ざす。


 メアリーたちは彼女の身を案じながらも、ひとまず隣の部屋に入ることにした。


 各々リラックスできる体勢で体を休める。


 部屋に流れる空気は、いつもより重苦しい。




「キューシー、部屋にこもっちゃったね」


「できれば一緒にいたかったんですが」


「一人になりたいときもあるだろう。悲しみとの向き合い方は人それぞれだ」




 それが親を失うという大きな悲しみなら余計に。


 荒れたり暴れたりしないだけ、キューシーはかなり知性的だ。




「ほんと、最悪だよね。なんであんなひどいことできるんだろ」




 メアリーの膝枕で横になるアミは、そう吐き捨てた。


 椅子に腰掛けたカラリアは、テーブルに肘を付くと、両手を額に当てて険しい表情で言う。




「エラスティスのときもそうだったが、人の命をゴミのように扱う奴だな」


「『世界』は――仮に術者ではなく、アルカナの意思がその行動を引き起こしているのだとしたら、彼らにとってこの世界の命など、無価値に等しいものなのでしょう」


「自分たちで作っておいてそんなのひどいよ!」


「私もノーテッドには世話になった。彼に報いなければ」




 ノーテッドの死を嘆いているのはキューシーだけではない。


 メアリーたちにとっても、彼は恩人だ。


 だからこそ、その彼ですら逃げられない『世界』という存在に絶望感を覚える。


 報いたい。


 しかし、それは可能なのだろうか――考えれば考えるほど、不安は膨らむばかり。


 自然と言葉数は少なくなり、アミですら黙り込んでしまった。


 それに耐えかねて――と言うと語弊があるが、ふいにメアリーはアミに起きるように言うと、ベッドから立ち上がった。




「私、フィリアスさんと連絡取ってきます」


「通信端末はどうするんだ?」


「村長さんの家に一台あるそうです。私だけで行くので、二人はここでキューシーさんが出ていかないよう見ていてください」




 落ち着いている――と言っても、感情がいつ爆発するかわからない。


 憎しみか、自己嫌悪か、それがどういう形で発露するのかも不明瞭だ。


 場合によっては自暴自棄になって……という可能性も考えられる、誰かがそばにいてやらなければならない。




「……そうだな、今はキューシー優先か」


「一緒に行きたいけど、今はそうだよね。いってらっしゃい、お姉ちゃん」


「ええ。行ってきます、二人とも」




 そう言って、メアリーは部屋を出た。




 ◇◇◇




 メアリーが宿を出ると、エリニとエリオにはちあわせした。


 二人はメアリーに駆け寄ると、彼女の顔をじーっと、色んな角度から見つめる。




「お姉さんお姉さん、その姿よくよく見れば」


「もしかしてメアリー王女様? もしかしなくてもメアリー王女様?」


「……そうですが」


「やっぱりぃー! すごいねすごいねっ」


「女神様は王女様まで引き寄せるんだね! こんなクソ田舎にも取り柄はあるんだねっ」




 きゃっきゃと騒ぐ双子。


 黄色い声は、今のメアリーの不安定な心には少々うるさすぎる。


 思わず眉間にシワが寄りそうになるのを、彼女はぐっと我慢した。




「女神……この村に本当にいたんですか?」


「私たちは知らないっていうか、覚えてないけどぉ」


「16年前まで本当に住んでたんだって!」




 16――その数字にメアリーは大きく反応した。




「まさか本当に……その人の名前はわかりますか!?」


「もちろんっ」


「知らないはずないよ!」




 双子は顔をあわせると、声を重ねてその名を呼んだ。




『リュノ・アプリクス!』




 できれば、違っていてほしいと心のどこかで願っていた。




「やはり、『死神』が……この村に……」




 ミーティスにたどり着いたのは偶然で。


 マジョラームにもピューパにも関係のない場所に来たはずで。


 それでも戦いから逃れられないという現実に、メアリーは軽くめまいを感じた。




 ◇◇◇




 メアリーはエリニとエリオに案内され、村長の家までやってきた。


 通信端末を借りるために。


 だがその前に――別の用事ができてしまった。


 村長は初老の男性だった。


 王女の来訪に驚く彼に、メアリーは家に上がるなり問いかける。




「リュノ・アプリクスをご存知ですか」


「ええ、もちろん。この村で知らない者などおりません」


「良ければ、話を聞かせていただきたいのですが」


「リュノ様の話を? もちろん、メアリー王女様の頼みとあらば喜んで。いやあ、嬉しいですねえ。王女様のようなお若い人が、女神様に興味を持ってくださるなんて」




 村長は上機嫌にメアリーを居間に案内した。


 今の若い人は、あまり神様や信仰に興味を示さないらしい。


 エリニとエリオを見ていると納得せざるを得ない。


 二人は村長と親しい間柄なのか、平然と家にあがっていた。


 メアリーと村長が居間でテーブル越しに向かい合うと、双子はソファで横たわりじゃれ合っている。




「申し訳ありません、うちの娘が」


「ああ……そうだったんですか」




 他人の家にしてはくつろぎすぎているとは思ったが――村長の娘というのなら納得だ。


 違和感も解消できたところで、彼は話を始める。




「リュノ様は、遥か昔からこの村で暮らしておられました。ある時代は神として信仰され、またある時代は普通の村人として馴染み、そして我々の時代では村外れでひっそりと暮らされていたのです」


「この村を選んだことには、何か意味が?」


「場所を選んだ理由はわかりません。ですが、この村を作ったのがリュノ様なのです」


「では、ミーティスという名前もですか」


「ええ、親しいご友人の名前から取ったと記録が残っています」




 友人――そう言われて、メアリーは『世界』のことを思い出す。


 ディジーと一緒に迷い込んだ遺跡で、『皇帝エンペラー』のアルカナの元となった人間、マニ・クラウディがその名前を口にしていた。


 発音こそ多少違うものの、彼女は『世界』のことを“ミティス”と呼んでいたはずだ。




(ミティスとリュノは友人だった……けれどリュノは『死神デス』として、友人であるミティスを封じた……)




 だが16年前、リュノはワールド・デストラクションに協力し、その友人であるミティスを消そうとしたのだ。


 リュノが何を考えて、そうしたのかはわからない。


 しかしそこには、間違いなく大きな感情の流れがある。


 底なし沼のような愛憎が、数千万年、あるいは数億年の月日を経て、溜まって、淀んでいる。


 そんな気がした。




「リュノ様は、強大な力を持った邪神を封じていたと伝えられております。外見のみならず、人格も美しく――女神様の人となりについては、こちらの本を読んでいただくのが一番早いかと」




 村長はそう言って立ち上がると、後ろにある棚から一冊の本を差し出した。


 見覚えのある表紙を前に、思わずメアリーは声をあげる。




「この美しいって、ステラさんの本じゃないですか!」




 出てきたのは、『この美しい世界のために』という、ステラの書いた本。


 すると村長は嬉しそうに頷く。




「ええ、ステラはこの村の出身ですから」


「じゃあこの本は……」


「村に残る伝承を元に、彼女が創作したものです。若い人も読んでくださっているようで嬉しい限りですね。これで観光客も増えてくれるといいのですが……」




 遠い目をする村長。


 現状、あまり集客効果は無いようだ。


 だがメアリーはそれどころではない。




(ステラさんは、一般人なのになぜか王城に立ち入ることができた。お父様とも面識があった。彼女は『死神』の関係者だったのでは……?)




 まったくの無関係と思える人物に、細い線が繋がる。


 メアリーは前のめり気味に村長に尋ねた。




「リュノさん本人とステラさんの間に繋がりはありませんか?」


「いやぁ……存じ上げませんね。リュノ様は村の片隅でひっそりと暮らしていたのですから」


「そう、ですか……」




 繋がったばかりの糸は、あっさり断ち切られた。


 おそらくヘンリーも、リュノに会うためにこの村を訪れたはずだ。


 その際にステラと知り合ったのだろうか。


 だがそれだけで、王城にまで招き入れて、メアリーに会わせるだろうか。




「あの、こんなことを聞くのはおかしいかもしれませんが――私って、リュノさんに似てますか?」




 ユーリィ曰く、リュノとメアリーは似ているらしい。


 だが彼女の言葉をどこまで信じていいのか、メアリー自身にも判断しきれないところがあった。


 村長はメアリーの顔を見てじっと考え込むと、なぜか一瞬だけ「ふっ」と笑ったあと、こう答える。




「似てませんね、これっぽっちも」


「……そうなんですね。だったらいいんです」


「ははは、確かに王女様はお美しいですからね。リュノ様にも負けていませんよ」




 見え透いたお世辞など、メアリーの耳に届くことすら無かった。




「もしよろしければ、写真などを見せていただけませんか?」


「生憎、リュノ様はそういったものを嫌っていましたから。顔が気になるのでしたら、村の中心にある女神像をご覧になってください」


「ありがとうございます。では後で見てみますね」




 こうして観光地として大々的に――と言ってもあまり観光客はいないようだが――売り出している割には、本人の形跡が残っていない。


 いや、リュノが写真すら拒んでいたというのなら、彼女は自らの意思でそれを残さなかったのか。


 その後、メアリーはフィリアスと通信して、広場の像を見てから宿に戻った。


 それなりに時間をかけて観察したが、どう見ても自分には似ていなかった。



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