カラリアとアミは、とっさに武器を手に取る。
「誰だお前たちはッ!」
「お姉ちゃんを離せっ!」
かなり強めの殺意を向けられ、少女二人は大げさに驚いた。
「うひいいぃっ!?」
「ま、待ってお姉さんたち、私たち怪しい者じゃないよお!」
慌てて弁明を始める二人組。
なお、まだメアリーからは腕を離していない。
「そう、私たちは観光ガイドなんだから!」
「ここ、女神の生まれた村“ミーティス”を訪れた貴重なお客様を」
「丁寧におもてなしするのが役目なのっ!」
「金髪の私は姉のエリニ・ヒュペリオーネ。そして銀髪のこっちが――」
「エリオ・ヒュペリオーネだよ、以後お見知りおきを!」
自らの胸に手を当て、ハイテンションに自己紹介をする少女二人。
同じ姓を持ち、そしてこの外見――おそらくは双子なのだろう。
そんな二人に挟まれながら、メアリーは呆れ半分に言った。
「私たちは観光客ではありません」
「えー、なら何でこんな何もないクソ田舎の村にやってきたの?」
「わかんないわかんなーい。観光以外に用事なんて無いはずなのに!」
見たところ、地元の人間のようだが――散々な言いようである。
確かに、彼女たちにとっては退屈な村かもしれないが。
「申し訳ありませんが、今はとにかく宿に行きたいんです」
「宿! それなら案内してあげる。ほらほら、こっちだよっ」
「観光じゃなくても案内はできるの。さあさあ、残りの三人も早く早く!」
連行されていくメアリー。
それを不安そうに見つめるカラリアとアミ。
「……ついて行くしかあるまい」
「キューシー、大丈夫?」
「病人じゃないんだから、歩くぐらい平気よ」
そう返事をするキューシーは、病人のように青ざめた顔をしていた。
◇◇◇
エリニとエリオは、メアリーたちを宿まで案内すると、早々に立ち去っていった。
宿の店主にも話を付けてくれたようで、部屋を二つ確保してくれた。
キューシーはそのうちの一つに入ると、「しばらく一人にして」と言って扉を閉ざす。
メアリーたちは彼女の身を案じながらも、ひとまず隣の部屋に入ることにした。
各々リラックスできる体勢で体を休める。
部屋に流れる空気は、いつもより重苦しい。
「キューシー、部屋にこもっちゃったね」
「できれば一緒にいたかったんですが」
「一人になりたいときもあるだろう。悲しみとの向き合い方は人それぞれだ」
それが親を失うという大きな悲しみなら余計に。
荒れたり暴れたりしないだけ、キューシーはかなり知性的だ。
「ほんと、最悪だよね。なんであんなひどいことできるんだろ」
メアリーの膝枕で横になるアミは、そう吐き捨てた。
椅子に腰掛けたカラリアは、テーブルに肘を付くと、両手を額に当てて険しい表情で言う。
「エラスティスのときもそうだったが、人の命をゴミのように扱う奴だな」
「『世界』は――仮に術者ではなく、アルカナの意思がその行動を引き起こしているのだとしたら、彼らにとってこの世界の命など、無価値に等しいものなのでしょう」
「自分たちで作っておいてそんなのひどいよ!」
「私もノーテッドには世話になった。彼に報いなければ」
ノーテッドの死を嘆いているのはキューシーだけではない。
メアリーたちにとっても、彼は恩人だ。
だからこそ、その彼ですら逃げられない『世界』という存在に絶望感を覚える。
報いたい。
しかし、それは可能なのだろうか――考えれば考えるほど、不安は膨らむばかり。
自然と言葉数は少なくなり、アミですら黙り込んでしまった。
それに耐えかねて――と言うと語弊があるが、ふいにメアリーはアミに起きるように言うと、ベッドから立ち上がった。
「私、フィリアスさんと連絡取ってきます」
「通信端末はどうするんだ?」
「村長さんの家に一台あるそうです。私だけで行くので、二人はここでキューシーさんが出ていかないよう見ていてください」
落ち着いている――と言っても、感情がいつ爆発するかわからない。
憎しみか、自己嫌悪か、それがどういう形で発露するのかも不明瞭だ。
場合によっては自暴自棄になって……という可能性も考えられる、誰かがそばにいてやらなければならない。
「……そうだな、今はキューシー優先か」
「一緒に行きたいけど、今はそうだよね。いってらっしゃい、お姉ちゃん」
「ええ。行ってきます、二人とも」
そう言って、メアリーは部屋を出た。
◇◇◇
メアリーが宿を出ると、エリニとエリオにはちあわせした。
二人はメアリーに駆け寄ると、彼女の顔をじーっと、色んな角度から見つめる。
「お姉さんお姉さん、その姿よくよく見れば」
「もしかしてメアリー王女様? もしかしなくてもメアリー王女様?」
「……そうですが」
「やっぱりぃー! すごいねすごいねっ」
「女神様は王女様まで引き寄せるんだね! こんなクソ田舎にも取り柄はあるんだねっ」
きゃっきゃと騒ぐ双子。
黄色い声は、今のメアリーの不安定な心には少々うるさすぎる。
思わず眉間にシワが寄りそうになるのを、彼女はぐっと我慢した。
「女神……この村に本当にいたんですか?」
「私たちは知らないっていうか、覚えてないけどぉ」
「16年前まで本当に住んでたんだって!」
16――その数字にメアリーは大きく反応した。
「まさか本当に……その人の名前はわかりますか!?」
「もちろんっ」
「知らないはずないよ!」
双子は顔をあわせると、声を重ねてその名を呼んだ。
『リュノ・アプリクス!』
できれば、違っていてほしいと心のどこかで願っていた。
「やはり、『死神』が……この村に……」
ミーティスにたどり着いたのは偶然で。
マジョラームにもピューパにも関係のない場所に来たはずで。
それでも戦いから逃れられないという現実に、メアリーは軽くめまいを感じた。
◇◇◇
メアリーはエリニとエリオに案内され、村長の家までやってきた。
通信端末を借りるために。
だがその前に――別の用事ができてしまった。
村長は初老の男性だった。
王女の来訪に驚く彼に、メアリーは家に上がるなり問いかける。
「リュノ・アプリクスをご存知ですか」
「ええ、もちろん。この村で知らない者などおりません」
「良ければ、話を聞かせていただきたいのですが」
「リュノ様の話を? もちろん、メアリー王女様の頼みとあらば喜んで。いやあ、嬉しいですねえ。王女様のようなお若い人が、女神様に興味を持ってくださるなんて」
村長は上機嫌にメアリーを居間に案内した。
今の若い人は、あまり神様や信仰に興味を示さないらしい。
エリニとエリオを見ていると納得せざるを得ない。
二人は村長と親しい間柄なのか、平然と家にあがっていた。
メアリーと村長が居間でテーブル越しに向かい合うと、双子はソファで横たわりじゃれ合っている。
「申し訳ありません、うちの娘が」
「ああ……そうだったんですか」
他人の家にしてはくつろぎすぎているとは思ったが――村長の娘というのなら納得だ。
違和感も解消できたところで、彼は話を始める。
「リュノ様は、遥か昔からこの村で暮らしておられました。ある時代は神として信仰され、またある時代は普通の村人として馴染み、そして我々の時代では村外れでひっそりと暮らされていたのです」
「この村を選んだことには、何か意味が?」
「場所を選んだ理由はわかりません。ですが、この村を作ったのがリュノ様なのです」
「では、ミーティスという名前もですか」
「ええ、親しいご友人の名前から取ったと記録が残っています」
友人――そう言われて、メアリーは『世界』のことを思い出す。
ディジーと一緒に迷い込んだ遺跡で、『皇帝』のアルカナの元となった人間、マニ・クラウディがその名前を口にしていた。
発音こそ多少違うものの、彼女は『世界』のことを“ミティス”と呼んでいたはずだ。
(ミティスとリュノは友人だった……けれどリュノは『死神』として、友人であるミティスを封じた……)
だが16年前、リュノはワールド・デストラクションに協力し、その友人であるミティスを消そうとしたのだ。
リュノが何を考えて、そうしたのかはわからない。
しかしそこには、間違いなく大きな感情の流れがある。
底なし沼のような愛憎が、数千万年、あるいは数億年の月日を経て、溜まって、淀んでいる。
そんな気がした。
「リュノ様は、強大な力を持った邪神を封じていたと伝えられております。外見のみならず、人格も美しく――女神様の人となりについては、こちらの本を読んでいただくのが一番早いかと」
村長はそう言って立ち上がると、後ろにある棚から一冊の本を差し出した。
見覚えのある表紙を前に、思わずメアリーは声をあげる。
「この美しいって、ステラさんの本じゃないですか!」
出てきたのは、『この美しい世界のために』という、ステラの書いた本。
すると村長は嬉しそうに頷く。
「ええ、ステラはこの村の出身ですから」
「じゃあこの本は……」
「村に残る伝承を元に、彼女が創作したものです。若い人も読んでくださっているようで嬉しい限りですね。これで観光客も増えてくれるといいのですが……」
遠い目をする村長。
現状、あまり集客効果は無いようだ。
だがメアリーはそれどころではない。
(ステラさんは、一般人なのになぜか王城に立ち入ることができた。お父様とも面識があった。彼女は『死神』の関係者だったのでは……?)
まったくの無関係と思える人物に、細い線が繋がる。
メアリーは前のめり気味に村長に尋ねた。
「リュノさん本人とステラさんの間に繋がりはありませんか?」
「いやぁ……存じ上げませんね。リュノ様は村の片隅でひっそりと暮らしていたのですから」
「そう、ですか……」
繋がったばかりの糸は、あっさり断ち切られた。
おそらくヘンリーも、リュノに会うためにこの村を訪れたはずだ。
その際にステラと知り合ったのだろうか。
だがそれだけで、王城にまで招き入れて、メアリーに会わせるだろうか。
「あの、こんなことを聞くのはおかしいかもしれませんが――私って、リュノさんに似てますか?」
ユーリィ曰く、リュノとメアリーは似ているらしい。
だが彼女の言葉をどこまで信じていいのか、メアリー自身にも判断しきれないところがあった。
村長はメアリーの顔を見てじっと考え込むと、なぜか一瞬だけ「ふっ」と笑ったあと、こう答える。
「似てませんね、これっぽっちも」
「……そうなんですね。だったらいいんです」
「ははは、確かに王女様はお美しいですからね。リュノ様にも負けていませんよ」
見え透いたお世辞など、メアリーの耳に届くことすら無かった。
「もしよろしければ、写真などを見せていただけませんか?」
「生憎、リュノ様はそういったものを嫌っていましたから。顔が気になるのでしたら、村の中心にある女神像をご覧になってください」
「ありがとうございます。では後で見てみますね」
こうして観光地として大々的に――と言ってもあまり観光客はいないようだが――売り出している割には、本人の形跡が残っていない。
いや、リュノが写真すら拒んでいたというのなら、彼女は自らの意思でそれを残さなかったのか。
その後、メアリーはフィリアスと通信して、広場の像を見てから宿に戻った。
それなりに時間をかけて観察したが、どう見ても自分には似ていなかった。
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