メアリーは手足の無い状態で、背骨の内側に埋め込まれている。
『吊られた男』による魔力向上で、魔術評価は5万を突破する。
だが、今の彼女にとってはそれすらも“様子見”だ。
『女教皇』の操るあの石像がいかなる能力を持っているのか。
それがわからない以上、最初から全力で潰しても仕方がない。
しかし、メアリーの巨人はどうしても目立つ。
王都の門に殺到する民も、
「お、おい見ろ、あんな化物まで出てきたぞ!」
「もういやあぁぁああっ! 早くここから出してえぇぇぇええっ!」
それを誘導する兵士や解放戦線の団員も、
「なんだありゃ……いや、どっかで見たことあるぞ」
「新聞だ。ありゃ、キャプティスでメアリー王女が戦ってたときに出した巨人だ。俺らの味方だよ!」
そして当然、天使たちも注視する。
空を飛ぶ赤い化物たちは、一斉にその手を骨の巨人に向けた。
そこから放たれる、威力だけは一流の下級魔術。
それは着弾するたびに、まだ『女教皇』と衝突すらしていない巨人の体を削っていく。
「お姉ちゃんには手出しさせないんだからっ!」
「全力でメアリーをサポートするわよ!」
「わかっているさ。フィリアス、お前も手伝え!」
「余裕ないんだけど……まあいいわ、やるだけやってみるわぁ」
仲間たちは、メアリーを狙う天使から優先的に落としていく。
あえて自らに狙いを向けさせるため、フィリアスは剣の纏う炎の出力をあげ、アミはとびきり巨大な車輪を手にし、キューシーは民家をゾウに変え、カラリアは宙を舞って刀を振り回す。
ゾウが吹き飛ばした天使を、カラリアが切り刻んだ。
アミの車輪が生み出す旋風が、フィリアスの炎を乗せすべてを焼き尽くした。
夜明けの王都に舞い散る炎。
それを民が見つめる中、焔色に照らされ、骨の巨人が大地を砕きながら疾走する――
「おぉぉおおおおおおッ!」
響く地鳴り。
その震源地で、少女は猛り、『女教皇』の石像と衝突する。
ズドォンッ、と大砲でも着弾したような、腹に響く重たい音が鳴った。
渾身のタックル。
石像は――微動だにせずに受け止める。
(こいつ――硬い……っ!)
すぐにわかった。
これは異様な頑丈さ――“物理的”ではなく、“概念的”なものだ。
この石像に、骨の巨人で傷を与えることはおそらく不可能だろう。
しかしメアリーには役目がある。
巨人を操り、石像に掴みかかると、ついに向こうも動き出した。
石像は巨人の手を掴むと、互いに両手をつかみ合い――いわゆる手四つからの力比べがはじまった。
(相手はこれだけの規模の結界を展開し、この巨人まで操っているんです。複数のアルカナを持つ私が負けるわけにはいかないッ!)
でなければ、あまりにアンフェアだ。
力いっぱいに押し込むメアリー。
石像は――当然ではあるが――表情一つ変えずに、それを受け止める。
微動だにしない。
すると、石像がふいに、わずかだが腰を落とした。
両足に力が入る。
「ふ、ぐうぅぅ……この、力は……ッ!」
骨の巨人は、されるがままに、地面を削りながら後退していく。
踏ん張ることすらできない。
天使と戦いながら、キューシーはぼやく。
「これみよがしだと思ったけど――やっぱ一筋縄ではいかないわね」
あの石像は、あまりに目立ちすぎている。
狙ってくださいと言わんばかりに。
そこがウィークポイントであるはずがないのだ。
「お姉ちゃん、頑張れえぇぇぇえええっ!」
アミが巨人に近づく。
そしてその脚部にしがみつくと、足裏に車輪を生み出した。
その推進力で巨人に力を与えようというのだ。
『死神』と『運命の輪』の力をあわせ、今まで何度も窮地を脱してきた。
だったら今度だって――と期待するアミ。
だが車輪は虚しく地面を削り空転するだけ。
「どうしてっ、全然手応えがないよぉ!」
嘆くアミ。
一方でフィリアスは冷静に分析する。
「あの石像……傷一つないわねぇ」
タックルやつかみ合い、そして天使からの攻撃を経て、骨の巨人のほうは相応に“傷”が生じている。
しかし石像にはそれがまったくない。
新品同様の状態なのだ。
「もしかして、結界と同じものなんじゃなぁい?」
「奇遇だな、私もそう考えていたところだ」
カラリアが同調する。
「どう攻撃を加えようと壊せるものではない。『女教皇』の突破口は石像ではない」
「つまりは――」
フィリアスが目を向けたのは、がら空きになった柱の間。
「まあ、あれもあれで無防備すぎて怪しいけどぉ?」
「考えるのは試してからだ。フィリアス、天使の相手は任せたぞ!」
「任されたくありませぇーん」
やる気なさげにそう言いながら、迫る天使の群れと向き合うフィリアス。
カラリアは二丁拳銃を手に、背中の装置で加速して城の入り口へ向かう。
「わたくしの下僕たちよ、カラリアをサポートしなさい!」
天使が立ちはだかるその道を切り開くのは、キューシーの役目だ。
彼女の額には汗が浮かび、魔力の消耗も激しい。
しかも巨大な獣を何体も使役している。
以前ならば不可能だったろう。
戦いの中で効率的な魔力の使い方を身に着け、そして単純に魔力そのものが成長した結果である。
門に殺到する獣の群れ。
小さいものは猫や小鳥から始まり、大きいものはゾウまで――鳴き声をあげながら走り抜ける。
そして彼らが門に到着した瞬間、空間が裂けた。
中から現れたのは石像の腕だ。
その手が獣たちを薙ぎ払い、握りつぶす。
カラリアは慌てて足を止め、腕に――否、城そのものを狙って発砲する。
しかし新たな腕が現れ、それも防いだ。
「これ、どうすんの?」
フィリアスがキューシーのほうを見て言った。
「最悪の事態として想像していなかったわけではないけど――」
聞かれた彼女は、門の前に現れる二体目の石像を見上げて、頬を引きつらせた。
さらに、後ろから鼓膜を震わす爆発音がしたかと思えば、足元が激しく揺れ、煙があがる。
メアリーの巨人が、石像に投げ飛ばされ倒れたのだ。
「実際に目にすると、最悪の状況ね」
未だ三桁は残っている天使。
メアリーの巨人よりも強力な石像が挟むように二体。
赤と白の脅威が、キューシーたちを取り囲む。
だが“最悪”は、これだけでは終わらなかった。
門の前に立つ巨人――その向こうにある城内から、ぞろぞろと人が出てくる。
鎧をまとった兵士もいれば、給仕服をまとった女性もいる。
おそらく、城の中に残っていた者たちだろう。
彼らは一様に虚ろな瞳をしていた。
その気配でカラリアは察する。
「おい……追加の天使なんて聞いてないぞ?」
どれもこれも、まともな人間ではない。
その顔色や動きからして、兵士同様にわずかに自我は残っているようだが、その身は人ではなくなっている。
「あの子は――」
すると、フィリアスは新手の天使の中に、知った顔を見つけてしまった。
近衛騎士だ。
自分の部下だ。
確かにフィリアスは、権力欲しさに近衛騎士になった女性である。
しかし――部下に一切の情が無いかと言われれば、それは嘘になる。
成り上がるには部下からの信頼が必要だ。
そのために、打算と本心――両方の意味で彼女は部下を大切に育ててきたのだから。
「ヘンリィィィ……ッ!」
「フィリアス!?」
見たことのない表情で激昂するフィリアスに、キューシーは驚きを隠せない。
怒りに呼応して、手にした剣と、背中から生えた炎の勢いが増す。
「あのクソジジイッ、まさか近衛騎士にまで手を出すなんて! 絶対に許さないわぁッ!」
そして彼女は感情のままに、天使の群れに突っ込んでいった。
「ちょ、ちょっと、さすがにそれは危ないわよ!」
いや、己の命を危険にさらさないという最優先の目的を忘れたわけではあるまい。
死にはしないだろう。
だがその線のギリギリ手前まで踏み込んでいる――応援に向かうべきか悩むキューシーに、新たな群れに最も近いカラリアが視線を向ける。
二人の目が合った。
カラリアは小さくうなずき、フィリアスをフォローすべく動き出す――
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