その頃、キューシーとアミは市場で買い物をしていた。
アミは両手に串焼きを持ち、かぶりつきながら、少し遅れて歩くキューシーを呼ぶ。
「きゅーひー! こんろはこりぇたべひゃい!」
「あんた食べてから言いなさいよ」
「んぐっ……だって時間がもったいないんだもん! 私もお腹いっぱい食べて、お姉ちゃんにもいっぱい買っていかなくちゃっ」
「メアリーはそこまで食べな……いや、食べるかあの子は」
エネルギー消費の激しさからか、アミほどではないものの、メアリーはよく食べる。
単純に以前から食いしん坊なだけの可能性もあるが。
「おじさん! この丸いお肉三つと、こっちの鳥を二つちょうだい!」
「あいよ、お代は――」
「わたくしが払いますわ。おいくらかしら?」
お金の心配は一切無い。
何ならここらの屋台ごと根こそぎ買ったって、キューシーのお金が尽きることは無いぐらいだった。
「さすがお金持ちだなぁ……」
分厚い財布を見て、しみじみとつぶやくアミ。
「わたくしが貢献できるのは財力ぐらいですもの。惜しみなく使わないとね」
「そんなこと気にしてたの? はむっ、もがっ」
アミは店のおじさんから器を受け取ると、すぐさまミートボールを口に放り込んだ。
二人は再び、人混みの中を歩きだす。
ルヴァナは比較的乾いた土地だ。
気候は温暖で過ごしやすいが、地面も乾いているため、これだけの人が歩いていると砂埃が気になる。
顔の前を手で払いながら、キューシーは言った。
「気にするわよ。いつの間にかメアリーにも魔術評価で差を付けられちゃったんだもの。アミは言うまでもないし、カラリアは体力お化けだしで。同じアルカナ使いなのに自信なくすわ」
「私はキューシーの能力、いいなーって思うけどな。私なんて車輪だよ車輪。かわいさが足りない! その点、キューシーは動物でいいよね」
「かわいさで勝負してないから」
冷たくあしらいながらも、まんざらでも無さそうなキューシー。
そんな調子で、二人は雑談を交わしながら市場を物色する。
最も人の密度が高い場所を抜けてしばらく進むと、店の数も、歩く人の姿もまばらになってくる。
そこでキューシーはある人物と出くわした。
「あら、あなたは……!」
「あ、キューシーさんと、アミちゃんだったよね。数日ぶり」
相変わらずのボサボサ頭。
そしてあまり人との交流が得意そうではない、ぎこちない笑み。
海岸沿いのホテルで出会ったステラだ。
「うわー、偶然だね。そっちの人は誰?」
「ああ、彼女は――」
「あらあら、キューシーと言えばあなた、もしかしてマジョラームのご令嬢ですか!?」
ステラの隣に立つ、メガネをかけたスーツ姿の女性は、ぐいっとキューシーに歩み寄った。
そして素早く名刺を差し出す。
「私、イナニス出版社のシャイティ・エネミナスと申します。どうぞお見知りおきを」
キューシーは名刺を受け取ると、「どうも」と愛想笑いを返した。
さらにシャイティはアミにもてきぱきとした動きで同じ動きを繰り返す。
「あなたの活躍は聞いております、アミ・ヘディーラさん」
「あはは、ど、どうも……」
キューシーを真似して名刺を摘むアミ。
だがそれをどうしていいのかわからず、キューシーのほうをチラチラと見ている。
「出版社ということは、もしかしてステラ先生の担当の方なのかしら?」
「ええ、まさにその通りですわ。先生のおかげで我が社は潤って潤って困ります。うふふふっ」
「このご時世なのに、流行は海外にも広まっているそうですからね。わたくしも読みましたが、素晴らしい作品でしたわ。売れるのは当然だと思います」
「あらあらまあまあ、さすがマジョラームのご令嬢、口が上手ですねぇ」
「いえいえ、本当にわたくしは先生のファンなんです。今後の作品の幅広い展開に、マジョラームも関わらせていただきたいぐらいに」
「それはぜひ! 早速、社に戻ったら上の者に相談させていただきますわ」
何やらキューシーとシャイティは盛り上がっている。
一方で、アミは全くついて行けず、困った挙げ句にステラのほうを見ると、彼女は「あはは」と苦笑いを浮かべた。
「ですが私としては、みなさんの旅の記録のほうが気になるところです。事が収まった暁には、ぜひ我が社で自伝を書いていただきたいです」
「あはは、無事に終われたらぜひ。ところでお二人はなぜここに?」
なかなか話が終わりそうになかったので、キューシーは話題を変える。
するとステラは、眉を八の字に曲げた困った表情で答えた。
「実は、私……一人で旅をしてたんですが」
「次のお仕事が待っているのに、先生は勝手に旅に出てしまうんです。そのたびに私が探し回って、首根っこを掴んで仕事をさせるんですよ」
「じゃあもしかして、海岸のとこにいたのも……」
「海を見ながらのんびりしたいなぁ、と思って」
「のんびりしてる場合じゃありません! 先生には新作を書いていただかなければならないのですから!」
「キューシーも言ってたけど、そんなにすごいんだね、その小説」
「アミさん、読まれてないんですか?」
「私は文字読めないから」
「それはもったいない! 全世界で売れに売れているナンバーワン小説ですよ!」
シャイティは眼鏡を光らせると、ずいっと顔を近づける。
再びキューシーに助けを求めるアミ。
しかし彼女は「うんうん」と頷くばかり。
ファンに囲まれたアミに逃げ場はなかった。
「ぜひタイトルだけでも覚えて行ってください。『この美しい世界のために』」
「こ、この……?」
「『この美しい世界のために』!」
「この美しい、世界のために……」
「そうです! よくできました。内容は……そうですね、じきに王都で演劇が公開されるはずですから、それを見てください。何だったらこちらからチケットも送らせていただきますから」
「は、はあ……」
完全に勢いに押されるアミ。
ステラとのこの押しの強さの違い――書く側と売る側の違いということか。
ここまではしゃいで食べまくっても一切疲れていなかったアミの表情に、わずかな疲労が見え始める。
さすがにシャイティもしつこすぎる自覚はあったらしく、そこまでで身を引き、すっとステラの腕を引いた。
「それでは、私と先生は仕事がありますので」
「えっ、待ってシャイティさん。私は今から市場でご飯を――」
「その前に仕事です!」
「少しの時間でいいからさあ」
「その隙に逃げるのが先生ではないですか。さあ、行きますよ!」
「ああ、ご飯……ルヴァナの名物……くいだおれ市場あぁ……」
情けない声を出しながら、ずるずると引きずられていくステラ。
アミとキューシーは、呆然と二人を見送った。
「……嵐みたいな人だったねぇ」
「あれぐらいじゃないと、ヒット作を売り出すことはできなんでしょうね」
「そうかなぁ……?」
首をかしげるアミだが、事実あの押しの強さは営業において強さになるだろう。
キューシーは少しだけ、マジョラームに引き抜きたいとも考えていた。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
「ええー! 私、まだ食べたりないよ?」
「往復するってことよ。帰り道でメアリーの分まで買ったらちょうどいいでしょう?」
「はっ、確かに! さすがキューシー、頭いいー!」
「ほんと馴れ馴れしいわねあんた……」
二人は来た道を引き返していく。
すると、行きの道よりも、少し騒がしい。
控えめながら、悲鳴まで聞こえてくる。
「何かあったのかしら」
「行ってみようよ!」
アミとキューシーは、声のしたほうへと向かう。
するとそこには――
「カラリア、あんた何やってんのよ!」
地面に膝をつく、メイド服の女の姿があった。
カラリアは苦しげな表情で、「げほっ、ごほっ」と咳き込む。
同時に、口から血を吐き出し――地面を赤く汚した。
「キューシー、すまない……回復、を……っ」
「まさか攻撃を受けたって言うの!?」
すぐさまキューシーはカラリアを抱きしめた。
本来ならあっという間に傷は塞がるのだが、カラリアの魔術耐性がそれを邪魔する。
「カラリア、お姉ちゃんは?」
「部屋、に残っている……大丈夫、あいつに、命の危険は無い……」
「カラリアだけ傷を負ったの? 一緒に部屋にいたんだよね?」
「敵アルカナは……おそらく、『恋人』。魔力の矢を使い、相手に恋心を植え付け……攻撃、させる力、だ」
「恋心? どういうことよ」
「恋心を、植え付けられた者は、毒を得る。その状態で、私に、触れることで――毒を、流し込むんだ」
「メアリーが毒の媒体になったってこと? それでカラリアだけが攻撃を受けたのね」
「あいつは、相手の能力を食い止めるため、自分自身を磔にして部屋に残った……」
「やっぱりお姉ちゃんも怪我を……相手の能力者はどこにいるの!? すぐに殺すから!」
「反撃、した。狙撃で……ここから北東方向にあるホテルで、腕を一本失っているはずだ。髪の色は紫。だが、ホテルからは逃げた。まだ、街にはいるはずだが――」
「わかった。私が追うね!」
アミは手のひらから車輪をぼとりと生み出すと、それを靴裏にセットする。
「待ちなさいアミっ、一人じゃ危険だわ。カラリアの回復を待ちましょう!」
「それじゃあ逃げられちゃうよ。大丈夫、私がお姉ちゃん以外に恋心なんて持つはずないからっ!」
「ちょっ、そういうことじゃなくっ! アミ! アミぃーっ!」
キューシーの静止も聞かずに、車輪を動力に走り去るアミ。
「まったく……人の話を聞かないんだから」
「苦労するな、お前も」
「……あんたほどじゃないわ。じっとしてなさい、すぐに治るから」
「ああ、助かる……」
カラリアは力を抜いて、キューシーに体を預けた。
◇◇◇
アミは高速移動しながら、誰にもぶつかることなく人と人の間を抜けていく。
横から歩いてきた人が真正面に現れれば、衝突する寸前に飛び上がり、空中で回りながら頭上を越える。
そして着地。減速することなく直進――
(カラリアが言ってたホテルはあの路地を抜けた先。腕が無くなるぐらいの傷なら、そんなに早くは逃げられないはず)
アミは埃っぽい、薄暗い路地を抜け、広めの通りに出る。
そこで一旦停止して、周囲を見回した。
敵の姿はない。
だがすんすんと鼻を鳴らすと、かすかに血の匂いがする。
匂いのするほうへと近づく。
足元には赤いシミがあった。
それはぽつぽつと、建物の裏に向かっていっている。
すると樽の影に、真っ青な顔をしながら膝を抱え、ガタガタと震えるポニーテールの女がいた。
髪の色は紫。
右腕は欠損。
「あなたが『恋人』のアルカナ使い?」
「ひっ……」
エラスティスはアミを見上げると、頬を引きつらせた。
そこからは戦意も殺意も感じられない。
ただただ、アミへの恐怖だけが埋め尽くしている。
彼女はお構いなしに、手のひらから車輪を取り出した。
「今さら怯えたって遅いよ。死んで、お姉ちゃんの一部になっちゃえ!」
「いやああぁぁああっ! 待って、待ってくださいぃぃっ! 死にたくない……私、死にたくないの……っ!」
尋常ではない怯えよう。
躊躇のない命乞い。
今まで戦ってきた相手とは、どうにも様子が違う。
「何でもするから、お願いっ! 情報も渡すし、戦いの手伝いをしたっていい! お願いよぉっ、殺さないで! 死にたくない、死にたくないっ、こんな知らない土地で、一人でなんて嫌なのぉっ!」
「……っ」
アミには、それがどう聞いても嘘だとは感じられなかった。
かといって、アルカナ使いを生かしたままにしておくのは非常に危険である。
個人的にも、生かしておきたくはなかったが――
「それに、私……腕を失ったままじゃ、矢は打てないの。『恋人』の能力も使えない……」
「本当に?」
「こんな傷でを嘘をついても仕方ないわ。放っておいても……どうせ、失血で死ぬんだから……」
確かに、カラリアは矢の能力と言っていた。
もっとも、それが手のひらから放てない保証などない。
だが一方で、情報や戦力に飢えているのも事実だ。
ここで殺せばアミは溜飲を下げることができる。
しかし今後の戦いへの貢献度を鑑みれば、生かして情報を引き出したほうが良いのではないか。
アミは考えた末に、手のひらから少し形状の違う車輪――否、ただの“輪”を取り出すと、エラスティスの頭をくぐらせ、ぎゅっと絞めて体を拘束した。
「わかった、じゃあこのまま他の人のところまで連れて行くから。何か変な動きを見せたらその輪っかで絞め殺すからね」
「っ……」
「返事は? お姉ちゃんに攻撃した時点で本当は死んでも許されないんだからね? 生きてちゃいけないんだからね?」
「わ、わかった、わ」
アミの殺意は本物だ。
それを間近で受けたエラスティスは声を震わせながら、深く頷き、従順を誓った。
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