鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
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045 フラッシュバック

公開日時: 2020年10月12日(月) 17:00
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:10
文字数:6,804

 



 射出された車輪が天使に近づくと、空間がぐにゃりと歪む。


 肉が弾ける。


 それは天使にまとわりつくように周囲を飛び回り、ただそれだけで、気味の悪い赤い体を傷だらけにしていく。




「ため息が出るほど目障りだな」




 だが天使が両手を握ると、体から光が放たれ、車輪を焼き尽くした。


 距離を取っていたメアリーは、骨の盾でそれを防ぐ。


 だが表面は一瞬で焼け焦げ、開いた穴から貫通した光が、彼女の体をわずかに焼いた。


 ボロボロと盾が崩れ落ちる。


 視線の先にいるアミとメアリーの目が合う。


 少女は白い歯を見せて、前と変わらぬ笑顔を浮かべ、元気な声でこう言った。




「ここは私に任せてっ! メアリー様、作戦があるんでしょっ?」


「この敵は危険です!」


「大丈夫だよっ、今の私、すっごく強いから! 足止めどころか、この化物を倒せちゃうかもね?」


「……舐められたものだな」



 天使が手をかざし、アミの頭部を光線が狙う。


 しかし、彼女の周囲を飛ぶ車輪が自動迎撃し、弾いた。


 天使の表情が不快そうに歪む。




「見てのとおりだよっ」


「……っ、お願いします、アミちゃん!」


「ふふ、任されたっ! メアリー様に頼りにされるなんて夢みたい!」




 説明を聞くのは後回しだ。


 メアリーは、アミが生きていたことへの喜びをエンジンに、天使に背を向け走りだす。




「逃さんよ」




 天使はメアリーに向かって手をかざすも、




「俺たちのことも――」


「忘れられちゃあ困るんだよなあ!」




 解放戦線の放った魔導銃に邪魔をされる。


 それしき大したダメージではないが――先ほども言ったように、蚊が飛び回る程度には鬱陶しいのだ。


 加えて、いつの間にか接近していたアミの存在――




「速い――!」


「だって私は車輪だもん!」




 地面を蹴って、サマーソルトキック。


 足裏には、彼女を高速移動させた、動攻一体の車輪が張り付いている。


 天使の体は、まるで斬撃でも受けたように、深く大きく傷つく。


 後退し、再生する傷口を手で押さえながら、天使は言った。




「25000程度で調子に乗るなよ、しょせんはただのアルカナに過ぎん!」




 光を纏った拳がアミに襲いかかる。


 対するアミも、腕の周囲に車輪を浮かべ、真正面から握り拳をぶつけた。




「てやぁぁぁあああっ!」




 車輪は運命を歪め、攻撃するだけではない。


 アミの車輪は、力を加速させる――




「止めるか、この力をぉッ!」


「止めるよ! メアリー様への気持ちが、私をどこまでも強くするから!」




 魔力同士が衝突し、弾ける。


 フロアは光で真っ白に染まり、吹き荒れる風に、解放戦線の面々は思わず顔を両腕でかばった。




 ◇◇◇




 戦線を離脱したメアリーは、隔壁で閉ざされた階段の前へ。


 それを破壊すべく、背中から腕を生やして叩きつけようとすると――




「開いた……?」




 まるでメアリーを迎え入れるように、隔壁は開かれる。


 訝しみながらも、上り階段に足を置くと、近くにあったスピーカーから声が聞こえた。




『王女様、聞こえるかい?』


「ノーテッドさんですか?」


『うん、解放戦線の人たちが協力したおかげで、そのあたりのコントロールを奪取できた。サポートするから、王女様は行きたい場所に行ってくれ』


「助かります!」


『それと、敵のアルカナについてだけど』




 ノーテッドがいいかけたところで、天井からアオイが頭を出す。




「私は運がいい」




 メアリーの道を塞ぐように、目の前の壁がせり出した。




「あなたを、この手で殺せるなんて」




 後退すれば回避は容易。


 だが彼女はリスクを負ってでも、前に進むことを選んだ。


 押しつぶされそうになりながら、ギリギリで間をすり抜ける。




『王女様、『タワー』だ! そいつのアルカ――』




 端末から響くノーテッドの声が途切れる。


 再度、コントロールを奪われたのだろう。




「塔のアルカナ……ありがたい情報です!」


「あの男、余計なことを」




 アオイは少し苛立たしげだ。


 そんな感情を反映してか、次々と壁を動かし、メアリーを攻撃する。




「でも、アルカナが判明しても、関係ないわ。あなたは逃げられない。イレギュラーが起きたおかげで、結果として、こうして、殺すチャンスをもらった。仕留めないと。必ず、必ず……」




 執念を感じさせる声で、上層階を目指すメアリーを追い詰めていく。


 彼女はそれを、壁に爪を引っ掛けて、立体的な動きですり抜けていく。


 普通の人間なら避けられない――その程度の攻撃では、メアリーを捉えることはできないのだ。




「どこへ行くの、メアリー。どこへ行ったって、私はどこにでもいる。この空間全てが、私の味方」




 メアリーは目的の階層に到着。


 それに合わせて、カメラから様子を見ていたノーテッドが、隔壁を開く。


 もちろんアオイはそれを許さない、すぐさまコントロールを奪取し閉ざす。


 だがメアリーは、わずかな隙間から体を滑り込ませ、廊下に出ることに成功した。




(塔……やはりそういうことですか。セキュリティに優れたビルは、逆に敵にとっては格好の餌だった――都合の悪い偶然です。こういう“裏目”ばかり続いている!)




 そして今度は、直線に伸びる廊下を走った。




(『スター』のアルカナも、もうちょっと私を導いてくれていいと思うんですが――あるいは、この状況が最善ということなんでしょうか。でしたら最悪ですね)




 星は答えない。


 マジョラーム本社に逃げなければ、アオイは攻め込んで来なかっただろう。


 だが、それはメアリーが知り得る情報ではない。


 不運にも、運が敵に味方してしまっただけのことである。




心傷風景トラウマバイオレンス




 廊下に出ても、アオイの攻撃は続く。


 メアリーの行く手を遮るように、フランシスの姿をした幻影が立ちはだかった。




「メアリー、私と一緒に――」


「邪魔です」




 メアリーは腕から伸ばしたブレードを無感情に振り下ろす。


 幻影はご丁寧にグロテスクな臓物をぶちまけながら、恨めしそうに手を伸ばしながら倒れた。


 すると、与えた傷がメアリーに跳ね返り、体から血が噴き出す。


 常人ならば致命傷。


 だがそれは、彼女が動じるほどの痛みではない。




「んくっ……今さら、お姉様の偽物で止められるとでも思ったんですか?」


「カラリアといい、つまらない。普通なら死ぬのに」


「普通を想定している時点で甘いんですッ!」




 メアリーの行く手を遮るように、床からフランシスが生えて、掴みかかってくる。


 幸い、それ自体の力は大したものではない。


 だがほんの少しでも足を止めれば、数に押しつぶされて、同時に複数体の幻影を破壊する羽目になる。


 そうなった場合、メアリーに反射するダメージは、決して無視できるものではないだろう。


 ゆえに、足止めを食わぬよう、最低限は幻影を撃破しながら進む必要があった。




「そう、バルコニーを目指すの……ふふ、単純な考え。建物から出ればいいと、そう思っている」




 アオイはメアリーの目的地に気づく。


 廊下の端に設置された扉、その向こうにある広いバルコニー――普段は社員の憩いの場として利用されるスペースだ。


 そこにたどり着けば、メアリーは勝機があると考えているらしい。


 しかし、それでもなお、アオイは冗長にも心傷風景を使い同じ攻撃を繰り返す。


 まるで、ここで殺す必要はないとでも言うように。




「でも……ほら、見てよ」




 その余裕の理由を見せつけるように――アオイは壁から体を出して、窓の外を指差した。


 メアリーはちらりとそちらに視線を向けた。


 ぬうっと、まるで夜に覆われたように廊下が暗くなったかと思うと、闇の中央にぎょろりと巨大な目が開く。


 金色の眼が、駆けるメアリーを凝視した。




無貌虚人ソロウアノニマス。触れたら終わりの、塔の番人。私が能力を解除しない限り、自動的に、例外なく、塔から出ようとする、全ての人間を消滅させる」




 アオイは自慢げに語る。




「つまり、『塔』に囚われた者は、二度と外に出られない、ということ」




 そう、このビルにメアリーたちが入った時点で、アオイの勝利は確定していたのだ。


 対象が“塔”であると限られているからこその、理不尽な力。


 今でこそビルのような建物も存在するが、昔は塔などわずかしか存在しなかったのだから、対価としては相応と言えよう。




「バルコニーに出て、どうする? 作戦、台無しでしょう? ほら、巨人がじっと、こっちを見てる。きっと、あなたを食べたいのね」




 なおもメアリーはがむしゃらに走った。


 アオイの言葉に耳を貸すつもりはない、と言わんばかりに。


 そして扉を蹴飛ばし、バルコニーへ出た。


 それは空中庭園とも呼ぶべき、マジョラームご自慢の広い空間。


 だがそこには、期待したような青空はない。


 見上げれば、大きな眼を開いた巨人が、こちらを見下ろしていた。




「さあ、終着点よ、メアリー。私ね、成長したあなたを見られて、幸せだったわ」




 メアリーは無言で、腕から長い骨を引き抜き、それを両手で握る。


 装飾加工、刃の展開、埋葬鎌ベリアルサイズは死者の怨嗟と魔力を纏う。


 まだ諦めるつもりはない――彼女のそういう意思表示だった。


 そしてメアリーは、棒立ちでこちらを見るアオイに斬りかかる。


 しかしその体は刃が触れる直前に、床の中に溶けて消えた。




「確かに、壁も天井もない場所じゃ、私の動きは制限される……けれどそれだけ。塔という空間にいる限り、私に、攻撃は当たらない」


「ふっ! はあぁぁああっ!」




 すぐさま床を斬りつけるメアリーだが、それでダメージを与えられないことは、すでに確認済みだ。




「ふふふ、がむしゃらに、攻撃するだけ? 建物をボロボロにしては、マジョラームに怒られるわよ」


「このっ! てぇいっ! せええぇぇえいっ!」


「必死で可愛らしいわね。でも、私には届かない。むしろ、逆効果」




 アオイは自分の身代わりにするように、フランシスの幻影を生み出す。


 鎌を振り回すメアリーは刃を止めれず、それを断ち切り――逆に自らが傷を負った。




「づっ、ぐ……がああぁぁあああっ!」




 メアリーは、血を流しながら、なおも執拗にアオイを狙う。




「ああ、そういえば、カラリアと戦ったときも、同じように暴れていたわね」




 彼女は懐かしむように目を細め、場違いに穏やかな声で言った。




「まるで、子供が駄々をこねているよう」




 だがすぐに、声色は元の冷たいものに戻る。


 反撃の手段を失い、ただただ無差別に鎌を振り回すメアリーを憐れむように。


 斬りかかっては避けられ――それを何度も繰り返しながら、徐々にメアリーは体力を消耗していく。




「留まっても死ぬ。離れても死ぬ。戻っても、あれ・・があなたを待っている。終わりよ、メアリー。これで、何もかも」




 もはや見苦しいほどの悪あがき。


 アオイは巨人をバックに、両手を広げて、笑うほどの余裕を見せた。


 一方のメアリーは、この期に及んで、さらなる魔力を鎌に注ぐ。




死者千人分サウザンドコープス埋葬鎌ベリアルサイズ――はあぁぁぁぁああああッ!」




 空回りする闘志と共に、巨大化した刃を振るう――




「だから、無駄……あら?」




 すぐさま床に沈み、逃げようとしたアオイだが、力が発動しない。


 いつの間にか巨人は消え、空も晴れていた。




「どうして――」


「ふぅ、頑丈でした。さすがマジョラームのビルです」




 メアリーがそう言うと、ズズズ――と地鳴りが響き、アオイの足元がぐらりと傾く。




「塔の中では無敵だというのなら、塔から切り離せばいいだけのことです」


「まさか、今の攻撃で?」




 メアリーは、何も考えずに、がむしゃらに床を斬りつけていたわけではない。


 このバルコニーならば、建物ごと切断も可能だと判断した上での行動だった。


 無論、それで『塔』の能力が解除されるかはわからないので、賭けではあったが――




「いけない、戻らな――はぶっ!?」




 とっさに駆け出すアオイだが、能力がなければただの女。


 一瞬で接近したメアリーは、背中から生やした腕でその体を掴む。


 そして崩れるバルコニーを助走し、アオイと共に高く飛び上がった。




「い、いやあぁっ! 離して、離してええぇぇっ!」




 初めて大きな声をあげるアオイ。


 だがメアリーが耳を貸すはずもなく、その体はビル上層階から、地面へ向けて落下していく。


 風に吹かれ、前髪が舞い上がると、初めてアオイは素顔を晒した。


 そこには――顔が無かった・・・・・・


 皮は剥がれ、鼻も削がれた、無惨な有様だった。


 かつてはフランシスに似た可愛らしい顔をしていただろうに。


 メアリーは驚いた。


 しかし、それが手を止める理由には成り得ない。




「離せえぇっ! どうして、私がメアリーに殺されないといけないのっ!? 私がっ、私たちは、あなたが生まれたから、こんな目にぃっ! 私だって、望んで生まれたわけじゃない! 生まれたくなかった! こんな人生ならぁっ!」




 メアリーの作戦が成立したのには、いくつか理由がある。


 まずひとつ、アオイは隠れたまま攻撃ができないということ。


 絶潰封域ブラックアウト心傷風景トラウマバイオレンスの発動時、彼女は必ず姿を現す。


 ゆえに、位置の特定や誘導も難しくはなかった。


 次に、彼女の戦闘経験が乏しいこと。


 使用条件が縛られている都合上、仕方ないのかもしれないが、アオイはメアリーに負けず劣らずの“人殺しの素人”だ。


 だから、塔の中にいる限りは無敵なのに、攻撃を受けると焦る。驚く。誘導される。


 そして最後に、アオイがメアリーに執着しているということ。


 どうあっても、自分の手で殺したい――そんな、憎しみにも似た感情を、メアリーに向けていた。


 だから、視野が狭まり、建物の切断という単純な作戦に気づけなかったのだ。




「待って、嫌よ。私、死にたくないの! 違う、こんなの――私が望んだわけじゃ――」




 じたばたと暴れていたアオイ。


 だが、急に動きが止まる。


 虚空を見つめ、まるで何かに思いを馳せるような表情を見せた。


 そして、諦めたように体から力を抜き――




「――ねえメアリー、助けて」




 そう言って、ひとしずくの涙がこぼれる。


 直後、アオイの体は地面に叩きつけられ、弾けた。


 メアリーの腕には、衝撃と、肉が潰れる感触が残る。


 確かめるまでもなく、即死――彼女は手に付いた涙を振り払うと、背中から口を伸ばして、飛び散った血の花の中央に横たわる、アオイの死体を喰らった。


 牙がぐちゅ、ぐちゅ、と死体を咀嚼し、隙間から血がだらりと落ちる。




「これで、『塔』の能力が得られるは……ず……っ!?」




 最初の一口――ごくりと飲み込んだ瞬間、メアリーは頭を押さえた。


 破裂しそうなほどの何かが、頭に流れてくる。




「が、あ、ひっ……ぶ、ぐ……っ」




 こみ上げてくる吐き気に耐えながら、よろめく。


 すると、ただの“奔流”だったそれが、脳の中で整理され、再生された。




『いい拾い物だった。王女と同じ顔のおもちゃなど、そうそう手に入るものではないからな』


『反応が悪いな。おもちゃなら、遊んでもらったら“ありがとう”じゃないのか? おい!』


『そんなに自分の顔が嫌いか? 私に遊ばれるから嫌い? はは、理由なんてどうでもいい。嫌いなら無くしてやろう』


『美しいものを壊す……背徳感だな。いい表情だぞ、アオイ。その絶望した顔、もっと私に見せてくれ!』




 思い出したくない。


 けれど忘れられない、地獄の思い出。


 そして――




『ヘムロックおねーちゃん、カリンガおにーちゃん。あそぼ?』


『ねえディジー、いっしょに行こうよ』


『この子もわたしたちのいもうと?』


『メアリーっていうの?』


『メアリー。メアリー。おねえちゃんだよー、よしよし』




 アオイの人生において貴重な、幸せだった頃の記憶。


 まだ幼いから、思い出そうとしても思い出せなかった。


 死を目前にした走馬灯だからこそ、頭に思い浮かんだ風景である。


 つまり、彼女の最期の言葉は、それを思い出して――




「う、ぷっ……! うぇ……けほっ、げほっ!」




 記憶と一緒に感情まで流れ込んでくる。


 メアリーは思わず壁に手を当て、嘔吐した。


 そんな彼女に、フランシスの姿をした『スター』が語りかける。




『アルカナは術者の魂と強く結びつく。ゆえに、術者が死ぬと、その人間が持っていた“強烈な記憶”――いわゆる走馬灯というやつが、一時的に焼き付くんだ。本来、継承には時間がかかるから、それが他者に影響を及ぼすことはないけれど――『死神デス』の場合は例外さ』


「どうして……最初に、お姉様を食べたときは……」


『アルカナが体に馴染み、秘神武装アルカナインストールが覚醒したからだよ。だから、フランシスの記憶は、夢という形で遅れて見ることになった』


「じゃあ、やっぱり……あの夢は、現実に起きた出来事……」




 メアリーは膝をついて、うなだれる。


 そして肩を震わせ、力なく笑った。




「アオイ……カリンガ……ヘムロック……私も含めて、みな家族、だったとでも? ははは、ふざけないでくださいよ……今さらそんなことを言われたって、後味が悪くなるだけじゃないですかッ! 私に関係ないことを、身勝手に押し付けて!」




 彼女は血が出るほど強く、目の前の壁に額を叩きつけた。




「……最悪、です」




 それでも戦いは続く。


 メアリーは目的を達したのだ、ならば次にやるべきことがある。


 彼女はよろよろと立ち上がると、本社ビルに近づく。


 そして壁に手を当て、沈んだ声で言った。




「でも、やることは変わらない。お姉様の仇は皆殺しにする。それだけです。秘神武装アルカナインストール――『タワー』」




 すると、メアリーの体は溶けるようにビルに沈んで消えた。



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