鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
kiki
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118 力の差

公開日時: 2021年1月13日(水) 17:44
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:20
文字数:4,016

 



 フィリアスはしばし固まって、黙り込む。


 だがすぐに、動揺を誤魔化すように笑い声をあげた。




「ふふふ、意外でした。陛下がそのようなジョークを嗜まれるなんて」


「冗談などではない、余は本気で言っている。そのために直属の部隊を作った」




 今度こそ、フィリアスは何も言えなかった。


 ヘンリーの瞳に宿る狂気を目の当たりにしたからだ。


 まるで何かに取り憑かれたような、本来の冷静沈着な王ならば絶対に見せることのないその表情。




(ああ……本当に操られているのねぇ)




 確証はない、とメアリー自身が言っていたため、まだヘンリーが正気である可能性も考えていた。


 だがこうも目の前で見せられてしまっては、もはや疑うことすらできない。




(つくづく厄介だわ、この能力。とっととぶっ殺した方がいいんでしょうけど――『世界ワールド』のアルカナ、ねぇ。どんなものなのかしら)




 彼は沈黙し、心の中で毒づくフィリアスに向かって、高圧的な口調で語りかける。




「騎士に感情など不要ではなかったのか? 無条件で忠誠を誓うのではなかったのか?」


「その気持ちは変わっておりません。ですが困りましたわね、私の役目は王を守ること。そこには武力による守護のみならず、危険を前もって排除することも含まれます。陛下が本気で王都を滅ぼすというのなら、さすがの私でも守りきれませんわ」


「うまい言い訳だな。だが、お前が何と言おうと決行は決まっている。二日後だ。二日後に天使を王都に解き放ち、全てを終わらせる。お前たちは大規模訓練の実施日に余を殺すつもりだったのだろうが、ははは、さて二日後に間に合うかな?」




 もはや話は通じまい。


 どうフィリアスが答えようと、彼の中で答えは決まっているのだから。




「余は嬉しかった。ようやくだ……迷いに迷い、戸惑い、苦しみ、その末にメアリーは余の存在にたどり着いた。確かに、途中で脱落するのも一つの結末だろう。その場合も筋書きは進む。しかし――せっかく用意した物語だ。最後まで楽しんでほしいと願うのが作り手の気持ちというものだろう?」




 問いかけられても――そんな意味不明な思考についていけるほど、フィリアスは狂ってはいない。


 だがヘンリーは気にせずに言葉を続ける。




「そしてメアリーは余の期待に応えてくれた。あと少しだ。あと少しで見れるぞ、あの忌まわしき娘の絶望する顔が! 呪いそのものでしかない醜い女が朽ち果てる様がッ! 滅びゆくこの世界に打ち上げられる最後の花火だよ! はははははっ! こんなに素晴らしいことが他にあるかッ!? そうだろう、フィリアスよ!」


「……ええ、心から同意しますわ」


「心にもないことを言う。お前からメアリーに伝えておけ、期限は二日後だと。それまでに余を殺して止めてみせろと」


「連絡手段がありませんわぁ」


「今さら誤魔化す必要などありはしない。お前たちが全てを知った今、互いに隠す必要など無いのだよ」




 フィリアスとしては、うまく隠してきたつもりだ。


 少なくともヘンリーの周辺に情報が漏れないようには動いていた。


 しかしどういうわけか、彼は確証を得ている。




「よいかフィリアス、アルカナの“瞳”は世界のあらゆる場所に張り巡らされている。なぜなら神だからだ。アルカナとは創造主であり、超越者だからだ。どこであろうと、誰であろうと、余の監視から逃れることはできない」


「では、私はメアリー王女と繋がって、陛下を裏切っていると?」


「頻繁に連絡を取り合っているのだろう? テロリストとも繋がっている。エドワードを次の王にするべく、余を殺そうとしていることは明白だ。別にそれを責めているわけではない。殺し合い、蹴落とし合いなど王家ではよくある話ではないか」


「では言わせてもらおうかしら」




 そこまで言うのなら――とフィリアスは立ち上がり、言葉遣いすら崩した。


 もはや表面上の敬意を表す必要すら無い。




「わざわざヘンリー国王を操って、貶めるのがあなたの目的だとして――やり方が回りくどいのよ。もっとスマートにできないのぉ?」




 腰にさげた剣を抜く。


 銀色に輝くその刃は、かつて王より与えられたものであった。


 王を警護する騎士たちがざわつく。


 いや――王都を滅ぼすと宣言したときから、彼らはずっと動揺していた。


 しかしアルカナ使いですらない騎士たちは、そのやり取りに割り込むことなどできようはずもない。




「愉しいからだよ」




 側近から殺意を向けられるこの状況を、ヘンリーは心から楽しんでいた。




「余の作り上げた舞台の上で、クズどもが、余の思うがままに踊るさまを見ているのが愉しくて愉しくてしょうがない! 思い通りにいかなかったものが、理不尽に私から全てを奪っていったこの世界が、思うがままに操られているのを見ていると腹を抱えて笑うほどに滑稽だ! この醜いうつくしい世界のために、私が用意した最低最高の脚本をこうして目の当たりにしていると、私は自分の才能が恐ろしくなる。いや当然か、この結末を記すために、一体どれほどの月日を使ったというのか。だからこそ、だからこそだよ! 全てを味わい尽くすように、最大限まで愉しみたいと思うのは道理だろうッ!?」




 つらつらと悪役らしいセリフを垂れ流すヘンリーを前に、フィリアスは不機嫌さに表情を歪めていく。




「……嫌いだわぁ」




 不快感も隠そうとはしない。


 忠臣を装う必要すらなくなった今、積もり積もった不満を遠慮なくぶちまける。




「私、人を手のひらの上で転がすのは好きだけど、転がされるのは嫌いなのよぉ」


「愚かな。自分が“選ぶ側”の人間だと思っているのか?」




 こんな状況になってもなお、フィリアスを見下し、愚か者と断ずるその愚かさに――彼女は心底失望する。




「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」




 そしてついに実力行使に出た。


 刃の先端を王に向け、彼女は凛とした声で宣言する。




「天使の名のもとに命ずる――」




 フィリアスの背中から炎が噴き出した。


 それは翼の形となり、『世界』が生み出す化物とは違う――本来の意味での“天使”へと変わる。




「お前はそこを動くなッ!」




 ヘンリーは自らの体に異変を感じた。


 大量の魔力が肉体にまとわりつき、一切身動きを取ることができない。




「これは……『節制テンパランス』の能力か」


「そうよ、動けないでしょう? そしてこの剣で――」




 さらに、フィリアスの握る剣は猛々しい炎を纏った。


 紅蓮に燃え盛るその色は、自然発生する炎よりもずっと紅い。




「炎の剣……知っているかフィリアス、『節制』のタロットカードに描かれる天使の名はミカエルと呼ばれている」


「はぁ? タロット? 何の話だかさっぱりねぇ」


「『節制』の正位置が意味するものは、“自制”だったか……他にも意味はあるが、その要素を強く引き出したのは、お前の性格によるものだろう」




 ヘンリーは冷静にフィリアスの能力を分析しながら、両足に力を込める。


 本来、『節制』の能力を受けた人間は身動きすら取れないはずだ。


 しかし彼は、今にも立ち上がりそうな状態だ。




「……何、動こうとしてるのよ。私が能力を使ってんのよ? アルカナ使いだろうと、動けるわけないじゃない!」




 フィリアスは戦慄し、強く剣を握った。


 刃にまとう炎がさらに大きく燃え上がる。


 紅色の光が玉座の間を照らす。




「大天使ミカエルは火の元素を司るとも言われる。炎の剣はそれに由来するものだ。確かにぴったりだな。アルカナになる前の彼は、暑苦しくて口うるさい奴だったよ。嫌いだった。だが――死ねばいいと思ったことは一度もない。ましてや、死よりも惨めな末路など、一度たりとも」


「そう。私は今まさに思ってるわよッ!」




 彼女が剣を震えば、炎がヘンリーに襲いかかる。


 彼は焦ることもなく、手を前にかざした。


 ただそれだけで、炎は軌道を変える。




「素手で弾いたっ!?」


「誰だってそうだ。望んだことなどなかった。本人も、周囲の人間も、心の底から死にたいと思う者などいなかったはずだ。なぜ、なぜ、なぜッ! 私たちはこんな場所にいなければならないのかぁッ!」




 ヘンリーが声を荒らげる。


 同時に魔力の奔流を発し、フィリアスを襲った。




「そこを動くなと――きゃああぁぁあっ!」




 反撃の間も与えられず、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


 頭部を強打したことによるめまいを感じながらも、彼女はすぐに体を起こした。




「ぐっ、う……『節制』が……力ずくで吹き飛ばされた……そんなっ……!」


「戦いを挑む前に、魔術評価ぐらいは確かめておくものだろう」




 言われるがまま、それを確かめるフィリアス。


 そして絶望する。




「10万……ですって……?」




 文字通り、桁違いの数字がそこにはあった。


 ヘンリーは立ち上がり、彼女を見下す。




「お前ではどうあがいても勝てん。複数のアルカナを得た『死神デス』でなくてはな。そう――私と殺し合っていいのは、彼女だけなのだよ」




 戦いの舞台にすらあがらせてもらえない、絶対的な力の差。


 フィリアスとて、魔術評価は15000程度はある。


 能力の制約も加味すれば、『節制』による行動制限の強度は3万、あるいは4万にも達するし、オックスにだって負けない自信があった。


 しかし――ヘンリーはさらに上の次元にいる。


 悔しいが、ここでこれ以上戦い続けても、無駄死にするだけだ。




「さあ、早く伝えてこい。そして悔しいのならば、お前も余に挑んでみるといい。勝負にはならんが――ははっ、勝てば晴れてエドワードが王になれるぞ?」


「くっ……絶対に私の手で殺してやるわ……ッ!」




 捨て台詞を残して、玉座の間を出るフィリアス。


 彼女に続いて、他の騎士たちも情けない声をあげながら出ていった。


 誰もいなくなった部屋で、ヘンリーは再び玉座に腰掛けると、窓ごしに空を見上げる。


 その喉が、縦に裂けた。


 裂傷――ではなく、そこから生まれたのは“口”だ。


 そして女の声が言葉を紡ぐ。




「ああ……ようやく終わるのね。長い長い悪夢が終わって、私たちは安らかな眠りにつくときが来たのよ。貴女も望みがかなって嬉しいでしょう、リュノ」




 ヘンリーのものとは似ても似つかぬ口調で、彼――あるいは彼女はそうつぶやいた。




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