メアリーたちは、ホテル内で食事を摂ったあと、出発するべく駐車場に向かう。
エラスティスはまだ拘束されたままだが、腕はキューシーによって再生していた。
その際、「ありがとう」と素直に言っていたことからも、やはり根っからの悪人ではないことが伺える。
ホテルの廊下を歩く五人は、途中で支配人と鉢合わせた。
「お嬢様、もう出発なさるのですか? 今日は宿泊すると聞いていたのですが」
「その質問に答える前に、あなた――」
「はい、何でしょうか」
「マジョラームに忠誠は誓ってる?」
「もちろんです、人生全てをマジョラームに捧げる覚悟ですので」
「そう、それならいいんだけど……カラリア、どう思う?」
そう聞かれて、カラリアは無言で銃を握った。
銃口は、支配人の額に向けられる。
「胸元、シャツの内側にマイクがある」
「ホテル内での連絡ために付けているものです」
「他の従業員は付けていなかったようだが」
「……」
「下手な嘘はやめるんだな。答えろ、お前は誰に命令されている?」
カラリアが問いかけた直後、支配人の顔から表情が失せる。
まるで魂でも抜けたように瞳もうつろになり、彼は無機質な声で言った。
「全てのターゲット、ホテルより――」
この期に及んで、誰かにメアリーたちがここから出ようとしていることを伝えている。
カラリアは躊躇なく引き金を引いた
放たれた弾丸は、支配人の頭を弾けさせる。
すかさずメアリーは腕を口に変形させ、周囲を血で汚さないように器用に死体を飲み込んだ。
ぐっちゅぐっちゅと咀嚼音が真横で響くと、エラスティスは顔をしかめる。
「今の人、正気じゃなかったね」
「操られてたわ……ヘンリー国王、こんなところまで手を伸ばしてるなんて」
「不気味だな、まさか操る対象に直接会っているわけでもあるまい」
「お父様の能力は、離れていても発動できるんですね……」
相手を見る必要すらない。
それでいて、相手の精神を完全に操っている。
あまりに規格外だ、しかもこの様子だと厳しい条件があるようでもない。
「今後もマジョラームの社員を使うなら、ボディチェックぐらいはしたほうがいいだろうな」
「指示するわ。移動中も連絡するから、カラリアに運転任せていいかしら」
「少々荒くてもいいのなら」
「スクラップにしないなら構わないわよ」
軽口を叩きながら、彼女たちは駐車場に向かう。
運転席にはカラリア、助手席にはキューシー、そして後部座席の中央にエラスティスが座り、メアリーとアミはその両側を挟んだ。
そして車はホテルを出て、レミンゲンへ向かって走り出す。
言葉通りカラリアの運転は少し乱暴で、発進と同時に同乗者たちの体が大きく揺れた。
◇◇◇
「ええ、信頼できる人間を何人か。相互チェックもお願いね。あのホテルの支配人ですら操られてたんだもの」
助手席で通信端末を耳に当てるキューシー。
ホテル支配人の裏切りは、操られていたとはいえ彼女にとってそれなりにショックだったらしく、少し不機嫌だ。
だがそれ抜きでも、エラスティスという、降伏したとはいえ、完全に味方とは言えない相手が同乗する車内は、空気が張り詰めている。
メアリーやアミも自然と黙り込み、キューシーの通話の声と、エンジン音だけが響く。
ルヴァナからレミンゲンまでは、車で二時間ほどかかった。
到着する頃には、だいぶ陽も傾きはじめ、夕暮れが近づいていた。
カラリアはキューシーに言われ、村に入る手前で車を止める。
フロントガラスの向こうには、アミの故郷を思わせる寂れた農村が見えていた。
「さて、いよいよここまで来たわけだけど――問題はここからよね。今は村に社員を向かわせて、調べてもらってるわ」
「操られている心配はありませんか?」
「実は……一人引っかかったわ。将来有望な社員だっただけに残念だけど、始末した」
簡単に言うが、キューシーは本当に落ち込んでいた。
「相手も抜け目ないな。マジョラームが敵対することはわかりきっている――前もって布石を打っていたか」
「いつ天使になるかわかんないもんね。殺しとかないと怖いよ」
操られた人を救う方法もあるのかもしれない。
だが現状、メアリーたちにそれを探す余裕はない。
化物に変わるリスクを考えれば、容赦なく殺してしまうのが一番の対処法なのだ。
「繰り返しになるけど――エラスティス、あそこにいるのはオックス将軍と『戦車』のアルカナ使いでいいのよね?」
「動いてなければ、だけど」
「『戦車』の使い手はどんな人ですか?」
「名前はクルス・アロータム。男性。年齢は二十代後半ぐらいかしら。ちゃらちゃらとしていて性格が合わなかったから、あまり話してないけど……ガナディア帝国出身とは言っていたわ」
「ガナディアか、他に比べると近いな」
「そこって、フィリシアが『悪魔』のアルカナ使いがいるって言ってなかったっけ?」
「ええ、『悪魔』が殺された場所ですね。さすがオルヴィス王国に次ぐ大国なだけあって、アルカナ使いを二人も保有していたんですね」
「そのガナディア産かはわからないけど――彼は派手な車を持ってきていたわ。だから隠れ家は目立たないところにあるのに、車だけが目立っていたのよ」
エラスティスがそう言うと、キューシーの手元にある携帯端末が着信音を鳴らす。
どうやら村に潜り込ませた社員からの連絡らしかった。
キューシーは「ええ、うん」と相槌を打ちながら報告を聞き、通話を終えると、エラスティスに向けて言った。
「村外れにド派手な車が停まってるそうよ。話通り、小屋の中には男性が二人――一人は剣を手にしていたことからオックス将軍。もう一人のカラフルな上着を着た軽薄そうな男がクルスで間違いないでしょうね」
「『魔術師』はいないようだな」
カラリアは心なしかがっかりしているようにも見えた。
復讐、そしてキャプティスでのリベンジを望んでいるのだろう。
「場所もわかったなら、もう奇襲しちゃうの?」
「できれば夜襲を狙いたいところね。そのあたり、プロの傭兵であるカラリアの意見を聞きたいわ」
「私も夜が望ましいとは思うがな」
「あと数時間もすれば陽は完全に落ちます、それまで待ちましょう」
「了解よ。オックスたちは兵を引き連れている様子もない。村に小さいけど宿があったから、そこで休みましょうか」
メアリーたちは車を降りて、目立たぬよう、徒歩でレミンゲンへ向かう。
同じ理由でエラスティスの拘束も解いた。
仮にここでクピドの矢を誰かに放ったとしても、残り三人が即座に彼女を仕留められる。
もっとも、彼女にもそのつもりはない。
何事もなく宿までたどり着くと、各々がリラックスできる体勢で座り、体を休めながら作戦を練る。
「二人、どうやって倒しましょうか」
キューシーはベッドに腰掛ける。
「能力がわからないのがネックだな。『力』は馬鹿力で、『戦車』は車絡みということぐらいか」
カラリアは窓辺の木製イスに座る。
一方で、メアリーはソファに座ると、その膝の上にアミがお尻を乗せた。
「一網打尽にしたいところですね」
「燃やすか」
「私が骨で逃げ道を塞ぎます」
「だったら火は私が点けるわ」
エラスティスは自ら名乗り出る。
「弓さえあれば、だけど」
「いざというときは『恋人』の能力も使うでしょうし……わかったわ、弓は用意しましょう」
「大丈夫、変なことしたら私がすぐに首を落とすからっ」
「火矢か、古典的だな」
「それだけに相手の意表は突けると思うわ」
「最初はそれでいいとして――次はどうしましょうか。オックス将軍の能力次第では、抜けられてしまう可能性も高いです」
「『力』、か。単純な馬鹿力が能力とするのなら、真正面からの力比べで勝つのは難しいだろうな」
「魔術評価はどれぐらいなの?」
「12000程度だったと記憶しています」
「大したことなくない? 普通に真正面から勝てそう」
「でもアルカナ使いでしょう? 『教皇』のこともあるし、あんまりあてにならないわよ」
アンデレやエラスティスの話からすると、ディジーはオックスにアルカナ使いの指揮権を託した節がある。
それだけ戦力として信用されているとするのなら、数値だけでは測れない力があるか――あるいはその数値が正しいものではないか。
伊達に王国軍のトップを張ってはいない、油断は禁物である。
「もし逃げられた場合も、数の優位はこちらにある」
「車にまつわる能力だと、二人まとめて逃げられる可能性もありますから。せめてどちらか一方でも潰せるよう、分断したいですね」
「ねえエラスティス、あなたのクピドの矢でどうにかできない?」
キューシーの問いに、エラスティスは床の木目に視線を向け、考え込みながら答える。
「最初から好意が無い人を惹きあわせるのは難しいわ。特にあの二人には接点がほとんど無いから、矢を放てばおそらく、その人物が執着する相手のことで頭がいっぱいになると思う」
「オックス将軍の場合は、お姉様でしょうか」
「気持ち悪いやつだ!」
「クルスはどうかしら」
「彼の場合、外に停めている車の姿を見たいと思うはずよ」
「冷静な判断力は奪える、十分だろう。火矢に加えて、お前も後戻りできなくなるだろうからな」
「まあ……別に、彼らに思い入れがあるわけではないから、構わないけど」
エラスティスにしてみれば、国に戻れればそれでいい。
オックスやクルスが死のうがどうなろうが、関係ないことである。
作戦の大枠が決まると、メアリーたちは細かい動きを詰めていった。
◇◇◇
茜色に空が染まる頃、一通り話し合いが終わり、時間に余裕ができる。
特にやることも無いので、アミはベッドで寝転び、カラリアとメアリーはお茶を飲み、キューシーは外の景色を眺めて時間を潰している。
すると、ふいにアミが立ち上がった。
「キューシー、この宿って貸し切り?」
「ええ、空いてたから全部屋借りてあるわよ。と言っても、二部屋しかないんだけど」
「そっかー」
彼女は適当に相槌を打つと、ソファに座るメアリーに近づき、その腕を掴む。
「お姉ちゃん、行こっ」
「どこにですか?」
「隣だよ。二人きりで話したいことがあるのっ」
「わかりました。そんなに引っ張らなくても行きますよ。ふふっ」
強引さに思わず苦笑しながらも、アミと一緒に部屋を出ていくメアリー。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、カラリアはずずずとお茶をすすった。
「……メアリーも大変だな」
しみじみとそうつぶやく。
「今のって、もしかしてあれのこと?」
「だと思うが」
「他人事みたいに言うわね……」
「私が発端ではない。苦情ならエラスティスに言ってくれ」
急に名前を出され、部屋の隅で手持ち無沙汰に突っ立っているエラスティスは困惑した。
「えっ、私?」
「そう、お前だ。クピドの矢がメアリーを貫いたせいでややこしいことになった」
「……?」
アミとメアリーの関係を知らない彼女は、やはり首をかしげるばかり。
すると、キューシーはなぜか微妙に不機嫌なカラリアに向けて、悪い笑みを浮かべながら言い放つ。
「カリカリしてんのは、もしかして嫉妬?」
「そんなわけないだろう」
「でもさ、あんたの身体能力ならメアリーを突き放すことだってできたわけでしょ? 雰囲気に呑まれて受け入れちゃってる時点でさあ、まんざらでもなかったんじゃないの?」
「ば、バカなことを言うな! 私はメアリーを、そんな目で見たことはない! その……あのときの彼女が色っぽかったことは認めるが」
「顔、真っ赤よ?」
「わざわざ言うな!」
いつもからかわれるお返し、と言わんばかりにけらけら笑うキューシー。
話の流れがまったくわからず、エラスティスは再度首を傾けた。
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