周囲に浮かび上がる車輪。
その異様な光景を前に、双子は言う。
「私たちは神と戦った。そう、そして勝った。今さらアルカナ使いが出てきたところで――私たちには勝てない!」
血管が絵を描く。
『太陽』の未来を操る能力が発動した。
「触れていないのに、手の甲に模様が!」
メアリーを対象にエリオの能力が発動し、連動して『月』の能力が発動する――はずだった。
「へーきだよ。私に任せて。車輪の国では私がルールなんだから!」
浮かび上がった車輪が回転をはじめ、景色がわずかに歪む。
すると何かが割れる音がして、メアリーの手に浮かんだ絵が消えた。
「未来が砕かれる、過去が変わらない」
「この空間にいる限り、運命は私のもの。お姉ちゃんの未来は邪魔させない!」
「でも維持に大量の魔力が必要、攻撃に回す余裕はない。それに直接書き込めば抗えない」
「できるはずがないでしょう、近づかせないんですから」
メアリーは右腕で埋葬砲を連発した。
その弾丸は全て『隠者』で隠され、感知することができない。
「今度こそ砕け散りなさいッ!」
つまり双子に取れる行動は、回避のみ。
命中する直前、二人の姿は消え、別の場所に現れた。
「うぅーん、『太陽』を経由せずに直接書き込んだ『月』の能力は、やっぱり発動しちゃうんだ……」
「ですが触れずに発動する『太陽』の能力は打ち消されて使いものになっていません。この戦況、私たちのほうが有利です!」
「そうはいかない。エリオには『太陽』があって」
双子の右手に、真っ赤に燃え盛る球体が現れる。
離れていても肌を焼くほどの熱を発するそれは、まさに『太陽』だった。
「エリニには『月』がある」
そして左手には薄暗い球体。
こちらは冷気を放っているように感じられた。
「そして今の私たちは一つだから――対極融合は成立する」
その二つを一つに合わせると、光り輝く光の球になる。
熱くもなく、冷たくもなく。
しかし確かに、そこには膨大な魔力が込められていた。
「そんな後出しなどッ!」
メアリーは埋葬砲を放つ。
砲弾は光に当たると、粉塵となって消えた。
「小細工無しの、純粋な魔力の塊……」
「本命は過去と未来を変える力なんだろうけど、あれも侮れないね」
「陰と陽は打ち消しあって、だからこそ純度の高い魔力が生まれる」
そう告げた双子と球体が消える。
メアリーの目に、わずかに光の筋が見えた。
「――ッ、危ないっ!」
彼女はアミを押し倒すように飛び込んだ。
そこに双子が現れる。
もちろん触れたら消し飛ぶ球体もセットだ。
「あ、ありがとお姉ちゃん」
「“過去にそこにいた”という書き換えすら避けるなんて、卑怯だよねエリオ。そうだねエリニ、理不尽だ」
『星』もまた、時という概念を超えた能力を持つアルカナ。
敵が過去の書き換えという現象を利用して殺してくるのなら、それに対応してメアリーに道筋を示すようだ。
「だけど、連続して避けられるようには見えない」
再び双子が消える。
彼女たちの指摘通り――いくら『星』が道を示すとはいえ、それは一瞬のことだ。
対応できるかどうかは、メアリー次第である。
「アミ、抱えますっ!」
「うん、喜んで!」
彼女はアミを両腕で抱えると、消えては現れ、消えては現れを繰り返す球体と双子から逃げた。
反撃の糸口を掴むべく、抱えられたアミも現れる度に車輪を放つが、なかなか捉えられない。
そして何度目かの応酬のタイミングで、光球を避けたメアリーに、双子は血管を伸ばした。
もらった――と言わんばかりにその口元がいびつに歪む。
「『皇帝』ッ!」
伸びた血管を、そこに現れた剣を持った兵士が薙ぎ払った。
すかさず兵士に絵を刻み、霧散させるも、その隙にメアリーは逃げおおせた。
「防がれちゃったね、エリオ。残念だね、エリニ。だけどあと少しだよ、エリオ。うん、あと少しで殺せるね、エリニ」
「ごめんなさい、期待させてしまって。手札が多いと、どうしても使う手段で迷ってしまいまして」
「何を……」
「『教皇』、絵を書くことを禁じる。重ねて『節制』、あなたたちは絵を書いてはいけない」
その宣言だけで、双子の動きは制限される。
メアリーに取り込まれた『節制』は、フィリアスほど絶対的な束縛はできないものの、確実に相手の動きを鈍らせることが可能だった。
「……動かしにくいね、エリニ。これで書くとどうなるのかな、エリオ。たぶん石になるよ。やだね、細いからすぐに使えなくなる。うん、やだね。再生するけど使えるようになるまで時間かかるし。回数を絞らないと。ね」
「それには及びませんよ。能力による防御は封じましたから、次でとどめを刺します」
あえて自らの胴体を破壊させながら、体から吐き出したのは車輪の付いていないバイクだった。
「あっ、バイクだ! つまり私の出番かなー?」
アミはすぐに自分の役目を察知し、その空白に自らの車輪を取り付ける。
「『吊られた男』、『悪魔』、『力』、『戦車』、『女帝』」
「そして『運命の輪』! アルカナ大盤振る舞いフルコースだよっ!」
「馬鹿みたいに力押しだってさ。あんなものじゃ対極融合は突破できない。それに、過去だって書き換えられるのにね」
「そんな生ぬるいものではありません」
「そーだそーだ!」
「獣の爆発力、そして戦車の加速力。その他の力もありったけ込めたこの一撃は――」
「神様だってびっくりのモンスターカーだからね!」
アミの言葉はいささか大げさだが、メアリーも否定はしない。
それぐらいの――そう、それこそ衝撃だけで周囲の地形が変わってしまうほどのパワーを込めたつもりだ。
「行きなさいッ!」
「グガアァァァァアアッ!」
車輪が回る音と、獣の咆哮を響かせながら、その一撃は瞬く間に双子に迫る。
そして光の球に衝突し、自らの体を削りながらも、それを風船のように弾けさせた。
双子は同時に血管を伸ばし、車体に絵を刻み込む。
過去改変は成った。
その攻撃は“発動しなかった”ことになる――はずだった。
「消えないよ、エリニ。どうしてかな、エリオ。エリニ。エリオ。エリニっ! エリオぉっ!」
しかし取り付けられた車輪が、そして何よりメアリーの魔力が、因果の改変すらも拒む。
獣はその形状を崩されながらも、ある程度の威力を保持したまま双子に衝突する――
その上半身が吹き飛んだ。
二本の脚だけが、その場に立っていた。
「やったぁっ!」
喜ぶアミ。
しかしメアリーは警戒を怠らない。
「いえ――まだ来ます!」
「へ? うわあぁっ、傷口からうにょうにょがいっぱい出てる!? 気持ち悪いっ!」
あれだけの血管があれば、座標改変の発動は可能なはずだ。
メアリーはすぐにでも攻撃を仕掛けてくると思っていた。
しかし、双子はなぜか攻めてこない。
彼女が砲撃を放つと、座標改変で避けはするものの、こちらに危害を加えようとしないのだ。
(さっきまであれほど積極的に仕掛けてきたのに、止まった……? まだ相手にはなにかの手が残されている?)
メアリーの推測は的中する。
何も攻撃をしていないのに、双子は急に姿を消したのだ。
「あれ、消えちゃった? 遠くに逃げたのかな……」
気配を探すメアリーは、頭上を見上げた。
再生途中のぐちゃぐちゃになったその肉体は、空高くに浮かんでいた。
「はえー、飛べるんだ」
「アミ、あの場所に車輪はありますか?」
「さすがにあそこまでは配置できてないかなぁ。飛ばす?」
「いえ、無いのなら大丈夫です。どうせまた移動されるでしょうし」
この距離では直接相手に絵を刻むことができない。
車輪に囲まれ、守られたメアリーたちに手出しはできないのだ。
つまり、双子の企みは別の何かである。
「……はえ?」
アミが間の抜けた声を出す。
メアリーも、口を半開きにして驚いた。
急に空が暗くなったのだ。
夜が来たかのように、世界から光が失われる。
「『太陽』の能力――『月』より弱いとのことでしたが、ああ、なるほど」
空を覆ったそれの正体に気づいたメアリーは、その理屈にもすぐに気づいた。
「指定する未来が遠いほどに、強さが向上する特性もありましたか」
エリオは、せっかく未来を変えられる『太陽』という能力があるのに、時間差を利用せずに直後の未来ばかり書き換えていた。
それではつまらない――と、彼女も考えたに違いない。
だから戦いが始まる前に、とっておきを仕込んでおいたのだ。
メアリーが来るタイミングや、どこまで戦闘が続くかを計算した上で――
「うわっ、うわわっ、あれ、山が浮いてるうぅーっ!?」
巨大な山を座標移動させ、頭上から落下させるという策を。
「とんだ大道芸です」
空に浮かぶ山を見て、メアリーは笑った。
どうしようもないとき、人は笑うしかないというが――そういうものではない。
「こんなもの、ただ大きいだけじゃないですか」
要するに、それは余裕の笑みである。
ただバカでかいだけの、質量の塊。
強度も並。
速度も並。
ならば、破壊できない道理はない。
「確かに。ただの山だもん、私たちの力を合わせればっ!」
「あの山ごと、相手を貫けます!」
二人はうなずくと、攻撃の準備をはじめた。
ゴオォッ――と空気をかき乱しながら、頭上より山が落下してくる。
残された時間はそう多くない。
「全ての車輪を、お姉ちゃんの加速に――」
アミは車輪の国を構成する車輪を、全てメアリーの補助にあてた。
背中には幾重にも重ねた車輪を配置し、それを高速回転させることで、推進力を与える。
さらに巨大な骨の腕に置き換わった右腕の周囲にも車輪を浮かべ、その威力を補助する。
一方でメアリーは、地面を足裏で軽く叩き、その感触を確かめていた。
双子の位置は、上空数百メートル。
彼女はかなりの速度を出した上で、そこまで飛び上がる必要があるのだ。
そのために使うアルカナは――そう、『塔』である。
「死者百万人分のッ」
メアリーの真下から骨の塔がせり上がる。
その勢いで、彼女を急加速させる。
「圧葬撃だあぁぁぁぁーっ!」
さらにアミの車輪が背中を押して、速度を何百倍にも早めていく。
「おぉぉぉおおおおおおおおおッ!」
強烈なGを感じながら、メアリーは握った拳を前へと突き出した。
「山もろともぉッ――消し飛びなさい!」
分厚い雲を突き抜けるように、山は砕けて地上に光をもたらす。
そして完全にそれを貫いたメアリーは、そのまま直線上にいる双子に迫った。
威力、因果、そして速度――全ての面において防げる攻撃ではなかったし、もはや策が無い以上、彼女たちには防ぐ必要すらなかった。
「エリニ。エリオ。私たち――」
手と手を繋いで、指を絡めて。
「うん、私たち――ずっと、一緒だよ」
誓いを結ぶ少女たちは、メアリーの拳により破裂した。
残ったわずかな肉片を、すかさず伸ばした牙で咀嚼する。
彼女は限りなく空まで近づくと、今度は地面に向けて落ちていった。
落下地点にはアミがいる。
彼女はメアリーの体を両手で受け止めると、「一回やってみたかったんだ」とはにかんだ。
アミにお姫様抱っこをされるのは恥ずかしいのか、メアリーの頬がほんのり赤く染まる。
そして、少し惜しみながらも両足で立つと、二人は改めて空を見上げた。
「まさか山なんて飛ばしてくるなんて。どこの山だったんだろ」
「結構な大きさでしたね」
「うんうん、みんな生きてたら大騒ぎしてたと思うな」
「見てたのは私とアミだけです」
「なんだかそう思うと、ロマンチックに思えてきちゃったな……流れ星みたいな!」
「そんな素敵なものでしたか?」
「……違うかも」
「ふふふっ、そうですよね」
「うん、全然違った! でもお姉ちゃんがいると何でもロマンチックだもーんっ」
二人して笑うメアリーとアミ。
世界の終わりが近いとは思えない、穏やかな空気が流れる。
「ああ……私ね、こんな気分でお姉ちゃんとお別れできるとは思ってなかった。神様のおかげだねっ」
「お別れ、ですか」
「うん、だって命のほとんどを神様にあげちゃったから。もちろん私自身で望んでのことだよっ」
ウェントがアミの命を使って顕現したという事実は変わらない。
今はその権限をアミに譲渡しているだけ。
どちらにせよ、神が肉体を得られる時間は限られているのだ。
「私としては、満足してる。でも……少し偉そうなこと言っちゃうけど、身勝手でごめんね。一人で勝手に満足して、ごめんね」
「偉そうなことなのに、謝るんですね」
「それぐらい、私に価値があるってわかったから。お姉ちゃんたちがたくさん愛してくれて、わかっちゃったから」
「最初からそう言ってるじゃないですか」
「うん……私、頭悪いから。本当にわかるまで、時間かかっちゃった」
「自分を卑下しないでください。優しすぎるんです、アミは」
そう言って、手を握るメアリー。
アミも強く握り返した。
「私のほうこそ……本当は、アミに心配をかける価値すらない人間なんですよ。アミのような、素敵で優しい人間は、もっと素晴らしい他の誰かのために生きるべきなんです」
「最後なのに、そんな悲しいこと言わないでよ」
「だって……結局、私にできることなんて、誰かを殺すことぐらいなんですから。私は、アルカナ使いになっても何も変わっちゃいなかったんです。誰も守れなくて、何も成し遂げられない、役立たずな王女のままだった……だって、こんな風に手を繋いで、隣にある命すら守れないんですよ!?」
「今日まで守ってくれた」
「守られてきました」
「お姉ちゃんがいなかったら、私はもう死んでた」
「私だって、アミがいなかったら死んでました!」
「じゃあ、どっちが欠けてもダメだったんだね」
その結論は、メアリーの自己嫌悪すら簡単に溶かして、
「そんな人と出会えた私は幸せものだ」
さらに炉心をぽかぽかと温めていく。
「アミ……あなたは、本当に……あなたという子は……!」
言葉を交わせば交わすほど、自分にはもったいないと思ってしまう。
こんなアミが幸せになれない世界なんて、それだけで価値がない。
「何か、できませんか。私にできること」
だから探すのだ、欲すのだ。
少しでも、アミの人生に光が差すように、と。
役立たずな自分にできることはないか、と。
「アミに与えられるもの。私、自分ではもう、頭が真っ白でなにも思いつかなくって……!」
泣きつくようにメアリーが言うと、アミは少し間を空けて言った。
「……じゃあお姉ちゃん。私の最後のわがまま、聞いてくれる?」
「も、もちろんですっ! 何でも言ってください!」
「なら、言うね」
「はいっ!」
アミは一旦手を離すと、正面からメアリーと向き合う。
「ん、んんっ」
そしてわざとらしい咳払いを挟む。
さらに太ももの横にぴしっと伸ばした指を添え、深々と頭を下げながら言った。
「私を、お嫁さんにしてくださいっ!」
アミはメアリーに向けて、手を突き出している。
両手で作った器の上には、無骨な、木で作った輪っかが乗っていた。
おそらくは、『運命の輪』の能力で生み出したものだろう。
メアリーは固まっていた。
何でも言ってとは言ったが、突然のことすぎて、反応できなかった。
「……ダメ、かな」
返事が聞こえてこないので、じわじわと顔を上げるアミ。
「そ、そうだよね、こんな安物の指輪、王女様には似合わないもんねっ」
涙目になりそうな彼女に、メアリーは優しい声で言った。
「待ってるんです」
「へ?」
「答えるまでもないと思ってました」
「あ……そっか、私、わかったんだもんね。お姉ちゃんに好かれてるってっ!」
「それにこういうのは、アミの手で、付けてもらいたいですから」
「う、うんっ!」
アミの表情から不安が消え、笑顔が満ちる。
当たり前だ、メアリーに断る理由なんてない。
アミはメアリーの手を取ると、震えながら指輪を薬指に近づけた。
「え、えっと、こういうの、なんて言うんだっけ。ふつつかもの? 病めるときも、健やかなるときも?」
「色んなものが混ざってますよ」
「本当の結婚式、ぜんぜん知らなくて……」
「永遠の愛が誓えるのならどんな言葉だっていいんです」
実を言うと、メアリーも詳しい文言までは覚えていない。
なので適当でいいのだ。
大事なのは、気持ちなのだから。
「私、誓うね。死んでも、幽霊になっても、お姉ちゃんのことを愛し続けるって」
そんな強い決意とともに、メアリーの薬指に指輪がはまる。
彼女はその手を見ながら、口元に笑みを浮かべた。
アミもまた、嬉しそうなメアリーの表情見て、幸福で胸を満たす。
もっと余韻に浸っていたかったが、二人には時間が無い。
今度はメアリーがアミの手を取った。
「私も――」
「あ……指輪……」
「素材が骨で申し訳ないんですが、こういうのもどうでしょう」
メアリーが手をかざすと、アミの体を純白のドレスが包み、頭の上にはヴェールが乗せられた。
彼女自身が着ているドレスと同じ方法で作ったものだ。
材質が骨なので、いささかロマンスには欠けるが。
「ううんっ、素敵だよ! そのほうが、お姉ちゃんが作ってくれたんだ、ってわかるから。すっごく綺麗で……このドレスも夢みたいも素敵!」
「そうやって全力で喜んでくれるアミのことが大好きです」
アミの手に、軽くキスをするメアリー。
「そんなあなたが死んでも、私の心が朽ち果てても、愛情だけは永遠に失わないことを誓います」
そして宣誓と共に、メアリーはアミの薬指に指輪をはめた。
アミはうっとりとその手を見つめ、涙ぐんでいる。
「私、お姉ちゃんのお嫁さんになっちゃったぁ……」
「はい、今日からはアミ・プルシェリマですよ」
「名前を聞いただけでほっぺが緩んじゃう」
言葉通り、目を腫らしながらも、だらしない笑みを向けるアミ。
釣られて、メアリーの頬も緩む。
するとアミは、その表情のまま、ぽふんとメアリーの胸に飛び込んだ。
「ああ……私、あんまり幸せすぎて、頭がぽーっとしてきちゃった」
「夢見心地というやつですね」
「うん、夢かぁ。んふふ、見たいなぁ……そういう、幸せな時間がずーっと続く夢。このまま眠ったら、ずっと、そんな夢の中で生きていけるのかな……」
「私の胸はそんなに寝心地がいいですか?」
「うん、ぎゅっとされるとね……ふわーってしちゃうぐらい気持ちいいの。だからきっと、ここなら……本当に、素敵な夢が見られると思う」
頬ずりをするアミ。
そんな彼女の髪を、メアリーは指で梳く、
「ああ、眠いなあ。でも……大事なこと、最後に、しないと……」
「そうですね、儀式はまだ残っています」
「誓いの、キス……を」
メアリーと、ぼんやりとした表情のアミが見つめ合う。
「ん……」
二人は唇を重ねた。
アミはその感触に目を細めて――まぶたを閉じて――そして、意識を手放す。
心地よいまどろみに沈んでいく。
永遠に、永遠に。
その体はもはや人の形を保つことすらできなくなり、末端部分からほころびていった。
中から車輪が溢れて、地面に転がる。
抱きしめるアミの体が、少しずつ軽くなっていく。
唇を離した頃には、もう胸から上しか残っていなかった。
「……っ、く、ふうぅ……ううぅぅ……っ!」
もう、時間がない。
「アミぃ……アミいいぃ……っ……!」
その愛おしい頬に手を添えて、最後まで見つめることすら許されない。
「あぁぁ……あ、あああぁぁぁあ……っ!」
すべてがほころびてしまえば、彼女の遺した『運命の輪』はどこかへ消えてしまうから。
だから、メアリーはわずかに残ったアミの体を、喰らわなければならなかった。
命の味を、魂に刻みつけて。
「うわあああぁぁぁぁぁああああっ!」
『節制』、『月』、『太陽』、『運命の輪』の捕食、完了。
現在のメアリーの所有アルカナ数17。
残りのアルカナ――4。
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