鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
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060 開幕、キャプティス大決戦

公開日時: 2020年10月31日(土) 17:00
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:12
文字数:5,549

 



 メアリーたちは、目立つ本社ビルではなく、併設された工場に逃げ込んだ。


 医務室に向かい、キューシーの治療が開始される。




「治したばっかなのに……まったく……」




 彼女はそうぼやきながら、苦しそうに治癒魔法を受ける。


 部屋の外にいるカラリアは、窓越しにそんなキューシーを眺めながら、ハンバーガーをかじった。


 血が足りないから、と急遽用意してもらった食事である。


 メアリーとアミは、外が見える窓際に立ち、同じようにパンを食べていた。




「お姉ちゃん、このパンすっごくおいしい」


「ふふ、よかったですね」




 慣れない立ち食いに戸惑うメアリーとは対照的に、アミはばくばくと食らいつく。


 そしてあっという間に1個食べ終えると、すぐに次をもらいに駆けていった。




「脳天気なものだな。さっきからどれだけ食べてるんだ?」


「異様にお腹が空くと言っていました」


「……体質か」


「あの肉体は、人のそれではありませんから。エネルギー消費が激しいのかもしれません」


「体にどんなガタが来ているのか、見た目ではわからない。こまめに精密検査を受けさせるべきだろうが――医務室があの有様ではな」


「重傷者もかなりいますね……」


「逃げてこられただけマシなほうだ」


「もぐっ、はもごっ、ちゅかみゃっひゃらひんりゃふもんね」


「アミ、食べてから言え」


「んぐっ……捕まったら死んじゃうもんね。たぶん、私たちでも」




 アミは外を闊歩かっぽする化物を見ながらそう言った。


 ドゥーガンは現在もキャプティスに陣取り、徘徊を続けている。


 おそらくはメアリーを探しているものと思われる。


 足元からはスラヴァー軍が魔導銃で攻撃しているようだが、まったく効いている様子はなかった。




「あんな化物、できれば相手にはしたくないな。ところでノーテッドはどうしてるんだ? メアリーと一緒に帰ってきたんだろう」


「本社ビルに戻って軍に指示を出しています。しばらく足止めをするので、私たちは待機していてくれと」


「休めるのは嬉しいけど、どれぐらいもつのかな」


「多少は戦力になりそうな貴族連中が真っ先に逃げたからな。今のうちに、私たちだけでどう倒すかを考えておけ、ということだろう」


「今までの天使と一緒なら体はやわらかいから、一気に攻撃したら倒せないかな?」


「質量が違いすぎます。魔導銃で攻撃しても一瞬で塞がるようです」


「うぅーん、めんどくさいなぁ。放っておいたら勝手に自滅してくれないかな……」




 無理と承知でアミがそう言うと、医務室の扉が開く。




「プラティが言うには、天使の肉体は三日ともたないそうよ。あれだけの図体、一日も経てば自重で崩れるんじゃないかしら」


「キューシーさん、もう大丈夫なんですか!?」


「い、いや、まあ……」


「やけに治療が早いな。腕がいい魔術師でも来たのか?」


「……」


「キューシー、顔が赤いよ?」


「……その、自分で自分を抱きしめてみたら、治ったのよ。能力で」




 キューシーは気まずそうにそう言った。


 アルカナ『女帝エンプレス』の能力、母性の象徴エンプレス・エンブレスは、対象を抱きしめることで傷を癒やす効果を持つ。


 ゆえに、他人にしか使えない――そんな先入観が彼女にはあったらしい。




「なあキューシー、アルカナ使いになったんなら、それぐらい試すもんじゃないのか?」


「仕方ないじゃない! お父様に怒られてから、あんまり使えてなかったの! 仕事柄、そんなに使う場面もなかったし……」


「そういえば、外で兵士たちを倒したときも、自分で驚いていたな。そういうことか」


「よかったじゃないですか。自分の肉体を変化させると、解除されたときに傷が生じる――でもそれを自分で癒せるのなら、もう恐れることはない」


「メアリー、あんたね……」


「お前はもっと自分の体をいたわるべきだ」


「『吊られた男ハングドマン』を取り込んだせいで無茶しそうで妹は心配でーす」


「あ、あはは……やぶ蛇でした……」




 アドバイスをしたつもりが、ひんしゅくを買ってしまうメアリー。


 1対3では勝ち目はない。


 大人しく負けを認めながらも――メアリーは復讐が終わるまで、戦い方を変えるつもりはなかった。


 それがより強い力を引き出す方法ならば、手段を選んではいられないのだから。


 メアリーがカラリアやアミからじとっとした視線を向けられていると、キューシーはふいに窓の外を見た。




「お、はじまったわね」




 続けて、カラリアもそちらに視線を向ける。




「基地に配備された巨大砲台か」




 照明に照らされた、長く大きな砲門が、ゆっくりとドゥーガンに向けられる。




「戦車も出てきてるわよ」


「すっごーい! あの戦車、何十台あるの?」


「国境や領境からも結構戻ってきてるみたいだから、数だけで言えば百近くあるんじゃないかしら。それを同時に動かせるかと言えば微妙なとこだけど」


「マジョラームの敷地内からも移動砲台が出撃してますね」


「あの兵器か……」




 カラリアはアオイとの戦いを思い出して、目を細めた。




「試作型……あれを使うなんて安全性なんて度外視ね。まさになりふり構わずだわ」


「おっきな大砲が光ってる!」


「直接見ないほうがいいわよ」




 砲口が、街全体を照らすまばゆい光を放ち、弾丸を放つ。


 わずかに遅れて、激しい爆発音が鳴り響き、窓ガラスをビリビリと震わせた。


 魔力銃ではなく、魔力で威力を増幅された実弾――それは発射とほぼ同時に、ドゥーガンの上半身に着弾する。


 貫通こそしなかったものの、化物は肉を飛び散らせながら、後ろによろめく。




「効いてるわ!」


「耐久性で劣るのは相変わらずか。だが――」




 体が大きくなった分だけ、再生速度も加速している。


 えぐれた肉は、またたく間にうぞうぞとうごめいて、ふさがっていった。


 しかしそれを妨害するように、四方からの砲撃が襲いかかる。


 巨大砲台ほどではないものの、戦車や移動砲台から放たれた弾丸は、確実にドゥーガンの歩みを鈍らせた。




「数の暴力ですね。さすがにこれだけの攻撃が集中すれば、足は止まるようです」


「足とか攻撃して、転ばせられないのかな」


「軍の連中もそれを意識してるようだけど――」


「まだ火力が足りんな」




 ドゥーガンはさすがに鬱陶しさを感じたのか、足を止めて、基地のほうを見た。


 巨大砲台が、二発目の発射準備に入る。


 本来なら冷却や次弾装填にもっと時間がかかるのだが、かなりの無茶をして急いだらしい。


 するとドゥーガンはゆったりとした動きで右手を伸ばす。


 そして指先がぐぱっと花開くと、そこからまばゆい閃光が放たれた。


 夜に包まれた街は、その光によって砲撃以上の明るさで照らされ、巨大砲台のガンバレルは真ん中からバターのように切断される。


 そのままドゥーガンは手を横にスライドして、街を薙ぎ払った。


 多くの兵器が光に巻き込まれて破壊されてゆく。


 さらに、その軌道に沿っていくつもの火柱が天に向かって伸び、人々に恐怖を植え付けるように、激しい爆発音を響かせた。


 身をすくませるキューシー。


 アミは無表情に、メアリーとカラリアは睨むようにその光景を見つめた。




「う、嘘でしょ……」


「こうなる気はしていたが」


「どいつもこいつも、簡単には終わりませんね」




 なおもドゥーガンの攻勢は続いていた。


 首が折れたかのように、ガクッと上を向くと、雄しべが揺れる。


 花糸が伸び、巨大なドゥーガンの顔面は、生き残った兵士や、なおも稼働する戦車に急接近した。


 そして恐怖歪む彼らの目の前で膨らみ、爆ぜる――


 複数箇所で発生した爆発は、空気を震わせるだけでなく、地震のように地面を揺らした。


 医務室から叫び声が聞こえてくる。


 おそらく最前線では、兵士たちが錯乱して逃げ惑っているに違いない。




「さあ、私たちの出番ですよ」


「勘弁してよ……」


「恨むんなら、自分をアルカナ使いにした神様を恨むんだな」


「私はお姉ちゃんが行く場所なら、どこにでもついていくだけだから!」


「ああもうっ、わかってるわよ! どうせわたくしたちが倒さない限り、本社ごと殺されるだけなんだもの! やるわよ! やってやるわよ!」




 キューシーがやけくそ気味にそう言うと、メアリーは微笑む。


 そして四人は工場から出た。


 ドゥーガンはまだメアリーの姿を見つけてはいなかったが――軍基地が壊滅した今、“もっとも目立つ”マジョラーム本社に向かってくるのは、実に自然なことである。


 しかし、ここを戦いに巻き込むわけにはいかない。


 メアリーは本社から離れ、十分に距離を取ったところで、建物の屋上にのぼり、骨の弾丸を射出した。




「私はここですよ、ドゥーガン! 死者万人分のミリアドコープス埋葬砲ベリアルカノンッ!」




 反動で右腕を吹き飛ばしながら放つその一撃は、ドゥーガンの太ももに着弾。


 巨大砲台と同等の威力で足の肉を吹き飛ばし、敵はわずかによろめく。


 同時にメアリーに気づくと、並んだドゥーガンの顔が「ウオオォォォォン」と不気味にユニゾンしながら鳴いた。




「そうだ、こっちに来い、ドゥーガン!」


「私たちが殺してあげるからさ!」


「これ以上晩節を汚さないことね、おじさん」




 続けて、三人も同じ場所を狙った攻撃を繰り出す。


 カラリアはライフルで、アミは重ねた車輪を殴って、キューシーは中型動物――瓦礫を変化させた鷹を放って。


 銃撃が肉をえぐり、車輪で増幅されたパンチに弾け飛び、皮一枚繋がった残りをくちばしがついばむ。


 連携攻撃により、ドゥーガンの足は千切れた。




「やったぁっ! これで倒れて――」


「……倒れませんね」




 巨人は片足だけの、あまりに不自然な状態でそこに静止していた。




「まるで、足の破壊という私たちの作戦を、前もって読んでいたかのようだな」


「あれ作ったやつ、絶対に性格悪いわよね」


「“顔”が来ます、みんな避けてください!」




 ドゥーガンはその体勢のまま、ぬるりと顔を伸ばした。


 くねった動きとは裏腹に、そのスピードは数百メートルを一瞬で埋めるほど。


 メアリー、カラリア、アミは全力でジャンプして、キューシーは背中に翼を生やして高く飛び上がる。


 爆風に晒されながらも、焼かれずには済んだ。


 続けてドゥーガンはこちらを攻撃するかと思いきや――あっさりと手を止め、再生途中の足は使わずに、まるで歩いているような動きでマジョラーム本社に向かいだす。




「ちょっとおじさん! なんでそっち行くのよー!」




 上空で叫ぶキューシー。


 着地したカラリアは、それを聞いてつぶやく。




「性格が悪いからだろう」


「知能は低そうなのに、私たちが本社から引き離そうとしていることには気づいた……」


「誰かが命令してる?」


「かもな。あれだけ巨大な化物を、作った人間が放置しているとも思えん。しかし、あれをどうやって止めればいい?」


「足を破壊しても、まったく別の力で移動してしまうようです」


「壁でも作って閉じ込めるか? いや、すぐに壊されて終わりだな」


「私たちも巨大化できたらいいのにね」


「そんな馬鹿なことが――」


「……巨大化」




 メアリーは、顎に手を当て考え込む。




「メアリー?」


「行けるかもしれません」


「錯乱してるのか? 落ち着け!」


「落ち着いてます。骨を繋ぎ合わせて巨人を作れば、取っ組み合いぐらいはできます。壁よりは時間を稼げるはずです!」


「お姉ちゃん……それいいと思う! すっごくかっこいい!」




 アミはキラキラと目を輝かせる。


 カラリアは難しい顔をしていたが、それ以上に良い案が見つかるかというと――




「試す価値はある、のか?」


「失敗したらそのときはそのときです。今は、今できることをやりましょう」


「私たちも手伝えばいけるって! ね、カラリア!」


「……ああ、そうだな。わかったよ。全力でフォローする、やってくれるかメアリー」


「はい、やってみせます!」




 メアリーは二人から離れ、ドゥーガンに近づく。


 その直後、空中よりキューシーが降りてきた。




「メアリーはどこに行ったのよ」


「次の作戦を実行しにいった。キューシー、私を抱えたまま飛べるか?」


「できないことはないけど……」


「なら頼む。アミはどうする?」


「私もいいこと思いついちゃった。別行動する!」


「そうか、健闘を祈る」


「カラリアとキューシーもねっ!」




 アミも離脱し、カラリアとキューシーだけが残された。




「……わたくしだけ置いてけぼりなんだけど」


「実行しながら話す。頼んだぞ」




 状況を飲み込めないキューシーは戸惑うばかり。


 とりあえずカラリアを背後から抱きしめ、そのまま飛び上がった。




 ◇◇◇




 ノーテッドは、本社ビルの社長室から出た。


 もう軍との通信は必要ない。


 全軍に撤退を指示したからだ。


 窓から見える町並みは、破壊され、炎上し、ひどい有様だった。


 ただ一つ、街の中央にそびえ立つロミオタワーだけは健在で、そこにドゥーガンの意思を見たような気がして、無性に悲しくなった。




「自分で築き上げた夢を、自分の手で破壊する……なあドゥーガン、どうやら今回の一件を企てた人間は、君にとてつもない恨みを抱いているようだ」




 ドゥーガンを操る復讐者。


 ドゥーガンを殺したい復讐者。


 その両者のぶつかりあい。


 互いの憎悪は紛れもなくドゥーガンに向けられていて――何とも奇妙な話である。




「十六年前……か。君が僕に黙って動くときは、決まってこういう悪事ばかりだ。そこを補うために、僕を近くに置いてたんじゃなかったのかい? まったく、どうしようもない悪人だよ、君は」




 窓に手を当て、ノーテッドは近づく化物にそう呼びかける。


 巨人はすでにマジョラーム本社の敷地内に侵入した。


 足元では社員が必死で攻撃しているが、止まる様子はない。




「けど……プラティとデファーレが死んで、僕だけ無関係とはいかないよね。ごめんよキューシー、こうなった時点で、僕の運命は決まってたみたいだ――」




 ドゥーガンが、かつての友を地獄に引きずり込むように、手を伸ばす。


 ノーテッドは、その死を受け入れ目を閉じる。


 しかし巨人の手は、ビルに到達することはなかった。


 その足元でメアリーが叫ぶ。




死者万人分のミリアドコープス――虚葬鎧ベリアルガイスト!」




 そして、彼女の体の内側から、大量の骨が溢れ出した。



 

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