メアリーたちは、目立つ本社ビルではなく、併設された工場に逃げ込んだ。
医務室に向かい、キューシーの治療が開始される。
「治したばっかなのに……まったく……」
彼女はそうぼやきながら、苦しそうに治癒魔法を受ける。
部屋の外にいるカラリアは、窓越しにそんなキューシーを眺めながら、ハンバーガーをかじった。
血が足りないから、と急遽用意してもらった食事である。
メアリーとアミは、外が見える窓際に立ち、同じようにパンを食べていた。
「お姉ちゃん、このパンすっごくおいしい」
「ふふ、よかったですね」
慣れない立ち食いに戸惑うメアリーとは対照的に、アミはばくばくと食らいつく。
そしてあっという間に1個食べ終えると、すぐに次をもらいに駆けていった。
「脳天気なものだな。さっきからどれだけ食べてるんだ?」
「異様にお腹が空くと言っていました」
「……体質か」
「あの肉体は、人のそれではありませんから。エネルギー消費が激しいのかもしれません」
「体にどんなガタが来ているのか、見た目ではわからない。こまめに精密検査を受けさせるべきだろうが――医務室があの有様ではな」
「重傷者もかなりいますね……」
「逃げてこられただけマシなほうだ」
「もぐっ、はもごっ、ちゅかみゃっひゃらひんりゃふもんね」
「アミ、食べてから言え」
「んぐっ……捕まったら死んじゃうもんね。たぶん、私たちでも」
アミは外を闊歩する化物を見ながらそう言った。
ドゥーガンは現在もキャプティスに陣取り、徘徊を続けている。
おそらくはメアリーを探しているものと思われる。
足元からはスラヴァー軍が魔導銃で攻撃しているようだが、まったく効いている様子はなかった。
「あんな化物、できれば相手にはしたくないな。ところでノーテッドはどうしてるんだ? メアリーと一緒に帰ってきたんだろう」
「本社ビルに戻って軍に指示を出しています。しばらく足止めをするので、私たちは待機していてくれと」
「休めるのは嬉しいけど、どれぐらいもつのかな」
「多少は戦力になりそうな貴族連中が真っ先に逃げたからな。今のうちに、私たちだけでどう倒すかを考えておけ、ということだろう」
「今までの天使と一緒なら体はやわらかいから、一気に攻撃したら倒せないかな?」
「質量が違いすぎます。魔導銃で攻撃しても一瞬で塞がるようです」
「うぅーん、めんどくさいなぁ。放っておいたら勝手に自滅してくれないかな……」
無理と承知でアミがそう言うと、医務室の扉が開く。
「プラティが言うには、天使の肉体は三日ともたないそうよ。あれだけの図体、一日も経てば自重で崩れるんじゃないかしら」
「キューシーさん、もう大丈夫なんですか!?」
「い、いや、まあ……」
「やけに治療が早いな。腕がいい魔術師でも来たのか?」
「……」
「キューシー、顔が赤いよ?」
「……その、自分で自分を抱きしめてみたら、治ったのよ。能力で」
キューシーは気まずそうにそう言った。
アルカナ『女帝』の能力、母性の象徴は、対象を抱きしめることで傷を癒やす効果を持つ。
ゆえに、他人にしか使えない――そんな先入観が彼女にはあったらしい。
「なあキューシー、アルカナ使いになったんなら、それぐらい試すもんじゃないのか?」
「仕方ないじゃない! お父様に怒られてから、あんまり使えてなかったの! 仕事柄、そんなに使う場面もなかったし……」
「そういえば、外で兵士たちを倒したときも、自分で驚いていたな。そういうことか」
「よかったじゃないですか。自分の肉体を変化させると、解除されたときに傷が生じる――でもそれを自分で癒せるのなら、もう恐れることはない」
「メアリー、あんたね……」
「お前はもっと自分の体をいたわるべきだ」
「『吊られた男』を取り込んだせいで無茶しそうで妹は心配でーす」
「あ、あはは……やぶ蛇でした……」
アドバイスをしたつもりが、ひんしゅくを買ってしまうメアリー。
1対3では勝ち目はない。
大人しく負けを認めながらも――メアリーは復讐が終わるまで、戦い方を変えるつもりはなかった。
それがより強い力を引き出す方法ならば、手段を選んではいられないのだから。
メアリーがカラリアやアミからじとっとした視線を向けられていると、キューシーはふいに窓の外を見た。
「お、はじまったわね」
続けて、カラリアもそちらに視線を向ける。
「基地に配備された巨大砲台か」
照明に照らされた、長く大きな砲門が、ゆっくりとドゥーガンに向けられる。
「戦車も出てきてるわよ」
「すっごーい! あの戦車、何十台あるの?」
「国境や領境からも結構戻ってきてるみたいだから、数だけで言えば百近くあるんじゃないかしら。それを同時に動かせるかと言えば微妙なとこだけど」
「マジョラームの敷地内からも移動砲台が出撃してますね」
「あの兵器か……」
カラリアはアオイとの戦いを思い出して、目を細めた。
「試作型……あれを使うなんて安全性なんて度外視ね。まさになりふり構わずだわ」
「おっきな大砲が光ってる!」
「直接見ないほうがいいわよ」
砲口が、街全体を照らすまばゆい光を放ち、弾丸を放つ。
わずかに遅れて、激しい爆発音が鳴り響き、窓ガラスをビリビリと震わせた。
魔力銃ではなく、魔力で威力を増幅された実弾――それは発射とほぼ同時に、ドゥーガンの上半身に着弾する。
貫通こそしなかったものの、化物は肉を飛び散らせながら、後ろによろめく。
「効いてるわ!」
「耐久性で劣るのは相変わらずか。だが――」
体が大きくなった分だけ、再生速度も加速している。
えぐれた肉は、またたく間にうぞうぞとうごめいて、ふさがっていった。
しかしそれを妨害するように、四方からの砲撃が襲いかかる。
巨大砲台ほどではないものの、戦車や移動砲台から放たれた弾丸は、確実にドゥーガンの歩みを鈍らせた。
「数の暴力ですね。さすがにこれだけの攻撃が集中すれば、足は止まるようです」
「足とか攻撃して、転ばせられないのかな」
「軍の連中もそれを意識してるようだけど――」
「まだ火力が足りんな」
ドゥーガンはさすがに鬱陶しさを感じたのか、足を止めて、基地のほうを見た。
巨大砲台が、二発目の発射準備に入る。
本来なら冷却や次弾装填にもっと時間がかかるのだが、かなりの無茶をして急いだらしい。
するとドゥーガンはゆったりとした動きで右手を伸ばす。
そして指先がぐぱっと花開くと、そこからまばゆい閃光が放たれた。
夜に包まれた街は、その光によって砲撃以上の明るさで照らされ、巨大砲台のガンバレルは真ん中からバターのように切断される。
そのままドゥーガンは手を横にスライドして、街を薙ぎ払った。
多くの兵器が光に巻き込まれて破壊されてゆく。
さらに、その軌道に沿っていくつもの火柱が天に向かって伸び、人々に恐怖を植え付けるように、激しい爆発音を響かせた。
身をすくませるキューシー。
アミは無表情に、メアリーとカラリアは睨むようにその光景を見つめた。
「う、嘘でしょ……」
「こうなる気はしていたが」
「どいつもこいつも、簡単には終わりませんね」
なおもドゥーガンの攻勢は続いていた。
首が折れたかのように、ガクッと上を向くと、雄しべが揺れる。
花糸が伸び、巨大なドゥーガンの顔面は、生き残った兵士や、なおも稼働する戦車に急接近した。
そして恐怖歪む彼らの目の前で膨らみ、爆ぜる――
複数箇所で発生した爆発は、空気を震わせるだけでなく、地震のように地面を揺らした。
医務室から叫び声が聞こえてくる。
おそらく最前線では、兵士たちが錯乱して逃げ惑っているに違いない。
「さあ、私たちの出番ですよ」
「勘弁してよ……」
「恨むんなら、自分をアルカナ使いにした神様を恨むんだな」
「私はお姉ちゃんが行く場所なら、どこにでもついていくだけだから!」
「ああもうっ、わかってるわよ! どうせわたくしたちが倒さない限り、本社ごと殺されるだけなんだもの! やるわよ! やってやるわよ!」
キューシーがやけくそ気味にそう言うと、メアリーは微笑む。
そして四人は工場から出た。
ドゥーガンはまだメアリーの姿を見つけてはいなかったが――軍基地が壊滅した今、“もっとも目立つ”マジョラーム本社に向かってくるのは、実に自然なことである。
しかし、ここを戦いに巻き込むわけにはいかない。
メアリーは本社から離れ、十分に距離を取ったところで、建物の屋上にのぼり、骨の弾丸を射出した。
「私はここですよ、ドゥーガン! 死者万人分の埋葬砲ッ!」
反動で右腕を吹き飛ばしながら放つその一撃は、ドゥーガンの太ももに着弾。
巨大砲台と同等の威力で足の肉を吹き飛ばし、敵はわずかによろめく。
同時にメアリーに気づくと、並んだドゥーガンの顔が「ウオオォォォォン」と不気味にユニゾンしながら鳴いた。
「そうだ、こっちに来い、ドゥーガン!」
「私たちが殺してあげるからさ!」
「これ以上晩節を汚さないことね、おじさん」
続けて、三人も同じ場所を狙った攻撃を繰り出す。
カラリアはライフルで、アミは重ねた車輪を殴って、キューシーは中型動物――瓦礫を変化させた鷹を放って。
銃撃が肉をえぐり、車輪で増幅されたパンチに弾け飛び、皮一枚繋がった残りをくちばしがついばむ。
連携攻撃により、ドゥーガンの足は千切れた。
「やったぁっ! これで倒れて――」
「……倒れませんね」
巨人は片足だけの、あまりに不自然な状態でそこに静止していた。
「まるで、足の破壊という私たちの作戦を、前もって読んでいたかのようだな」
「あれ作ったやつ、絶対に性格悪いわよね」
「“顔”が来ます、みんな避けてください!」
ドゥーガンはその体勢のまま、ぬるりと顔を伸ばした。
くねった動きとは裏腹に、そのスピードは数百メートルを一瞬で埋めるほど。
メアリー、カラリア、アミは全力でジャンプして、キューシーは背中に翼を生やして高く飛び上がる。
爆風に晒されながらも、焼かれずには済んだ。
続けてドゥーガンはこちらを攻撃するかと思いきや――あっさりと手を止め、再生途中の足は使わずに、まるで歩いているような動きでマジョラーム本社に向かいだす。
「ちょっとおじさん! なんでそっち行くのよー!」
上空で叫ぶキューシー。
着地したカラリアは、それを聞いてつぶやく。
「性格が悪いからだろう」
「知能は低そうなのに、私たちが本社から引き離そうとしていることには気づいた……」
「誰かが命令してる?」
「かもな。あれだけ巨大な化物を、作った人間が放置しているとも思えん。しかし、あれをどうやって止めればいい?」
「足を破壊しても、まったく別の力で移動してしまうようです」
「壁でも作って閉じ込めるか? いや、すぐに壊されて終わりだな」
「私たちも巨大化できたらいいのにね」
「そんな馬鹿なことが――」
「……巨大化」
メアリーは、顎に手を当て考え込む。
「メアリー?」
「行けるかもしれません」
「錯乱してるのか? 落ち着け!」
「落ち着いてます。骨を繋ぎ合わせて巨人を作れば、取っ組み合いぐらいはできます。壁よりは時間を稼げるはずです!」
「お姉ちゃん……それいいと思う! すっごくかっこいい!」
アミはキラキラと目を輝かせる。
カラリアは難しい顔をしていたが、それ以上に良い案が見つかるかというと――
「試す価値はある、のか?」
「失敗したらそのときはそのときです。今は、今できることをやりましょう」
「私たちも手伝えばいけるって! ね、カラリア!」
「……ああ、そうだな。わかったよ。全力でフォローする、やってくれるかメアリー」
「はい、やってみせます!」
メアリーは二人から離れ、ドゥーガンに近づく。
その直後、空中よりキューシーが降りてきた。
「メアリーはどこに行ったのよ」
「次の作戦を実行しにいった。キューシー、私を抱えたまま飛べるか?」
「できないことはないけど……」
「なら頼む。アミはどうする?」
「私もいいこと思いついちゃった。別行動する!」
「そうか、健闘を祈る」
「カラリアとキューシーもねっ!」
アミも離脱し、カラリアとキューシーだけが残された。
「……わたくしだけ置いてけぼりなんだけど」
「実行しながら話す。頼んだぞ」
状況を飲み込めないキューシーは戸惑うばかり。
とりあえずカラリアを背後から抱きしめ、そのまま飛び上がった。
◇◇◇
ノーテッドは、本社ビルの社長室から出た。
もう軍との通信は必要ない。
全軍に撤退を指示したからだ。
窓から見える町並みは、破壊され、炎上し、ひどい有様だった。
ただ一つ、街の中央にそびえ立つロミオタワーだけは健在で、そこにドゥーガンの意思を見たような気がして、無性に悲しくなった。
「自分で築き上げた夢を、自分の手で破壊する……なあドゥーガン、どうやら今回の一件を企てた人間は、君にとてつもない恨みを抱いているようだ」
ドゥーガンを操る復讐者。
ドゥーガンを殺したい復讐者。
その両者のぶつかりあい。
互いの憎悪は紛れもなくドゥーガンに向けられていて――何とも奇妙な話である。
「十六年前……か。君が僕に黙って動くときは、決まってこういう悪事ばかりだ。そこを補うために、僕を近くに置いてたんじゃなかったのかい? まったく、どうしようもない悪人だよ、君は」
窓に手を当て、ノーテッドは近づく化物にそう呼びかける。
巨人はすでにマジョラーム本社の敷地内に侵入した。
足元では社員が必死で攻撃しているが、止まる様子はない。
「けど……プラティとデファーレが死んで、僕だけ無関係とはいかないよね。ごめんよキューシー、こうなった時点で、僕の運命は決まってたみたいだ――」
ドゥーガンが、かつての友を地獄に引きずり込むように、手を伸ばす。
ノーテッドは、その死を受け入れ目を閉じる。
しかし巨人の手は、ビルに到達することはなかった。
その足元でメアリーが叫ぶ。
「死者万人分の――虚葬鎧!」
そして、彼女の体の内側から、大量の骨が溢れ出した。
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