「ウェント・テンペスターズ……ははっ、ははははっ、あはははははっ!」
社長室に、ミティスの笑い声が響く。
彼女は『運命の輪』の出現を目の当たりにして、怒りが収まらない様子であった。
「本人が出てくるなんてねえ! 罪滅ぼしのつもりなの? あれだけのことをしておいて、なんて身勝手な!」
わざわざ椅子から立ち上がり、誰もいない虚空へ向かって声を荒らげる。
だが叫ぶと少しだけ気持ちが落ち着いたのか、広げた両手からだらんと力を抜くと、ため息を挟んで言った。
「こんな世界で作られた命を救ったところで、償いなんてできないのよ
目を細める。
遠い過去、存在したかも曖昧な記憶の中で、なおも色濃く残り続けるその思い出を想起しながら。
◇◇◇
アミの体は崩れ、中から機械仕掛けの神が現れる。
腕だけでなく、全身が歯車と金属のフレームで作られた、異様な姿だった。
だが紛れもなく、それがアルカナであることをメアリーは知っている。
捕食したフランシスの記憶で、『星』を見たことがあるからだ。
「『運命の輪』……で、ではアミは! あの子はどこに行ったんですか!?」
「我に全ての命を捧げた」
「そんな――」
失望に思わず声をあげるメアリー。
味方が増えた――その事実を素直に喜べるような状況ではないようだ。
「私は……あの子に別れを告げることすら、できないんですか……?」
拳を強く握る。
今の彼女は、愛する人を、せめて自分の手で殺すために生きているのだから。
「我にはわかる。あの娘は、常に自分の幸せよりもお前の幸せを望んでいた」
「知っています。アミがそういう子だってことぐらい」
「ゆえにこの道を選んだのだ。我にはそれ以外、伝えられることはない」
冷たいようでいて、それは確かな事実である。
可能なら、アミはそういう道を選ぶだろう。
肩を並べて一緒に旅をしたあの日々の中ですら、自分の命を代償に捧げながら、明るい笑顔を振りまいてくれたのだから。
「アミの望みを叶えるためには……戦って、勝つしかないってことですね」
「そうだ。『月』と『太陽』は能力を知る我が戦おう。そちらは『節制』を」
「わかり、ました」
到底理解などできない理屈を飲んで、感情を無理やり噛み殺す。
「倒したら……アミの死体ぐらい、抱かせてくださいね」
「無論だ、それがアミの願いでもある」
それを聞いて、安心した――というわけではないが、ひとまずこの場を『運命の輪』に任せ、メアリーはフィリアスに接近する。
エリニはメアリーを追おうとするような素振りを見せたが、ノーモーションで放たれた車輪に道を阻まれた。
彼女はむっと神をにらみつける。
「アルカナ本人とか知らないけど」
「誰が来ようと、私たちは無敵だよ」
「過去も未来も」
「運命は全て私たちのものだから」
構えを取るエリニとエリオ。
自らを挟んだ二人の姿を交互に見て、『運命の輪』は言った。
「『月』と『太陽』。それぞれ過去と未来を司るアルカナだったな。覚えている、元となった人間も双子の姉妹だったことを」
「つまり私たちは同じ双子だから!」
「神と同じ力を振るうことができる!」
素早い動きで、一気に双子が接近してくる。
「双子は双子のまま……何億年経とうとも、因果は消えぬか」
『運命の輪』はどこか悲しげにそう言うと、体からこぼれ落ちた歯車の一部が、彼の体の周囲を高速で回転しはじめた。
◇◇◇
ようやくフィリアスとの1対1の状況が生まれる。
ここが好機と見て、メアリーは怒涛の攻勢を仕掛けた。
なるべく『月』と『太陽』との戦いからも距離を取るため、彼女は無数の機葬砲をそこら中に乱射していた。
「片っ端から地面を破壊するなんてぇ、王女様は野蛮なのねぇ」
フィリアスは軽やかな動きでそれを避けながら、後退していく。
「煙に紛れて、騒がしい音を立てれば、『節制』は使えないとでも思ってるのぉ?」
彼女は剣を振るう。
ほとばしる炎が、周囲に舞った煙すらも切り裂いた。
だが――その先にメアリーはいない。
「……あら、姿も見えない。ああ、『隠者』ってやつなのね。徹底してるわぁ、徹底して、私の目から逃れようとして――そう、条件を探っているのね」
気配を探っても、フィリアスにはメアリーがどこにいるのかわからなかった。
間違いなく言えることは、彼女は逃げないということだけ。
だからそこから先は、完全に女の勘である。
「天使の名の下に命じる、私に攻撃するな」
彼女がそう言い放った瞬間、その視線はわずかに右側を向いた。
「止まったわね、王女様」
見えないが、どうやらそこにはメアリーがいるらしい。
「天使の名の下に命じる、その場で動くな」
「……」
「天使の名の下に命じる、『隠者』を解除しなさい」
「……っ」
術者の意思に関係なく、『隠者』による隠遁が効果を失う。
そこに、鎌を振り上げたメアリーの姿が現れた。
「不意打ちしっぱぁい。残念でしたぁ」
フィリアスは炎の剣で斬りかかる。
それを、メアリーの体を突き破り現れた骨の腕が受け止めた。
「あらら……厄介だわぁ、その腕。『節制』で体の動きを止めても、アルカナの動きまでは止まらないなんて」
「そう言う割には、まだ余裕が見えますが」
「ええ、出し惜しみしてるもの。私のとっておき、味わってみる?」
「お断り――」
「天使の名の下に命じる、心臓よ潰れろ」
ぶちゅっ、と体内で生ぬるい液体が広がる感覚があった。
直後、一気に体温が奪われていく。
「づっ、う……ぐ、はっ……!」
身動きが取れないメアリーは、額に冷や汗を浮かべながら苦しむ。
「呼吸よ止まれ」
「か、ひゅっ、あ、あぁああっ……!」
さらに呼吸まで封じられ、彼女は口をぱくぱくさせながら、大きく目を見開き体をよじった。
(こんなもの……もう、動きを止めるなんて域を超えています!)
天使化による魔力強化の結果なのか。
圧倒的に魔術評価の差があるにも関わらず、その能力はやはり防ぐことができない。
「やっぱり気持ちがいいわね、相手を支配するのって」
勝ち誇り、うっとりとした表情を見せるフィリアス。
操られても、そういう個の性格は残してあるようだ。
確かに、もうメアリーに反撃の手段はない。
このまま、少しずつ体を破壊していけば、安心して勝ちを掴むことができる。
フィリアスはそう思っているのだろう。
しかし、彼女の表情がこわばる。
地面を見つめ、怪訝そうな表情を見せる。
どうやら――そのわずかな揺れに気づいたようだ。
フィリアスの足元が盛り上がり、地中から大口を開いた蛇型の怪物が現れる。
「ワーム? そう、足元から骨を伸ばしてたのねぇ」
メアリーの脚から伸びる骨――そう思ったらしいが、ワームの全身が地表に出てくる。
その体は彼女と繋がっておらず、完全に自律して動いていた。
「まるで生き物ね。どちらにせよ、私の炎の剣ならっ!」
剣を振り上げる。
そのとき、フィリアスは自らの体の異変に気づいたのか、動きを止め、横に飛んでワームの突撃を回避した。
「腕に石……あらあら、いつの間にか『教皇』の戒律まで使っていたなんて」
効果は微々たるものだが、そのわずかな違和感は確実に素早さと集中力を奪う。
彼女は鬱陶しそうに目を細め、石化する肘を見つめた。
「だけど、アルカナの使用を禁じるなんて直接的で無茶なこと、『死神』に取り込まれて劣化した力じゃできないはずよねぇ。あ、私わかっちゃったかもぉ。王女様ってば、私がいつも言ってる『天使の名のもとに』を禁止したんでしょう」
能力発動は禁じられずとも、『特定の言葉を発すること』は禁じられる。
『節制』の発動にあの文言が必ず必要なら、それは間接的に能力を封じることにもつながるはずだった。
「そう、だったらこうしましょう」
しかしフィリアスは不敵に笑う。
その狙いは的外れだと言わんばかりに。
そしてワームの牙を華麗に避けると、未だに動けないメアリーに向けて言い放つ。
「脚よ腐り落ちろ」
今までの命令と比べても、あまりに直接的すぎる内容だ。
そんなもの起こせるはずがない――そうメアリーは思ったが、途端に彼女の脚から力が抜け、地面に倒れ込む。
(そんな……あの言葉だけで、私の肉体を……!)
足元に視線を向けると、肉が変色し崩れ落ち、骨が露出していた。
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