カラリアは、自分だけが犠牲になろうとしている。
別にメアリーを守りたいわけじゃない。
ユーリィのしたことをなぞることで、自分の死を正当化して、この息苦しい世界から逃れたいだけだ。
しかし、メアリーは退くどころか、両手を広げて立ち上がる。
「お断りします」
「なぜだ」
「言ったはずです、私たちは味方になれると。先ほどの話を聞いてその確信は強まりました。一緒にスラヴァー公爵を殺しましょう!」
「そんなことをして何になる? 今回の戦いで痛いほどわかったよ、私は一人じゃ何もできないと。戦い続けても死者は戻ってこない。私はそれ以外の生き方を知らない。幸せだった日々はいつまでも過去のまま。そんな世界で生きて何になる?」
ここ数ヶ月、カラリアはふさぎ込んで、廃人のように生きてきた。
それでもなお、鍛錬は欠かさないのは、もはや職業病のようなものだが――ドゥーガンがわざわざ彼女を探し出し、今回の仕事を頼んできたのは、そんな状況下でのことである。
報酬額からしても胡散臭いことこの上ない。
だが、一人でそれをやり遂げることで、ユーリィの死を乗り越えられるような、そんな気がしたのだ。
しかし現実は甘くない。
任務は失敗し、それどころか、ユーリィを殺した『魔術師』に、カラリアもまた殺されようとしている。
無力感に苛まれるには、十分すぎるほどの虚しさだった。
そんな彼女に、メアリーは真っ直ぐな言葉を投げかける。
「確かに死者は戻ってきません。ですがきっと、大切な人はあの世からこちらを見ています」
「それで? 復讐したら喜ぶとでも?」
「はい、もちろんです!」
そして彼女は、確信をもって断言した。
「死ぬのって、すごく痛くて、苦しくて、怖いです。生前、どんなに優しくて正義心のある人でも、殺されたなら、犯人を憎みます。だって当然ですよね、身近な人が死んだら誰だって犯人を憎むんですから、自分がそれをされて憎まないはずがない! だったら、そいつが死んで地獄に落ちたのを見て、ゲラゲラ笑ってくれるに決まってますよね?」
両手を広げて熱弁するメアリー。
彼女も一度は死んだようなものだ、だから死者の気持ちは少しはわかる。
「何より私もそれで笑える。好きな人が笑うだけじゃない。この世に、もう憎いあの男はいないんだって思うだけで、心は死ぬほど軽くなる! 天にも昇る心地でしょう! 死者は戻りませんから、悲しみは消えないかもしれませんね。けど、悲しみと憎しみと無力さを一緒に抱える必要はなくなるんです! たとえ誰かに慰めの言葉をかけられたって、こんなに救われること、他にありませんよ!」
胸に渦巻くどす黒い感情は、見た目以上に大きな質量を持っている。
これがある限り、他の道なんて選べないし、選んだって集中できっこない。
「だから、復讐は有意義なんです。果たすべきです。あなたにその力があるのなら、なおさらに」
「……かも、しれないな」
メアリーの熱弁に、しかしカラリアは冷めた様子でこう返す。
「だが――私はな、ユーリィと同じ死に方ができるこの状況に、悲しいほど惹かれているんだよ」
まるで取り憑かれたように力ない笑み。
そして箱を破壊すべく、刀を振り上げる。
「早く遠くに逃げてくれ、私はこのままこれを――」
話は通じそうにない、ならば――とメアリーは素早く箱を抱えると、カラリアに背を向けて走り出した。
「ですから、そうはさせません!」
「なっ、逃げる気か!?」
「はい、逃げます。どこまでも逃げてやります!」
「ふざけるな、なぜそこまでする必要がある!」
すぐさま追跡するカラリア。
かかとから骨を打ち出し加速するメアリーと、自らの足で駆けるカラリア――二人の速度はほぼ互角であった。
「だってカラリアさん、ぜんぜん私の話を聞いてくれないじゃないですか!」
「出会ったばかりのお前の話を聞いて、私の心が動くはずもないだろう!」
「それじゃあ私が困るんですっ! お姉様の言いつけを守れませんっ!」
「わけのわからないことを――勝手に困っておけ! 私はユーリィに会いたいんだ!」
「あの世で自分たちを殺した犯人が好き放題やってるのを、負け犬面して眺めるっていうんですか!?」
「二人で一緒に居られるのならそんな悲しみなどッ! お前だってそうじゃないのか? 復讐を語る以上、大切な誰かを奪われたんだろう!?」
「そうです、お姉様を殺されました!」
「だったら一度ぐらい、あの世で再会したいと思ったことがあるだろう!」
「ありますよ。でも私は、胸を張ってお姉様に会いたい! よく殺したねって褒めてもらいたいから!」
「クソ、イカレてるッ! 第一、お前はその爆弾をどうするつもりなんだ!」
「私が爆発させて、死神の能力で頑張って爆風を抑え込みます。再生能力があれば死なずに済むはずです! カラリアさんは屋敷の隅っこで自分の身を守っていてください!」
「――ッ! ふざけるなッ! お前が、お前なんかが、ユーリィの記憶を上書きするなどとぉッ!」
別にメアリーの命を案じているわけではない。
かつての大切な人と、まったく同じ道を歩ませることは、カラリアのプライドが許さないのだ。
だが二人の距離は縮まず、ついにエントランスホールに戻ってくる。
メアリーは玄関扉の前で立ち止まり、カラリアはそんな彼女の前で刀を構えた。
「その箱を渡せ」
「できません」
「ならばその両腕を切り落とすまでだ。躊躇うような仲でもないからな!」
一瞬でメアリーの目の前まで迫るカラリア。
するとメアリーは、その両腕で抱えていた箱を放り投げた。
言葉通り、両腕を切り落とそうとしていたカラリアの視線は、そちらに向けられる。
「馬鹿なっ、落ちた衝撃で爆発するぞ!?」
刀を放り出し、取りに行こうと動き出す彼女を、メアリーは背中から生やした巨大な腕でがっちりと掴み、抱き寄せた。
もがいて脱出しようとするも、腕ごと拘束されては身動きが取れない。
「離せぇッ! 爆心地に近すぎる、このままでは二人とも死ぬだけだ!」
「嫌です。意地でも生き残ってもらいます、私と一緒に!」
メアリーは、抵抗するカラリアと一緒に、開いた玄関の向こうに広がる暗闇へと飛び込む。
もう、メアリーにもどうしてここまで必死になっているのかわからなかった。
きっと、言葉通り“意地”なのだろう。カラリアが抵抗するから悪いのだ。
抜けた先は、先ほどまで二人がいた部屋だった。
(この場所なら、エントランスからは距離があります。気休め程度かもしれませんが、ダメージは軽減できるはずです!)
加えて、メアリーは今使える、最大限の魔力を発揮して身を守る盾を作り出す。
「死者千人分の埋葬棺!」
まるで卵のように二人を包む、白色の骨の壁。
光すら遮られ、密閉された空間の中で、メアリーに抱きしめられながらカラリアはもがき暴れる。
「まさか、私を守って――!? ダメだ、これじゃダメなんだっ! あれはアルカナ使いを殺すためのもの、防げるわけがない! それに、それにやってることが一緒じゃないかッ! ユーリィと、何もかも。どうせお前だって――!」
カラリアはトラウマを呼び起こされ、目に涙を浮かべる。
そんな彼女を見て、メアリーもフランシスの死を思い出しながら――ぎゅっと、強く抱きしめた。
胸に顔を埋められ、少しだけ大人しくなるカラリア。
(ああ……ユーリィ。お前も、私をよく、こうして抱きしめて……)
それは他人のぬくもりで、まったくの別物だ。
だが悲しいことに、寂しさゆえに人肌に飢えていたカラリアの心には、多少なりとも染み込んでしまう。
どうせ死ぬのなら、今際の際に身を委ねても――そんな甘い誘いが、彼女の体から力を奪うのだ。
箱は地面に落ち、起爆する。
光が屋敷全体を包み、爆轟が響く。
猛烈な熱と激しい衝撃が、全てを焼き払い、消し飛ばし、二人が身を寄せ合う卵すらも飲み込んでいった。
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