鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
kiki
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028 監視者は何処に

公開日時: 2020年9月19日(土) 17:11
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:06
文字数:3,112

 



 ティニーを救うべく、死地へと飛び込むメアリー。


 ガラス玉はすでにティニーの目前にまで迫っていた。


 地面が開く・・


 彼女の足元に突然、ぽっかりと穴が空いて、体が落ちていく。


 底に待つのは鋭く長い針の山。


 その表情が恐怖に歪む。




「ティニーさん、手を伸ばしてくださいっ!」


「王女様あぁっ!」




 両者ともに手を伸ばすが、その距離はまだ遠く――するとメアリーの腕を突き破って、亡者の手が伸びた。


 白骨の指先はティニーの腕をしっかりと掴み、抱き寄せる。


 そしてメアリーは“穴”の上を通り過ぎ、壁を蹴って方向転換を試みる。


 しかし踏みしめた瞬間、壁はぐにゃりと歪み、その足を飲み込んだ。




(このまま潰すつもりですか――!)




 彼女の背中から、血しぶきとともに巨大な腕が突き出す。


 鋭い爪を壁に引っ掛け、二人は強引にその場から脱出。


 なおも見えない“敵”の攻勢は続く。


 ガラス玉は一帯に散らばっており、かつ“壁”に仕込まれた理論不明の罠もなお健在。


 爪を引っ掛けた壁は溶け、メアリーは体勢を崩す。


 次に腕を伸ばした壁は爆ぜ、飛び散る破片が二人を襲う。


 メアリーはティニーを両手で庇うと、肩と腕をえぐられながら、やむなく床に着地。


 すると床板を突き破って、鋭い岩が下顎を狙って突き出す。


 バックステップにて回避。


 直後、それを狙いすましたように後方の壁が隆起する――




「メアリー、後ろよっ!」




 キューシーの必死な声が響く。


 だがメアリーは避けようとはしない。


 迫る鋭利な先端を、あえて背中で受け止める。


 接触するその部位を、強固な骨で守りながら。


 ドスンッ、と強い衝撃がメアリーの背中を襲い、彼女は「づぅッ!」とうめき声をあげる。




「飛んだッ!?」




 その勢いを利用し地面を蹴ると、体は撃ち出されるように加速する。


 そして、驚くキューシーの待つ医務室の扉へと急接近した。


 可能な限り、空中を移動すること――どうやらその作戦は、それなりに有効なようである。


 この作戦が功を奏したのか、壁や床は爆ぜて破片を飛ばし、剥がれて切りつけてくるものの、有効打は与えられない。




(このまま医務室まで飛び込めばッ!)




 あと少し、一秒にも満たぬ時間で――だが、そんなメアリーの頭上から音がした。


 直上にあるのは、地下空間の空気を清浄に保つための換気口。


 その金属の網目を塗って、輝くガラス玉が落ちてくる。




(これは――あらかじめ・・・・・仕掛けられた罠ッ!)




 唇を噛み、内部犯の確信を強めるメアリー。


 彼女はせめてティニーだけでも救おうと、強く叫んだ。




「ティニーさんをっ!」


「はぁ? わたくしに受け止めろっていいますの!?」




 空中でティニーの体を放り投げるメアリー。


 そして骨の防護壁を展開、ガラス玉の直撃を防ぐ。




「ふぐうぅっ!」




 ティニーは無事、キューシーが受け止めたようで、その勢いで二人の体は医務室の奥まで転がる。


 安堵――からの、間髪をいれずに迫る危機。


 展開した骨は、ガラス玉に触れることなく溶けて無くなり、メアリーに直接降り注ぐ。




(それなりに魔力を使ったのに、こんなにたやすくッ! 球体の一定範囲内の物質を操る能力? いえ、それでは壁の異変が説明付きません!)




 その正体を考えながら、彼女は空中で体をひねり、蹴りを繰り出す。


 ガラス玉を吹き飛ばすべく振り払われた脚は、しかし最初の一個に触れた瞬間、バチュッ、と水風船のように弾けた。




「ぐっ――!」




 メアリーの足首が宙を舞い、顔が苦痛に歪む。


 だが体のひねりと、弾けた衝撃で軌道が変わり、ガラス玉の直撃による致命打は避けた。


 すかさず天井に背中から伸びた爪を引っ掛け、さらに距離を取る。




(……天井は溶けない。条件を満たしていないから?)




 少なくとも、ここなら攻撃は受けない――そんな安心感があった。


 たくさんのガラス玉が床に落ちる。


 跳ねて、弾けて、散らばって。


 その動きを見ていると、“また何か起きるのではないか”と不安になる。


 脚の傷口がじくじくと痛む。


 血が滴り、床のガラス玉をべちゃりと汚した。


 ちぎれた足首は、能力によって弾け、すでに細かな肉片と化している。


 メアリーが次に取るべき行動は――視線を医務室のほうへ向ける。


 やはり逃げ道は、キューシーたちのいるあの部屋しかない。


 彼女は、天井を蹴って移動すべく、右足に力を込める。


 しかし、案の定・・・、異変は起きた。


 床が、まるで水面のように波打ち始めたのだ。


 いや、その性質を正しく表すのなら、“ゴム”や“バネ”のほうが正しいだろう。


 その波に打ち上げられて、床に散乱していたガラス玉が宙を舞う。


 間隔は均等に、万遍ない密度で、その空間全てが、敵の“射程圏内”となる。


 くるくると回り、光を反射して、星のように輝く殺意が、メアリーを取り囲む。




「まずい――逃げなさい、メアリー! あんたが死んだら終わりよッ!」




 医務室で座り込みながら、キューシーが叫ぶ。


 触れれば終わり。


 軌道が歪むため、迎撃も不可能。


 どう切り抜けるか――




(こういうとき、お姉様ならどうしたんでしょう)




 また会いたい、そんな祈りを込めて思いを馳せるが、そう都合良くはいかないようだ。


 自分だけでどうにかするしかない。


 そして、結局のところ『死神』にできることなど一つしかないのだ。




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 大量の死体を取り込んだことによる莫大な魔力――それを利用した、圧倒的な暴力。


 ずるりと引き抜かれる骨の柄。


 そしてそこから伸びる、鋭利な白刃。


 メアリーはそれを、天井・・に向かって振るった。




「はあぁぁぁぁぁぁあああああッ!」




 一瞬で幾重もの斬撃を放ち、切り刻み、崩落させる。


 落ちた瓦礫はガラス玉に触れようとすると、弾け、砕けていく。


 砕けた破片がまた別のガラス玉に近づき、さらに粉砕される。


 それは粉塵になるまで繰り返され、一帯はまたたく間に煙に覆われた。


 まるで銃撃戦でも起きているかのような激しい音が響き、キューシーは思わず耳を塞ぐ。




「メアリーあんた、こんなことして何の意味が……」




 彼女がそう声を荒らげてから数秒後――なおも炸裂音が響く中、背後から冷静な声がした。




「扉を閉めてください、キューシーさん」


「メアリー!?」




 外にいたはずのメアリーが、いつの間にかキューシーの背後に立っている。


 切断した脚を、生やした骨で支えて。


 言われるがまま、キューシーはすぐさま扉を閉じ、メアリーに駆け寄った。




「どうやってここに入ってきたのよ!」


「天井に穴を掘ってつなげました」




 メアリーは頭上を指差す。


 確かにそこには、人が通れるサイズの穴があいていた。


 あの一瞬で――と思ったが、あの速度で壁を切り刻むことができるのだ。


 穴を掘るぐらい、造作もないことだろう。




「滅茶苦茶やるわね……じゃあ、あの煙も予定通りだったの?」


「視界が塞がれば、攻撃の手も緩むのではないかと思いまして」


「どういうこと?」


「対処が的確すぎるんです。ただ自動的に人を殺すだけならまだしも、爪で引っ掛けた壁を溶かしたり、爆発させたり。間違いなく、敵はどこかで私の動きを監視しています」


「それであんなことを……確か、この施設には監視カメラが設置されてたわね」




 キューシーの疑問に、ティニーが答える。




「はい、モニタールームで見られたはずです」


「そこに陣取っている可能性が高いですね」


「つまりこの部屋にもカメラがある、と。メアリー、部屋の隅にあるやつ、壊しといたほうがいいわ」




 そう言って、天井に設置された半球体の装置を指差すキューシー。


 メアリーは速やかに骨を射出し、それを破壊する。


 そして潰れた装置を見て、ひとまず安堵しながらも、別の可能性・・・・・も考えていた。




(カメラを壊したって安心はできません。直接・・見ているかもしれないのですから)




 敵は手段を選ばない。


 だったら――と、メアリーはキューシーとティニーに視線を向け、目を細めた。



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