ティニーを救うべく、死地へと飛び込むメアリー。
ガラス玉はすでにティニーの目前にまで迫っていた。
地面が開く。
彼女の足元に突然、ぽっかりと穴が空いて、体が落ちていく。
底に待つのは鋭く長い針の山。
その表情が恐怖に歪む。
「ティニーさん、手を伸ばしてくださいっ!」
「王女様あぁっ!」
両者ともに手を伸ばすが、その距離はまだ遠く――するとメアリーの腕を突き破って、亡者の手が伸びた。
白骨の指先はティニーの腕をしっかりと掴み、抱き寄せる。
そしてメアリーは“穴”の上を通り過ぎ、壁を蹴って方向転換を試みる。
しかし踏みしめた瞬間、壁はぐにゃりと歪み、その足を飲み込んだ。
(このまま潰すつもりですか――!)
彼女の背中から、血しぶきとともに巨大な腕が突き出す。
鋭い爪を壁に引っ掛け、二人は強引にその場から脱出。
なおも見えない“敵”の攻勢は続く。
ガラス玉は一帯に散らばっており、かつ“壁”に仕込まれた理論不明の罠もなお健在。
爪を引っ掛けた壁は溶け、メアリーは体勢を崩す。
次に腕を伸ばした壁は爆ぜ、飛び散る破片が二人を襲う。
メアリーはティニーを両手で庇うと、肩と腕をえぐられながら、やむなく床に着地。
すると床板を突き破って、鋭い岩が下顎を狙って突き出す。
バックステップにて回避。
直後、それを狙いすましたように後方の壁が隆起する――
「メアリー、後ろよっ!」
キューシーの必死な声が響く。
だがメアリーは避けようとはしない。
迫る鋭利な先端を、あえて背中で受け止める。
接触するその部位を、強固な骨で守りながら。
ドスンッ、と強い衝撃がメアリーの背中を襲い、彼女は「づぅッ!」とうめき声をあげる。
「飛んだッ!?」
その勢いを利用し地面を蹴ると、体は撃ち出されるように加速する。
そして、驚くキューシーの待つ医務室の扉へと急接近した。
可能な限り、空中を移動すること――どうやらその作戦は、それなりに有効なようである。
この作戦が功を奏したのか、壁や床は爆ぜて破片を飛ばし、剥がれて切りつけてくるものの、有効打は与えられない。
(このまま医務室まで飛び込めばッ!)
あと少し、一秒にも満たぬ時間で――だが、そんなメアリーの頭上から音がした。
直上にあるのは、地下空間の空気を清浄に保つための換気口。
その金属の網目を塗って、輝くガラス玉が落ちてくる。
(これは――あらかじめ仕掛けられた罠ッ!)
唇を噛み、内部犯の確信を強めるメアリー。
彼女はせめてティニーだけでも救おうと、強く叫んだ。
「ティニーさんをっ!」
「はぁ? わたくしに受け止めろっていいますの!?」
空中でティニーの体を放り投げるメアリー。
そして骨の防護壁を展開、ガラス玉の直撃を防ぐ。
「ふぐうぅっ!」
ティニーは無事、キューシーが受け止めたようで、その勢いで二人の体は医務室の奥まで転がる。
安堵――からの、間髪をいれずに迫る危機。
展開した骨は、ガラス玉に触れることなく溶けて無くなり、メアリーに直接降り注ぐ。
(それなりに魔力を使ったのに、こんなにたやすくッ! 球体の一定範囲内の物質を操る能力? いえ、それでは壁の異変が説明付きません!)
その正体を考えながら、彼女は空中で体をひねり、蹴りを繰り出す。
ガラス玉を吹き飛ばすべく振り払われた脚は、しかし最初の一個に触れた瞬間、バチュッ、と水風船のように弾けた。
「ぐっ――!」
メアリーの足首が宙を舞い、顔が苦痛に歪む。
だが体のひねりと、弾けた衝撃で軌道が変わり、ガラス玉の直撃による致命打は避けた。
すかさず天井に背中から伸びた爪を引っ掛け、さらに距離を取る。
(……天井は溶けない。条件を満たしていないから?)
少なくとも、ここなら攻撃は受けない――そんな安心感があった。
たくさんのガラス玉が床に落ちる。
跳ねて、弾けて、散らばって。
その動きを見ていると、“また何か起きるのではないか”と不安になる。
脚の傷口がじくじくと痛む。
血が滴り、床のガラス玉をべちゃりと汚した。
ちぎれた足首は、能力によって弾け、すでに細かな肉片と化している。
メアリーが次に取るべき行動は――視線を医務室のほうへ向ける。
やはり逃げ道は、キューシーたちのいるあの部屋しかない。
彼女は、天井を蹴って移動すべく、右足に力を込める。
しかし、案の定、異変は起きた。
床が、まるで水面のように波打ち始めたのだ。
いや、その性質を正しく表すのなら、“ゴム”や“バネ”のほうが正しいだろう。
その波に打ち上げられて、床に散乱していたガラス玉が宙を舞う。
間隔は均等に、万遍ない密度で、その空間全てが、敵の“射程圏内”となる。
くるくると回り、光を反射して、星のように輝く殺意が、メアリーを取り囲む。
「まずい――逃げなさい、メアリー! あんたが死んだら終わりよッ!」
医務室で座り込みながら、キューシーが叫ぶ。
触れれば終わり。
軌道が歪むため、迎撃も不可能。
どう切り抜けるか――
(こういうとき、お姉様ならどうしたんでしょう)
また会いたい、そんな祈りを込めて思いを馳せるが、そう都合良くはいかないようだ。
自分だけでどうにかするしかない。
そして、結局のところ『死神』にできることなど一つしかないのだ。
(死者百人分の埋葬鎌!)
大量の死体を取り込んだことによる莫大な魔力――それを利用した、圧倒的な暴力。
ずるりと引き抜かれる骨の柄。
そしてそこから伸びる、鋭利な白刃。
メアリーはそれを、天井に向かって振るった。
「はあぁぁぁぁぁぁあああああッ!」
一瞬で幾重もの斬撃を放ち、切り刻み、崩落させる。
落ちた瓦礫はガラス玉に触れようとすると、弾け、砕けていく。
砕けた破片がまた別のガラス玉に近づき、さらに粉砕される。
それは粉塵になるまで繰り返され、一帯はまたたく間に煙に覆われた。
まるで銃撃戦でも起きているかのような激しい音が響き、キューシーは思わず耳を塞ぐ。
「メアリーあんた、こんなことして何の意味が……」
彼女がそう声を荒らげてから数秒後――なおも炸裂音が響く中、背後から冷静な声がした。
「扉を閉めてください、キューシーさん」
「メアリー!?」
外にいたはずのメアリーが、いつの間にかキューシーの背後に立っている。
切断した脚を、生やした骨で支えて。
言われるがまま、キューシーはすぐさま扉を閉じ、メアリーに駆け寄った。
「どうやってここに入ってきたのよ!」
「天井に穴を掘ってつなげました」
メアリーは頭上を指差す。
確かにそこには、人が通れるサイズの穴があいていた。
あの一瞬で――と思ったが、あの速度で壁を切り刻むことができるのだ。
穴を掘るぐらい、造作もないことだろう。
「滅茶苦茶やるわね……じゃあ、あの煙も予定通りだったの?」
「視界が塞がれば、攻撃の手も緩むのではないかと思いまして」
「どういうこと?」
「対処が的確すぎるんです。ただ自動的に人を殺すだけならまだしも、爪で引っ掛けた壁を溶かしたり、爆発させたり。間違いなく、敵はどこかで私の動きを監視しています」
「それであんなことを……確か、この施設には監視カメラが設置されてたわね」
キューシーの疑問に、ティニーが答える。
「はい、モニタールームで見られたはずです」
「そこに陣取っている可能性が高いですね」
「つまりこの部屋にもカメラがある、と。メアリー、部屋の隅にあるやつ、壊しといたほうがいいわ」
そう言って、天井に設置された半球体の装置を指差すキューシー。
メアリーは速やかに骨を射出し、それを破壊する。
そして潰れた装置を見て、ひとまず安堵しながらも、別の可能性も考えていた。
(カメラを壊したって安心はできません。直接見ているかもしれないのですから)
敵は手段を選ばない。
だったら――と、メアリーはキューシーとティニーに視線を向け、目を細めた。
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