カラリアはハンドガンを手にすると、屋根の上に立つディジーに向け発砲した。
ディジーは「おっと」と言う余裕を見せながら、奇術師の杖を握りカラリアの正面に転移する。
向き合う二人。
「もう少しぐらい浸らせてくれてもいいんじゃないかな」
「お前の都合などどうでもいい」
カラリアは銃を篭手に変形、刀を握り、背中のバーニアから炎を吐き出し――これらの動作を同時並行しながら行った。
跳躍、疾駆、肉薄。
狙うは斬首。
純粋培養された殺意のみで構成された縦一文字の斬り下ろし。
今度は声をあげる暇もなかった。
ディジーは転移し回避。
銀刃は空を断ち、飛翔する斬撃は民家を両断する。
そのとき、カラリアは刀を軽く投げて手放していた。
そして篭手をハンドガンに変形。
狙うは右側、屋根に上ったディジー。
転移後、息をつく暇もなく放たれた銃弾を、彼女はのけぞり回避した。
(杖は使わない、か――)
『魔術師』の能力はバラエティ豊かだ。
普通、どのアルカナも能力は持っていて一つか二つ。
しかしディジーはすでに四つだ。
連続使用の禁止ぐらいのデメリットはなければ、ただのインチキである。
――ハンドガンを再び篭手に変形。
落ちてきた刀の柄を握り、バーニアを使用して、カラリアはディジーを強襲する。
刃は、再度空を切る。
今度は杖を使った転移による回避であった。
カラリアは屋根の上に滑るように着地。
ディジーは地上に現れる。
「容赦ないなぁ。そんなにあたしを殺したいの?」
「ユーリィ――いや、ユスティアを殺した以上、私がお前への殺意を失うことは絶対にありえない!」
殺意を刃に込めて、カラリアは斬りかかる。
「本物のユーリィから聞いたんだよねぇ、あの女がどれだけ身勝手だったのかを!」
笑いながら転移を続けるディジー。
「だからどうした、と言いたくなる程度の話だったなぁッ!」
「やっぱり当事者じゃないとわかんないかなぁ? あの地獄が! 苦しみが! ユスティアにぬるま湯の中で育てられたカラリアじゃあさあッ!」
「そんなことはどうでもいい、対話など無意味だッ!」
ディジーだってそれをわかった上で語りかけてくる。
カラリアの動揺を誘おうとして――
「お前はユスティアを殺した、それがすべてだ。悲しい過去だの地獄だの知ったことか! お前は罪を償って死ね!」
そんな悪意ごと、彼女は刃で切り伏せる。
「あっはははははっ! わかりやすくていいねぇ、カラリアは!」
なおもディジーは余裕をアピールするように笑っているが、一向に攻撃してくる様子がない。
いや、回避に専念しているため、攻撃できないのだ。
身のこなしからそれを読み取ることはできる。
しかし、声から読み取れる感情は別だ。
(焦りが全く感じられない。追い詰められ、死が迫っているというのに、なぜ心に余裕がある!)
それは、まるで自らの命に価値を感じていないかのよう。
カラリアの脳裏に浮かぶ一つの仮説。
ディジーは最初から自分の命に価値を感じていない、他のホムンクルス同様に死んでもいいと思っているのではないか。
だが、そうなると彼女が事あるごとに逃亡したことと辻褄が合わない。
辻褄が合わないことといえば、他にもある。
「私がわかりやすいんじゃない、お前たちが異常なんだ! すべてが理解できないッ! なぜだ、なぜユスティアを狙った! 貴族に弄ばれた人生を忌み嫌うというのなら、真っ先に憎むべきは原因を作ったユーリィだろう!」
研究所でユーリィが語った過去。
ホムンクルスたちが貴族に買われたことに、ユスティアは直接関わっていないはずだ。
何なら、ユーリィのほうがずっと近い場所にいたはず。
「死体を憎んでも虚しいだけだよ」
ディジーは急に冷めた声で言った。
「ユスティアがカラリアを連れて施設から逃げたあと、ユーリィは研究の責任者になった」
「それは聞いた。忙しさと責任に押しつぶされたんだろう? ホムンクルスを救う余裕がなかったんだろう? だからか? たったそれだけで、もう憎んでも仕方ないとでも言うつもりか? ならばユスティアだって狙われる理由はないだろう!」
「まあ、殺害を指示したのはユーリィだけどね。でもさ、カラリアが言ってるそれは原因さ」
「原因?」
「ユーリィは、ユスティアが君を連れて逃げてからほどなくして――施設内で首を吊ったのさ」
ふいに、カラリアはユーリィの隠された研究室で見つけた、ユスティアの肉体のコピーを思い出した。
その中に、首を締め付けられたものがなかったか。
タイトルに『痛みの共有』と名付けられていなかったか。
「他の研究員のおかげで奇跡的に助かったけど、脳にダメージが残ったらしくてね。それからずっと、頭がイカれたまま生きてんの」
気づけば、二人は手を止めて言葉を交わしていた。
対話など無駄と言っておきながら――と自嘲しながらも、カラリアは聞かずにいられない。
「多重人格なのか、感情が制御できないのか、彼女自身もわからない。でもさあ、ユスティアが死んだとき、あの女は自分で命令したくせに、死体を前にわんわん泣いてたよ。『何で殺したんだ』って、あたしに掴みかかりながら」
壊れている。
狂っている。
確かに、カラリアたちもユーリィと面と向かって話したとき、そう感じた。
「あはははっ、笑えるでしょ? あいつもうぶっ壊れてんの。できればあたしだって殺したかったよ? 苦しめたかったよぉ? でも、復讐するまでもなく、勝手に自滅してたの! 迷惑な話だよねえ、殺せないじゃん! 復讐できないじゃあんッ!」
ディジーは憎悪を隠さず、そう吐き捨てる。
憎めるものなら憎みたかった。
いや――今だって憎んではいる。
だが殺したところで、それはユーリィにとっての贖罪になってしまうだろう。
善の人格に、殺してくれてありがとうと感謝されるだろう。
「しかも研究所の職員たちもさァ、みぃんなユーリィが天使に変えちゃったし。あたしら誰を憎めばいい? そう、ユスティアだよねえ。カラリアだよねえ、ヘンリーだよねぇ、ドゥーガンだよねぇ。それとメアリーも! 一度範囲を広げちゃうと一気に増える。でも、そうするしかないんだよ、折れた心を支えるにはさあ!」
実に楽しそうにディジーは叫ぶ。
ようやく腹に抱えてきた本音をぶちまけられたと、喜ぶように。
「そうか……わかったよ」
カラリアはうつむきながら言った。
刀を収める。
両手をだらんと下げ、まるで戦意が無いかのような体勢を取る。
「よかった、わかってくれた?」
「ああ――」
だがすぐさま前を向き、挑発的に笑った。
「お前たちの身勝手さがな」
篭手はメカニカルに二丁拳銃に変わり、カラリアは右の銃でディジーを狙った。
ディジーは即座に転移して回避。
するとカラリアはそれと同時に、転移先を狙って、腕をクロスさせながら左の銃を放つ。
何もない空間を目掛けて飛ぶ銃弾。
しかし、ディジーはその軌道上に転移してくる。
杖の連続使用はできない。
回避も不可能。
彼女は右の肩を撃ち抜かれ、目を見開いた。
「づうぅっ――こ、こいつ、当ててきたッ? 偶然なの!?」
カラリアは即座に追撃を加える。
杖がようやく使用可能になる。
ディジーは歯を食いしばりながら、転移によって距離を取った。
「自分から仕掛けておいて逃げるのか」
その場所も知っていたかのように、トリガーを引くカラリア。
ディジーは横に飛び、転がりながらそれを避けると、王都の石畳を全力で走る。
建物の向こうに消えた彼女を追跡するカラリア。
発見するなり発砲し、ディジーの足元を連発された弾丸がかすめていく。
二人の走る速度には雲泥の差がある。
距離を離すには、ディジーが転移を繰り返すしかない。
だが離れるための転移を使えば、回避はおざなりになる。
両立は難しい。
結果、どちらも半端になり、ディジーの体には傷が増え、距離もわずかながら縮まっていった。
「直で戦うのは二度目か。奇術師を名乗るだけあって、器用ではあるが――」
幾度目の発砲――そして幾度目の転移。
瞬間、カラリアは地面を強く蹴り、背中のバーニアで加速。
己自身が弾丸のように加速して、転移を終えたディジーの目の前に現れた。
「道具に頼りすぎだ」
仮面に隠された視線は、銃口を向いている。
銃弾を避けることに完全に意識が向いているのだ。
しかしカラリアが放ったのは銃ではなく――顔面を狙ったハイキックだった。
「ふ、ぐぁっ!?」
コンパクト、かつ鋭い蹴撃。
スパァンッ、と小気味よく弾けるような音と共に、仮面が砕けながら吹き飛ぶ。
一緒にディジーも吹き飛ばされ、目玉だらけの醜い顔を晒しながら、地面を転がった。
「ぐ、ううぅ……カラリアあぁ……あははっ、いいねえ、久々に……こういう、痛み、感じたかもぉ!」
「痛みで笑うな気持ち悪い」
「優しいね。気持ち悪いのはこの顔じゃないんだ!」
「黙れ!」
戦況は圧倒的にカラリア優勢。
頭部を狙った射撃を、いつもどおりの転移でディジーは避け、屋根の上に移動した。
口の端から血を流すディジーはそれを拭うと、右手を開く。
そこに光の粒――魔力が集まると、金の杯の形作った。
「そんなカラリアにぃ……あたしから、最後のプレゼントをあげる」
中に満たされたのは、赤い液体。
「血で満たした杯……まさか『世界』の血をすすって天使にでもなるつもりか?」
「やだよお、あんな化物になるの。これはね――誰かさんの血さ」
杯が傾くと、血が彼女の足元を汚す。
儀式で使われるような杯、その容量はごくわずかだ。
だというのに、血はいつまでも尽きずに流れ続けた。
カラリアは――ふと、寒気を感じた。
「お、気づいたかな? これは略奪者の杯。相手から色んなものを奪っちゃう素敵な能力なんだ!」
それが自分の体から何かが失われていく感覚だと気づくまでに、そう時間は必要なかった。
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