三人は徒歩でフィーダムの街までやってきた。
道中で石像は一体も見ていない。
街に入ると、周囲を鋭く観察し、聞き耳を立てる。
だがどうやら、まだ何も起きていないようだった。
現状わかる限りでは、銃を握るというトリガーさえ引かなければ、石像にはならないらしい。
日常的に銃を触ることなどほとんどないため、混乱が起きていないことも納得できる。
「街中に潜んでいるとしても、一体どうやって見つけたら……」
「戒律っていうのは、三つあるんだよね?」
「それ以上の可能性もあるわ」
「それで、そのうちの一つが銃を持っちゃいけないってことは……戦いたくないのかな」
「身を守るため、でしょうね」
「かといって、普通のアルカナ使いなら、魔導銃をそこまで恐れる必要は無いはずよ」
そこから考えられる可能性は二つ。
魔導銃を警戒しなければならないほど、本体が弱いか。
あるいは、三の戒律がまったくの別物であるか。
並んで歩く三人。
すると目の前の家の扉が、すごい勢いで開かれた。
そこから飛び出てくる男。
彼は地面に突っ伏すと、冷や汗で背中を濡らしながら、大きく肩を上下させた。
「な、何なんだよ今のは……何であいつが石になっちまったんだ……」
開きっぱなしの扉を見つめ、呟く男。
どうやら、平和は終わりを告げたようだ。
そして同時に、“戒律”の範囲が街にまで及んでいることが確定する。
メアリーは彼に声をかけた。
「こんにちは、少しお話を聞かせてもらってもいいですか?」
「誰だっ!? って、あんた、もしかしてメアリー王女か? 何でこんなところにッ!」
「たまたま通りかかったんです。それより、どうかなさったんですか?」
「そ、そうだ、あんたアルカナ使いとかいう、強い魔術師なんだよな! だったら助けてくれよ、うちの家内がいきなり石になっちまったんだッ!」
メアリーにすがりつく男。
彼女はキューシー、アミと共に彼の家にあがった。
案内されて向かった台所で、三人は工場で見たものと同じ石像を発見する。
「この像は……三の戒律のようですね」
「でも銃なんて持ってないよ?」
「手に持っているものはナイフね……」
「そうだ、料理中に急に変わっちまったんだよ! どうなるんだ? 助けられるのか!?」
「まだわかりません。私たちは今、人々を石像に変えた犯人を探しているところです」
「魔術、だよなぁ? まさかこれもアルカナってやつなのか!?」
「おそらくは。奥様は他に、何かおかしな行動はしてしませんでしたか?」
メアリーの質問に、男は首をぶんぶんと横に振った。
本当に彼女は料理をしようとしただけらしい。
「だとすると、原因は包丁ですね」
「三の戒律の条件には刃物も含まれる、と」
メアリーは男性に「武器に類するものに触れないように」と告げて家を出る。
だがそう話す彼女自身が、どこからどこまでを“武器”と呼べばいいのか判断できずにいた。
外の通りに出ると、キューシーがため息をつく。
「メアリーとアミは魔術を使わないほうがいいかもしれないわ」
「どーして?」
「武器を作り出すタイプじゃない。メアリーは骨を、アミは車輪を――その時点で“武器”と判断されたらおしまいよ」
警戒しだせばキリがない。
しかし“物質”を生み出す二人の魔術が危険なのは確かだった。
歩いていると、近くの家からも大きな声が聞こえてくる。
街中でもじわじわと、混乱が広がりはじめているらしい。
「街の人たちがこの様子ってことは、敵はここに来たばっかりなんだね」
「これだけの規模で魔術を発動するにしては早すぎます」
「例のごとく、厳しい条件でもあるんでしょう。問題は、範囲がどこまであるかだけど――」
「街の出入り口を見てみますか」
三人は駆け足で、入ってきた場所とは別の入口に向かう。
その道中、通り過ぎた民家や飲食店から、何度か叫び声を聞いた。
着実に被害者は増えているようだ。
そしてちょうど今、メアリーが通り過ぎようとした店からも――
「うわぁぁぁああああっ!」
「来るなっ! 来るなあぁぁああっ!」
彼女は思わず立ち止まる。
「来るな?」
「他の場所より反応が大げさね」
客が全員出ていったあと、メアリーが恐る恐る店内を覗き込むと――眼の前を、銀色の刃が掠めた。
とっさに後退すると、ナイフを手にした石像が中から飛び出てくる。
「石像が動いてるっ!」
第三の戒律を刻まれた石像は着地すると、ギギギ――とぎこちない動きでメアリーの方を振り返る。
再び攻撃を仕掛けてくるつもりらしい。
相手がただの石だというのなら、破壊するのは容易だが――
「壊しちゃうね!」
「ダメですアミちゃん、ここは逃げましょう!」
「あれぐらい壊すのは簡単だよ?」
「いいから、メアリーの言うとおりにするわよ」
メアリーとキューシーがその場を離れると、アミもしぶしぶ二人についていく。
石像はすぐさま三人を追ったが、到底追いつけるスピードではなかった。
「お姉ちゃん、どうして見逃したの?」
「私が戒律を決められるなら、石像への攻撃も禁止します」
「あ、そっか。危なかったね!」
「まだ確定ではないわよ。まあ、あれを見ればわかることだけど」
走りながら、キューシーは視線を前方の住民に向ける。
ちょうど、女性が石像に襲われようとしているところだった。
「う……う……うわあぁぁぁあああっ!」
彼女は手にした傘を振りかぶり、石像に殴りかかろうとする。
すると命中する前に、その手足は急速に石へと変わっていった。
「い、いやっ……いやあぁっ、何でっ! やだっ、やだぁぁあああっ!」
女性の抵抗も虚しく、新たな石像がそこに生まれた。
そしてぎこちない動きでメアリーたちのほうを向き、先ほど自分を襲った個体と共に、三人のほうに走りだす。
「やっぱり攻撃もダメなんだ」
「あれが第二の戒律だと思われます」
「ってことは十中八九、術者への攻撃も禁じられてるでしょうね」
三が武器の所有、二が石像への攻撃――ならば一が、術者への攻撃なのだろう。
「どうやら相手は、かなりの臆病者のようです」
「正々堂々と、バチバチーって戦いたいよね!」
「他のアルカナを見るに、わたくしたちのような真正面から戦うタイプのほうが珍しいんでしょう」
「それか、私たちがそういう人間だから、アルカナもそうなったのかもよ?」
話しているうちに、街の端まで到着する。
『ようこそフィーダムへ』と書かれた看板の下には、すでにいくつもの石像が配置されていた。
彼らの背中には、同じ文字が刻まれている。
「五の戒律……」
「はいはい、街からは逃げられないってことね」
石像が一様に街の外を向いているのは、脱出しようとしたからだろう。
「ビビって保身ばっかりかと思いきや、一応、わたくしたちへの攻撃の意思はあるのね」
「じゃあ私たち、街の中で逃げ回るしかないってこと?」
「ごめんなさい、まだ私には打開策が思いつきません。空白になった四の戒律もあるようですから」
「一応、わたくしには案があるけど――」
石像は一斉にこちらを向いて飛びかかってくる。
三人は散開してそれを回避した。
攻撃は緩慢ではあるが、街中からも次々と援軍がこちらに走ってきている。
攻撃もできない以上、いずれ数で押しつぶされるだろう。
「一か八かの賭けなのよね。失敗したとして、二人で勝つ自信ある?」
「そう聞かれても、勝つしかないとしか言えません」
「そりゃそうよね。じゃ、試してみますかっ!」
キューシーは飛びついてきた石像を軽く避けると、その頭に手を当てた。
手のひらに冷たい感触を感じる。
緊張に心臓がドクンと跳ねる。
(触れただけならセーフ……!)
次、手のひらから石像に魔力を注ぎ込む。
いつ自分の体が石に変わってしまうのか、怯えながらも手は緩めない。
(魔力を注ぐだけでもまだセーフ。次、敵アルカナを上回る量の魔力を――!)
キューシーに触れられた石像は、苦しげに震えはじめた。
仲間を助けるためか、別の個体が彼女に飛びかかる――そこにメアリーが割り込んだ。
「ぐっ、う……!」
振るわれたその拳を、頬で受け止める。
石像は続けざまに何度もメアリーを殴りつけたが、彼女は一切抵抗しなかった。
「上書きまであと少し……メアリーみたいに根性を見せなさい、『女帝』ッ!」
バチィッ! と何かが弾けた音が響く。
するとキューシーが手を当てた石像は形を変え、毛深く、体は一回り大きい、大猿へと変わっていく。
「よっし、完成ぃ!」
それは彼女なりに“配慮”した結果であった。
類人猿の一種ならば、仮に元の人間に戻ったとしても、即死するようなことはないだろう、と考えたのである。
そして次が、最後の賭けだ――
「行きなさい、わたくしの下僕! 邪魔な石像を吹き飛ばすのよ!」
キューシーが指示を出すと、猿はメアリーを殴りつける石像に体当たりした。
石像は吹き飛ばされ、地面を転がる。
なおも猿は健在。
キューシーも健在。
「キューシーさん、今のは……!」
「攻撃しても石になってない!」
「すでに石像だから、わたくし自身の攻撃ではないから――そんな屁理屈だけど、どうやら“穴”は見つかったみたいねぇ。さあ下僕ちゃん、思う存分に暴れちゃいなさいッ!」
猿は雄々しく胸を叩くと、迫りくる石像に向かって腕を振るった。
敵はおもちゃのように吹き飛ばされる。
そして地面に倒れたまま数秒間動かなくなるも、すぐさま機械的な動きで立ち上がった。
この中にカラリアが混ざっている可能性もあるのだ、破壊するわけにはいかない。
だが、手加減した上でも、猿のパワーは圧倒的だ。
どうやら攻撃性能という点だけを見れば、敵のアルカナは『女帝』よりずっと下らしい。
「こんなにお猿さんを頼もしいと思ったのははじめてだよっ!」
「さあ、露払いはあいつに任せて」
「はいっ、私たちは術者を探しましょう!」
『女帝』による攻撃であれば、敵の能力は発動しない。
それは、術者への攻撃が可能になったも同然。
希望が見えてきた。
三人は猿と共に、街を駆けて術者を探す。
すでにそこらじゅうが石像だらけになっており、無事な人間のほうが少ない有様だった。
襲いかかってくる相手を前に、反撃もせず、武器も持たず、逃げようともせず――それ以外に選べる行動など、“隠れる”ぐらいしか残されていない。
誰も彼もが巻き込まれてしまうのは仕方のないことだった。
「大惨事ね。キャプティスを思い出すわ」
「勝って元に戻せれば、あんな風にはなりません」
「そうね、個人的感情としてはそうなってほしいですわ」
キューシーが感傷的になるのは仕方のないことだった。
束の間のバカンスで少しは心が癒えたとはいえ、まだ完治してはいないのだから。
「ねえねえ二人とも、あの建物に人が逃げ込んでったみたいだよ」
アミに言われ、キューシーとメアリーは足を止める。
彼女が指差す方向には、大きな教会があった。
「ミゼルマ教の本部ですね」
「信者たちが逃げ込むにはちょうどいい場所だわ。でも、その割には――」
「人がいるとわかりきっているのに、石像の数が少ないです」
「怪しいの?」
「当てずっぽうで走り回るよりは、胡散臭い場所を真っ先に潰しておきたいわ」
それは、避難者に術者が紛れ込んでいる可能性。
三人は迷いなく教会に近づくと、閉ざされた扉を叩いた。
「入れてください、逃げてきました!」
メアリーがそう言うと、わずかに扉が開く。
滑り込むように彼女たちが中に入ると、扉の開け締めをしていた修道女は急いで鍵をかけた。
そして彼女はメアリーたちのほうを向くと、祈るような仕草を見せながら言った。
「よくぞ無事にここまで来られました。ミゼルマ様を信じる心があなたがたを救ったのです」
「違うよ。私たちはミゼルマさまなんて信じてないから!」
アミがそう言うと、修道女は細い目を見開いて、ようやくその正体に気づく。
「えっ? あ、あなたたちは……メアリー王女!? なぜここに!?」
「申し訳ありませんが、時間が無いのです。単刀直入に聞きますが、ここに怪しい人物は来ませんでしたか?」
「怪しい……ですか。わたくしが知る限りでは、街に住む人々しか来ていないはずですが」
「それは間違いないんでしょうか」
「いつもお祈りに来る熱心な信者さんばかりですから。間違えることはありません」
修道女はそう言い切る。
かなり自信があるようで、表情にもそれがにじみ出ていた。
「避難者以外に誰がいます?」
「修道女が数人と、あとは教祖様です。教祖様が神のご加護を祈ってくださるおかげで、この教会は無事なのですよ」
「裏口はありますか?」
「ありますが、今は鍵をかけた上に、バリケードで封鎖しています。誰も入れません」
また、メアリーから見える範囲の窓には板が打ち付けられていた。
確かに、この入口以外から中に入るのは難しそうだ。
彼女は修道女との会話を終えると、礼拝堂に向かった。
「言い切ったわね、あの修道女」
「でも私だったら、上の屋根とかから忍び込めそうだけどなっ」
「彼女が知らないだけかもしれません。他の避難してきた方々に聞いてみましょう」
扉を開くと、そこには祈りを捧げる街の住民数十人が集っていた。
その視線の先には赤い髪の、白い祭服を纏った教祖が、杖を握り立っている。
見たところ、二十代後半の男性のようだ。
彼はメアリーたちの姿を見ると、優しげににっこりと微笑んだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!