フィデリス殺害後、死体を捕食すると、メアリーたちはビルを後にした。
兵士たちが跋扈するキャプティスを、身を潜めながら進む。
(連絡用の端末ぐらい貰っておくべきでしたね)
リヴェルタ解放戦線のアジトへ向かう中、メアリーは一人、そんなことを考えていた。
まあ、『互いに利用しあう』などと啖呵を切った以上、対価も払わず貰う気にはなれなかった、という事情もあるのだが。
「テロリスト組織のアジトはこちらで合っているのか? 怪しげな雰囲気だが」
「問題ありません。幸い、このあたりは兵士たちも入りにくいようですからね」
とはいえ、やはり公爵に反感を持つ物が多く集まる場所として警戒はされているのか、カラリアとの戦闘前よりも兵士の密度は高い。
もっとも、メアリーもカラリアも尋常な身体能力の持ち主ではない。
馬鹿正直に道を通らずとも、屋根の上を行けばいいだけのこと。
カラリアは、ガトリングを片手に身軽にメアリーと並んで駆ける。
「しかし弱ったな」
手に持った、ほぼ鈍器な銃を見てカラリアはつぶやいた。
「その武器に何かあるんですか?」
「この銃はマジョラームの実験用の兵器らしくてな、フィデリスから支給されたものなんだ」
「ああ、じゃあカラリアさんが本来使ってる武器って、あの刀なんですね」
「それと特注のライフルだな。だがどちらも、爆発に巻き込まれて行方知れずだ」
このガトリングですら、メアリーの作った“卵”から出たカラリアが、たまたま近くに落ちていたのを見つけたものだ。
本来なら二丁あったはずなのに、もう一つもどこにいったのかわからない。
いくら化け物じみた肉体を持とうとも、武器が無ければ不安にもなるというもの。
これから先、アルカナ使いとの戦いが続くのなら、調達する必要もでてくるだろう。
だがメアリーには、カラリアの落ち込みようを見て、それ以外の事情があるように思えた。
「ユーリィさん、でしたっけ」
「なぜその名前が出てくる」
「無くなった武器に、思い出が詰まってたんじゃないかと思いまして」
「変に鋭い女だ……まあ、な。誕生日プレゼントだったんだ」
「誕生日に、武器ですか?」
「センスが悪くてすまなかったな、私が頼んだんだ」
ふてくされるカラリアを、メアリーは慌ててフォローした。
「あ、悪いという意味で言ったわけではっ!」
「いや、いい。私も変だという自覚はあった」
「素敵じゃないですか!」
「フォローしなくても大丈夫だ」
「で、でも……」
どう見ても、カラリアはしょんぼりと落ち込んでいる。
これで大丈夫と言われても、信じられるものではない。
「ユーリィと一緒に戦いたい……そう思ってな」
「じゃあ、本当に大事な思い出の品なんですね。何としてでも回収しないと!」
「無理をする必要はない、武器なんて使っていればいつかは失われるものだ。それより、私も色々と話したんだ、そっちの事情も聞かせてもらってもいいか? なぜ王女である君が、公爵への復讐を誓ったのか」
おそらくカラリアは、少なからずメアリーの事情を察してはいるはずだ。
まだ互いのことをほとんど知らぬ二人だが、しかし互いに共感している。
宿る復讐心は、きっと同じ種類のものだ、と。
そしてメアリーは語った。
少し長くなりそうだと察して、人のいない場所で、一旦足を止めてまで。
ロミオとの結婚、婚約破棄からの投獄、脱走、姉の死、マグラートとの戦い――カラリアはそれらの話に、真剣に聞き入った。
「……納得と違和感が混ざりあった、何とも奇妙な感覚だ」
全てを聞いたあと、カラリアはそう感想を述べた。
「気持ちはわかります、不可解なことがあまりに多すぎますから。ですが、私がやるべきことははっきりしているんです」
「復讐か」
「はい! 関係者を一人ずつ殺していけば、必ず真相にたどり着くはずですから」
メアリーに明るい笑顔を向けられ、カラリアは彼女からわずかに視線をそらし、表情を曇らせた。
「私、変なこと言いましたか?」
「フィデリスを殺すとき、メアリーは楽しんでいるようにも見えた」
「ドゥーガンの手下じゃないですか。殺して楽しいのは当然です」
「お前の優しさと、人殺しを楽しむ残酷さは相反するものだ。それが心に同居している。不安定極まりない状態だと思ってな」
「ですが復讐を目指す私にとっては、“そういう自分”になれて都合がいいと思っています」
「それでは、いつ崩れるかわからんだろう」
「崩れません。折れません。どこからか聞こえてくる死人の声が、私の背中を押してくれますから」
その言葉を聞いて、カラリアは軽くため息をつく。
怨念などというものが、本当に実在するのか。
それこそ幻聴ではないのか――そう指摘したところで、おそらくメアリーは止まらないだろう。
「本人がそう言うのなら、止めはしない。だが、もし限界だと感じたら、私を頼るといい」
「へっ?」
「なぜ意外そうな顔をする」
「傭兵さんなので、もっとドライなのかと。いえ、もちろん嬉しいんですがっ」
「私はお前に救われた身だ」
「打算の結果です」
「優しい打算だよ、それは。冷酷な人間にはできない。だから……その恩義を、私はどうにかして返したい」
あまりに律儀なカラリアの気持ちに、思わずメアリーの表情がほころぶ。
「ふふっ。カラリアさんって、優しい人なんですね」
「殺そうとした私にそれを言うのか?」
「優しさなんて主観で決まるものです。私がそう思った以上は、カラリアさんは優しいメイドさんなんですっ」
「言っておくが、私はメイドじゃないぞ」
「えっ? でも、その格好……『自分の趣味ではない』って言ってましたし、お仕事用の服ですよね?」
戦闘で傷ついてはいるものの、カラリアのメイド服は今も健在だ。
あの激しい爆発の中でも原形を留めているのだから、メアリーのドレス同様、かなり頑丈に作ってあるのだろう。
だが、それが仕事着でないとするのなら、なぜカラリアはメイド服など纏っているのか――
「ユーリィの趣味だ」
「……ユニークなセンスですね」
「それは否めないな」
彼女は昔を思い出しながら、呆れ顔でそう言った。
しかし、彼女はユーリィ亡きあともそれを着続けているわけで――
(カラリアさんも実は気に入ってるのでは……?)
メアリーは、そう思わずにはいられなかった。
◇◇◇
その後、無事にアジトに戻ったメアリー。
例のバーを通り、秘密の通路を進んでいく。
設備の豪華さにカラリアも驚いていた。
入り口の魔力認証には、すでにメアリーの波形パターンも入力されており、彼女が端末に手を当てると自動的に扉は開く。
ただいま戻りました――メアリーがそう元気よく声を出そうとした瞬間、女の怒号が響き渡った。
「ふざけんじゃねえッ! あたしたちを騙してたのかよぉッ!」
思わずメアリーはびくっと震える。
カラリアは険しい表情で、銃を構えるその女を見つめた。
「とんだ歓迎だな」
「な、何事ですか……って、キューシーさん!?」
銃口と、隊員たちの厳しい視線を向けられているのは、入ってすぐの場所に立っていたキューシーだ。
フォーマルなスカートスーツに身を包んだ彼女は、退屈そうにくるりとカールしたツインテールを指先でいじっていた。
彼女はメアリーに気づくと、周囲の視線など気にせず、彼らに背中を向けて微笑んだ。
「あらメアリー、おかえりなさい。野良犬を拾って帰ってきたのね」
「嫌な女だな。私も銃を向けていいか?」
「待ってくださいカラリアさんっ! キューシーさん、どうしてここにいるんです?」
「見ての通りよ。ミスターQの正体がわたくしだって明かしたの」
「そ、そんなことをしたらっ!」
「ええ、見ての通りの結果になったわ。出来の悪い隊員がいてがっかりね」
やれやれ、と首を振るキューシー。
すると女が、今度はメアリーをにらみつける。
「あんたも知ってたのかよ、スポンサーの正体がマジョラームだって! まさか前から繋がって――」
「落ち着くんだ、お前たち!」
「ジェイサム団長、その様子だと知ってたんだな!?」
「ああ、そうだ。だがレジスタンスとして活動するためには、金が必要だった!」
「権力に飲み込まれるのがオチだろうが!」
「俺たちが志を失わずに進み続ければ、乗っ取られることはない!」
「いいように利用されてるだけじゃねえか! あたしらは貴族の支配にうんざりしてたから、この組織に入ったんだ! だってのにこんなの――こんなのねえよッ!」
感情をむき出しにして、女は声を荒らげる。
他の隊員たちも、少なからず彼女に同調しているようだった。
(キューシーさん、どうしてこんなことを? みんな勘付いていたとしても、急に正体を現したりしたら、反発する団員が出てくることぐらいわかるはずなのに)
メアリーも、キューシーの意図がわからずに困惑する。
カラリアは、そもそも組織のことすらよくわかっていないので、とりあえずメアリーをかばうように、少しだけ前に出ていた。
「さて、と。そろそろ本題に入ってもいいかしら?」
「何を提案されようが“ノー”だッ! 他の奴らもそうだよなぁ!?」
女がそう言うと、キューシーを取り囲む隊員のうち、何割かが首を縦に振る。
その他は、平然としている者もいれば、そっと目をそらす者もいた。
「見ての通りだ。とっとと失せろよドゥーガンの飼い犬がッ!」
「話ぐらい聞いてくれない? 第一、わたくしに捨てられたら、こんな組織一瞬で潰れるわよ」
「黙れよ、弾丸ぶち込まれたくなけりゃあたしに従えッ!」
「やってみなさい」
「は?」
「撃てって言ってるの。やれるものならね」
挑発するように口元を歪めるキューシー。
当然、女は逆上し、すぐさま引き金を引く。
「てんめぇぇぇぇぇえええッ!」
すると、カチッ――と小さく、乾いた音だけが鳴った。
銃口は、沈黙している。
その後も、女は繰り返し引き金を前後させたが、反応はない。
キューシーは彼女に歩み寄ると、優雅に銃に指を這わせ、顔を近づけ嘲笑する。
「ふふ、うちの会社の銃でわたくしを撃ち殺そうだなんて、滑稽ね。他の兵器も同じことよ、マジョラームの技術を使えば、いつでも使用不能にすることができる」
「ぐ、ううぅ……っ!」
「お話、聞いてくださる?」
女は顔を真っ赤にして、歯を食いしばり呻く。
だが、罵倒の言葉すら出てこない。
憎き貴族に完全なる敗北を思い知らされ、さぞ腸が煮えくり返っているに違いない。
他の隊員も同様に、挑発を続けるキューシーに良い感情を抱くものは、限りなくゼロに近いだろう。
そんなアウェーの空間で、彼女はまるで演説でもするように、両手を広げて告げた。
「というわけで、おつかれさま! みんなが頑張ってくれたおかげで、ドゥーガンの拠点を二箇所も潰せたわ。秘密裏にヘンリー国王と繋がり、マジョラームを裏切ったあの男は、これで逃げ場を失った」
人懐っこい笑みを作りながら、まるで同志であるかのような口ぶりで彼女は語る。
メアリーは胸に手を当て、不安げにその様子を見つめた。
「あとはドゥーガンが隠れているアジトを叩くだけ。とはいえ、まだまだ相手の戦力は未知数よ。アルカナ使いも、複数人残っている可能性が高い。そこで、みんなの士気を上げるために、わたくしから嬉しいお知らせがあるの」
首を傾げて、あざといほどに柔和な表情を見せるキューシー。
メアリーのみならず、その場にいる全員、嫌な予感がした。
「本日、この瞬間より、リヴェルタ解放戦線は正式にマジョラーム・テクノロジーの一員になるわ。あなたたちは、サイレント飼い犬からまともな飼い犬に出世するの! おめでとう!」
キューシーはパチパチパチ、と一人で拍手をした。
限りなく絶対零度に近い冷めた視線を向けられても、悪びれもせずに。
カラリアはため息をつくと、状況説明を求めるようにメアリーを見つめる。
だがそのメアリーも、すっかり困り顔で、眉を八の字に曲げていた。
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