「あー、あー、もしもーし」
耳に携帯端末を当てる、ローブの少女ディジー。
彼女は地下の隠れ家にある、ドゥーガンの部屋で、彼の椅子に腰掛けている。
当のドゥーガンは客人用のソファに腰を沈め、いつかと同じ本を読み続けていた。
「聞こえてる? ここ変な魔術妨害かかってるみたいで、通じにくいんだよね」
『うん、聞こえてるよ。そっちはどうかな』
端末の向こうからは女性の声が聞こえた。
ディジーの口調は、以前、ドゥーガンの執事であるプラティに向けたものに比べると、かなり丁寧だ。
「アルファタイプが――」
『名前を言ってくれればわかるよ』
「ヘムロックの姐さんが死んだ」
『彼女は一人で?』
「うん、あと一人ぐらい連れてけって言ったんだけどね。別のアルファタイプが向こうに付いたのも原因かも」
『カラリア、だったっけ。皮肉なものだね、タイミングが違っていれば、立場は逆だったかもしれないのに』
「あんたが好きそうな設定だよね。ネタにしちゃえば?」
『さすがに不謹慎だよ』
「ははっ、だろうね」
その返事を予想していたように、ディジーはへらへらと笑う。
通話相手も、『あはは』と苦笑した。
『脱落者は一人、残るは四人……? もう全員投入したら?』
「いんや、アルカナ使いは曲者揃い、複数人じゃ足を引っ張り合うことだってある。特にあたしの『魔術師』とあいつのアルカナは相性悪いんだよね」
『ああ――確かにそうだね。無限回廊とは競合しそうだ』
「でしょ? だから今回は、あいつと『吊るされた男』に任せる。“アンプル”だって届いたんだ、かなり追い詰められるだろうし、仮に負けたって――」
そこで、通話相手の女は、言葉を遮るように強めの口調で言った。
『死んでもいいなんて、言わないでほしいな。私はみんなと、世界が滅びる瞬間を見届けたいのに』
ディジーは目を細め、口元に寂しげな笑みを浮かべる。
「花火の見物じゃないんだ、無理な相談だよ。むしろあたしらは、自分の命を花火として打ち上げる側さ。あんたがそれを見て綺麗だと思ってくれれば、それで十分だよ」
『嬉しくない恩返しだな』
「そう思うんなら、あの世で別に恩返しを受け取ってよ。どーせ、みんなそこで再会すんだから」
『……そうだね』
「で、そっちの首尾はどうなの?」
『順調だよ。ワールド・デストラクションの改造も進んでる。あと一ヶ月もあれば、この世界を滅ぼせる』
「ははは、そりゃあよかった。目出度いねえ。あんたに付いてきてよかった」
今度の笑顔は、心からのものだった。
物騒な話な話には似合わない、純粋で、純朴な。
彼女はその表情のまま、あっさりと言い放つ。
「こんな腐った世界、一刻も早く滅びてほしいもんだ」
通話相手は、何も言わない。
だが、必ず頷いて、肯定しているはずだ――ディジーの胸には、そんな確信があった。
◇◇◇
マグラートとヘムロックが血縁者――そんな事実を聞かされたカラリアは、ベッドに腰掛けバゲットをかじっていた。
キューシーが社員に持ってこさせたものだ。
もっと豪華な料理を、と提案はしたのだが、カラリアがパンだけで十分と断った。
一方で、メアリーとキューシーは、トレーに乗せられた皿に、肉と魚のメインディッシュが並んだ、社員食堂のセットメニューを食べている。
黙々と食事を進める三人。
メアリーとキューシーは育ちがいいので、食器にフォークが当たる音すらしない。
息苦しいほどに部屋は静かで、そんな沈黙に耐えかね、キューシーが口を開いた。
「言っとくけど、わたくしは別に、カラリアを追い詰めたいわけではないのよ」
「……わかっている。私だって、事実は知りたい」
「でもさらに掘り下げたところで、都合のいい真実なんて出てこない予感もするのよね」
「それは、同感だな。ユーリィは、私のことを『身寄りのない孤児』と言っていたが、それすら嘘だったんだ」
「やはり、ピューパで……ということなんでしょうか。子供をさらって、アルカナ使いにするための手術を受けさせて……」
「だとすると、三人が血縁者になる理由がわからないわ。もっと言うとね、魔力波形の一致率……兄妹というよりは、一卵性の双子並に近かったらしいのよ」
「三つ子、だったんでしょうか」
「かも、しれない、わね」
言葉を濁すキューシー。
誰もが、頭に一つの可能性を思い浮かべていた。
だが、誰も言おうとはしなかった。
しかし――カラリア自身が口を開く。
「アルカナの器にするため、作られた子どもたち……だろうな」
そして、バゲットを大きめに一口かじった。
「……ありえるんですか。人が、人を作るなんて」
「研究者が言うには、古から存在するホムンクルス技術の延長線上だろうって」
「ホムンクルス……血液を使い、限りなく人間に近い、意志のないゴーレムを作り出す魔術、だったな」
「それが科学の進歩で、意志のある人間を生み出せるようになってしまった……」
「いくら高名な魔術師でも、生きてるうちに作れる子供は限られる。人工的な量産は、合理的ではあるわ」
メアリーは「人の命に合理性なんて……」と拒絶感を示す。
しかし一方で、世界なんてそんなものだと、納得する自分もいた。
でなければ、あんなに簡単にフランシスは殺されたりしない。
「でも、血を使うということは、ユーリィさんがカラリアさんの母親だった可能性もある、ってことですよね」
「あるけど。仮にそうだとしたら、カラリアは嬉しいの?」
「名前も何もかも嘘だったんだ。それぐらいの繋がりがあったほうが、救われるな」
「そう……なら、そのうちピューパに問い合わせて確かめてみましょうか」
「ドゥーガンを殺したら、次は王都まで国王を殺しに向かうんだろう? その途中にでもわかるだろうさ、嫌でもな」
あくまで平静だとアピールするように、食事を続けるカラリア。
しかし誰の目にも、彼女の強がりは明らかだった。
それを悟られまいとするように、続けざまに彼女はキューシーに尋ねる。
「それで、ドゥーガンのアジトに攻め込む件はどうなっている?」
「軍や周辺貴族への調整は佳境よ。昼前には完了するわ」
「それが終われば、いよいよドゥーガンを殺せるんですね」
「ドゥーガンの死後、スラヴァー領は誰が治める?」
「そこ心配する?」
「気になるだろう。なあ、メアリー」
「スラヴァー領の行く末というより、キューシーさんの家がどうなるのかは気になります」
「ふふっ、ありがと。今のところはお父様がやることになってるわ。本人は乗り気じゃないし、国王は認めないでしょうけどね。でも、周囲の納得を得るためにはそうするしかないもの」
スラヴァー領の最大の武器である軍事力は、ノーテッドがいなければ維持できない。
とはいえ、今まではドゥーガンの政治力ありきの領運営ではあった。
これまでと同じように――とはいかないだろう。
「だとすると、心配ですね。アジトに攻め込んでいる間に、ノーテッドさんの命を狙う者もいるかもしれません」
「相手の狙いがメアリーなら、その心配も必要ないが――まだわからないことが多いからな」
「そこは心配いらないわ。うちは国内一の軍事企業の本社よ? どれだけ強固なセキュリティが敷かれてるとと思ってるのよ。たとえアルカナ使いが突破しても、最上階に到達する前に、お父様はとっくに遠くに逃げてるわ」
「解放戦線の地下アジトとは比べ物にならない、と?」
「もちろん、完璧よ。予算が数桁は違うもの」
キューシーは相当自信があるようだ。
彼女自身もアルカナ使い、その能力の強力さや特異性を理解しているはず。
その上で、完璧だと言い切るのだから。
「だからあなたたちが心配するべきは、自分の体調ぐらいのものよ。時が来るまで、しっかり休んでおきなさい」
「キューシーさんもですよ」
「わかってるわよ。戦うつもりならしっかり休んでおけ、ってお父様に言われたばかりだもの」
「何なら三人で並んで寝るか?」
「やめてよ気持ち悪いから」
「なら、私と一緒に寝ま」
「寝るわけないでしょ!?」
「ふふふ、冗談です。ねえカラリアさん?」
「ああ、冗談も冗談だ。本気するなキューシー」
「くっ……何なのよあんたらの仲の良さは……気持ち悪いわねぇ!」
膨れながら、残った食事を書き込むキューシー。
そして三人は食事を終えると、部屋を暗くして再び横になった。
(起きたらついに、ドゥーガンを……)
そう考えるだけで、メアリーは高揚する。
(ああ、いけません、眠れなくなってしまいます。ですが、考えずにはいられない――)
はやるきもち、火照る体。
それでも、目を閉じて横になるだけで、体を休めることはできる。
そうして二時間ほど、三人は仮眠を取った。
◇◇◇
マジョラーム本社ビルは、工場などが併設された広大な敷地の一画にある。
ビルそのもののセキュリティもさることながら、敷地内の門付近にも最新式の機械鎧を纏った兵が配置されている。
侵入を拒む防護壁や、遠隔操作可能なガトリングガン等も配置され、たとえスラヴァー軍が攻め込んできても、侵入を許さぬよう作られていた。
その正門の前に、一人の男が立つ。
ツンツン頭の黒い髪。やたらと太い眉毛。そして濃い顔立ち。
上には黒いコートと白いシャツ、下はダメージ加工――というより普通に破れた黒のズボンを履いている。
彼は機械鎧に銃口を向けられながらも、ひるまず腕を組み、仁王立ちして大声で叫んだ。
「たのもおぉぉぉぉおおおおおッ!」
まるで、道場破りでもするように。
無論、誰も反応はしない。
続けて彼は、自らの顔に親指を向け、高らかに自己紹介を始める。
「俺の名はカリンガ・ディアータ! 『吊るされた男』のアルカナ使いだッ! メアリー・プルシェリマはここにいるか!」
あろうことか、アルカナ使いだと自ら暴露する男。
それを聞いた警備兵はさすがに困惑し、ビル内部にその事実を伝える。
そして、すぐさま命令はくだった。
「了解、排除します」
問答無用に射殺せよ――その言葉通り、大口径の魔導銃が火を噴く。
「ぐわぁぁぁぁあああああああッ! 俺の質問に答えず攻撃とは、なんと卑怯な!」
カリンガは防御もせずに、真正面から魔力の弾丸を受ける。
コートは破れ、全身傷だらけになっていく。
舞い上がる煙の中、ボロボロになった彼は、しかし倒れることはなく、右拳で顔を汚す血を拭った。
「く……こんな所で負けるわけにはいかない。こんな卑劣な輩に、負けるわけには……」
まるで自分に酔ったようにそう言いながら、ギラギラに滾った瞳を、機械鎧に向ける。
「なぜなら、俺は主人公だから――」
当然、「何を言っているんだこいつは」と誰もが思った。
それでもカリンガは台詞を続ける。
「そう、湧き上がるこの力の名は、なぜなら俺は主人公だから! だから立ち上がり、立ち向かい、打ち勝つ!」
そして拳を振り上げると――そこに莫大な魔力が宿る。
機械鎧に仕込まれたアナライザーは、常に彼の魔術評価を表示していた。
そこに記される数字が、みるみるうちに上がっていく。
「この素晴らしい世界のために、俺という主人公は前に進み続けなくちゃならないんだ!」
「こいつ、さっきまで三桁だったのに……四桁、いや、一万を超えたッ!?」
「主人公とは、かくあるべしッ! 食らえ正義の鉄槌、熱血粉砕・バアァァァァァァァニング! ナッコォッ!」
前に突き出される拳。
そこから放たれるのは炎などではなく、空間を震わす衝撃波。
「何だこの力は――わぶっ!?」
カリンガの“道”を遮る正門が、遠隔操作の機関銃が、機械鎧の魔導銃が塵となって消える。
そして鎧の中にいる警備兵は――パンッと破裂して絶命した。
「哀れな脇役よ、嘆くな。お前たちの存在は、俺という主人公の記憶に確かに刻み込まれた」
全身に膨大な魔力を纏いながら、彼は堂々と敷地内へと入っていく。
その後も大量の自動兵器や大勢の警備兵が、その歩みを止めるべく出撃したが、誰一人として生き残ることはなかった。
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