鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
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105 地獄へといざなう者

公開日時: 2020年12月27日(日) 17:15
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:19
文字数:3,605

 



 突然の天使の出現に、困惑するメアリー。


 だがすぐに大きめの呼吸で気持ちを落ち着けると、携帯端末を取り出した。




「キューシーさんとアミに連絡しないと」


「合流するか?」


「先に脱出してもらいましょう」


「私たちはどうする」


「ユーリィの部屋に向かう、と言ったら付き合ってくれますか?」


「頼みたいのは私のほうだ」


「ありがとうございます、ではそうしましょう」




 研究棟の一番奥まで行き、その先の壁をぶち抜けば施設からは出られる。


 どうせここから出口まで走ったところで、途中で天使と遭遇するのだ。


 ならば時間が許す限りここを調べ、一つでも有益な情報を出た上で脱出したい。


 メアリーたちはそう考えた。




「問題は彼女の部屋がどこにあるのか、ですが――」


「調べられるか?」


「全ての部屋を見てみます。カラリアさんは二人に連絡を」




 メアリーは部屋の壁に手を当てると、目を閉じた。


 当てた手のひらから骨が突き出し、血を滴らせながら壁の中に穿孔する。


 骨は壁の内側で、木の根のように幾重にも枝分かれして、研究棟の各部屋まで伸びていった。


 その先に眼球を生やすことで、全ての部屋の様子を見ようとしているのだ。


 かかる時間は数十秒――その間に、廊下で扉が破壊される音が響いた。


 おそらく研究棟の外で倒れていた男の天使化が完了したのだろう。


 だが、すぐにメアリーたちのいる部屋に来ないことから、見失っているようだ。


 焦れば余計に時間がかかる――彼女は自分に『落ち着きなさい』と言い聞かせ、ユーリィの部屋の確認を完了させた。


 ほぼ同時に、カラリアも連絡を終える。




「二人に連絡ついたぞ、すぐ外に出るそうだ」


「ユーリィさんの動きは?」


「特に変化は無いらしい。キューシーが驚いていたよ」




 確かに、いくらユーリィが怪しいといっても、いきなり天使が出たと聞けば誰でも驚くだろう。


 再び、扉が破壊される音が響く。




「今の音は……隣の部屋か?」


「次はここに来そうですね。しかし妙な話です、すでに天使が動き出したのに、ユーリィは動かないだなんて」


「好機と見るべきか、罠を警戒するべきか」


「彼女の研究室はかなり奥にあるようです、廊下を一気に突っ切りましょう」


「とはいえ、近づいている天使とはやりあうことになるな……」




 カラリアはそう言うと、部屋の中央に置かれた広い台に近づく。


 その中央には、これみよがしに黒く角張ったカバンが置かれていた。




「場違いですね。こんな研究所にカバンだなんて」


「これは……」




 何かを感じ取ったのか、カラリアはそれを手にとった。


 そして軽く魔力を流すと、カバンは複雑な内部機構をむき出しにしながら変形を始める。


 それは彼女の腕を覆い、そして背中にも、穴の空いた装置が二個取り付けられた。


 サイズは小さいものの、羽根を思わせる形状をしている。




「へ、変形した!? 大丈夫なんですか、カラリアさん」


「私の武器と同じ技術を使ったものだ」


「あの銃と刀の……兵器開発を行ってるって言ってましたよね。その試作品なんでしょうか」


「名前はケイロンか」




 右腕に刻まれたその銘を見ながらカラリアは言った。


 さらに、両腕の装置に魔力を流し機能を確認する。


 その状態で、腕を片方ずつ動かし、さらに背中のほうにも魔力を流した。




「おっとぉっ!?」




 シュボッ、と一瞬だけ炎が噴き出し、カラリアの体は前に倒れそうになる。


 慌てて支えるメアリー。




「す、すまない。助かった」


「制御できるんですか?」


「魔力消耗は激しそうだが、悪くない装備だ。早速、使わせてもらおう」




 足音が部屋に迫る。


 音は扉の前で止まると、次の瞬間――ガゴンッ、という打撃音と共に、扉が激しく歪んだ。




「私に任せてくれ」




 カラリアは扉から少し距離を取ると、マキナネウスをガントレットに変形させる。


 さらに刀を抜き、構えた。




『OVERDRIVE,READY』




 魔力のチャージが完了する。


 天使が再び扉を殴る。


 真っ二つに折れた金属の板が宙を舞う。


 全身の肉をむき出しにした天使と、待ち受けるカラリアの目が合った。


 瞬間、彼女は背中のブースターに大量の魔力を注ぐ。


 その激しい反動に、カラリアは声をあげることすらできなかった。


 本当にほんの一瞬の出来事だ。


 天使すら反応できない速度で彼女は目の前まで迫り、そしてその速さの分だけ威力に上乗せして、必殺の一撃を放つ。


 魔力を纏った斬撃は、雷轟めいた音を響かせ、軌道は鋭利な三日月を描く。


 肩から腰までを一直線で結ぶ、袈裟斬り。


 しかし天使の肉体は両断されなかった。




「消し飛んだ……!」




 そう、二つに分かれるなどという甘っちょろい結果ではなく――その威力の前に、跡形も残らず消滅したのだ。


 そしてカラリア自身は天使のいた場所を通り過ぎ、廊下で膝をつく。




「く……ぐうぅ……ッ」




 敵を滅したカラリアは、腕に感じる痛みに顔をしかめた。


 繰り出した剣技の反動だ。


 装備によるアシストがあったとはいえ、普通の人間が扱えば、腕など簡単に千切れ飛んでいるような力だ。




(何という威力だ……三つの武装が連動している。最初から私のために作られた装備なのか? だとしたらあの女、一体何を考えているんだ――!)




 カラリア専用としか思えないこの武装。


 到底、手を抜いて作った代物とも思えなかった。


 仮にユーリィが作っていたとしたら、使うのは不安だが――ひとまず今は力を借りることにする。


 そもそも、カラリアたちがここに侵入することを予測していたとは思えないのだから。




「カラリアさん、すごかったです。腕は大丈夫ですか?」


「ああ……あとは慣れだな。道は開けた、このままユーリィの部屋まで行くぞ」


「はいっ! 背中のそれは移動に使うと大変そうなので――」




 メアリーは前に手をかざすと、何度目かの“骨のバイク”を作り出す。


 もちろん『戦車チャリオット』の発動も忘れない。


 彼女はバイクにまたがると、ぽんぽん、と後ろを手で叩いて言った。




「乗ってください、カラリアさん」




 室内だというのに、迷わずバイクを使おうとする勇ましさに、思わずカラリアの口元に笑みが浮かぶ。


 すぐに後ろにまたがると、二つの車輪は回転を始め、激しく床を砕きながら走りだした。


 ユーリィの部屋めがけて一直線――といきたいところだが、その進路を二人の研究員が塞ぐ。


 いや、白衣こそ残っているものの、顔はすでに人のものではない。


 赤い筋肉と白い眼球をむき出しにし、背中で何かがうごめく、天使の姿だ。


 メアリーはバイクの両脇にガトリングを装着。


 容赦なく骨片の弾丸を叩き込み、二体の天使をミンチに変えた。




「派手な攻撃だな、メアリー!」


「王女らしくありませんかね」


「私は好きだぞ!」




 カラリアはそう褒め称えながら、ハンドガン片手に背後の敵を撃つ。


 人間をやめた研究員たちは次々と部屋から飛び出し、メアリーたちを妨害してくる。


 それをガトリングが撃ち貫き、あるいはバイクそのものが撥ね飛ばし、道を切り開いた。




「どこもかしこも天使だらけ、もう人間は残っていないのか?」


「私たち、とんでもない化物の巣に呼び込まれたみたいですね」




 それはつまり、そうまでして守らなければいけない“何か”があるということ。




「ドアに突っ込みます!」




 つきあたりにある部屋に、メアリーは突入した。


 頑丈なドアを吹き飛ばしながら、ブレーキをきかせる。


 バイクは床を数メートル滑った末にようやく止まり、開きっぱなしの入り口を骨の壁で塞ぐ。


 そして二人はすぐさま部屋の物色を始めた。


 薬品が並ぶ棚に、その隣には細かい部品が種類別に分けられた引き出し。


 ファイルだらけの棚、専門書が並ぶ本棚、可愛い人形やユスティアとの写真が置かれたデスク――部屋の中には、ユーリィの日常を連想させるものがいくつも配置されている。




「武器開発に、こちらは医療関連か。違うな……メアリー、そっちはどうだ?」


「こちらのファイルは仕事で使う連絡先が書いてあるようですが――王族が入っていても不自然ではないですね」


「チッ、馬鹿正直に自分のオフィスに隠すべき情報を置きはしないか……」


「ええ、しかし――」




 メアリーは本棚を見つめる。




「見つけました。その棚の裏です」




 彼女の骨は、すでに部屋の壁や床全体に根を張っている。


 カラリアはそれを聞いて、本棚を押してずらした。




「扉らしきものは無いようだが」


「通路が奥に続いています」


「それなら――ハアァッ!」




 彼女がガントレットを付けた拳で壁を殴ると、崩れ落ち、その先に通路が現れる。




「いくら隠そうが頑丈でなくてはな」




 部屋の入り口を塞ぐ骨を、天使たちが激しく叩いている。


 すでにヒビが入り始めており、侵入されるのは時間の問題だ。


 二人は隠し部屋に入り、再び出入り口を塞ぐ。


 通路の左右には、いくつかの扉があった。


 一番手前の部屋に入ると、ずらりと人がすっぽりと入る大きさの、筒状の、透明な装置が並んでいた。


 中には液体が満たされると共に、成人男性の肉体がぷかりと浮かんでいる。




「これは……マグラート!」




 メアリーは再会したくはなかったその姿を前に、目を見開き驚いた。




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