無理な砲撃の反動で、戦車の砲撃は吹き飛んだ。
だがそれは、同時に威力の証明でもある。
ヘンリーは剣兵で防御しようとしたが、すぐにこの剣では防ぎきれないと諦め、初めて回避行動を取る。
彼が飛び退いた直後、その足元に着弾して、エントランスは閃光に包まれた。
耳がおかしくなりそうなほどの爆発音が鳴り響き、城全体が大きく揺れる。
光と煙で視界が塞がれる中、ヘンリーは接近する気配を感じた。
「いくらやっても無駄だと言ったはずだァッ!」
浮かんだ剣がその気配の主を断ち切る。
しかし彼はすぐに気づいた。
手応えが無い――と。
それから僅かな時間差で、次の気配が迫る。
「余が斬ったのは死体か――!」
囮の死体を盾にして、今度こそはと二人同時に斬りかかるメアリーとフィリアス。
ヘンリーもただ見ているだけではない。
あらかじめ呼び出していた弓兵が二人を狙う。
加えて、生み出した剣兵が行く手を阻む。
しかし不意打ちだからか、数は一体。
フィリアスは振り下ろされた刃を見極め、経験と技でくぐり抜ける。
メアリーは突き立てられた刃をあえて受け、強引に突破する。
先に到達したのはフィリアスのほうだった。
「燃え尽きなさい、ヘンリーッ!」
振るった剣が炎を放つ。
ヘンリーは素手でそれを受け止めるも、炎は彼の体を包み込んだ。
なおも火力は勢いを増し、天井を溶かし貫き空へと伸びる。
「王を呼び捨てとは偉くなったものだ。しかし、この程度の熱ではなぁッ!」
確かに彼は燃えている。溶けている。
しかしその瞬間に傷は癒え、再生していた。
フィリアスの炎では、ヘンリーを焼き尽くすことはできない。
だがメアリーがいる。
なぜフィリアスがその炎でヘンリーを焼いたのか、彼ならば予測がついたはずだが――塞がれた視界、高揚する感情の中で、失念していたらしい。
「素敵な形の炎ですね」
メアリーの手が伸びる。
炎に触れる。
瞬間、その温度は急激に上昇した。
「ぐああぁぁああッ! こ、これはッ――炎を塔と定義して――またしても『塔』かッ!」
「追加で『力』もいきますッ!」
さらに魔力が上乗せされ、ヘンリーの体を灰へと変える。
その熱量は、近くにいるメアリーすら焼いてしまうほどで、危険を察知したフィリアスは一足先に離脱していた。
無論、これは『塔』で制御されているのだから、メアリーが自傷する必要は本来ない。
だが焼ければ焼けるほど、溶ければ溶けるほどに、『吊られた男』によって魔力が向上していくのだ。
「おぉおおおおッ、このままでは……このままではあぁぁっ!」
「さらに――『死神』の力も喰らいなさいッ!」
至近距離で構えた鎌は、その刃が炎を纏う。
「死者万人分のッ! 火葬鎌ッ!」
灼刃が、ヘンリーの体を真っ二つに斬り裂く。
「ぐおぉぉおおおおおッ!」
ひときわ大きな苦悶の叫びが響いた。
もがき苦しむヘンリーは、焼かれた脚に力が入らないのか、なおも身動きできずにいる。
そこに、剣を持った兵士が現れる。
彼を殴り飛ばし、炎の中から脱出させる。
もちろんメアリーはそれを逃さない。
炎に包まれもだえるヘンリーに、鎌で追撃を試みる。
振り下ろした鎌。
防ぐ剣兵。
メアリーの背中を矢で貫く弓兵。
痛みに歯を食いしばりながらも、傷をいとわずに、むしろそこから骨の腕を生やして、メアリーはヘンリーに掴みかかる。
なおも妨害のために出現する兵士たち。
ここでフィリアスが動く。
メアリーを手助けすべく、兵士たちを撃退――は難しいため、炎で焼き払い少しでも動きを鈍らせる。
フィリアスの介入により、メアリーを止めることは叶わず。
「これで終わりです、お父様!」
メアリーの体から伸びたいくつかの骨の先端が、銃口に変わる。
炎を纏い横たわるヘンリーに、骨弾の雨が降り注ぐ。
「機葬銃ッ!」
「おごおぉおお……おぉぉおおおおおおおおッ!」
そのとき、彼は咆哮した。
およそ人のものとは思えない、荒々しい叫び。
そしてメアリーと同じように、彼の焼けた体から、肉をむき出しにした巨大な腕が生えた。
銃口を握りつぶす。
さらにもう一本、腕が生える。
拳を握り、メアリーに叩きつける。
後ろに飛び回避。
だが生じた風が、彼女の体を吹き飛ばした。
「づうぅっ、なんて力ッ! あれだけ燃やされて、まだ余力が残っているんですか!」
驚き目を見開きながら、空中でバランスを取り、両足と片手で滑りながら着地。
フィリアスもすかさずヘンリーから距離を取り、メアリーと並んだ。
「ちょっとちょっとぉ、すごい化物が生まれようとしてるんじゃなぁい?」
「……」
「王女様ぁ?」
体を突き破り、その内側から現れる赤い怪物。
まるで焼け焦げた体が繭のようにも見えた。
それをメアリーは眉をひそめ、黙って見つめる。
「ちょぉっと気になることがあるんだけどぉ。もしかして王女様も同じこと考えてるぅ?」
「聞かせてください」
「ヘンリーの魔術評価、下がってなぁい? 私が前に見たのは数日前だから、詳しい数値までは覚えてないんだけどねぇ?」
そう言われて、メアリーはヘンリーの魔術評価を見た。
すると――確かに下がっていた。
「私が最初にみたときは、105625でした」
「ああ、それそれ。私も同じよぉ。でも今は――」
「99614」
魔術評価というのは、基本的に魔術を使えば使うほどに成長していくものだ。
ゆえに下がることは稀である。
例えばアルカナの能力で上昇した状態だったのなら――話は別だが。
「もっと言えば、現在進行系で細かく変動してるわねぇ」
「動く度に、僅かな数値ですが目まぐるしく変わっていますね……何が影響してるんでしょうか」
「んー、距離? 場所?」
ヘンリーが変態を終える前に答えを出してしまいたい。
だが彼は順調に人型に――否、異形としての完成を迎えつつあった。
ドゥーガンと比べればマシではあるが、腕は六本にまで増えている。
筋骨隆々とした3メートルに迫ろうかという肉体は、どこかオックスを思い出させた。
しかし感じる圧迫感は彼の比ではない。
先ほどまでとは違う――“本体”から、強い力を感じる。
「できれば、もっとスマートに終わらせたかった。自分の肉体を変えたくなかったのだが」
「負け惜しみねぇ。死にそうだったから、慌てて姿を変えたんでしょう?」
「負け惜しみかどうかは――」
ヘンリーが地面を蹴る。
二人の視界から姿が消える。
「試せばわかる」
気配は――背後にあった。
「はや――」
フィリアスは反応できない。
「危ないっ!」
メアリーはとっさに『女教皇』の力で障壁を作った。
だがヘンリーの拳はそれを簡単に砕き、フィリアスを薙ぎ払う。
彼女も反応し、剣で防御を試みたが、刃ごとへし折られ吹き飛ばされた。
「きゃあぁあっ! あうっ……ぐ……」
壁に叩きつけられ、ぐったりと横たわるフィリアス。
メアリーは一旦後ろに飛んで距離を取ると、鎌を手にヘンリーと睨み合った。
「今のは単純に、天使化した肉体の力を使っただけだ。そして――」
彼が腕に力を込めると、手のひらから剣が吐き出された。
使役する兵が使っていたものと形状は似ているが、サイズは大きく、装飾も豪華だ。
さらに「ふッ」と息を吐き出し全身に力を入れると、体を包む鎧が浮かび上がってくる。
黄金に宝石があしらわれた、いかにも王らしい外観だ。
「アルカナの力を我が肉体に集中させることで、このような芸当も可能となる」
それこそが“理想の王”の姿とでも言うのだろうか。
彼は満足げな表情を浮かべ、その場で剣を軽く振るう。
ゴゥッ、と強烈な風がメアリーを襲った。
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