メアリーとアミが『戦車』との戦闘を開始した頃――カラリアとキューシーもまた、オックスと対峙していた。
オックスは『力』の能力、上半身だけが異様に肥大化している。
握っているのは大きな剣のはずなのに、まるで子供のおもちゃのように見えるほどだった。
ドス、ドス、と地面を鳴らしながら、彼はカラリアに歩み寄る。
「マキナネウス、デュアルウィード」
彼女はライフルを二丁拳銃に変え、銃口をオックスに向けた。
現在の彼の魔術評価は30000オーバー。
通常時が12000であることを考えると、『力』の能力は『吊られた男』の能力を任意で発動できるようなものだ。
いくらなんでも汎用性が高すぎる。
条件か、制約か――必ず弱点はどこかにあるはず。
「フランシス様……フランシス様あぁぁぁぁああッ!」
声を裏返しながら、奇声をあげてカラリアに斬りかかるオックス。
彼女は後ろに飛び、振り下ろされる刃は空振り地面に叩きつけられた。
大地が砕ける。
飛び散ったつぶてがカラリアの頬を掠め、生じた傷に薄っすらと赤い血が浮かんだ。
「まるで銃弾だな」
「邪魔をぉお……するなあぁぁああああッ!」
オックスは、背後から噛み付いてきた『女帝』の犬を振り払う。
腕で薙ぎ払われた下僕たちは、まるで風船のように破裂して消えていく。
しかし術者であるキューシーの姿は、いつの間にか消えていた。
「許せぬッ! 許せぬッ! 許せえぇぇぇぇぬッ! なぜだ! なぜフランシス様は死なねばならなかったぁ! 誰がやった! なぜ誰も守らなかったあぁぁ!」
オックスは『恋人』の能力により心を乱され、ひたすらフランシスへの想いを胸に暴れ続ける。
今の彼にとって、目に映るもの全てが敵だ。
もっとも近くにいるカラリアは、最優先で潰すべき対象。
ひたすら剣を振って、振って、振りまくる。
魔術を使っているわけではない。
ただただ、『力』のアルカナによって強化された肉体で暴れているだけだ。
だが、空を断てば離れた場所に物体も切断できるし、地面を叩けば砕けた小石が銃弾となる。
対するカラリアは、二丁拳銃で懸命に応戦するも、かすり傷すら与えられていなかった。
まるで巨大な岩でも相手にしているような気分だ。
一方的に、カラリアの傷ばかりが増えていく――
「打ち合いなど正気の沙汰ではないが――しかし、それ以外で傷を与える術は無いか!」
できれば離れて戦いたい。
しかし、ロングバレルモードでもダメージを与えられない以上、他に選択肢はない。
「マキナネウス、ガントレット! ミスティカで両断する!」
銃を篭手に変形。
そして刀を抜くと、さっそく篭手から刀へ、魔力のチャージを開始する。
「フランシス様を守れなかった人間が憎い! フランシス様を守れなかった世界が憎いィ!」
オックスの言動は、最初に比べるといくらか理性が感じられるものになっていた。
時間経過で『恋人』の毒は弱まっていくのだろう。
力のみならず、正気を取り戻し技まで使いだしたら手に負えない。
その前に戦いを終わらせたいカラリアは、数発の斬撃を、地面を転がり回避すると、
『OVERDRIVE,READY』
というミスティカのアナウンスとほぼ同時に、オックスの懐へと飛び込んだ。
「食らえ、これが私の最大火力だッ!」
魔力を纏い、バチバチと光る刃が彼の首筋に迫る。
だがオックスもほぼ同時に、剣を振り下ろした。
刀の細い刃と、剣の幅広の刃が衝突し、生じた光で一瞬だけ村はまばゆく照らされ、両者の視界はホワイトアウトした。
視界が戻る。
威力はほぼ互角。
どちらが押すでもなく、拮抗している――
「こちらは必殺の一撃だぞ……!」
カラリアは腕を震わせながら、悔しげに言った。
そう、これはオックスにとっては、ただ剣を振り下ろしただけである。
対してカラリアにとってみれば、多量の魔力を消費する切り札。
それで釣り合うのだから、絶望もするというものだ。
魔導刀ミスティカの再チャージまではまだ時間がかかる。
一方、オックスはすでに次の予備動作に入っていた。
慌てて後ろに大きく飛ぼうとするカラリア。
しかし彼の剣のほうがわずかに早い。
「フラァァァアンシス様アァァァァッ!」
カラリアの腰よりも太い腕に血管が浮かび、握られた柄が指の形にひしゃげながら、刃が彼女の頭上より降り注ぐ。
「とっておきの大型動物たち、行ってあの子を助けなさいっ!」
するとキューシーの生み出した動物たちが、その攻撃を妨害した。
先陣を切るのは、民家がまるごと変化した“ゾウ”だ。
オックスの巨体に横から突進すると、さすがの彼もバランスを崩しよろめいた。
その隙に、カラリアは離脱する。
「すまない、助かった」
「こっちこそ遅くなったわ。大型はやっぱ時間かかるわね」
キューシーは、中型までの動物では威力不足と判断し、下僕の調達に行っていたのだ。
この村には、小さな民家がいくつも並んでいる。
逆にそのサイズだからこそ、『女帝』の能力を適用させることができたのである。
しかし、オックスはあくまでよろめいただけ。
その手にはまだ剣が握られている。
彼はそれをゾウに向かって振り下ろし、脳天を真っ二つに割る。
斬撃により生じたかまいたちが、さらに深くまで敵を引き裂く。
「とっておきって言ったじゃない。一撃じゃあ止まらないわよ!」
頭部から体の半分ほどを切断されたゾウだが、なおも動き続けた。
前足を大きく上げ、鳴き声をあげながら押しつぶす。
だが動きがあまりに緩慢だ――オックスは様子を見た上で、余裕をもって剣で薙ぎ払う。
さらに使っていない左手で亡骸に指を突き刺し、持ち上げると、それをキューシーに向かって放り投げた。
「キューシー、危ないっ!」
カラリアが割って入り、ガントレットの障壁でそれを防ぐ。
「サンキュ。一匹やられちゃったけど、まだまだ打ち止めには程遠いわよ!」
キューシーが腕を前にかざすと、夜の闇の中から今度はゾウが二匹姿を表す。
両側から挟むように迫る二体を前に、剣を握り構えを取るオックス。
明らかに理性が戻ってきている。
このままでは、さらに鋭さを増した斬撃で、二体の下僕が潰されるだけだろう。
『OVERDRIVE,READY』
ここで魔導刀のチャージが完了する。
カラリアは鞘に収めた刀の柄を握ると、前傾姿勢を取った。
そしてオックスに向かって駆け出し、速度を威力に上乗せした居合抜きを放つ。
「うぅおおおぉおおッ!」
「その程度の太刀筋でえぇぇッ!」
カラリアの一閃は、雷鳴を纏いながら――しかしやはり、振り下ろされたオックスの刃に受け止められる。
鳴り響く轟音。
ほとばしる閃光。
ほぼ同時に、キューシーの生み出したゾウがオックスに体当たりを仕掛ける。
彼は左手を伸ばし、迫るゾウの頭部をパァンッ! と握りつぶし行動不能にした。
しかしもう一体のタックルは、防御すらできずに食らってしまう。
重量級の体にはね飛ばされ、「ぬぅっ!」とうめきながらよろめくオックス。
カラリアの刀は、なおも魔力をまとっている。
「今だあぁぁっ!」
放つは渾身の刺突。
鋭い刀の先端が、オックスの首に突き立てられる。
あと少し――もう何センチか前に進めたら、頸動脈を断てる――
だが無情にも、両手で握った柄越しに感じる感触は、あまりに鈍い。
まるでゴムでも相手にしているかのようだ。
一点への“突き”を、“衝撃”として体全体に分散されているとでもいうのか。
オックスは首に直撃を受け、再びよろめき、倒れそうになりながらも、しかし“傷”を負うことはなかった。
「ああ、この、こみ上げるフランシス様への想いは……そうか、『恋人』の能力だったのだな……」
それなりに痛みは感じるのか、首を手で押さえながら、「ふうぅ」と大きく息を吐き出すオックス。
「危うかった。まさか王女側から仕掛けてくるとは、想定外だったよ。僕のフランシス様への愛が、今より少しでも弱ければ、すでに死んでいたかもしれん」
「心配は無いだろう。戦ってみて確信した、お前は私たちがどう罠を仕掛けようが死なないさ」
「そうそう。あんたの体、見た目もそうだけど、いくら何でも頑丈すぎよ。わたくしにも能力を少し分けてもらえないかしら」
「いやはや、そういいものでもないぞ。種が明かされる前に勝たなければ――と焦る程度にはな」
彼は下半身に力を込める。
屈強だが、“人”の範囲に収まっていたその筋肉はたちまち膨張した。
肌は皮が引き伸ばされたせいか透け、筋肉の色で赤くなる。
太い血管が浮き出て、どくん、どくんと脈打つ様子が目に見えた。
それ以前の、上半身だけが筋肉の化物になった姿も、アンバランスで滑稽だったが――全身に広がったら広がったで、その姿も異様だ。
身長は3メートルを超え、見上げたところで、顔は胸筋に隠れて見えない。
「ここからは全力でやらせてもらう」
そう宣言した直後、オックスは猛スピードでカラリアに襲いかかる。
巨体に不釣り合いな速度を前に、彼女は敵に背中を向けて逃げ出した。
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