「目が覚めたか、メアリー」
「メアリー様、大丈夫!?」
「カラリアさんに……アミちゃん?」
戦いから数時間――昼前に、意識を失っていたメアリーは目を覚ました。
カラリアはともかく、平然としゃべるアミに、メアリーは前のめりになりながら問いかける。
「そちらこそ大丈夫なんですか!?」
「私は元気だよっ! 元気すぎるぐらい!」
「体から熱が引いたらあっさり起き上がって、見てのとおりだ」
「それはよかった……ところで、どうしてカラリアさんは私の手を握ってるんですか?」
カラリアだけでなく、アミもメアリーのドレスの袖をつまんでいた。
「そっちから握ってきたんだぞ。腕だけベッドから出ていたからな、戻したときに捕まえられたんだ」
「私はね、カラリアさんと目の前でらぶらぶされて寂しかったから、つまんでたの」
「らぶらぶはしてませんが……してませんよね?」
「聞かれても困る」
「してたよぉー!」
「そ、それはさておき、キューシーさんはどうなんです?」
「あっちのベッドだ。まだ寝ているよ、さすがに傷が深すぎた」
「『吊られた男』との戦いでそこまで……」
「一人で倒したんだ、大した戦果だ」
「でもそのあと、一回生き返ったんだよね? それとも殺しきれてなかったの?」
「いや、間違いなく死んでいた。あれは蘇ったんだ。さすがに想定外だ、メアリーが来てくれて助かった」
「私はたまたまです。天使を倒すために、『吊られた男』の能力が必要だったので」
眉をひそめるカラリア。
天使のことは、解放戦線から聞いているかもしれないが、秘神武装のことを知らないのだから。
「知りたいことは腐るほどあるが……まずは、アミのことからだろう」
「私?」
こてん、と首をかしげるアミ。
「死んだと報告を受けた」
「はい。私が医務室に到着したときも、アミちゃんは間違いなく死んでいました」
「そうだったの? 私は夢で、神様とお話してただけだけど……」
「詳しく聞かせてもらってもいいか」
カラリアに言われ、アミは両腕を使って、見た夢をできるだけ詳細に二人に伝えた。
「私は医務室に入ったあと、しばらくしたら頭がぼーっとしだしたの。そのまま寝ちゃったんだけど、夢の中で、何だか車輪がいっぱいついた、大きくて変な人が出てきたの!」
メアリーは、フランシスの夢を思い出す。
あの場にも、明らかに人とは違う異物が存在していた。
おそらくはあれこそ『星』のアルカナ本人なのだろう。
「その人はね、すっごく謝ってくるの。『こんなことをしてすまない。君みたいな小さな子を選んですまない。奴と同じ手段を選んですまない。許してくれ、しかしこの世を救うためなんだ』って、何回も何回もずーっと言ってた」
「謝っていたんですか……アルカナが」
「それでね、私もよくわからないから、聞いてみたの。『それってメアリー様の役に立てることですか?』って。そしたらね、『彼女と一緒に戦える力を与えよう』って。もちろん、私はすぐに『じゃあちょうだい!』って言ったの!」
「軽いな……」
「代償は、無いんですか?」
「あと一ヶ月しか生きられないんだって」
今までと変わらぬトーンで、アミはそう言った。
メアリーとカラリアは言葉を失う。
信じたくはない。
だが、魔術の才能もない、手術も受けていない彼女が、あれだけのアルカナの力を扱えたということは――それぐらいの代償が必要だろうという、理解はできた。
しかし理解したとしても、納得はできない。
「でもメアリー様の役に立てるなら、それでもいいかなと思って」
「アミちゃんっ! あなたは何を言っているか……づっ、うぅ……」
アミの肩に手を置くメアリーだが、すぐに頭痛に顔を歪める。
カラリアが崩れ落ちそうなメアリーの体を支えた。
「落ち着けメアリー、まだ本調子じゃないんだ!」
「ですが……っ!」
「アミ、それは本当なのか? お前は、あと一ヶ月しか生きられないと?」
「うん、だってこの体、もう人間じゃないから。ほとんどアルカナそのものなんだって。でも、そんなものを人間が受け入れられるはずもないから、あと一ヶ月」
きっと、アミが説明する言葉以上の現象は起きていない。
だから、言葉どおりに受け取るしかないのだろう。
「『運命の輪』は、ヘムロックのアルカナだったはずだ。アミに起きた現象は継承なのか?」
「早すぎますし、こんな強引に――!」
感情的に大きな声を出すメアリーとは裏腹に、アミは笑顔を崩さない。
「私、メアリー様が助けてくれなかったら、とっくに死んでたと思うんだ」
その表情に、一切の悲壮感はない。
「でも助かったところで、平民だし、魔術師でもないし、何の役にも立たずに、メアリー様の足だけ引っ張って生き残るしかない」
「そんなことありません。私はアミちゃんが生きててくれば!」
「だけど“ただ生きてるだけ”じゃ、メアリー様とは、ここでお別れになっちゃうよね?」
「それは……」
「私は、一ヶ月でも一緒に戦えるほうがずっと嬉しいなっ」
一緒に過ごした時間はほんの少しなのに、なぜそこまで命をかけられるのか。
理解はできないが、アミの価値観がそれで満足した以上、メアリーの言葉で変えられるものでもないのだろう。
メアリーはうつむき、唇を噛む。
「アミちゃん」
「なに?」
「こっちに、来てください」
うつむいたまま、アミを呼ぶメアリー。
そして近づいてきた小さな体を、両腕で強く抱きしめた。
「あ……えへ……また抱きしめられちゃった……」
アミは心底幸せそうに、メアリーの体温を感じ、頬をこすりつける。
「何か、私にできることはありませんか?」
「これで十分だよ」
「足りません。私自身が……自分を許せなくなりそうなんですっ!」
「うーん……私は嬉しいのになぁ……」
紛れもない本心だ。
平民であるアミが、一刻の王女に抱きしめられている――それだけで命を描ける価値がある。
だが、メアリーがそれで満足しないのなら、彼女はあと少しだけわがままになることにした。
「じゃあ、あのね、これ、すっごく夢っていうか、ありえないことだと思うんだけど」
それでも“失礼”という自覚はあるので、躊躇うし、前置きだってする。
その上で、上目遣いで、控えめの声でアミは言った。
「お姉ちゃんって、呼んでもいい?」
メアリーは固まった。
そんなことでいいんですか――と。
それが声になる前に、アミは顔を真っ赤にして、メアリーの腕の中でじたばたしはじめる。
「きゃーっ、言っちゃった言っちゃったっ。でもどうしてもって言われたら、やっぱり言っちゃうよねぇ――はっ、調子に乗りすぎちゃった、かな。ごめんなさいメアリー様、やっぱり今のはナシで!」
「もちろんいいですよ」
「……!」
誰の目にも明らかなほど、輝くアミの瞳。
キラキラと、うるうると、様々なポジティブの感情が混ざりあった眼差しをメアリーに向ける。
そんなアミに無自覚な追い打ちをかけるように、メアリーは微笑んだ。
「むしろ、他にあるならもっと言ってほしいぐらいです」
「い、いいの? え、えと、あの、じゃあ……その……ちゃん付けじゃなくて、呼び捨てのほうが……姉妹、っぽいかな、って……」
「アミ」
「ひやあぁぁぁあんっ!」
「アミ」
「ふひやあぁああっ!」
「お姉ちゃんって、呼んでくれないんですか?」
「あ、あう……すうぅぅ……はあぁあぁ……」
アミはメアリーの腕から抜けると、なぜか背筋をピンと伸ばして、胸に手を当て深呼吸をした。
そしていつになく真剣な眼差しで、まっすぐにメアリーの目を見据え、口を開いた。
「じゃあ、呼ぶね」
「どうぞ」
ガチガチに緊張しながら――
「お……お……っ、おねえ、ちゃん」
絞り出すように、そう呼ぶアミ。
メアリーはできるだけ自然体で返事をした。
「どうしたんです、アミ」
ぱあぁっ――とアミの表情が、さらに輝く。
感情を押さえきれなくなったのか、彼女は天井を見上げながら叫んだ。
「天国のお父さん、お母さん! 私、メアリー様の妹になっちゃったよぉーーっ!」
きゃっきゃと喜ぶアミを、医務室にいる面々は複雑な心境で見つめる。
それもそのはずだ。
彼女の両親が死んだのは、つい最近のことなのだから。
当然、メアリーの胸も痛む。
「あまり気に病むな、彼女自身の選択だ」
「わかってます。頭では、わかってるんです……!」
そうは言っても、メアリーの心は晴れないだろう。
一ヶ月後の死――避けられぬ運命。
いや、正確には、一ヶ月で夢が終わる、とでも言うべきか。
今のアミは、いわば死体がアルカナの力で動いているようなものなのだから。
考えれば考えるほど、メアリーは自分を責め立てるだろう。
いくらアミが望んだことだったとしても。
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