鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
kiki
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038 不吉は侵す

公開日時: 2020年10月3日(土) 17:02
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:10
文字数:3,736

 



 ビル内の警告灯が周囲を赤く照らし、アラートが鳴り響く。


 仮眠を取っていたメアリーたちは、その音に飛び起きた。




「何ですか、敵襲!?」


「あっちから先に攻めてきたみたいね。アルカナ使いを減らす手間が省けて助かるわ」


「強がれる状況か?」


「さっきも言った通りよ。自信があるのよ、うちのビルのセキュリティにね」




 不敵に微笑むキューシー。


 しかし彼女をあざ笑うように、大きな音とともに、部屋が――否、ビル全体がぐらりと揺れる。


 しかも一度ではない、何度もそれは繰り返された。




「……本当に大丈夫なのか?」


「何回も攻撃してるってことは、破れてないってことよ!」




 そう言って、壁に設置された通信端末に近づくキューシー。


 映像を移すタイプではなく、音声のみのやり取りを行うためのものだ。


 一応、モニターは取り付けられているが、それは通信相手の現在位置を表示するためのものである。


 すると、すぐに端末から呼び出し音が鳴る。


 モニターには『社長室』と表示されていた。


 彼女はそれをわかっていたようにボタンに触れると、通話を開始する。




「キューシーよ。お父様、状況は?」


『敵は真正面から攻め込んできたらしい。相手は黒髪の成人男性が一人。出撃した警備兵や防衛設備はすでに全滅、今はビルの入口を殴りつけているところだ』


「殴りつけて!? 手で?」


『ああ、報告によると男は自らを『吊るされた男ハングドマン』のアルカナ使いと名乗ったらしい』


「自分で名乗るなんて大した自信ね。わかったわ、今から私たち三人でそちらに向かうから」


『わかった……くれぐれも気をつけるんだよ。入り口の隔壁は頑丈に作ってあるけど、これもいつまで耐えるかわからない』


「さすがに三対一なら負けないわよ。じゃあね」




 通話が終わると、キューシーはメアリーとカラリアのほうを振り返る。




「状況は聞いた通りよ」


「……不気味ですね」


「ああ、真正面から一人で……陽動かもしれんな」


「心配しすぎよ。それに、社長室の守りは他の場所よりずっと堅牢なの。たとえ相手がどれだけ強力なアルカナ使いでも、しばらくは耐えられ――」




 ふいに、キューシーの言葉を遮るように、再び壁面の端末から呼び出し音が鳴った。


 彼女はメアリーたちに目配せをすると、会話を中断してそちらに応じる。


 今度は『医務室』とモニターに表示されていた。




「こちらキューシー。医療班、どうしたの?」


『キューシー様、先ほどお預かりしたアミという少女なんだけど』


「あの子に何か?」


『実は、少し前から、ありえないほどの――50度を超える高熱を出してて』


「何よその熱!? 毒にしたって高すぎるじゃない!」


『熱自体は、さっき落ち着いたんだけど、その直後に……』




 聞こえてくる女性の声のトーンが、露骨に下がる。


 少し離れて聞いていたメアリーの胸がざわついた。




「直後に、どうなったの」




 沈黙する社員にキューシーが問いかけると、ためらいがちに彼女は言った。




『息を、引き取ったわ。蘇生処置も施したけど……』




 部屋に沈黙が満ちる。


 驚愕に目を見開いたキューシーは、すぐに苦しげな表情を浮かべると、ゆっくりとメアリーのほうを振り返った。


 メアリーは、彼女の想像よりも落ち着いた様子で立ち上がり、端末に歩み寄り、口を開いた。




「……アミちゃんが、死んだってことですか?」




 改めて、そう確認すると、社員は落ち込みながら答えた。




『王女様、ごめんなさい。力及ばずで』


「っ……!」




 そこで、はじめてメアリーの表情が悔しさに歪む。


 彼女は噛み締めた唇に血を浮かべながら、握った拳を壁に叩きつけた。




『本当に、申し訳ないわ』


「……いえ、あなたのせいではありません。私が、私が、ちゃんと守れていたらッ!」




 さらに額を壁に押し付け、拳を握った右腕を震わせる。


 その瞳に浮かぶ涙――まともな会話は難しいと判断したキューシーが、代わりに社員に訪ねた。




「原因は、毒だったの?」


『解毒はすでに完了していたわ、間違いなく。だから、精神的な疲弊から来る体調不良と思って、栄養の高い食事を与えて、休んでもらっていたんだけど』


「そう……わかったわ。これ以上の詳しい話は、直接行ってからでいいわ。今からメアリーを向かわせるから」


「キューシーさん? でも敵のアルカナ使いがっ!」


「行っておけ、メアリー」


「カラリアさんまで……」


「死因が不自然だわ。カラリアの言う通り、入り口の『吊られた男』が陽動なら、こっちが本命かもしれないのよ?」


「アミちゃんの死が、アルカナ使いの攻撃――」




 メアリーはまったくその可能性を考えていなかった。


 それは冷静さを失っている証拠だ。


 今は自らの判断より、キューシーたちの言葉を聞くべきだ――そう判断する。




「……わかりました、すぐに向かいます! そちらも頑張ってくださいね、カラリアさん、キューシーさん!」


「ああ、お互いにな」


「気をつけなさいよ、メアリー」




 いつもより優しい二人の言葉を背に受けて、メアリーは部屋を飛び出した。


 ほぼ同時に通話を終え、キューシーはカラリアと向き合う。




「さて、と。あんたと二人ってのは気が乗らないけど」


「乗らないなら乗せろ、簡単に勝てる相手ではないぞ」


「わーってるわよ。まずは武器の受け取りからよね」


「そうしてもらえると助かる」


「んじゃ、エレベーターで下の階に――」




 すぐさまメアリーに続いて部屋を出たいキューシーだったが、それを遮るように端末が呼び出し音を鳴らす。


 出鼻をくじかれたキューシーは、「って、また……」と呆れた表情を浮かべる。


 だがモニターを見つめると、ふっとその顔から表情が消え、動きを止めた。


 静かな室内に、電子音だけが響く。




「どうした、急に固まって」




 訝しむカラリアがそう問おうとも、返事はない。


 痺れを切らした彼女は、キューシーの隣に移動し、モニターを覗き込む。


 そこには『死体安置室』と表示されていた。




「こんな部屋まであるのか」




 カラリアの問いに、ようやくキューシーは答えた。




「無いわよ」




 そう冷たく、乾いた声で、簡潔に。




「何?」


「無いから驚いてんのよ。カラリア、周囲を警戒しといて。たぶん、来る・・わよ」




 何が来るかなど、問い返すまでもない。


 要するに、カラリアの予想が当たっていた、という話だ。


 キューシーはボタンを押すと、通話相手に向かって言い放つ。




「ごきげんよう、アルカナ使いさん。あんたら本当に悪趣味な演出が好きね」


『……こんにちは。あなたが、『女帝エンプレス』?』




 スピーカーから聞こえてきたのは、か細い女性の声だった。




「まずはそっちが名乗りなさいよ。うちのセキュリティ破って自慢でもしたいの?」


『別に、そうじゃないわ。セキュリティなんて、意味がない。あなたたちは、自ら、棺桶に逃げ込んだ』


「大きく出たわね」


『大きくはない。私は、小さい。だけど――』




 ぷつりと、そこで通信が途絶える。




「消えた?」


「キューシー、あっちのモニターだ」




 カラリアが顎で指し示した先には、天井からぶら下げられた横長のモニターがあった。


 画面にザーっ、と砂嵐が表示されたかと思えば、それは突如として止まる。


 そして、真っ暗な背景に、一人の女が佇む映像が映し出される。


 白髪の、細身で長身な女だ。


 彼女の髪はあまりに長く、後ろは足元まで及ぶほどで、前髪も完全に顔を隠してしまっている。


 服装は白のシンプルなワンピース。


 靴は履かずに、裸足。


 まるで幽霊のようだ――とカラリアは思った。


 女はモニターごしに、キューシーたちに告げる。




『幸運。運命。めぐり合わせ。神様が言ってるの。メアリー王女を殺せ。それを邪魔する人間も、皆殺しにしろ、って』


「ビビって顔も見せられない人間が、よくも言えたものね」


『強がりは、あなたよ。棺桶の中にいるくせに』




 女の体がわずかに揺れると、髪全体が波打つように、ゆらりと振れる。


 すると、キューシーの真横で“ギギギ”と何かがこすれる音がした。


 ベッドが動いたのだ。




「さて、どんな芸を見せてくれるのかしらね」


「キューシー、壁が動き出したぞ!」




 部屋の壁が両側から、二人を押しつぶすように迫ってくる。


 キューシーはとっさに扉へ手を伸ばす。




「チッ、開かないわ」


「退け、私が破壊する! おぉぉおおおおッ!」




 彼女が横にずれた直後、カラリアの全力の拳が扉を叩いた。


 部屋全体を揺らすような強い衝撃――だが拳を受けた金属の扉は、びくともしていない。




「アルカナの力で塞がれているのか」


「みたいね。わたくしの『女帝(エンプレス)』も弾かれるわ。悔しいけど魔力は相手の方が上みたい」




 ドアノブに触れて、ため息をつくキューシー。


 彼女はすぐさま、壁に押されて滑るベッドに触れる。




「こっちは行けるみたいね」




 そして、魔力を注ぎ込んだ。




支配者は生きた盾をご所望テイミング・ファミリア――イノシシにでもなってもらおうかしら」




 突進、衝撃――そんなイメージで、ベッドを動物へと変えるキューシー。


 一方でカラリアは、扉に向かったまま腰を落とし、拳を握っている。


 壁は刻一刻と、二人を押しつぶさんと迫ってくる。




「合わせられるか、キューシー」


「当然。行くわよ、カラリア。せーのっ!」


「せえぇぇぇえええいッ!」


「行きなさいッ!」




 カラリアの拳と、イノシシの突進――フロアを揺らすその衝撃は、敵アルカナによって固定された扉を吹き飛ばした。


 二人が部屋から飛び出すと、直後、壁は急加速し、部屋は完全に押しつぶされた。


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