「……しかし、ありゃどうなってんだ?」
解放戦線の女団員は、天を見上げた。
肥大化の末、ドゥーガンは巨大な肉塊と成り果てた。
その大きさは、マジョラーム本社ビルとさほど変わらないほどで、自分が虫けらになったように感じられる。
「明らかに今までの天使とは違います」
「敵にとっても、これが切り札ってことかもしれないね」
「だといいのですが」
ここで打ち止めであることを祈るばかりだ。
まあ――たとえ打ち止めであっても、それそのものが厄介極まりないのだが。
メアリーはノーテッドと団員を一旦降ろし、少しずつドゥーガンとの距離を取りながら様子を見る。
彼は楕円形の、ぶよぶよとした肉の塊となったが、それで終わりとは思えなかった。
すると予想通り、二段階目の変化が始まる。
全体がボコボコと脈打ち、肉はうねりながら形を変え――
「腕が生えたぞ!?」
「続いて足……人の形を取るつもりのようですね」
するとその姿のまま、まるで雑なマスコットキャラクターのように、肉塊に手足が生えただけの化物は立ち上がった。
やがて足元から少しずつ、胴体も人間らしい姿になっていく。
腹筋、胸筋、肩や首筋――その形状からして、男性を意識していることは間違いない。
だが頭部の変形だけはやけに焦らす。
首が動くと、まん丸い肉塊はぐにゃりと変形しながら震えた。
そのままドゥーガンは激しく何度も首を振り――蕾は花開く。
ぐちゃあ……と不快な音をたてながら、赤い花弁が5枚広がり、雄しべと雌しべが顔を出す。
それは、花弁よりも“赤”の濃い管に繋がれた、ドゥーガンの頭部であった。
無表情な彼の顔が、雄しべと雌しべの数だけ、計六個、ゆらゆらと揺れている。
「……あまりに、悪趣味だな」
ノーテッドが呟く。
メアリーはドゥーガンに対して憎しみしか感じないが、その言葉には同意した。
また違う形の、粘度の高い憎悪をそこに感じる。
どうやれば、ドゥーガンを辱められるだろう。
どうすれば、彼は惨めな気持ちになるだろう。
そういう感情が歪んでねじれて具現化した――そんな姿だと思った。
「う、うえぇ……どうすんだよあれ。ちらっと見てみたが、魔術評価、8万とか出てるぞ?」
「倒すしかないでしょう。まずはあなたがたを安全な場所まで運びます」
「はてさて、この街に安全な場所なんてあるのかな」
「死ぬ確率は減ると思いますよ、1%ぐらいは」
メアリーは背中から腕を生やし、再び二人の体を掴む。
そうして彼女が走りだした途端、女団員が声をあげた。
「王女様、こっちに来たぞ!」
「顔が伸びてきた?」
「気持ち悪ぃ、しかもすげースピードでこっちに近づいてきてやがる!」
「それならッ!」
メアリーは体を後ろに向ける。
スピードを可能な限り緩めず、後方に飛びながら、自らの両腕を変形させた。
「秘神武装『吊られた男』――死者万人分の機葬銃!」
薬莢がわりに血を撒き散らしながら、骨の回転式機関銃をドゥーガンの顔に撃ち込むメアリー。
憎き男の顔面に銃弾を叩き込むのはそれなりに気持ちがいいが、それをヴィジュアルの気持ち悪さが上回る。
顔はずたずたに引き裂かれ、飛び散っていくが、スピードは緩まず。
最終的には“肉がこびりついた骸骨”のような有様となり、メアリーたちに接近した。
「おおおぉぉおおぉおおッ!」
ここにきて、さらに腹部からもガトリングを追加。
出力をあげるメアリー。
するとようやく顔は動きを止め――その場で一気に膨らんだ。
「自爆ッ!」
「意趣返しのつもりか!?」
この頑丈さ、そして魔術評価からして、放たれる爆風は並の威力ではない。
ただの盾や、高速移動では被害を免れないとメアリーは判断した。
「死者万人分の埋葬櫃ッ!」
生み出された骨の繭は、ノーテッドと女団員ごとメアリーを包み込んだ。
ドゥーガンの頭部が爆ぜる。
まず一瞬で周囲の窓ガラスを粉々に砕き、次に熱波が建物の表面を焼き尽くす。
加えて、爆風が建物を根っこから、掘り返すように吹き飛ばした。
「ぐ……なんて熱気……!」
「お、おい、外はどうなってんだ? 大丈夫なのか!?」
「落ち着くんだ。メアリー王女が守ってくれている」
爆発の熱は、何層にも重ねられた、骨による強固なシェルターすら貫通してくる。
メアリーは繭ごと吹き飛ばされ、ノーテッドたちと共に、内部の激しい揺れに耐える。
それが落ち着き、能力を解除すると、先ほどとはまったく違う光景が広がっていた。
それだけ遠くまで吹き飛ばされたのだろう。
だが同時に、広い範囲が爆発で焼かれ、景色が変わっているのも原因であった。
「ここまで街が焼けてしまうなんて……」
「桁違いだねえ、笑うしかないよ」
「笑ってる場合か! 早くキャプティスから逃げるぞっ! あんな化物、倒せるはずねえだろ!?」
「そうですね、まずは一旦みんなと合流して作戦を練りましょう」
「おい王女様、まだ戦うつもりなのか!?」
「当然です。それでいいですか、ノーテッドさん」
「ああ……幸い、彼は僕らを見失ったようだからね。今のうちだ」
ドゥーガンの爆ぜた顔は、すぐに生えて元に戻った。
彼は花の中央から伸びる顔を四方に向けて、標的を探している。
メアリーたちはそんな化物から身を潜めるように、建物の影を通ってキューシーたちを探す。
その後、端末で連絡を取り合いながら、数分で両者は合流。
比較的迎撃用の兵器が充実している、マジョラーム本社敷地内へと戻っていった。
◇◇◇
日は沈み、次第に夜に包まれるキャプティス。
いつもは人で賑わう大通りも、今日に限っては静かだった。
そんな通りに並ぶ商店の屋根の上に、仮面を被ったディジーの姿がある。
彼女は、完全に化物となったドゥーガンを眺めていた。
ドゥーガンは街を薙ぎ払いながら、キャプティスをさまよっていた。
「標的は指定されてるはずだから、知能面の問題かな? さすがにあのサイズになると、思考能力の維持や、遠隔での操作は難しかったみたいだね」
現在、メアリーたちがマジョラーム本社敷地内に逃げ込んだことは、ディジーも確認済みである。
「怪我人もいたみたいだし、しばらくはマジョラームや軍に任せるつもりかな。まったく……しぶとい上に悪運の強い女だよね。いくらあたしでも、あの車輪っ娘の相手は勘弁願いたいし」
ディジーはカラリアへの攻撃後、とどめをさすべく、なおも戦闘を続行した。
だが、まずカラリア自身のしぶとさに計算を外されてしまった。
あれだけの大怪我、出血をしておきながら、それでも食らいついてくる。
そうこうしているうちに、アミが接近してきたので、仕方なく離脱――そして今に至る。
「ドゥーガンが動き始めた以上、今回の脚本でのあたしの役目は終わり。しっかしあの化物……フェイズ2だったっけ、大したもんだよね。フェイズ1が天使なら、フェイズ2は大天使ってところかな。モチーフは自己顕示欲、みたいな? センスが独創的すぎて、あたしには理解できないんだよね、あの人の造形物」
誰に向けるでもなく、ディジーは一人そう話す。
しかし、ひょっとするとあの人が聞いているかもしれない。
そんな意識はあった。
「さあメアリー、どう戦う? あたしのおすすめは、敗北してあっさり死んじゃうことだけど――」
ディジーは呆れたように、薄ら笑いを浮かべた。
「君のことだから、抗っちゃうんだろうな。つくづく、報われない人生だよ」
そして夜の闇に溶けるように姿を消す。
出番はもう終わった。
あとは舞台の外から、事の顛末を見守るだけである。
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