鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
kiki
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059 どうかあなたの死が冒涜されますように

公開日時: 2020年10月30日(金) 17:00
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:12
文字数:2,994

 



「……しかし、ありゃどうなってんだ?」




 解放戦線の女団員は、天を見上げた。


 肥大化の末、ドゥーガンは巨大な肉塊と成り果てた。


 その大きさは、マジョラーム本社ビルとさほど変わらないほどで、自分が虫けらになったように感じられる。




「明らかに今までの天使とは違います」


「敵にとっても、これが切り札ってことかもしれないね」


「だといいのですが」




 ここで打ち止めであることを祈るばかりだ。


 まあ――たとえ打ち止めであっても、それそのものが厄介極まりないのだが。


 メアリーはノーテッドと団員を一旦降ろし、少しずつドゥーガンとの距離を取りながら様子を見る。


 彼は楕円形の、ぶよぶよとした肉の塊となったが、それで終わりとは思えなかった。


 すると予想通り、二段階目の変化が始まる。


 全体がボコボコと脈打ち、肉はうねりながら形を変え――




「腕が生えたぞ!?」


「続いて足……人の形を取るつもりのようですね」




 するとその姿のまま、まるで雑なマスコットキャラクターのように、肉塊に手足が生えただけの化物は立ち上がった。


 やがて足元から少しずつ、胴体も人間らしい姿になっていく。


 腹筋、胸筋、肩や首筋――その形状からして、男性を意識していることは間違いない。


 だが頭部の変形だけはやけに焦らす。


 首が動くと、まん丸い肉塊はぐにゃりと変形しながら震えた。


 そのままドゥーガンは激しく何度も首を振り――は花開く。


 ぐちゃあ……と不快な音をたてながら、赤い花弁が5枚広がり、雄しべと雌しべが顔を出す。


 それは、花弁よりも“赤”の濃い管に繋がれた、ドゥーガンの頭部であった。


 無表情な彼の顔が、雄しべと雌しべの数だけ、計六個、ゆらゆらと揺れている。




「……あまりに、悪趣味だな」




 ノーテッドが呟く。


 メアリーはドゥーガンに対して憎しみしか感じないが、その言葉には同意した。


 また違う形の、粘度の高い憎悪をそこに感じる。


 どうやれば、ドゥーガンを辱められるだろう。


 どうすれば、彼は惨めな気持ちになるだろう。


 そういう感情が歪んでねじれて具現化した――そんな姿だと思った。




「う、うえぇ……どうすんだよあれ。ちらっと見てみたが、魔術評価、8万とか出てるぞ?」


「倒すしかないでしょう。まずはあなたがたを安全な場所まで運びます」


「はてさて、この街に安全な場所なんてあるのかな」


「死ぬ確率は減ると思いますよ、1%ぐらいは」




 メアリーは背中から腕を生やし、再び二人の体を掴む。


 そうして彼女が走りだした途端、女団員が声をあげた。




「王女様、こっちに来たぞ!」


「顔が伸びてきた?」


「気持ち悪ぃ、しかもすげースピードでこっちに近づいてきてやがる!」


「それならッ!」




 メアリーは体を後ろに向ける。


 スピードを可能な限り緩めず、後方に飛びながら、自らの両腕を変形させた。




秘神武装アルカナインストール吊られた男ハングドマン』――死者万人分のミリアドコープス機葬銃ベリアルガトリング!」




 薬莢がわりに血を撒き散らしながら、骨の回転式機関銃をドゥーガンの顔に撃ち込むメアリー。


 憎き男の顔面に銃弾を叩き込むのはそれなりに気持ちがいいが、それをヴィジュアルの気持ち悪さが上回る。


 顔はずたずたに引き裂かれ、飛び散っていくが、スピードは緩まず。


 最終的には“肉がこびりついた骸骨”のような有様となり、メアリーたちに接近した。




「おおおぉぉおおぉおおッ!」




 ここにきて、さらに腹部からもガトリングを追加。


 出力をあげるメアリー。


 するとようやく顔は動きを止め――その場で一気に膨らんだ。




「自爆ッ!」


「意趣返しのつもりか!?」




 この頑丈さ、そして魔術評価からして、放たれる爆風は並の威力ではない。


 ただの盾や、高速移動では被害を免れないとメアリーは判断した。




死者万人分のミリアドコープス埋葬櫃ベリアルコフィンッ!」




 生み出された骨の繭は、ノーテッドと女団員ごとメアリーを包み込んだ。


 ドゥーガンの頭部が爆ぜる。


 まず一瞬で周囲の窓ガラスを粉々に砕き、次に熱波が建物の表面を焼き尽くす。


 加えて、爆風が建物を根っこから、掘り返すように吹き飛ばした。




「ぐ……なんて熱気……!」


「お、おい、外はどうなってんだ? 大丈夫なのか!?」


「落ち着くんだ。メアリー王女が守ってくれている」




 爆発の熱は、何層にも重ねられた、骨による強固なシェルターすら貫通してくる。


 メアリーは繭ごと吹き飛ばされ、ノーテッドたちと共に、内部の激しい揺れに耐える。


 それが落ち着き、能力を解除すると、先ほどとはまったく違う光景が広がっていた。


 それだけ遠くまで吹き飛ばされたのだろう。


 だが同時に、広い範囲が爆発で焼かれ、景色が変わっているのも原因であった。




「ここまで街が焼けてしまうなんて……」


「桁違いだねえ、笑うしかないよ」


「笑ってる場合か! 早くキャプティスから逃げるぞっ! あんな化物、倒せるはずねえだろ!?」


「そうですね、まずは一旦みんなと合流して作戦を練りましょう」


「おい王女様、まだ戦うつもりなのか!?」


「当然です。それでいいですか、ノーテッドさん」


「ああ……幸い、彼は僕らを見失ったようだからね。今のうちだ」




 ドゥーガンの爆ぜた顔は、すぐに生えて元に戻った。


 彼は花の中央から伸びる顔を四方に向けて、標的を探している。


 メアリーたちはそんな化物から身を潜めるように、建物の影を通ってキューシーたちを探す。


 その後、端末で連絡を取り合いながら、数分で両者は合流。


 比較的・・・迎撃用の兵器が充実している、マジョラーム本社敷地内へと戻っていった。




 ◇◇◇




 日は沈み、次第に夜に包まれるキャプティス。


 いつもは人で賑わう大通りも、今日に限っては静かだった。


 そんな通りに並ぶ商店の屋根の上に、仮面を被ったディジーの姿がある。


 彼女は、完全に化物となったドゥーガンを眺めていた。


 ドゥーガンは街を薙ぎ払いながら、キャプティスをさまよっていた。




「標的は指定されてるはずだから、知能面の問題かな? さすがにあのサイズになると、思考能力の維持や、遠隔での操作は難しかったみたいだね」




 現在、メアリーたちがマジョラーム本社敷地内に逃げ込んだことは、ディジーも確認済みである。




怪我人・・・もいたみたいだし、しばらくはマジョラームや軍に任せるつもりかな。まったく……しぶとい上に悪運の強い女だよね。いくらあたしでも、あの車輪っ娘の相手は勘弁願いたいし」




 ディジーはカラリアへの攻撃後、とどめをさすべく、なおも戦闘を続行した。


 だが、まずカラリア自身のしぶとさに計算を外されてしまった。


 あれだけの大怪我、出血をしておきながら、それでも食らいついてくる。


 そうこうしているうちに、アミが接近してきたので、仕方なく離脱――そして今に至る。




「ドゥーガンが動き始めた以上、今回の脚本でのあたしの役目は終わり。しっかしあの化物……フェイズ2だったっけ、大したもんだよね。フェイズ1が天使なら、フェイズ2は大天使ってところかな。モチーフは自己顕示欲、みたいな? センスが独創的すぎて、あたしには理解できないんだよね、あの人の造形物」




 誰に向けるでもなく、ディジーは一人そう話す。


 しかし、ひょっとするとあの人が聞いているかもしれない。


 そんな意識はあった。




「さあメアリー、どう戦う? あたしのおすすめは、敗北してあっさり死んじゃうことだけど――」




 ディジーは呆れたように、薄ら笑いを浮かべた。




「君のことだから、抗っちゃうんだろうな。つくづく、報われない人生だよ」




 そして夜の闇に溶けるように姿を消す。


 出番はもう終わった。


 あとは舞台の外から、事の顛末を見守るだけである。



 

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