思えば、ドゥーガンが正しい情報を掴んでいるという確信は、どこにもない。
彼は魔術に詳しいノーテッドにも秘密で、ヘンリー国王が企てるワールド・デストラクションの情報を探った。
そしてこう思ったのだ。
『ヘンリーは危険なアルカナの力を手に入れて、支配力を高めようとしている』
その考えは、ドゥーガンがヘンリーと敵対しているからこそ浮かんだものである。
必ずしも王国は平和ではない。
だがヘンリーが、平和を望んでいないかと言われれば、それは違う。
そもそも、“世界を滅ぼす力”を手に入れたとして、それがなぜ抑止力になると思えるのか。
自分もろとも破壊しつくす力など、使い勝手が悪いにも程がある。
最も自然な考えは――
『ヘンリーは国内に存在する、世界を滅ぼしうる危険なアルカナを排除しようとした』
ではないだろうか。
そう、『世界』を破壊する。
その単純極まりない計画こそが、ワールド・デストラクションだったのだ。
「そんなことも知らなかったの? 確かに秘密裏に行われていた計画だから、知る人は少ないだろうけど、ヘンリー国王に牙を剥くぐらいだし、わかってると思ってた」
「待て……なら今のヘンリー国王は、なぜ世界を滅ぼそうとしている!?」
「知らない」
「ピューパは王国との繋がりも強いはずだろう!」
「私はただの研究者だから。ワールド・デストラクションが失敗に終わった以上、そこに口を出す権利はもう無いよ。ああ、失敗については知ってるよね。十六年前、ワールド・デストラクションを実行しようとした日、ドゥーガンが忍ばせた刺客が自爆して、無防備なリュノを殺害。設備も破壊。おかげで何もかも失敗したんだ」
それは考えうる限り最悪のタイミングで、おそらく何もかもを勘違いしたドゥーガンにとっては、“大成功”といえる結果だったのだろう。
「ちょうどリュノの体内から『世界』が抽出され、メアリー王女に移植される直前だったから、リュノ自身も死に、『世界』も失われた。誰に継承されたかわからない。メアリー王女とヘンリー国王は怪我を負いながらも生き延びたけど、ぜーんぶ台無し」
そのとき――『死神』はメアリーに、『世界』はヘンリーに継承されたのだろう。
目覚めずに眠っていたのは、アルカナたちの意思なのだろうか。
はたまた、正常な継承ではなかったゆえの副作用なのか。
「おじさん、お父様を頼っていればこんなことには……」
死者を責めても仕方ないが、キューシーも失望したくなるというものだ。
ドゥーガンの行為は、あまりに浅はかだった。
「まあ、リュノは長すぎる命を悲観して死にたがっていたし、メアリー王女は生き延びたんだから、悪いことばかりじゃなかったね。もしそのまま進んでたら、メアリー王女は『世界』もろとも消し飛んでるはずだったんだよ」
「よくありませんっ! そこで何もかも終わっていれば、こんなことには……お姉様だって、死なずに済んだのに……!」
俯き、唇を噛み、肩を震わせて涙を流すメアリー。
カラリアの手が彼女の背中をさすった。
「そのあとホムンクルスたちはどうなったんだ。お前たちがいながら、なぜ貴族に売られた?」
彼女はユーリィを厳しい口調で問いただす。
それはもうひとつの悲劇の“原因”だ。
そのとき、ピューパが子供たちを貴族に売ったりしなければ――メアリーたちに襲いかかるアルカナ使いたちの数も減っていたかもしれない。
「余裕がなかった。姉さんがいたら無理をしてでも保護したんだろうけど、私たちだけの力じゃね」
「無責任すぎるだろうッ!」
「それはいきなり予算をゼロにした王国に言ってほしいな。ドゥーガンの介入で国王が怪我をしたことにより、チームは即解散。ホムンクルスたちの面倒を見ていた施設も即閉鎖。協力していた幹部も失脚して、その隙に、ピューパのわるぅーい幹部が、これまたわるぅい大臣と組んで売り飛ばしちゃったんだから。混乱の中、大急ぎで施設やデータの整理を迫られた私たちにできることなんて無かった」
「人の命を預かっているんだぞ?」
「だから、姉さんがいたらって言ってるでしょ? 人手が足りなかったんだよ。秘密裏に進めた計画だから、簡単に人員も増やせなかった。何より姉さんには、代わりなんていなかったから」
姉へ狂信的な愛情を向ける一方で、それに関しては、やけに冷たく突き放す。
「別に私は、姉さんのせいだって言ってるわけじゃないけどね。そう考える子がいてもしかたないとは思うな」
妙に引っかかる言い方だった。
まるでディジーを名指ししているような――だがここで、ユーリィがそれをほのめかす意味などあるだろうか。
(……いや、この女を常識の枠に当てはめて考えるのは危険だ。何を考えているのか今もまだわからない。そもそも、なぜここに私たちを呼んだのかも)
カラリアは幾度となく感情をかき乱されたが、それが逆に、“冷静さ”を意識させる結果となった。
もう取り乱しはしない。
この女は、そういう手段で相手から心の余裕を奪う“敵”なのだ。
いくら育ての親の――ユスティアの妹だったとしても、だからといって信用する必要などあるまい。
「ねえねえカラリア、難しい話はこれぐらいにしてさ、姉さんのことを聞かせてよ」
「連絡は取り合っていたんだろう」
「そんなのほんの少しだから。私の知らない時間のほうが多いの、嫌なんだよね」
「話したくないと言ったら?」
「あはは、かわいー。独り占めしたいんだね、姉さんのこと」
カラリアは思わず舌打ちしそうになったが、ぐっと抑えた。
「時間はたっぷりあるんだし、少しぐらいは話してもらわないと困るなぁ」
「ワールド・デストラクションの概要も聞けましたから、私たちにはもう残る理由がありません」
「もしかして私、嫌われてるのかな?」
「さっきの言動で嫌われないと思っていたのなら大したものですわ」
「それは困ったなあ。よくあるんだよね、私。デリカシーが無いっていうのかなあ。人付き合いが苦手なんだ」
そう言いながらユーリィは苦笑いを浮かべたが、さほど困っているようには見えなかった。
「一応言っておくけどね、私があなたたちをここに呼んだのは、純粋に話してみたかったからだよ。姉さんはカラリアをどんな風に育てて、最後のホムンクルスであるメアリーはどういう風に大きくなったのか」
「本当にそれだけですか?」
「他に何があると思ったの? 実は私もヘンリー国王の手下で、殺すために罠を張ってると思ってた? あはは、だったら最初からクライヴと手を組んだりしないよ。安心して、私は国王の手下なんかじゃない。姉さんに誓ってね」
「もうそういう問題じゃないと思う!」
「手厳しいなあ、12歳の子にそこまで言われるなんて。でも、さすがにすぐに帰られちゃ困るよ。私も色々と用意してるんだから」
ユーリィは扉のほうを見る。
するとタイミングを合わせたように、何者かがノックした。
現れたのは、彼女と同じく白衣を着た研究員だ。
ユーリィは彼に歩み寄ると、軽く言葉を交わし、メアリーのほうを見る。
「準備できたって。メアリー王女、彼に付いていってもらってもいいかな」
「何をするんですか?」
「ワールド・デストラクションの現場に連れて行ってあげる」
「この研究所にあるんですか!?」
「あるよ、残骸がね。ホムンクルス研究の施設を流用する形で、今は兵器開発なんかを行ってる」
「兵器開発ね……わたくし、ピューパと言えば人体実験ってイメージを持っているのだけれど」
「人工アルカナ使い――ワールド・デストラクションの成果を利用した例の研究には、私は関わってないから」
「秘密裏にホムンクルス研究を続けてる、なんてことは無いだろうな」
「作って何の意味があるのかな? 真のワールド・デストラクションは頓挫したのに」
キューシーとカラリアは軽くカマをかけてみたが、反応はなし。
そう簡単に尻尾を出してはくれないらしい。
「もー、本当に信用ないなあ。ただ見せるだけだよ? 今はもう使えない施設を」
「ならば私も同行しよう」
「カラリアが行ったらダメだよお」
「なぜだ?」
「もう使われないとはいえピューパの機密情報、そう簡単には見せられない……っていうのは建前で、メアリー王女が見学している間に、色々聞こうと思ってたんだから」
「話す気は無いと言ったはずだ。メアリーを一人で行かせるわけにはいかない」
「……ふぅん。そっか、そんなに好きなんだね、メアリー王女のことが」
「う……」
違う方向からの精神攻撃に、たじろぐカラリア。
わずかに頬を赤く染める彼女を見て、ユーリィは今日一番の笑顔を見せた。
「ふふ。わかった、なら行ってきていいよ。素敵なデートを楽しんできてねー」
手を振るユーリィに見送られ、メアリーとカラリアは部屋を出る。
二人は最後に、部屋に残るキューシーとアミに視線を向けた。
キューシーたちは、この場においては部外者である。
ユーリィとの関係だって浅い。
そんな二人だけを部屋に残してしまい、メアリーたちは申し訳ないと思っていたようだ。
キューシーは目で『大丈夫、なんとかする』と返したつもりだったが、本人にもなんとかできる自信は無かった。
バタンと扉が閉じる。
その瞬間、ろうそくの火が吹き消されるように、ユーリィの顔から笑顔が消えた。
部屋に残された二人は、急激に室温が下がったような感覚に陥る。
「あー……やっぱ嫌いだなあ、あの人間モドキ」
背もたれに体重を預け、天井を見上げながら、しみじみとユーリィは言った。
突然の変貌に、キューシーの頬が引きつり、アミは険しい表情で彼女を見つめた。
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