鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
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141 生の本能

公開日時: 2021年2月10日(水) 17:00
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:22
文字数:5,839

 



「お兄様の戴冠式、ですか?」




 王都での戦いが終わり、その翌日。


 半壊した王城のエントランスで、メアリーはフィリアスにそれを聞いた。




「できるだけ急ぎたいのよねぇ。だから四日後」


「準備は間に合うんですか?」


「最低限、式典だけ終わらせる形になるわねぇ。とにかく、早めに正式な王を立てないと混乱が収まらないのよぉ」




 ヘンリーの死は、メディアが伝えずとも瞬く間に国民に広がっていった。


 それだけでも国内の混乱は相当なものである。


 跡継ぎがエドワード王子で本当に大丈夫なのか。


 王の不在に隣国が攻めてくるのではないか――




「何たって、指導者が死んだのは王国だけじゃないんだもの」




 フィリアスはそう言って目を伏せた。


 彼女の顔には疲れが色濃く出ている。


 もっとも、メアリーもキャサリンの死後、二時間程度の仮眠を取っただけでまともに休んでいない。


 今はその力を生かして軍と共に瓦礫の撤去と犠牲者の回収作業を行っているところだった。




「大陸の全国家の指導者が同時に自害ですからね……」


「現状、わかってる限りでも、ガナディア帝国は反皇帝派の動きが活発化。オレスト王国では軍部がクーデターを起こし、フェルース教国では教皇の死を悲嘆した信者をグリム教団の分派が取り込もうとしてるそうよ」


「……戦争が起きるんでしょおうか」


「間違いなくね。お隣のヘリアス王国の王子が優秀なことだけが救いだわ。エドワード王子には早速、通話での会談を命じたわ」


「命じたって……」


「キャサリン王妃の死でふさぎ込んでるんだもの。ムチで叩かないと動かないわぁ。まったく、王女様がこんなに頑張ってるっていうのに、しっかりしてほしいものだわぁ」


「私は――ただ、体を動かしていないと不安に押しつぶされそうなだけです」




 それがメアリーの素直な気持ちだった。


 これからこの国は、世界はどうなってしまうのか。


 逃げた『世界ワールド』はどこにいったのか。


 アミの寿命は。


 キューシーの立場は。


 カラリアとの旅は。


 漠然とした未来予想が目前にまで迫り、鮮明さを増すにつれ、その問題点が浮かび上がってくる。


 苦悩することに比べたら、体を動かすことがなんと楽なことか。




「倒れられたら困るわぁ。戴冠式には参加してもらうんだからぁ」


「私は出席しないほうがいいんじゃないでしょうか」


「納得しない人がいるわぁ」


「その人は、出ても納得しないと思います」


「確かにそうだけどぉ……うーん……」


「私はもう王家を捨てました。その立場を明確にするために、出席を見送らせてくれませんか」


「その前に王都を出るつもりなのぉ?」


「残れというのなら、それでも構いませんが」


「なら残ってくれないかしらぁ、出席はしないでいいから。戴冠式の日、テロでも起きたら大変でしょう?」




 純粋に、戦力として残ってほしいという要請に、メアリーは思わず苦笑した。


 王女に向けたものとは思えない。




「ふふっ、わかりました。そういうことでしたら」


「細かい打ち合わせはまた後で改めてやるわぁ。じゃーねー」




 手を振って早足で去っていくフィリアス。


 エドワードが役に立たないということは、実務は彼女が行っているのだろう。


 文字通り、寝る間もないほどの忙しさに違いない。


 それに比べれば、メアリーの役目はなんと気楽なことか。




「メアリー王女、こっちの岩を動かしてもらってもよろしいですかー!」




 瓦礫の向こうから、兵士がメアリーを呼ぶ声がする。


 最初こそ遠慮していた彼らも、今ではすっかり王女を頼りにしていた。




「はい、すぐに行きますーっ!」




 駆け足で向かうメアリー。


 カラリアやアミ、キューシーたちも、街のほうで瓦礫の撤去を手伝っている。


 四人のアルカナ使いの協力もあって、作業は驚くべき速度で進行し、夜を迎える前に一区切りを迎えた。




 ◇◇◇




 夕食は、軍の炊き出しに相席することになったメアリーたち。


 昨日、戦いの勝敗と『世界』の行方を伝える時間はあったのだが、すぐに忙しくなったので、落ち着いて顔を合わせるのはこれが最初ということになる。




「ぎゅううぅぅぅ……っ」




 アミはよほど寂しかったのか、会うなりメアリーに強く抱きついた。


 そのまましがみついて離れようとしない。


 メアリーもその体温に癒やされながら、彼女の頭を優しく撫でていた。




「本当に……どこまでも用意周到なやつね、『世界』って」




 キューシーはメアリーの隣でぴったりと体をくっつけて、スプーンで温かいスープを口に運ぶ。




「まさか、アルカナ使いを刺客として差し向けたことすら作戦だったとはな」




 さらにその横で、カラリアは少し乱暴に固いパンをかじった。




「でも、今回の戦いは終わったのよね。メアリーだって生きてるんだから、そんなに落ち込むことはないんじゃない?」


「キューシーの言う通りだ。敵の一番の狙いはメアリーだったんだろう? そこが落とせなかったんだ、奴が何を言おうと負け惜しみに過ぎない」


「ですが、彼女は私の大切な人を狙うと言っていました。それはつまり――」


「今回だって、『世界』はかなり時間をかけて準備してたんでしょう? 今度はわたくしたちだってそれがわかってる。迎え撃ってやればいいのよ」


「マジョラームも協力してくれるだろうからな」


「もっちろんよ。一緒に行動はできないかもしれないけど……できる限りのことはするわ」


「キューシーさん……そちらも大変なのに、ありがとうございます」


「お礼なんていいのよ。わたくしにとっても、『世界』は許せない相手なんだから」




 結局、ノーテッドの仇は討てていない。


 カラリアも、ディジーとの決着こそ付けられたものの、やはり本丸は『世界』なはずだ。




「そういえば……ディジーの死体、見つからなかったんですね」


「ああ、そうだな。すまない、間違いなく首を落として殺したんだが」


「仕方ないよ。あんなにいっぱい天使がいたんだもん。無事なほうがびっくりかも」




 ひょっこりと顔を上げてアミが言った。


 彼女が先程の会話に参加しなかったのは、自分の寿命が次の戦いまでもたないとわかっているからだろう。




「先ほど副将軍さんから聞いたんですが、ピューパの研究所ももぬけの殻になっていたそうですね」


「ユーリィは明らかに天使の力を使っていた。王国にいた『世界』がどこかに消えて、力を失ったんじゃないか」


「でもでも、ミーティスの村人たちは、死体で見つかったって聞いたよ?」


「王都で戦った天使たちも、体は残っていたわね。跡形も残らず消えたっていうのは釈然としないわ」


「……あの女は、まだ何かを企んでいるのか」




 だとしても、『世界』がいない今、彼女にできることなどたかが知れているだろう。


 とはいえ、残るアルカナの所在も気になるところだ。


 21柱存在するアルカナのうち、見つかっていないのは『正義ジャスティス』、『悪魔デビル』、『ムーン』、『太陽サン』。


 行方知れずの『魔術師マジシャン』だってある。


 もしユーリィがこれらを手中に収めているのなら、『世界』ほどではないにしろ、脅威にはなりうる。




「彼女の危険性はフィリアスさんにも伝えています。しばらくピューパは厳しい監視下に置かれるでしょう」


「場合によっては国有化もあり得るわよね」


「こくゆーか?」


「国が会社を運営するということだ。かなり優遇されるだろうからな、マジョラームにとっても今まで以上に強敵になるだろう」


「ま、それでもうちが負けることはないでしょうけど」




 キューシーは涼しい顔でそう言い切った。


 ノーテッド亡き今、マジョラームは彼女のものとは言い難い。


 しかし、もしキューシーが会社のトップに上り詰めたなら――きっと言葉通り、ピューパなんて軽々と蹴散らして見せるだろう。


 メアリーはそんな未来を想像して微笑む。


 キューシーはそんな彼女の顔を、心配そうに見つめていた。




 ◇◇◇




 食事を終え、食器を返しに言ったあと、メアリーはふらっと人のいない場所に向かった。


 夜の冷たい風が吹き付ける中、未だ血の匂い漂う音で、物憂げに星空を見上げる。




「メアリー」


「キューシーさん……どうしたんですか、こんな場所に来て」




 そこに現れたのは、キューシーだった。


 彼女は、おそらく二人きりのときにしか見せないであろう、穏やかな表情でメアリーに近づく。


 そして、肩が触れ合う距離で、彼女の隣にやってきた。




「それはこっちのセリフよ。話したいことがまだまだあったのに、勝手にいなくなるんだから」


「……ごめんなさい、少し、一人になりたくて」


「傷つくわ。わたくしたちが一緒にいて落ち着けないことでもあるの?」


「い、いえ、そういうわけでは……っ」


「ふふっ、冗談よ。そうよね、一人になりたいことだってあるわよね。でも、一人で抱えるなって強引に私を抱き寄せたのはメアリーよ?」


「う……確かに」


「何か気になることがあるのなら話して。言えば楽になるかもよ?」




 キューシーの声は優しい。


 メアリーの胸がぎゅっと締め付けられた。


 彼女は唇を噛むと、地面に視線を移す。


 その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。




「メアリー……?」


「少し……ナーバスになっているんでしょう。いざ戦いが終わると、お姉様が死んだときのことや、お父様を潰して、お母様を斬った感触が――手に染み付いているのを思い出してしまって」


「前に言ってた“日常”が、少しずつ近づいてきてるのかもしれないわね」


「平穏を目指して戦っていたはずなのに、いざそれが見えてくると恐ろしいだなんて。なかなか、報われるって難しいです」




 胸に満ちる不安の一部を吐き出すメアリー。


 キューシーは、自らの手を彼女の手に重ねると、指を絡めてきゅっと握った。




「わたくしもね……今夜、キャプティスに戻ろうと思ってるのよ」


「え、今夜ですかっ!?」




 急な申し出に、メアリーも驚かずにはいられない。




「戴冠式が四日後だって聞いて。その前に一度は戻っておきたいのよね」




 片道で一日かかることを考えると、今からキャプティスに戻っても一日しか滞在できない。


 タイミングとしてはかなりギリギリだった。




「もちろん式には参加するし……それからは、アミの命が尽きるまでは、一緒にいるつもりよ」




 アミの寿命は、残り十二日。


 もう二週間も残っていない。


 戴冠式が終わってすぐに王都を発つとしても――どれだけの思い出を、共に重ねることができるだろう。


 もっとも、メアリーたちは彼女の寿命が一週間縮んでいることをまだ知らない。

 

 だから残りはおよそ十九日と思っている。


 それでも残り少ないことに変わりはないのだが。




「可視化された命って、こんなに辛いのね。最初は生意気なやつだと思ってたけど、いつの間にかわたくしにとっても妹みたいな存在になってたわ」


「もっと、あの子のためにできることはないのか、と思うんですが……」


「きっとどれだけ与えても足りないわ。命に勝るものなんて、そうそう無いもの」




 二人は黙り込んだ。


 アミのことを思うと、胸が痛くなる。


 大切な仲間で。


 家族で。


 恋人で。


 あらゆる関係性を、あらゆる愛情を注ぎたいと、そう願う。


 けれどそんな願いも、彼女が死んでしまえば、全てがすり抜けて落ちていくのだ。


 命という受け皿がなければ。




「アミのこと考えると、抜け駆けはよくないって思ってしまうわ」


「抜け駆け、ですか?」




 キューシーは一旦手を離すと、メアリーの前に立った。


 あたりは暗いが、これだけ近いと顔が赤らんでいるのがわかる。


 潤んだ瞳にわずかな夜の明かりが反射して、煌めいた。




「アミと違って、はっきり言ったわけではないけれど……わたくしは、その、そういう気持ちになってるわ」


「……そういう?」


「いつも鋭いくせに、変な鈍さを発揮しないでよ。わかるでしょ!?」


「勘違いだったら、自意識過剰になるな、と思いまして」


「なんないわよ、バカ」




 キューシーはメアリーの頬に手を当てた。


 そして顔を近づける。


 鼻と鼻が触れ合う距離で、囁くように彼女は言った。




「好きよ、メアリー」


「キューシーさん……私もです」


「ふふっ、ほんとに女たらしね。んっ――」




 優しく、しかし熱を帯びた口づけを交わす二人。


 キューシーは体を押し付け、頬に当てた手を背中に回す。


 メアリーもそんな彼女を抱き寄せて、全身で彼女の感触を受け止めた。




「ふはっ……キスってこんな感じ、なのね……」


「はじめてだったんですか?」


「悪い?」


「嬉しいです」


「メアリーが慣れてる感じが何かやだ」


「初めてはお姉様ですから」


「ここでそれ言う!? まあ、それでこそメアリーって感じだけど……」


「ですがその、三人にそれぞれ『好き』って言える自分には……さすがに思うところはありますが」




 気まずそうに目を背けるメアリー。


 妙なところで常識人ぶる彼女に、キューシーは思わず肩を震わせ笑った。


 おそらく、戦いの中での“熱”に浮かされ、大胆になった部分もあるのだろうが――




「そこは割り切りなさいよ、王女様なんだから。ただし、これ以上増やしたら怒るけど」


「増やしませんよぉ!」


「んふふっ、どうかしらね。メアリーはすぐに女の子を虜にしてしまうから」




 そう言って、キューシーはしなだれかかった。


 メアリーは重みを支えながら、愛おしげに頭を撫でる。


 気持ちよさそうに目を細めるキューシー。


 彼女は、うわ言のように言う。




「わたくし……本当は帰りたくないの……」


「……怖い、ですよね」


「ええ……お父様のいないキャプティスなんて嫌。けれどきっと、悲しむ間もなく、マジョラームをほしがる欲の塊みたいなジジイたちと戦うことになるわ」


「本当は一緒についていきたいんですが」


「その言葉だけで救われるわ。けど――」




 キューシーは顔をあげる。


 至近距離で、色っぽい表情でメアリーを見つめる。




「もう少し、勇気がほしいの」




 どくんと、メアリーの心臓が跳ねた。


 キューシーが求めるものが何なのかわかったからだ。


 そしてメアリーは思った。


 戸惑うより先に――それが彼女の力になるのなら、与えたい、と。




「キューシーさん」




 名前を呼んで、唇に触れるだけのキスを落とす。


 何度も、ついばむようにそれを繰り返した。


 そして頬に、耳に、まぶたに、首筋に――顔をうずめて唇を押し当てると、キューシーが小さく「あっ」と声をあげる。


 メアリーは、経験もないくせに、乞われて対応できてしまう自分が少し怖いとも思う。




「ね、ねえ、メアリー……さすがに、ここじゃ……」


「近くの誰もいないホテルと、私の部屋――どっちにしますか?」


「……部屋までは、待てそうにないわ」


「では、ホテルを勝手に使ってしまいましょう」




 メアリーは微笑むと、両手でキューシーを軽々と抱えあげる。


 こうしてキューシーは泡沫の夢のような“抜け駆け”をしてから、キャプティスに戻っていった。



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