鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
kiki
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063 塔が悪魔を堕とす日

公開日時: 2020年11月4日(水) 17:28
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:13
文字数:5,250

 



 ノーテッドはマジョラーム本社ビルの窓から、その戦いを食い入るように見つめていた。


 その瞳には涙が浮かぶ。


 ここにビルを建てたのは、キャプティスを見渡せるから。


 その繁栄の様を、リアルタイムで彼は見続けてきたのだ。


 だが今日この日、積み上げてきた全ては、積み木のように崩れていく。


 幸運なことに、本社と、ドゥーガンが建てたあのロミオタワーだけは無事だ。


 いや、幸運というよりは、皮肉と呼ぶべきだろうか。


 ひょっとすると、それはドゥーガンにわずかに残った良心だったのかもしれない――などと都合のいいこと考え、ノーテッドは思わず自分で自分を笑った。




「こうなった以上、僕が望むことはただ一つだ。キューシー……どうか生きて戻ってきてくれ」




 彼にはもはや、そう祈ることしかできない。


 それ以外に望んだものは、もうとっくに、すべて壊れてしまったから。


 唇を噛み、涙に潤む目に、噴き上がる炎が反射する――




 ◇◇◇




 天上より降り注ぐ光を前に、メアリーにできることは、ただただ避けることのみ。


 幸い、こういった状況ではアルカナ『スター』が役に立つ。


 アルカナ側も、メアリーを励ましているつもりなのか、わざわざフランシスの姿で彼女を導いた。




「づうぅぅっ! 次、後ろに飛びます! 着地したら右に移動を!」


「わかった、お姉ちゃん! っ、はぁ、はぁ……!」




 メアリーとアミ、二人の額には汗が浮かぶ。


 ここまでの連戦で、体力的、魔力的にも消耗が大きい。


 何よりこの骨の巨人は、そもそもが長期戦を想定して作られたものではない。


 維持するだけでごっそりと魔力を持っていかれるのだ――いくら死体を食い尽くし補充・・しても、あと何分続けられるか。


 もっとも、それが切れるよりも、ドゥーガンの放つ光がメアリーを貫くほうが先かもしれないが。




「次は前に突っ込みます!」


「でもそれじゃあ腕が!」


「体を軽くしたら次に間に合います! おおおぉぉおおおッ!」




 前方より地面を焼きながら迫る二本の“線”。


 そこにあえてメアリーは突っ込むと、右腕を捧げてもう一本を回避。


 続けて襲いくる光線は、軽くなった体で飛んで回避した。


 着地と同時に前に転がる。


 次、足を付いた瞬間にアミの車輪で移動――勢いを付けて跳躍し、追撃を振り払う。


 常にギリギリの戦いが続く。


 だが長引くほどに、メアリーたちが不利になるばかり。




「また来る……キューシーたちも大変そうだよ!」




 メアリーは視界の端で、離れて戦う二人の姿を見た、


 キューシーはカラリアを抱えたまま、上下左右に高速で飛び回っていた、


 彼女は必死の形相で歯を食いしばっている。


 カラリアは大声で何かを主張しているようだが、キューシーは耳をかさないようだった。


 しかし二人の表情からして、余裕がないのは間違いない。


 あちらも長持ちしないのは同様――




(私がどうにかするしかないんです。たとえ届かなかったとしても、どうにかしてあれを撃ち落とさないと!)




 ドゥーガンの攻撃はかなり本能的だ。


 彼が操られていると言っても、そこまで細かい指示は出せないのか、ただただ大雑把に敵を狙うばかり。


 それでもメアリーたちはギリギリで回避できているのが現状なのだから、もしドゥーガン自身に知能が残っていたのなら、とっくにやられていただろう。


 おかげで、わずかに隙が生じることがある。


 特に連続して光がこちらに向かってきて、その全てを避けた直後――そこに反撃のチャンスがあった。


 巨人は飛び上がり、宙返りし、着地する。


 衝撃で地面は沈み、瓦礫が宙に浮き上がる。


 すかさず巨人は右腕を夜空にかかげ、その前腕そのものを弾丸として射出した。




埋葬砲ベリアルカノン、これでどうですかッ!」




 反動で全身が揺れ、かかとが沈む。


 天上のドゥーガンめがけて放たれた砲撃は、見事に空中の彼まで到達。


 そして、大きく口を開いた雌しべの顔に、粉々に噛み砕かれた。


 メアリーからはその詳細までは見えないが、命中せずに消えたことだけは伝わってくる。




「お姉ちゃん、効いたの?」




 アミに聞かれて、彼女は静かに首を振った。


 さすがのアミの表情にも、焦りが浮かぶ。




「あいつ……思ってたより、強いね」




 一瞬だけ止まった、光による攻撃が再開する。


 再びメアリーは、アミとのコンビネーションで回避を始めるが、その動きはわずかに鈍い。


 明らかに、精神面、肉体面での疲労が現れていた。




「何か……何か方法を探さないと。このままでは……!」


「お姉ちゃん……他のアルカナ、何とか使えないかな」


「『死神デス』と『スター』は使える限りの力は出しています。『吊られた男ハングドマン』も同様です。あとは『タワー』と『隠者ハーミット』ですが、『隠者』で時間稼ぎは可能でも、その間はカラリアさんたちが危険に晒されてしまいます……」


「使えるのは、『塔』と『隠者』……うぅーん、それで、どうやってドゥーガンを倒したらいいの……?」


「『塔』……塔……?」




 攻撃を避けながら思案するメアリーの視界に映ったのは、街の中央にそびえ立つロミオタワー。


 それは全ての始まりであり、全てが終わった場所でもある。




「塔……そうか、塔です! あれならッ!」


「お姉ちゃん?」


「アミちゃん、一旦降りてもらってもいいですか? ここから先は、私だけで行きます」


「私に手伝えることはない?」


「十分に――十分すぎるほどに助けてもらいました。危険な場所に置き去りにしてしまうことを謝らなければなりません」


「それは平気だよ。私、かけっこは得意だもん!」




 そう言って、笑いながら飛び降りるアミ。


 彼女が着地したのを見届けると、少しでも危険から遠ざけるため、メアリーは急いで走った。


 アミがいなくなったことで、機動性はガタ落ちだ。


 避け続けるのは難しい。


 なので、アミのいる場所から狙いが遠ざかったところを見はかからって――




「キューシーさん、カラリアさんすいません、少しだけ時間稼ぎをお願いします! 秘神武装アルカナインストール『隠者』ッ!」




 食らったばかりのマグラートのアルカナを発動させる。


 それを使うこどで、メアリーが――つまり、彼女の生み出した巨人そのものが姿を消す。


 気配も、匂いも、音も、何もかもが消え、天空を舞うドゥーガンから完全に隠蔽される。


 一時的に攻撃が止まる。


 敵の動揺は明らかだった。




 ◇◇◇




 メアリーが突如として消えたことで、キューシーは戸惑う。




「消えた? まさか魔力切れかしら」


「それにしては急すぎる。確か、姿を消すアルカナを食ったと言っていたな」


「それを使ったっていうの? じゃあ、おじさんの狙いはわたくしたちに集中する――」


「時間稼ぎのオーダーのようだ」


「あの子も人使いが荒いんだから。わかったわよ、そっちもやってやるわ」


「請求が怖いな。私は降ろしてくれていいが」


「付き合いなさい、一人で死ぬのは嫌だから」


「重いだろうに。その分だけ割増はないだろうな?」


「生きて帰ったら考えるわ!」




 頭上で光が瞬く。


 ドゥーガンの攻撃が再開する。


 気合を入れ直したキューシーは、カラリアを抱えたまま、囮として夜空を舞った。




 ◇◇◇




 キャプティスには、まだ使える塔が残っている。


 それはドゥーガンにとって、息子との思い出の建物だろう。


 残っているのは、わずかに残った彼の自我がそうさせているのか。


 だったらいいのに、とメアリーは笑う。


 ドゥーガンが謎のアルカナ使いに操られている今、そんな彼を殺したって復讐者としては満たされない。


 彼は正気を穢さなければ、意味がないのだ。


 もちろん、復讐のためだけに、その塔を破壊・・するわけではないのだが。


 骨の巨人はロミオタワーに近づくと、右腕をブレードに変えた。


 大きく振りかぶり、その根本を切断する。


 攻撃が発動した時点で、『隠者』による隠蔽は解除された。


 ドゥーガンがメアリーの所在に気づく。


 巨人が二撃目を当てると、ロミオタワーは根本から折れた。


 地面から切り離されたそれを、両腕で抱える。




「秘神武装、『塔』!」




 巨人は右手をタワーのに当て、左手でを支え、それを抱えたまま助走・・を開始した。


 ドゥーガンは、ターゲットをキューシーからメアリーに変更、指を向ける。


 十分な加速を得ると、巨人は投擲の姿勢に入る。


 槍投げならぬ、塔投げ・・・だ。




「い、いや、え……そのための時間稼ぎだったわけぇ!?」


「は、はははははっ! なんて馬鹿げた発想だ!」




 思わずキューシーとカラリアは叫んだ。




「うわあぁ……お姉ちゃん、かっこいい! いっけー! やっちゃえーっ!」




 アミは飛び跳ねて、メアリーを応援する。


 その声はどれも遠いのでメアリーまで届かないが――彼女とて、これが馬鹿げた策だということはわかっている。


 だが、相手の存在そのものが馬鹿げているのだ。


 作戦が馬鹿で何が悪い。


 そう開き直り、思い切ってロミオタワーをぶん投げた。




「はあぁぁぁぁぁぁあああああッ!」




 猛々しい咆哮とともに、右手を離れていく塔。


 それは目撃者たちが想像した、数倍のスピードで天に向かって打ち出された。


 まず、その質量を考えれば、持ち上げるだけで精一杯のはずだ。


 助走をして、放り投げることなど不可能。


 それを補ったのが、『塔』のアルカナである。


 巨人は腕をわずかに沈み込ませ、塔と一体化した。


 そして放り投げる直前、壁がせり出すのと同じ原理で、塔の“底”を動かし、勢いを付けたのだ。


 もちろん巨人側も、投げる瞬間に手のひらの骨を突き出して、さらに初速を高める。




「あんな巨大なものが、空まで届くの?」


「あのスピードなら届くだろう。だが、届いたとしても――“塔”そのものは、ただの石の塊だ」




 魔力で強化されたメアリーの砲撃が噛み砕かれて終わりだったのだ。


 それが直撃したとしても、ドゥーガンに有効なダメージを与えられるとは思えない。


 カラリアとキューシーが空に打ち出された塔を目で追う中、地上から観戦していたアミはまっ先に気づく。




「あれ? お姉ちゃん、どこに行っちゃったの?」




 骨の巨人が、崩れてゆく。


 その中にメアリーの姿はない。


 『隠者』を発動させたわけではないのに、忽然と姿を消したのだ。


 天上から見下ろすドゥーガンも、それに気づいていた。


 ゆえに戸惑い、光線による攻撃を中断している。


 花から伸びるドゥーガンの巨大な顔は、その視線を飛来する塔に集中させる。


 そして、雌しべについたひときわ大きな顔が、頬が裂けるまで口を大きく開くと――塔の鋭い先端を、ガゴンッと噛み砕いた。


 続けて高速で口を開閉させ、巨大なロミオタワーの全てを粉砕してしまうドゥーガン。


 再び静けさを取り戻すキャプティス上空。


 じっと焼け野原になった街を見つめるドゥーガンだったが――その肩の上に、ちょこんと少女が立っている。


 それは、黒と白のドレスを纏ったメアリーだった。




「ふぅ……なんとかここまで来れました」




 彼女は塔に潜んでいた、


 つまり投げたのは攻撃ではなく――移動手段だったのだ。


 大げさな演出は、本来の狙いを悟らせないためのカモフラージュ。


 その存在にドゥーガンが気づいたとき、彼女はすでに背中まで移動していた。


 そして羽ばたく翼の前に立つと、アルカナの能力を発動させる。




死者万人分のミリアドコープス虚葬鎧ベリアルガイスト




 それは、あの巨人を生み出した魔術。


 今度は地上ではなく、ドゥーガンの背中の上で生み出される。




「ウアァァァァァ――」




 鬱陶しそうに体をよじる化物。


 だがすでに骨の巨人の上半身は完成しており、その手で翼の根本をがっしりと掴んでいた。




「よかった。どうやって倒そうか悩んでいたんです。こんな巨大な体を一気に潰す方法なんて、なかなか見当たらないので」




 翼を握る手に力がこもる。


 ブチブチッ、ぶちゅっ、と痛々しい音が響く。




「でも、自分から高い場所に行ってくれたおかげで見つけました」




 ついには完全に翼は千切れ、飛ぶ手段を失ったドゥーガンの自由落下がはじまる。


 当然、すぐに次の翼を生やそうとするが、背中に陣取ったメアリーがそれを許すはずもない。




「悪あがきはやめなさい! あなただって、もうこれ以上の醜態など晒したくないでしょうッ!」




 生えたそばから、腕を変形させたブレードでザクザクと切り刻む。


 そうしているうちに骨の巨人が完成。


 重量が増したことで、さらに落下スピードは上がった。




「アアァァァァ――ァァァァァァァ――」




 迫る終わりを前に、ドゥーガンはわずかに断末魔めたいうめき声を漏らす。


 だが逃げられない。


 重力が彼を死へと引き寄せる。


 死神が彼を死へと突き落とす。




「これで終わりです、ドゥーガンッ!」




 もはや逃げ道はない。


 結局、一度も減速することはなく、ドゥーガンは真正面から地面に衝突した。


 ドオォォォン――と爆発にも似た音が響く。


 激突の衝撃は、接地面から波のように全身に伝わってゆく。


 その形を維持していた表面の力が破れ、支えを失った中身が溢れ出す。


 肉が潰れ、弾ける。


 噴き出した血は氾濫した川のように周囲を汚す。


 骨は砕け、はらわたは飛び散り、仕上げ・・・とでも言わんばかりに、キャプティスの中心に死の花を咲かせた。




「はぁ……はぁ……はぁ……」




 巨人は、辛うじて残ったドゥーガンの首を掴み、地面に押し付けるような体勢のまま止まった。


 落下の衝撃で手足の何箇所かが砕けていたが、些細な問題である。


 彼の役目は終わった。


 あとは生身のメアリーだけで十分だ。




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