メアリーたちは、休憩を挟み、昼過ぎにはフィーダムに到着していた。
街の規模はキャプティスの四分の一ほど。
人口も一万人に及ばないほどだが、道路などは整備されている。
また街中も清掃が行き届いており、パっと見ただけで治安が良いことはわかった。
街の中央には大きな教会もある。
塔の頂上に飾られた、宗教のシンボルマークを模したオブジェは、街の象徴のようであった。
しかし車は街の中心地を通り過ぎ、外れの方を目指す。
そちらには、煙を吐き出す工場が見えた。
マジョラームの魔導銃工場である。
そこから少し離れた駐車場に車を停めると、四人は工場に向かって歩きだした。
「街中と違って、このあたりは風情がないな」
「草ばっかりで何も無いね」
「工場なんてそんなものよ、ユークム海岸と比べられても困るわ」
「キューシーさん、これから向かうのって魔導銃の工場なんですよね」
「そうよ、フィーダム支部。あの街がそこそこ裕福なのは、うちの工場があるおかげなの」
「でもミゼルマ教って、戦いを嫌っていた気がします。よく銃の工場なんて作れましたね」
「ミゼルマ教?」
「聞いたことのない宗教だな」
アミはカラリアはそれを知らないようだ。
二人にメアリーが解説する。
「フィーダムを中心に、王国の一部で信仰されている宗教なんです。代々、ミゼルマという神様の生まれ変わりを決めて教祖にして、その人物を神様の代わりに崇拝するんですけど……」
「神の生まれ変わり、か。選ばれる条件はあるのか?」
「外見と聞いたことがあります。髪の色は確か赤で……体型も条件があったような」
「血筋というわけではないのか。その雰囲気だと、王国全土に広がっているわけではなさそうだな」
「ええ、ですが教祖は地域内で強い権力を発揮します。それこそ、領主である貴族をも越えるほどに」
「貴族よりもすごいって、何だか喧嘩になりそうだね」
「そう、だから喧嘩になったのよ。それで先代の国王に粛清された過去があってね、それから余計に王国との関係は悪化したってわけ」
「そこにマジョラームが漬け込んだわけか」
「……それは否定しないわ」
否定どころか、ずばりその通りである。
王国と敵対したのはいいものの、ミゼルマ教には内戦を起こすほどの戦力はなく、税金を絞り上げられてお金もない。
そこでマジョラームが工場を建てる交渉をしたのだ。
ミゼルマ側は背に腹は代えられず、教義を曲げてそれを許諾。
かれこれ十年以上が経過し、もはや工場はこの街になくてはならない存在となった。
「とはいえ、工場内に祭壇を作ったり、お祈りの時間を取ったりして、かなり配慮はしてるのよ?」
「王国がマジョラームを排除しきれないのは、そういった気配りがあったからだと思います」
「現地の生活に、しっかり根付せるわけだな」
「畑に紛れる雑草みたいだね!」
「さんざんな言われようだわ……商売ってそういうものなのよ」
話しているうちに、工場まで到着した。
キューシーは、敷地の入り口にある守衛室に声をかける。
だが、中を覗き込んでも誰もいなかった。
「おかしいわね、連絡は入れてるのに」
「勝手に入っちゃえばいいんじゃない?」
「そうね……わたくしならそれでも問題ないでしょうけど」
「出迎えがなくても、怒りはしないんだな」
「わたくしは別にね。ただ、他の幹部はそうもいかないから、一応注意はしてるわ」
キューシーは、幹部の中ではかなり優しいほうらしい。
とはいえ、怒るときは怒る。
さすがに守衛室に誰もいないのは、出迎え云々以前の問題だ。
軽く苦言でも呈すつもりで敷地に入るキューシーたちだったが――
「なーんか、妙に静かね」
「今日は休みなんでしょうか」
「そんなはず無いわ、連絡だって入れたんだから」
「……だとすると」
「アルカナかもね!」
アミの言葉に、眉をひそめるキューシー。
「こっちに来ること、オックスに読まれてたってこと?」
「それにしては早すぎる気もしますが」
「とりあえず中に――」
カラリアがそう言いかけたとき、工場内からヂリリリリリッ! とけたたましい警報が鳴り響いた。
「何の音っ!?」
「これは……火災報知のアラームだわ」
「キューシーさん、あそこの窓から煙が出てます!」
「どうする?」
「まずは消してから考えましょう」
「じゃあ私がやるー!」
車輪を生み出そうとするアミ。
「待て、そこまでやる必要はない」
それをカラリアが止める。
すると工場の天井から水が降り注ぎはじめた。
「あ、すごい。勝手に水が出てる! 魔術なのかな?」
「さすがマジョラームの工場ですね、ちゃんと鎮火できたみたいですよ」
しばらく見ていると、火は消えたものの、誰もそこに現れる様子はない。
当然、外に避難する者も。
「私が中を確認する、メアリーたちは外を見ておいてくれ!」
真っ先にカラリアが、割れた窓ガラスから内部に突っ込んだ。
彼女がそこで見たものは、魔導銃のパーツを自動生産する設備が焼け焦げた光景だった。
部品と部品の間には、鉱石の破片が詰まっており、それが原因で故障が発生、発火したものと思われる。
「魔術による外部からの攻撃ではない。しかし、これは……」
それ以上に彼女が気になったのは、工場内に立ち並ぶ無数の石像だった。
顔は仮面を被ったようにのっぺりとしており、服は着ていないように見えるが、裸と言える特徴もない。
体つきは平坦で、そこから性別を判別するのは不可能。
身長はカラリアより低く――成人女性の平均程度と思われる。
「カラリアさーん、どうでしたかー!」
メアリーの呼び声に、彼女は窓まで駆け寄り状況を報告した。
「工場内には誰もいない。そのせいで、設備の異常に対応できる人間が誰もいなかったんだろう」
「燃えた原因はそれってこと? というか誰もいないってどういうことよ」
「言葉通りだ。代わりに、不気味な石像が立ち並んでいるがな」
メアリーとキューシーは顔を突き合わせ、首をかしげた。
二人の後ろで、アミは中を見ようと飛び跳ねている。
説明だけでは理解できない三人は、工場内部へ潜入。
そこで、その異様な光景を目にする。
「なんですか、この石像……」
「従業員が変えられたとでもいうの?」
「この石像、背中に何か書いてあるよ! 私は読めないけど……お姉ちゃんなら読める?」
アミにそう言われ、メアリーは石像の背中を見た。
そこには文章が刻まれている。
「この者、三の戒律に反した者也」
「わたくしの方も同じ文章が書いてありますわ」
「こちらもだ。文字の形も……まったく同じようだな」
「難しいこと言ってるね。三? かいりつ?」
「戒律というのは、宗教に入った人が守らなければならない決まりのようなものです」
「それを破ったから……石にされちゃった?」
そんな芸当ができる魔術師は、アルカナ使い以外にいない。
すでにここが、敵のアルカナ使いの支配下にあるのは間違いないだろう。
「結局、こっちに来るのが読まれてたってことじゃない!」
「情報を漏らしたのはオックスか、それともフィリアスか」
「どちらでも無い可能性もあります。消息不明のアルカナ使いが全て私たちの敵に回るのなら、行く先を全て埋めることは容易ですから」
「そうね……そう考えたほうが、ハズレを引いた気分にならずに済むわね」
「これ、私たちみたいなアルカナ使いでも、一瞬で石にされちゃうのかな?」
「試すにはリスキーすぎる。ひとまず、工場内を探索して手がかりを得るか」
「そうですね。念の為ペアで行動して、何かあったらすぐに声を出しましょう」
アミは、真っ先にメアリーにくっついた。
自ずと、キューシーはカラリアと組むことになる。
二組は手分けして工場の中を探索した。
しかし見つかるのは、どれもこれも“三の戒律”と書かれた石像ばかり。
「同じ顔ばっかり見てると飽きてきちゃうね」
「どれも代わり映えしないですからね……」
せめて、他の戒律が見えなければ、三の戒律が何なのか判断する方法がない。
すると、工場と事務室の境目に位置する場所で、メアリーは初めてそれを発見する。
「あ、これ……二の戒律って書いてあります!」
「おお、本当だ! でも……」
「それ以外は一緒、ですね」
顔も、形も、大きさも、何もかもが同じ。
唯一の違いと言えば、その足元に芯の出たペンが落ちていることぐらいだろうか。
手がかりらしい手がかりを見つけられず、入ってきた窓のところまで戻るメアリーとアミ。
すると少しして、キューシーが戻ってきた。
彼女は視線が定まっておらず、口元に手を当ててよろよろと歩いている。
「キューシーさん、顔が真っ青ですよ。何かあったんですか?」
メアリーに問われ、キューシーは首を横に振ってから、ゆっくりと答えた。
「……わからないの」
「わからないって言われても、私たちもわからないよ?」
「だから、わたくしにもわからないのよっ! さっきまですぐそこにいたはずなのに……カラリアが……いなくなって」
「カラリアさんがっ!?」
メアリーが目を見開く。
そしてすぐに駆け出そうとしたが、その腕をキューシーが掴んで止めた。
「待ちなさいっ!」
「でも、カラリアさんが危ないんじゃ!」
「たぶん……もう、手遅れ……なのよ」
「な、なにを……」
「さっき、わたくしは、カラリアと一緒に歩いてたわ。でも途中で、ほんの数秒だけ別の方向を向いたの。そしたら、彼女の声がわずかに聞こえて、ガチャンって何かが落ちる音がして――振り向いたら、あいつの、二丁拳銃が落ちてたの」
そう言いながらも、キューシーはマキナネウスを持ち帰ってきてはいない。
放置したまま、ここまで走ってきたのだ。
「そして、カラリアが立ってた場所には……その、石像が立ってたの」
「じゃあ、カラリアさんは……」
「……たぶん、石像に変えられたのよ。“戒律”を犯したせいで」
キューシーの声が震えている。
カラリアは、魔術に耐性を持つ体質だったはずだ。
そんな彼女ですら、声も出せず、一瞬で石像に変えられる――それを真横で体感したのだ。
さぞ恐ろしかったに違いない。
「キューシー……」
アミは心配そうに彼女を見つめた。
悔しさに唇を噛み、恐怖に肩を震わすキューシー。
メアリーは正直、まだ実感が湧いていなかったが――彼女を慰めるべく、そっと抱き寄せて頭を撫でた。
「……ありがと」
子供じゃない、と振り払われるかとも思ったが、今はそんな余裕もないらしい。
キューシーはメアリーの体温を感じながら、何度か深呼吸を繰り返した。
そして少しだけ気持ちを落ち着けると、言葉を続ける。
「まだ、敵の正体はよくわからないけど……おそらく“三の戒律”は、銃に触れることよ」
「あ、そっか……ここって魔導銃の工場だったね」
「パーツを触っただけでもアウトとなると、そりゃ全員引っかかるわけだわ」
「それでみんなが、こんな状態に……」
おそらくカラリアは、手癖でマキナネウスに触れたのだろう。
たったそれだけの行為で、彼女は石像に変えられた。
あまりに理不尽で、強烈な能力である。
しかもそれが三の戒律ということは――少なくとも、あと二つは戒律があるということだ。
「メアリー、早くここから出ましょう、これ以上、戦力を失うわけにはいかないわ!」
「待ってください! その前に――カラリアさんを、見てきてもいいですか?」
「……見たってわからないわよ」
「それでも、念の為に」
キューシーは気乗りしない様子だったが、メアリーとアミをそこまで連れて行ってくれた。
案内された場所にあったのは、他のと変わらない石像。
ただし、足元にはカラリアの使っていた二丁拳銃が落ちている。
「カラリアかどうか、全然わかんないね」
「ですがあの銃は、間違いなく――」
「だから言ったじゃない。早く出ましょう、そうしないと助けられるものも助けられないわ!」
術者を倒せば、元に戻るという保証もない。
しかし今は、そう信じるしかなかった。
三人は急いで工場から出た。
工場の外観は、数分前に見たものと同じなのに、今はまるで別物に思える。
冷たく、無機質で、全ての生命を拒むような――
「ここに生きた人間の気配はありません」
「じゃあ、アルカナ使いはどこにいるんだろ」
「……街に向かうわよ。潜むなら、人混みの中が一番だわ」
キューシーは絞り出すようにそう言って、工場に背を向け歩きだす。
メアリーとアミもそれに続き――新たな殺し合いは、静かに幕を開けた。
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