鮮血王女、皆殺す

~家族に裏切られ、処刑された少女は蘇り、『死神』となって復讐する~
kiki
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073 神罰

公開日時: 2020年11月16日(月) 17:00
更新日時: 2023年3月1日(水) 00:15
文字数:4,938

 



 メアリーたちは、休憩を挟み、昼過ぎにはフィーダムに到着していた。


 街の規模はキャプティスの四分の一ほど。


 人口も一万人に及ばないほどだが、道路などは整備されている。


 また街中も清掃が行き届いており、パっと見ただけで治安が良いことはわかった。


 街の中央には大きな教会もある。


 塔の頂上に飾られた、宗教のシンボルマークを模したオブジェは、街の象徴のようであった。


 しかし車は街の中心地を通り過ぎ、外れの方を目指す。


 そちらには、煙を吐き出す工場が見えた。


 マジョラームの魔導銃工場である。


 そこから少し離れた駐車場に車を停めると、四人は工場に向かって歩きだした。




「街中と違って、このあたりは風情がないな」


「草ばっかりで何も無いね」


「工場なんてそんなものよ、ユークム海岸と比べられても困るわ」


「キューシーさん、これから向かうのって魔導銃の工場なんですよね」


「そうよ、フィーダム支部。あの街がそこそこ裕福なのは、うちの工場があるおかげなの」


「でもミゼルマ教って、戦いを嫌っていた気がします。よく銃の工場なんて作れましたね」


「ミゼルマ教?」


「聞いたことのない宗教だな」




 アミはカラリアはそれを知らないようだ。


 二人にメアリーが解説する。




「フィーダムを中心に、王国の一部で信仰されている宗教なんです。代々、ミゼルマという神様の生まれ変わりを決めて教祖にして、その人物を神様の代わりに崇拝するんですけど……」


「神の生まれ変わり、か。選ばれる条件はあるのか?」


「外見と聞いたことがあります。髪の色は確か赤で……体型も条件があったような」


「血筋というわけではないのか。その雰囲気だと、王国全土に広がっているわけではなさそうだな」


「ええ、ですが教祖は地域内で強い権力を発揮します。それこそ、領主である貴族をも越えるほどに」


「貴族よりもすごいって、何だか喧嘩になりそうだね」


「そう、だから喧嘩になったのよ。それで先代の国王に粛清された過去があってね、それから余計に王国との関係は悪化したってわけ」


「そこにマジョラームが漬け込んだわけか」


「……それは否定しないわ」




 否定どころか、ずばりその通りである。


 王国と敵対したのはいいものの、ミゼルマ教には内戦を起こすほどの戦力はなく、税金を絞り上げられてお金もない。


 そこでマジョラームが工場を建てる交渉をしたのだ。


 ミゼルマ側は背に腹は代えられず、教義を曲げてそれを許諾。


 かれこれ十年以上が経過し、もはや工場はこの街になくてはならない存在となった。




「とはいえ、工場内に祭壇を作ったり、お祈りの時間を取ったりして、かなり配慮はしてるのよ?」


「王国がマジョラームを排除しきれないのは、そういった気配りがあったからだと思います」


「現地の生活に、しっかり根付せるわけだな」


「畑に紛れる雑草みたいだね!」


「さんざんな言われようだわ……商売ってそういうものなのよ」




 話しているうちに、工場まで到着した。


 キューシーは、敷地の入り口にある守衛室に声をかける。


 だが、中を覗き込んでも誰もいなかった。




「おかしいわね、連絡は入れてるのに」


「勝手に入っちゃえばいいんじゃない?」


「そうね……わたくしならそれでも問題ないでしょうけど」


「出迎えがなくても、怒りはしないんだな」


「わたくしは別にね。ただ、他の幹部はそうもいかないから、一応注意はしてるわ」




 キューシーは、幹部の中ではかなり優しいほうらしい。


 とはいえ、怒るときは怒る。


 さすがに守衛室に誰もいないのは、出迎え云々以前の問題だ。


 軽く苦言でも呈すつもりで敷地に入るキューシーたちだったが――




「なーんか、妙に静かね」


「今日は休みなんでしょうか」


「そんなはず無いわ、連絡だって入れたんだから」


「……だとすると」


「アルカナかもね!」




 アミの言葉に、眉をひそめるキューシー。




「こっちに来ること、オックスに読まれてたってこと?」


「それにしては早すぎる気もしますが」


「とりあえず中に――」




 カラリアがそう言いかけたとき、工場内からヂリリリリリッ! とけたたましい警報が鳴り響いた。




「何の音っ!?」


「これは……火災報知のアラームだわ」


「キューシーさん、あそこの窓から煙が出てます!」


「どうする?」


「まずは消してから考えましょう」


「じゃあ私がやるー!」




 車輪を生み出そうとするアミ。




「待て、そこまでやる必要はない」




 それをカラリアが止める。


 すると工場の天井から水が降り注ぎはじめた。




「あ、すごい。勝手に水が出てる! 魔術なのかな?」


「さすがマジョラームの工場ですね、ちゃんと鎮火できたみたいですよ」




 しばらく見ていると、火は消えたものの、誰もそこに現れる様子はない。


 当然、外に避難する者も。


 


「私が中を確認する、メアリーたちは外を見ておいてくれ!」




 真っ先にカラリアが、割れた窓ガラスから内部に突っ込んだ。


 彼女がそこで見たものは、魔導銃のパーツを自動生産する設備が焼け焦げた光景だった。


 部品と部品の間には、鉱石の破片が詰まっており、それが原因で故障が発生、発火したものと思われる。




「魔術による外部からの攻撃ではない。しかし、これは……」




 それ以上に彼女が気になったのは、工場内に立ち並ぶ無数の石像だった。


 顔は仮面を被ったようにのっぺりとしており、服は着ていないように見えるが、裸と言える特徴もない。


 体つきは平坦で、そこから性別を判別するのは不可能。


 身長はカラリアより低く――成人女性の平均程度と思われる。




「カラリアさーん、どうでしたかー!」




 メアリーの呼び声に、彼女は窓まで駆け寄り状況を報告した。




「工場内には誰もいない。そのせいで、設備の異常に対応できる人間が誰もいなかったんだろう」


「燃えた原因はそれってこと? というか誰もいないってどういうことよ」


「言葉通りだ。代わりに、不気味な石像が立ち並んでいるがな」




 メアリーとキューシーは顔を突き合わせ、首をかしげた。


 二人の後ろで、アミは中を見ようと飛び跳ねている。


 説明だけでは理解できない三人は、工場内部へ潜入。


 そこで、その異様な光景を目にする。




「なんですか、この石像……」


「従業員が変えられたとでもいうの?」


「この石像、背中に何か書いてあるよ! 私は読めないけど……お姉ちゃんなら読める?」




 アミにそう言われ、メアリーは石像の背中を見た。


 そこには文章が刻まれている。




「この者、三の戒律に反した者也」


「わたくしの方も同じ文章が書いてありますわ」


「こちらもだ。文字の形も……まったく同じようだな」


「難しいこと言ってるね。三? かいりつ?」


「戒律というのは、宗教に入った人が守らなければならない決まりのようなものです」


「それを破ったから……石にされちゃった?」




 そんな芸当ができる魔術師は、アルカナ使い以外にいない。


 すでにここが、敵のアルカナ使いの支配下にあるのは間違いないだろう。




「結局、こっちに来るのが読まれてたってことじゃない!」


「情報を漏らしたのはオックスか、それともフィリアスか」


「どちらでも無い可能性もあります。消息不明のアルカナ使いが全て私たちの敵に回るのなら、行く先を全て埋めることは容易ですから」


「そうね……そう考えたほうが、ハズレを引いた気分にならずに済むわね」


「これ、私たちみたいなアルカナ使いでも、一瞬で石にされちゃうのかな?」


「試すにはリスキーすぎる。ひとまず、工場内を探索して手がかりを得るか」


「そうですね。念の為ペアで行動して、何かあったらすぐに声を出しましょう」




 アミは、真っ先にメアリーにくっついた。


 自ずと、キューシーはカラリアと組むことになる。


 二組は手分けして工場の中を探索した。


 しかし見つかるのは、どれもこれも“三の戒律”と書かれた石像ばかり。




「同じ顔ばっかり見てると飽きてきちゃうね」


「どれも代わり映えしないですからね……」




 せめて、他の戒律が見えなければ、三の戒律が何なのか判断する方法がない。


 すると、工場と事務室の境目に位置する場所で、メアリーは初めてそれを発見する。




「あ、これ……二の戒律って書いてあります!」


「おお、本当だ! でも……」


「それ以外は一緒、ですね」




 顔も、形も、大きさも、何もかもが同じ。


 唯一の違いと言えば、その足元に芯の出たペンが落ちていることぐらいだろうか。


 手がかりらしい手がかりを見つけられず、入ってきた窓のところまで戻るメアリーとアミ。


 すると少しして、キューシーが戻ってきた。


 彼女は視線が定まっておらず、口元に手を当ててよろよろと歩いている。




「キューシーさん、顔が真っ青ですよ。何かあったんですか?」




 メアリーに問われ、キューシーは首を横に振ってから、ゆっくりと答えた。




「……わからないの」


「わからないって言われても、私たちもわからないよ?」


「だから、わたくしにもわからないのよっ! さっきまですぐそこにいたはずなのに……カラリアが……いなくなって」


「カラリアさんがっ!?」




 メアリーが目を見開く。


 そしてすぐに駆け出そうとしたが、その腕をキューシーが掴んで止めた。




「待ちなさいっ!」


「でも、カラリアさんが危ないんじゃ!」


「たぶん……もう、手遅れ……なのよ」


「な、なにを……」


「さっき、わたくしは、カラリアと一緒に歩いてたわ。でも途中で、ほんの数秒だけ別の方向を向いたの。そしたら、彼女の声がわずかに聞こえて、ガチャンって何かが落ちる音がして――振り向いたら、あいつの、二丁拳銃が落ちてたの」




 そう言いながらも、キューシーはマキナネウスを持ち帰ってきてはいない。


 放置したまま、ここまで走ってきたのだ。




「そして、カラリアが立ってた場所には……その、石像が立ってたの」


「じゃあ、カラリアさんは……」


「……たぶん、石像に変えられたのよ。“戒律”を犯したせいで」




 キューシーの声が震えている。


 カラリアは、魔術に耐性を持つ体質だったはずだ。


 そんな彼女ですら、声も出せず、一瞬で石像に変えられる――それを真横で体感したのだ。


 さぞ恐ろしかったに違いない。




「キューシー……」




 アミは心配そうに彼女を見つめた。


 悔しさに唇を噛み、恐怖に肩を震わすキューシー。


 メアリーは正直、まだ実感が湧いていなかったが――彼女を慰めるべく、そっと抱き寄せて頭を撫でた。




「……ありがと」




 子供じゃない、と振り払われるかとも思ったが、今はそんな余裕もないらしい。


 キューシーはメアリーの体温を感じながら、何度か深呼吸を繰り返した。


 そして少しだけ気持ちを落ち着けると、言葉を続ける。




「まだ、敵の正体はよくわからないけど……おそらく“三の戒律”は、銃に触れることよ」


「あ、そっか……ここって魔導銃の工場だったね」


「パーツを触っただけでもアウトとなると、そりゃ全員引っかかるわけだわ」


「それでみんなが、こんな状態に……」




 おそらくカラリアは、手癖でマキナネウスに触れたのだろう。


 たったそれだけの行為で、彼女は石像に変えられた。


 あまりに理不尽で、強烈な能力である。


 しかもそれが三の戒律ということは――少なくとも、あと二つは戒律があるということだ。




「メアリー、早くここから出ましょう、これ以上、戦力を失うわけにはいかないわ!」


「待ってください! その前に――カラリアさんを、見てきてもいいですか?」


「……見たってわからないわよ」


「それでも、念の為に」




 キューシーは気乗りしない様子だったが、メアリーとアミをそこまで連れて行ってくれた。


 案内された場所にあったのは、他のと変わらない石像。


 ただし、足元にはカラリアの使っていた二丁拳銃が落ちている。




「カラリアかどうか、全然わかんないね」


「ですがあの銃は、間違いなく――」


「だから言ったじゃない。早く出ましょう、そうしないと助けられるものも助けられないわ!」




 術者を倒せば、元に戻るという保証もない。


 しかし今は、そう信じるしかなかった。


 三人は急いで工場から出た。


 工場の外観は、数分前に見たものと同じなのに、今はまるで別物に思える。


 冷たく、無機質で、全ての生命を拒むような――




「ここに生きた人間の気配はありません」


「じゃあ、アルカナ使いはどこにいるんだろ」


「……街に向かうわよ。潜むなら、人混みの中が一番だわ」




 キューシーは絞り出すようにそう言って、工場に背を向け歩きだす。


 メアリーとアミもそれに続き――新たな殺し合いは、静かに幕を開けた。



 

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