『死』を描く

人それぞれで良いんです
野菜ばたけ
野菜ばたけ

case.7 祈る

公開日時: 2021年1月2日(土) 21:40
文字数:506



 死なないで。

 何度、そう心の中で唱えた事か。


 私は今日も心で祈る。

 死なないで、と。



 医療に現場はシビアだ。

 人が生まれる場所であると同時に、人が死んでいく場所でもある。

 

 何度も何度も、数え切れない誰かの『死』に立ち会う事になる。

 自分と関わりのない、誰かの。


 しかし毎回思うのだ。

 どうか生きてくれ、と。



 誰かを助けたい。

 その一心で医療の道を志した。

 

 実際に、救えた命だってある。

 しかし、いつだって医療は100%ではあり得ない。

 幾ら最善を尽くしても、患者から『死』遠ざけられない事だってある。



 口でどんな事を言っていたって、人は生きていたいと思うものだ。


 そう信じて、今日までやってきた。

 そしてこれからも、そう思って最善を尽くすだろう。


 そんな人間に「死なないで」だなんて、口が裂けても言えはしない。

 だって彼らは生きたいのだ。

 死にたくないのだ。

 

 ならばその言葉の答えは、「分かってる、でも出来ないんだ」だ。

 死の間際にそんな悲痛な叫びを、一体どうして患者に強いる事ができるだろう。



 だから私は心で叫ぶのだ。

 「どうか、死なないで」と。


 手を動かし、最善を尽くしながらいつも思う。

 「どうか、連れて行かないで」と。


 そうして今日も、現世に命を繋ぎ止める。


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