「もう、死にたい」
そう言ったのは、無表情の娘だった。
(あぁ、本気だ)
そう思ったのは、無気力にも見える彼女のその瞳に仄暗い意思を感じたからだ。
「死にたい」という相手に、説得を試みる。
そんなドラマを、何度か見た事がある。
その時の役者の熱演を前に、俺は「こんな薄っぺらい言葉で自殺を止められる筈がないだろ」と思っていた。
どこか見下したように、冷めた目で。
まさか夢にも思わなかったのだ、そんな現実が自分に降りかかるだなんて。
大事な娘だ。
その娘が、今正に自分の命を投げ出そうとしている。
そんな事実を前に、俺はどうするのが正解か分からない。
分かるのは『これを捨て置いてはいけない』という事と、自分が『死んでほしくない』と思っている事だけだ。
「……そんな悲しい事、言わないでくれ」
何かを、言わなければ。
そんな強迫観念の様なものに促されて、俺は頭をフル回転させる。
しかしそれは、空回りにしかならない。
全く、思考が思考の様を呈さない。
そうして混乱した頭が弾き出した答えは、ただの『知識』だった。
そう、過去の俺が見下した筈の言葉達である。
「生きていれば、この先いい事だってある」
実に白々しい。
その言葉が娘の心に全く届いていない事は、まるで手に取るように理解できて。
しかし他に説得できる言葉を知らないのだから仕方がない。
これはきっと、これまで様々な所で議論されてきたソレについて「他人事だ」と捨て置いてきた自分の、自業自得に他ならない。
しかしどれだけ平凡で人並みで使い古されてきた言葉だったとしても、これはきちんと自身の心に沿ったものだ。
一歩進めばすぐさま崖下に吸い込まれていきそうな娘に、俺はどうしたって死んでほしくはない。
「死んだら全てが終わりなんだよ」
相変わらず、口はどこかで聞いたことのある言葉を吐いている。
それが自分の嫌っている白々しいものだと、俺自身気付いている。
だから。
「お父さんと一緒に考えよう、『これから』を」
娘の両手を拾い上げて、俺は言う。
「この気持ちが彼女に届け」と思いながら、俺はただただ冷たくなった彼女の指先に体温を分け与える。
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