『死』を描く

人それぞれで良いんです
野菜ばたけ
野菜ばたけ

case.5 恐れる

公開日時: 2020年12月31日(木) 15:56
文字数:720



 私は、余命いくばくもない。



 「思い残すことの無い様に」と、そう思って生きた人生だった。


 バリバリと仕事をし、家庭を作り子供や孫に恵まれてここまで来た。


 色々な事にチャレンジし、その全てに何かしらの楽しさを見出した。


 友人だって多い。

 入院して尚、わざわざ様子を見てくれる友人が。


 死を前にして思ったのだ、「怖い」と。



 それは、今まで積み上げてきたもの達がもたらす感情だ。


 子供や孫の成長を、まだ見ていたい。

 もっと楽しい事をしたい。

 友人とだって、遊びたい。


 あれだけ「思い残すことの無いように」と思っていたのに、そんな行動から得たものが『死』を「怖い」と思わせるのだから、全くもって皮肉なものだ。



 一体いつ、『死』が私に牙を剥くのか。

 それは誰にも分からない。

 

 そんな分からない日々を、私は生きねばならない。

 それが、私には「怖い」のだ。



 この間見舞いに来た時、孫が深刻そうな顔でこんな事を言ってきた。


「お祖父ちゃん、僕、夜トイレに行くのが怖いんだ」


 その声と、まるで一世一代のような相談ぶりに、私は思わず笑ったものだ。

 

(可愛いものだ)


 そう思いながらも「一々そんな物に怖がるなんて、立派な男児になれんぞ?」と、彼に叱咤激励したのだが。


「まったく……他人(ひと)の事を笑えんな」


 そう呟いて、苦笑する。



 そんな私の頬を、春の風が優しく撫でた。

 その風に誘われるように、私は窓の外を見る。


 窓の外には、白い雲が1つだけ浮かんだ青空と眩しいほどの新緑の姿があった。

 若さ溢れるその色達に、私は思う。


「怖いなぁ……」


 衰えていく自身が、静かに聞こえてくる『死』の足音が、そして明日が。


 

 そんな私の声は、誰に届く事もなくそよかぜに巻かれて消える。

 私の『死』は、一体いつまで待ってくれるのだろうか。



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