私は、余命いくばくもない。
「思い残すことの無い様に」と、そう思って生きた人生だった。
バリバリと仕事をし、家庭を作り子供や孫に恵まれてここまで来た。
色々な事にチャレンジし、その全てに何かしらの楽しさを見出した。
友人だって多い。
入院して尚、わざわざ様子を見てくれる友人が。
死を前にして思ったのだ、「怖い」と。
それは、今まで積み上げてきたもの達がもたらす感情だ。
子供や孫の成長を、まだ見ていたい。
もっと楽しい事をしたい。
友人とだって、遊びたい。
あれだけ「思い残すことの無いように」と思っていたのに、そんな行動から得たものが『死』を「怖い」と思わせるのだから、全くもって皮肉なものだ。
一体いつ、『死』が私に牙を剥くのか。
それは誰にも分からない。
そんな分からない日々を、私は生きねばならない。
それが、私には「怖い」のだ。
この間見舞いに来た時、孫が深刻そうな顔でこんな事を言ってきた。
「お祖父ちゃん、僕、夜トイレに行くのが怖いんだ」
その声と、まるで一世一代のような相談ぶりに、私は思わず笑ったものだ。
(可愛いものだ)
そう思いながらも「一々そんな物に怖がるなんて、立派な男児になれんぞ?」と、彼に叱咤激励したのだが。
「まったく……他人(ひと)の事を笑えんな」
そう呟いて、苦笑する。
そんな私の頬を、春の風が優しく撫でた。
その風に誘われるように、私は窓の外を見る。
窓の外には、白い雲が1つだけ浮かんだ青空と眩しいほどの新緑の姿があった。
若さ溢れるその色達に、私は思う。
「怖いなぁ……」
衰えていく自身が、静かに聞こえてくる『死』の足音が、そして明日が。
そんな私の声は、誰に届く事もなくそよかぜに巻かれて消える。
私の『死』は、一体いつまで待ってくれるのだろうか。
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