ご近所STORY2 エレクトリック・ダンス

ちょっぴり笑えるSF ご近所物語の続編です
主道 学
主道 学

5-30

公開日時: 2024年7月22日(月) 20:26
文字数:1,552

 再び目を開けると、そこは刑務所の中だった。

 重犯罪刑務所の中だ。

 殺風景な鉄格子に囲まれた。その中の医務室の白いベットの上に寝ていた。隣を見ると、複数の男たちが寝ている。

「アンジェ……マルカ……ヨハ…………」

 僕は泣いているようだ。

人間のように……。

 ここからは、出られない。

 もう二度と外へは出られないのだ……。


「お前さん……大資産家の矢多辺 雷蔵だな……二日間もとても静かに眠っていたぞ……。もう死んだと思ったんだがな……」

 右側に入院患者服の髭面の男がいた。

 左側にもスキンヘッドの入院患者がいる。

 二人とも白の入院患者服を着ていた。

 右側の男は若い精悍な顔をしてるが、柔和な顔にとらわれる髭を生やしていた。

「なんだ……泣いているのか……」

「え……?」


 僕は神のはず。

 そう、経済の神のはず。


「泣いているってことは、人間だな……。普通は、ここには人間じゃなくなった泣くこともない人間の出来損ないが集まるのだがな……」

 その男は自分の毛布を剥がした。

 そこには、鋼鉄で覆われた胴体が見える。

「君は……機械なのか? それとも人間なのか……?」

「俺は海外での戦争でこうなっちまった。あっちが勝ったけどな……」

 昔、2038年頃に大きな戦争があった。その生き残りなのだろう。戦争は人を狂わすというが、狂った人は戦争を仕掛けるのだろうか。

「俺もそうさ。戦争のせいでここへ来た」

 左側のスキンヘッドはか細い声を発した。

「大砲を腹に食らっても何故か死ななかったようだ。次の日に目が覚めたらこうなっていた。日本に戻ると、大量に人を殺したといわれて戦争裁判でここへ来た。ここで泣くものはもういないと思ったのにな」

 髭面が笑って言った。

 僕が人間のように泣いているだって……?

 まさか……。

「俺たちは知らないが、今の日本にはまともな人間がきっと地上には多いんだろう? けれどな、人間は脆いんだ。いつか歯車が狂えば俺たちと同じくなっちまうのさ」 

 髭の男はニッコリと笑った。

「お前さん。大量に輸血していたな。何をやったのか知らないが、命は大事だぞ」

「……ああ」


 僕は神ではないのか……。

 一人の弱い人間なのか……。

 そうだ……今は弱い人間なのは確かだ……。

 昔の経済の神の僕は完全に死んだ。

 今の僕は誰なのだろう?

 僕は決心をした。

 僕は腕に巻かれた包帯を外した。

 輸血用の点滴も取り外す。

 そして、僕は立ち上がった。


「おいおい。お前さん。どこへ行くんだ。そんなにボロボロなのに……」

 髭面が心配気な顔を少しだけしたようだ。

 スキンヘッドは寝返りをうった。

「命を無駄にしないためさ……」

 僕は質素なロッカーへ行って、普段着の高級なスーツに着替えると医務室を出た。窓のない白い殺風景な廊下を歩き、椅子に座って眠り込んでいる看守の肩を揺らした。

 その先は鉄格子で通路を遮断されていた。

「ふ……む……もう食べれませんー……お姉さん~~……焼そばばかりじゃ飽きてしまいます~~……」

 看守は寝言を言っていたが、起き出して驚いて僕を見つめた。

「なんだ!! 何故寝ていない!?」

「電話を掛けさせてくれ」

「……番号を言え」

 番号とは受刑者番号のことだと解ると、左腕に刻まれたバーコードの数字を言った。

「矢多辺 雷蔵か……解った。ちょっと待っていろ……」

 寝ぼけまなこの看守がゆるゆると立ち上がり、柱の傍にある赤い電話を掛けて誰かと話した。


 殺風景な通路を遮断していた鉄格子がようやく音を立てて開くと、看守と一諸に奥へと歩いた。

その先には右側に看守が数人いる受付のようなものがあった。

「ここの電話を使え」

 看守の言葉を聞くと、僕は赤い電話の受話器を握りしめた。一か八か自分のしていた非合法なことと一緒に、首相暗殺とエレクトリック・ダンスの話をするために。

 夜鶴 公の電話番号を掛けた。

 3年前に聞いた。首相官邸の電話番号だった。


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