晴美さんは身を低くしていたが、また、真っ直ぐに立ち上がり、
「一家に一台だけノウハウを人間のサポートにする。これが、私の政策です。あくまでノウハウは人間のサポートなのです。どうか、皆さん。私に。人間性を一番に尊重する私に、清き一票をお願いします」
晴美さんは演説をしながらの選挙カーが僕の目の前を通り過ぎていった。
僕はもう安心だと思い。晴美さんの選挙カーを見送り、家に戻った。
「どう? 暗殺は防げた?」
34階のキッチンのテーブルで、顔を伏していた河守が開口一番その言葉を口にした。
「ああ……」
「どうしたの? 何か思わせぶりな顔ね?」
僕は胸騒ぎをしていた。
「何か変なんだ……?」
河守が立ち上がり、僕の顔を覗いた。
「変……?」
九尾の狐と原田が廊下のエレベーターからやってきた。
「取り敢えずは、一安心ね……」
九尾の狐は小型の端末を大事そうにテーブルに置いて、一息入れるために大量の砂糖を入れたコーヒーをキッチンで淹れた。
「雷蔵さん。浮かない顔だね?」
原田はあのボディアタックのせいで、顔が上気している。
多分、久々なのだろう。
「ああ……今思ったんだけど……選挙には勝つのか?」
僕は胸騒ぎの原因が解りかけていた。
「それは……?」
河守が首を傾げた。
興田 道助の宣言では金がかからない。逆にA区を食い物にすれば、B区とC区。つまり、日本の将来性に金が入る政策だ。
しかし、晴美さんの政策は金がかかりすぎる。
金が相当にかかって、国の人間的将来性はあるのだが、国民はそうは思はないかも知れない。
「うーん。確かに今の選挙活動的にはどうかと思うわ。あの宣言では……?」
九尾の狐がコーヒーに口をつけた。
「この選挙で勝たないと、意味はないね……」
原田はお洒落な度なしレンズをハンカチで拭いていた。
「でも、奈々川首相の実力に頼るしかないわ」
河守はニッコリと笑った。
「確かに……」
僕たちに出来ることはここまでか……。
次の日。
云話事放送Bで記者会見の場で晴美さんが退陣していた。
「晴美さん……」
僕は34階のキッチンで朝食を河守と取っている時に、テレビを不安げに観て呟いた。
そして、国民は興田 道助も選んでいたのだ。
選挙では選挙存続期間というのがある。選挙で勝ち続ければ首相になっていられる。任期は廃止されていた。
記者会見の場で、晴美さんの姿が見えなかった。そして、興田 道助がこう宣言した。
「日本の将来性の勝利ですよ。今から新しい政治が行われる……私が首相になったのだから、日本は発展していきます」
新聞記者が質問を浴びせた。
「前奈々川首相(晴美さん)は退陣しましたが、どうしたと思いますか?」
興田 道助がふざけて軽口を言った。
「きっと、前奈々川首相はトイレにいって、時間が掛かったので出てこなかったのですね」
興田首相のセクハラ発言に新聞記者たちから笑い声が聞こえた。
僕は頭にきてテレビを消した。
「きっと、何か起きたわ!」
河守が突発的に電話で首相官邸の夜鶴に掛けた。
原田が上の階からエレベーターでやってきた。
「やっぱりここか。寝室に二人でいたら、どうしようかと思ったよ。テレビで奈々川首相がいなかったから、何か起きたと思ったんだ」
原田は緊迫した顔をして、僕の真向いの席に落ち着いて座った。
河守のコールで、夜鶴が出たようだ。
「え……。トイレから出てこなかった?」
河守が辟易したが、次の言葉を夜鶴が言ったようで、すぐに緊迫した。
「毒?」
僕は見誤った。
毒のことを知っておきながら、警戒することをしなかった。
敵は用意周到だったのだろう。
「食材に微量に混在していた……? それで、晴美さんは?」
河守がすぐさま受話器越しに問うと、
「一命は取り留めた……よかった……」
僕は山下が藤元に頼まれて、渡した手のひらサイズのプラスチックのことを思い出した。
「それで、今、病院?」
僕はカレンダーを見ると、C区に頼んだアンジェたちの修理が終わった日が明日だった。
「雷蔵さん。病院へ行きましょう」
河守が今まで見たことがない不安な表情をしている。
とても、心配しているのだろう。
「いや、明日にしよう。敵が待っている……」
僕は不敵に笑った。
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