蜘蛛を愛する観る将JK 将棋の聖地に行ったらなぜか喫茶店で探偵見習いになる

kamekame89 k
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第4話 推し活を逆手に取る存在 1

公開日時: 2022年9月12日(月) 16:28
文字数:2,320

 これ以上、御苑にいても調査が進みそうにないと感じた一行は『二歩』に戻った。


 心の底から蜘蛛探しをしたった藍は、再訪する時はこっそり小さな虫かごでも持参してこようと思った。


「ラーメン、食べるか?」


 ラーメン目当てで来店したという木原さんに向かい、マスターが声をかけた。彼は大きく頷き、定位置と思われる入り口から一番遠いカウンターの端にさっと座る。


 その様子から『自分はこの喫茶店の常連客です』と周囲の人に無言でアピールしているように映った。


(それにしても、なんでこの店に入ったのかしら。ネットにもほとんど情報ないし……)


 木原さんが常連客になった経緯を探ろうとしたが、藍は理由が何となく分かった。きっと自分と同じように味噌ラーメンの匂いにつられて入店したのだろう。


(あの匂いは、内藤さんの年齢層のハートはつかめないけれど、若年層にはグッとくるはず)


 本人に確認もしていないのに、自分と同じような行動をしたはずだと彼女なりに結論付けた。


 その一方で、内藤さんは知り合いの刑事さんに連絡をし、アイドルのマスコットの盗難事件が多発していないか確認していた。


(どうしよう。このまま将棋会館に行けないで一日が終わってしまうかも……)


 藍は藍で悩んでいた。


 せっかくの休日が思いもよらない方向に進んでいること。さらに品薄状態が続いている『亀井晴也四冠のアクリルスタンド』が入荷したというSNSの情報を入手し、満を持してこの街へ来たというのに、あの味噌ラーメンが全てを狂わしたのだ。


(花より団子を選んだ私が悪いのね……)


 女性ファンが次々アクリルスタンドを買っていく様子を想像すると、彼女はめまいを覚えた。将棋のイベントに殺到するきれいなお姉さんたちの姿。みんな、将棋の貴公子に夢中なのだ。


(就任パーティーとか参加してみたいな。でも、申し込んで当たって先生が目の前にいたら、まともに話せる自信ないな)


 藍は申し込んでもいない就任パーティーのことを妄想してニヤニヤしながら目の前のアイスティーを飲んだ。


 しかし、次の瞬間、内藤さんの言葉で現実に戻された。


「知り合いに聞いたけど、原宿や新宿そして御苑でも転売して儲かりそうなマスコットとかぬいぐるみが盗まれている被害が増えているようだ。しかも人気のあるアイドルグループばかり。ユミのも、デビューして勢いがあるからだろってさ」


 木原さんは内藤さんの情報を基に、自分なりの推測を喋り始めた。


「やはり、転売目的で間違いないですね。被害に遭った子、全員が交番に駆け込んで事情を説明するわけではないでしょうから、総被害数はかなりのものでしょう。原宿、新宿なら人混みに紛れてカッターで手際よく切れば、周囲に警察官や目撃者がいない限り『誰がやったのか』は分かりにくいですね。それに比べて、御苑なら張り込みをすれば比較的簡単に犯人が見つかるはずです」


 元刑事かつ探偵である内藤さんは、うんうんと感心したように頷きながら話を聞いていた。


「盗まれたものとは知らず、購入している子もいるんだろうな。しかも元値よりも高い値段で。とにかく、これでお嬢ちゃんの力が必要になったのは確かだ。俺とか邦ちゃんがマスコットをぶら下げても狙わないだろう」


 二人が可愛いマスコットをカバンにぶら下げて歩いている様子を想像し、藍は思わず笑ってしまった。すると、木原さんもクスクスと声を出して笑っている。


(案外、中身は普通の人なのかもしれない)


 彼の性格を垣間見たこともあり、少し安心した彼女は捜査協力の条件を緩める気持ちが不思議と出てきた。


「平日も部活がない時は協力できます。家から直で来るより、学校の方が千駄ヶ谷は近いので」


 内藤さんはその言葉を聞いて思わず手を叩いて喜んだ。


「それならホシを見つけるのも早くなるな。で、部活は何をしているんだい?忙しいのか?」

「筝曲部です。お琴です。週に3回ほど練習があります」

「これまた上品だな」


 琴をやっていると口にすれば必ず言われる『上品』という言葉。その度に説明をするセリフを藍はスラスラと述べた。


「近所に教室があって、わりと周りの子も習っていたので『普通』だと思って育ったんです。近所のお婆ちゃんたちも演奏できる方が多かったので。高校に入ってからそういった環境が『ちょっと普通』ではなかったことに気がつきました」


 味噌ラーメンを作るためにその場にいなかったマスターがどんぶりを持って、藍の前に現れた。話はしっかり聞いていたようで、彼女の爪が短い謎が解けたとばかりといった風に切り出した。


「どうりで爪が短いと思ったよ。お洒落したがる年頃なのに。内藤さんとこのユミちゃんはどうなの? やっぱりゴテゴテに塗ったりしている?」


 お店の中に味噌ラーメンの良い匂いが充満していく。まだ食べてそう時間が経っていないというのに、再び藍が『食べたい』と思わせるのだから相当だ。


「ゴロゴロしている石とか、青に染めているな。なんだかよく分からないけど、『みー君は青だから』とか言っているな」

「グループ内でメンバーにそれぞれ色が決まっているんですよ。ユミさんの推しは青がイメージカラーみたいですね」


 藍の言葉に内藤さんはキョトンとした。


「『おし』ってなんだ?」

「好きなアイドルや、キャラクター、スポーツ選手などなど、応援したいことを『推し』と呼んでいるんですよ。漢字で言うと、推理探偵の推です」


「それか!そこに神社があるんだけどさ、女性がたくさん押し寄せて絵馬に応援している棋士の必勝祈願メッセージが増えているんだよ。それも『推し』の一種か!」


 内藤さんの言葉に藍は頬が赤くなるのが分かった。店内の照明が暗いからよいものの、外だったら確実に動揺しているのがバレていただろう。

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