「こんなに和柄の布が!」
月曜日の午後四時半。部活動のない今日は学校が終わったらすぐに電車に飛び乗り北千住へと戻ってきた。これも全て、着物の端切れ探しをするためだ。
昨晩、内藤さんとマスターから届いたメッセージにはどちらも「地味目の藍色が望ましい」と明記されていた。そして、今日はまさに探偵見習いとしての第一歩を踏み始めていた。
最初の訪問先としてリストアップしたのが、小さい頃から毎日のように顔を出している『氏家書店』だった。
店主であり『氏家のおじいちゃん』こと氏家海彦に和柄の布の端切れはないか聞いたら、押入れからドサッと持ってきたのだ。
「これな、次男が会社で着物特集の本か雑誌を担当する時に勉強するためにアチコチから端切れ集めてきて。そのまま実家に丸投げだよ」
強面の氏家さんが布をポンポンと藍の前に置いた。そんな扱いをしてはいけなさそうな見るからに『お高い』生地ばかりである。
「買ったらすごく高いけど、会社と長い付き合いがある呉服屋さん数軒から端切れを頂いたみたいでね。学校の家庭科とかで使うの?」
書店の癒し的な存在、『氏家のおばあちゃん』こと頼子が店と部屋を仕切る暖簾からヒョイと顔を出してきた。
「そ、そうなんです。日本の伝統ある着物の端切れで小物を作ろう、と。着物の生地をどこで買えばいいのか分からないクラスメイトもいて……」
「浴衣くらいなら着るだろうけど、お茶とか舞踊とか藍ちゃんみたいにお琴を習ってないと着物は身近なものではないからね」
和柄の着物を見つけるための口実やセリフも考えてきた藍の口からは、スラスラとウソが出てくる。
「お琴の先生を筆頭に商店街に訪問着で着物を愛用している人もいるし、近所の人に声かけてくるよ、という流れで今ここにいます」
七十代の夫婦は孫娘の話に耳を傾けるように静かにうんうんと頷いた。その様子を見て、少し後ろめたい気分になった。
「どんな色がいいかしらね」
頼子さんが独り言のように言いながら、段ボール箱いっぱいに入っている端切れを次から次へと手に取る。
「無難に、藍色とかかがいいなと思っています」
「それならこれなんかどうだ」
ぶっきらぼうに氏家さんが取り出したのは藍色一色の薄手の生地だった。
「麻のちぢみで夏用ですね。ちょっと地味すぎるかな……。柄物はないですか。青系で柄物の方が皆にウケるかと」
「ウケル?」
普段の会話で使っている言葉を口にしたつもりが、頼子さんには伝わらないことに気がついた藍は慌てて説明した。
「良いと思われるという意味です」
「柄物で青系となると、浴衣が一番かしら……。藍ちゃん、これとこれなんかどう?」
頼子さんがそっと手のひらにのせた藍染の浴衣生地は麻の葉模様と蜘蛛の巣模様だった。
(蜘蛛模様! これならきっと上手くいく)
「麻の葉模様は夏向き。それに、蜘蛛の巣や蜘蛛は吉兆図柄なのよ」
「粋だね!でもよ、こんなの今の若い子が選ぶか」
「氏家のおじいちゃん、この藍染なら年齢関係ないです。みんな納得しますから」
「金糸に鶴とか派手目なものが好きな子もいるだろうから、持っていったら」
「本当ですか! でも、これ売ろうと思えばいくらでも売れますよ」
この品質の端切れなら、お金を出して欲しがる人がいると藍は分かっていた。
趣味レベルから本職にしている人と様々だが、着物の端切れを有効活用し、ぬいぐるみを作ったり、服を作って売る人もいる。
「こんな布切れがか?」
「品質も良いですし、個性的な端切れ好きな人もいます」
「何に使うっていうんだい」
「パッチワークや人形やぬいぐるみに着物とか浴衣を作っている人いますから」
「なるほどな……」
黒縁の眼鏡を外し、端切れをまじまじと見つめる氏家さんは藍の話に半信半疑の様子だった。
「たしかに、浅草の呉服屋さんとかでも店先のワゴンに端切れコーナーがあるわね」
「今はインターネットで売買したりもできるので、遠方のお客さんが東京に来なくても買える時代です」
藍が口にした『インターネット』の言葉に氏家さん顔が少し暗くなった。
「インターネットなんぞ、俺の商売敵そのものだぞ」
「あなた、そんなこと言って。時代の流れなんだから仕方がないでしょう」
「すみません、余計なこと言って」
「いいのよ。藍ちゃんは何にも悪くないから。でも、端切れがそんなに人気があるなら、物は試しに置いてみようかしらね」
「少しでも足しになるなら売ってみるか。でもよ、どうやって宣伝するんだ?」
「商店街のホームページやSNSで告知するのがいいですよ。営業情報とかチェックしてくる人、けっこういますから」
単にホームページを更新するだけでは人は来ない。いかにSNSを駆使して宣伝したり拡散してもらえるかが大切になってきたかを若者の一人として説明した。
藍の言葉に頼子さんは大きな目をさらに見開いた。
「そうね。この前の商店街の集まりでも話題になっていたの。藍ちゃんとかアキラ君とか若い子に今度話を聞きたいねって」
『頼子さんが九州からこの商店街に嫁いできたときは商店街一の美人若妻として名を馳せた』と何回もお母さんから聞かされて育ってきたが、今でも九州美人の名残を残すその容姿に時々藍でさえ見入ってしまうことがあった。
「頻繁に通っている人もいるくらいです。あとスカイツリーと商店街のコラボ写真を撮っている人もいます」
「写真を撮ってどうするんだい。今どきで印刷することもないだろうし」
「自分のブログとかSNSに投稿するんです。それを見た人が『あの商店街に行きたいな』と思ってくれる」
商店街でもインターネット対策を強化し、藍の母親である良子も対策担当の一人として携わっていた。
高齢の店主の中には昔ながらの商売をしていればいいんだと主張する人もいる。しかし、時代に合わせた戦略を考えなければ生き残ることはできない。
昭和的な雰囲気を残しつつ、消費者の心をつかみ内外にアピールする活動を今後はさらに増やす予定だった。
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