まち歩きをしている人たちの合間をすり抜けるように、商店街を突き進み藍が我が家でもある『やまぎわ青果店』の勝手口から居間に転がり込んだのが四十分前のことだった。
日が傾いているが商店街を行き交う人はまだ減らない。
昔は日曜日は静まり返っていたそうだが、藍が物心ついたときから周辺の商店街は曜日に関係なく人が集まるようになっていた。
商店街の中にチェーン店やコンビニエンスストアも進出して、一年中人が集まりやすい状態になっている。
さらに、『やまぎわ青果店』のある商店街は全国的に姿を消している下町や商店街の雰囲気を味わえるため、度々テレビでも取り上げられるようになり観光スポット扱いになっていた。
そんなわけで、藍の家でも観光客向けに数年前から奇数週の日曜日の昼頃から夕方まで観光客相手にフルーツジューズや傷みかけた果物をふんだんに使った焼き菓子を販売するようになっている。
「いらっしゃい! もう終わりを迎えるイチゴをたっぷり練り込んだパウンドケーキ、北千住、いや東京でもここでしか売っていないよ!」
自室の机に亀井先生の扇子を大切においてから居間に戻った藍の耳に、日よけテントの下で声を張り上げている店主かつ父親である聖四朗の声がBGMのように入ってくる。
それを聞きながらボリューム感満載の一日を回想していたが、それを打ち破るように弟のアキラが声をかけてきた。
「姉ちゃん、俺が考えた新作。イチゴとバナナのムース」
今でゴロゴロしている藍にプラスチック容器を差し出した。
「もう少しお洒落なコップとかなかったの?」
「見た目より中身で勝負だよ」
「味見すればいいのね」
ついさっきまでファミレスで飲み放題サービスを満喫してきた藍は水分補給するつもりはなかった。しかし、満面の笑みで味を確かめたがっている弟を前にして申し出を断るのは忍びなかった。
(仕方がないか・・・・・・)
心の中でそう思ったのを瞬時に反省するような味が口の中に広がった。
「な、なにこれ、めっちゃ美味しいんだけど!」
「だろ!熟して店頭に並べないイチゴとちょっと固めのバナナに牛乳を入れてミックス。好みでシナモンを入れたり、豆乳にしてもOK」
「今日、さっそく売ってみた?」
「限定で十杯。あっという間に完売した。SNSで投稿されたみたいだけど、来週はイチゴが入るとは思えないし今日明日までかな」
「リアルで季節商品だからね。文句言われても仕方がないよね。それが『ウリ』と強調するしかないか・・・・・・」
「それを前面に出して『週末来ないと分からないフルーツジュース』って名前で売り込もうか」
「それ、いいね!」
二人でワイワイ騒いでいると、商店街の婦人会の会合に参加していた母親の良子が戻ってきた。
「あれ、藍は帰ってきていたの。で、千駄ヶ谷はどうだったの」
「いろいろあり過ぎてパンク状態。さっきまで美帆の助っ人していたし」
「なんだよ、また美帆姉ちゃんに勉強教えていたのか?」
「課題が山積みでね。まぁ、この二週間は顔を合わせていなかったから良い機会だったけど」
「それで、無事に美帆ちゃんは課題を終わらせることができた?」
「まぁ、助っ人の力で全部片づけてきたから。安心してください」
「時代劇で言うところの『藍先生、お願いします』状態だね」
「今の時代、アキラみたいに時代劇マニアの中学生なんてレアだよ」
「この歴史ある北千住に生まれて育った人間として、時代劇の知識を持つことは当たり前だと思っている」
アキラに時代劇愛を語らせると長くなると察知した良子は、いつものように話を巧みに変えた。
「外でお父さんが忙しそうにしているから手伝ってきて、アキラ」
「はいはい、分かったでござる」
夜が近づこうとしている中、商店街を歩く人の流れはまだ続く。チャンスと見る父と息子の声が商店街に響いた。
「連休明けだけど、昨日も今日も人が来ているね」
「ほら、テレビで紹介されたから『電車でちょっと行ってみよう』ていう人がきているみたいでね」
「連休中は遠いところで、普段の土日は近場に出かける、か」
「昔みたいに『日曜日はゴーストタウン化している』じゃないのよね。せっかくお客さん来るから店を少し開けないとガッカリするじゃない」
親が企業に勤めしている同級生は、連休になるとどこに出かけるかとよく話をしていたことを思い出した。家が自営業だと世間とは同じにいかないことを嫌というほど経験している。
もちろん、山際家も完全オフデーがあれば出かける。
浅草や花やしきそして上野界隈に出かけるのが定番だ。
もっと身近なら南千住の汐入公園で蜘蛛探しをしたりと、休日も含めて行動範囲は半径四キロメートル以内。他の子からしたら『散歩コース』かもしれないが、藍もアキラも当たり前のこととして受け止めていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!