「まずは自己紹介しないとな。オレはマスターの友だちで内藤だ。すぐ近所に住んでいて、孫のユミはそこのマンションに住んでいる」
日焼けした手で指さした先には二十階建てくらいのマンションが見える。
(いいな。あそこなら亀井先生のお姿もキャッチできるだろうな・・・・・・)
藍はまだ会ったこともないユミに対して、素直に羨ましいと思った。
「内藤さん、それだけじゃ情報が足りないよ。小さい頃はよく遊びに来たけれど最近は顔を出すのは金欠の時だけ。もしくは今回のように困っている時、という近年の関係も伝えないと」
紅茶を優雅に飲みながら、マスターは淡々と辛口な説明を上書きした。
「そ、そんなの分かっているよ。嫌だね、本当に。『おじいちゃん、おじいちゃん』と無邪気になついていた日々に戻りたいよ」
「でも、内藤さんに泣きついているのですから頼りにしているのは変わりないのでは」
「おぉ、若いのに良いこと言うね。ユミと同年代だろ? しっかりした子だよ」
内藤さんに感心され、藍は照れ笑いを浮かべた。
「親が自営業で日頃から人と接する機会が多いから観察眼を鍛えてきたのかな。それに、『さ』行がちょっと苦手なようだ。生まれも育ちも神田、浅草、といった下町界隈。でも、私が知っている江戸っ子とは違う発音だ。おそらく、親のどちらかが出身が東京以外。さらに訛りのハッキリしている地域出身、この推理合っているかな?」
出されたばかりのアイスティーを思わず吹き出しそうになるほど、彼女は的確な指摘をされ動揺した。
(この人、なにか特別な力でもあるのかしら?)
「ど、どうして分かるんですか!」
「お、邦ちゃん得意の名推理が今回もズバリと的中だな! なんだ、東京下町の子だったのか。オレはてっきりコンサート目当てで東京に来た子だと思っていたよ」
「お洒落はしているが普段着プラスアルファ。内藤さんところのユミちゃんはコンサートに出かけるときはこういう服装する? 第一、コンサートに行くなら原宿駅で降りる」
「あー、言われてみたらそうだな」
内藤さんはマスターの推理に唸りながら感嘆している。どっちが元刑事なのか分からない。
「それにしてもユミはコンサートに行くのに似合わない化粧して、香水つけて出かけているな。服も新しく買う買わないで、いつも揉めている」
「それで、買いたいときは内藤さんのところに来るというのが決まりのパターン、だろ?」
「……」
切れ味抜群の推理に何も言えなくなった内藤さんをよそに、マスターは白いメモ帳を出してサッと新宿御苑の地図を書き始めた。
「で、どのあたりでマスコットをなくしたの」
「そうだな、中の池のコーヒー屋さんの隣で特徴的なビルを背景に毎日動画を撮っているとか言っていたな」
「特徴的なビルね・・・・・・。多分あの辺りだ。早速行ってみよう」
(行動力、早すぎ!)
マスターはおもむろに切り出した。
「お嬢さん、これからの予定は大丈夫? できれば同年代の子の意見を聞きたいから同行をお願いしたいのだが・・・・・・」
早く先月発売されたばかりの亀井晴也先生のアクリルスタンドを買いに将棋会館に行きいというのが、藍の本音だ。
しかし、よく考えれば新宿御苑でもしかしたら色々な蜘蛛に出会えるかもしれない。さらに、元刑事で探偵と一緒に時間を過ごせるなんて大事件だ。
(なんだか面白そうだし、ちょっと御苑に行ってから戻ってくればいいか)
「は、はい。ご一緒させてください」
「邦ちゃんよ、店どうすんの。アイツ、ふらりと来るんじゃないの?」
「貼り紙でも貼っておくよ。『御苑の中の池あたりにいます』とね」
今どきお店の貼り紙が伝言板になるとは驚きだが、それだけ会話に出てくる『アイツ』は古い付き合いの常連さんなのだろう、と藍は下町のような濃い付き合いに感動すら覚えた。
来た道を戻るように千駄ヶ谷駅まで行き、脇の高架下の薄暗い道を歩くと木々の緑が生い茂る新宿御苑に着いた。
道すがら内藤さんは千駄ヶ谷周辺の変わりようを事細かに話してくれた。
明治神宮や御苑、国立競技場といった歴史ある建物のおかげで千駄ヶ谷辺りは新宿や原宿に比べれば昔の風景がまだ残っていると語る姿から、内藤さんのこの街への思いが十分伝わってきた。
『新宿御苑 千駄ヶ谷門』と書かれた大きな木札が掛けられた入り口を過ぎると、『ザ・大規模公園』的な雰囲気に藍は圧倒された。
三角時計が印象的な券売所で券を買おうとすると内藤さんが静止した。
「お嬢さんには捜査に力を借りてもらっているから、ここは俺が払うよ」
「でも、それは悪いですし……」
「いいよ、内藤さんの言葉に甘えな。まだお金使うところがあるでしょう」
マスターの言葉にどきりとした。
(この人、やっぱり人の気持ちを見通すことができるの?)
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