「そういや、最近も連盟の売店もお洒落な服着た女の子が殺到しているって近所の人が口にしていた。まるでアイドルのコンサート会場みたいだって。大昔ならあり得ないことだよ」
その言葉を聞いて、藍は落胆した。
もう、今から行ってもアクリルスタンドを手に入れることは難しいだろう。しかし、今回の事件をきっかけに千駄ヶ谷通いを続けていれば、遅かれ早かれ欲しいものは手に入る。しかも、運賃はマスターと内藤さん持ちなのだから、悪いこと尽くめでもない、と自分に言い聞かせた。
「で、完全に転売目的の盗みなら欲しがりそうなマスコットを準備しないといけない。どうする、内藤さん?」
「うちのばあ様は針仕事が得意だから、材料を買って来れば似せて作れると思う。ただ、入手困難レベルの品が分からないからユミに確認しないといけないな」
いつの間に味噌ラーメンを完食していた木原さんが話に入ってきた。
「それならば、限定品が確実です。さらに言うと、ファンクラブ限定かつ抽選ならなおのこと。世の中に出回りにくい商品ほど、高値で売れるので転売屋の方々も喰いつくでしょう」
(なるほど、たしかにそれならハードルが高くて欲しい人は高くても買う)
「ということは、一番狙われそうなのが『ファンクラブのメンバー限定』『さらに抽選のもの』か。よし、お嬢ちゃん今から調べてみてくれ。俺はユミに聞いてみる」
「え? あ、はい……」
ファンクラブに入っている人向けに販売するマスコットやぬいぐるみは、申し込み数が予定量を越えると抽選するのが常だ。
正直、そういう世界に疎い彼女はどういった類のものが人気あるのか分からなかった。
とにかく、入手困難なものに絞っていくと見覚えのある和柄のクマのぬいぐるみに辿り着いた。
「これなんかどうでしょうか。珍しいデザインです。たしか最近、浅草に行ったときにみかけました。私でもメンバー全員の名前を言えるほど有名なアイドルグループのです」
それまでカウンターの席から話を聞いていた木原さんだったが、歩み寄り藍のスマートフォンを覗き込んできた。
「これは、呉服店がプロデュースした貴重な織物を使用したオリジナル商品ですね。なるほど、個数も少ない上に値段も張る。でも、欲しがる方は欲しがりますね。着物に詳しくなければ度の織か分かりません。デザインだけ似せれば大丈夫でしょう」
(ちょっと着物に詳しいのね。大学で日本史とか服飾を学んでいるのかしら)
「着物か。ばあ様も若い頃はよく着物を着ていたけれど、今じゃすっかり洋装ばかり」
「着物姿に惚れたって、内藤さんポロっと言ってたものね。でも、着物をよく来ていいて針仕事が得意なら作ってくれるんじゃないの?」
内藤さんの愚痴にマスターが過去の話を盛り込むと、照れたように頭をかいてうつむいた。
「私、浅草で似たような生地を探してきます。お琴の先生が呉服屋さんの知り合いも多いので」
「こういう時、浅草界隈の子は強いね。それなら、お嬢ちゃんが生地を探してくる。こっちはばあ様とユミが共同して作る予定のマスコットの大きさとかを調べる。材料が揃ったら作り、完成したらお嬢ちゃんが御苑で犯人をおびき寄せる」
お互いの健闘を祈るように藍は内藤さんと頷きあった。しかし、そこに割り込むように木原さんが口を開いた。
「旬のアイドルグループではないので、数週間で仕上げないといけないものではないでしょう。大切なのは『いかに本物水準のものが作れるか』です。とくにマスコットが身に着けている着物で判断するでしょうから、なおさら重要です」
話ながらおもむろに藍の方を向き、圧力をかけるように語気を強めたことに一瞬驚いた。
(どうして、こんなに力を入れているのかしら。もしかして、ユミさんのことが気になるとか?)
『二歩』の常連なら、内藤さんの孫娘さんとの面識もありえる。さらに、ユミたちが御苑にいる時間帯に散策していたのも怪しい。
(なるほど。気になる女の子のために一肌脱いでポイントを稼ごうとしているのね)
変わった風貌だけれど中身は若い男性そのものだと思うと、笑うのを必死にこらえた。
ちょうどその時、片付けを終えたマスターがテーブル席に近づいてきて彼女に声をかけた。
「木原君には私が連絡するからいいとして、内藤さんと私とお嬢さんでまずは連絡交換しようか。ところで、お名前は?」
「や、山際藍。都立高校二年生です」
まさか初めて千駄ヶ谷にやってきた記念すべき日に、年齢不詳のマスターと元刑事で探偵の70代のおじいさんと知り合い、事件の捜査に巻き込まれた上、連絡先の交換をするなんて誰が予想しただろうか。
『人生とは先が全く読めないもので、将棋も一局一局が一つの人生です』
先日読んだばかりの将棋世界のインタビューで語っていた亀井先生の言葉を思い出しながら、今日の朝まで知り合いでもなかった二人と何の躊躇もなく連絡交換する藍であった。
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