蜘蛛を愛する観る将JK 将棋の聖地に行ったらなぜか喫茶店で探偵見習いになる

kamekame89 k
kamekame89

第10話 愛しのクラウドはいずこ 2

公開日時: 2022年9月16日(金) 09:54
文字数:2,070

「まったくもう! あんたって子は。諦めなさい」

「……」

「うちと縁がなかったの。だからよそに行っただけ」

「いくらなんでも、そんな言い方ないでしょう」

「八百屋が野菜をほったらかしにし蜘蛛を追いかけまわしていたら、商売あがったりよ」

「そ、そうかもしれないけど……」

「それに父さんは結婚した時は蜘蛛なんて見ただけで大騒ぎした人が、今では娘のために直視できるまでになったんだから」


 皮肉なことに藍の父親、聖四朗は田舎育ちなのに蜘蛛が大の苦手だった。つまり、その対極にいるのが藍だ。


「散歩しては蜘蛛を見せたり、腕に乗せたり好き勝手してきたものね」

「今思えば、父を思って幼子がショック療法をやってあげたわけよ」


 父は農家の四男で後を継ぐ必要もない身。ジョロウグモや鬼グモのような大物が普通にいる田舎から高校卒業したらすぐに東京に脱出し、まめに市場で働いたおかげで知り合いからお見合い話を持ってきてもらった、という経緯があった。


『婿さんとして迎えられるお見合い話は最初から乗り気だった』という噂話はまんざら嘘ではないだろう、と藍はずっと思っている。


 しかし、藍が小さい頃から蜘蛛観察をして、素手てハエグモを捕まえては見せて驚かすを繰り返してきた。荒療治になったのか、聖四朗は『蜘蛛を見ても騒がない』『蜘蛛を見れるようになった』『蜘蛛が近くにいても鳥肌が立たない』と次々と蜘蛛嫌いを克服した。


「八百屋やっているとね、蜘蛛とか出ることあるから。山際のおばあちゃんも言っていたでしょう。益虫の蜘蛛もいるから何でも殺すんじゃないって」

「……うん」


 やまぎわ青果店の先代であり、藍の母方の祖父母は彼女が五歳の頃に交通事故に巻き込まれて突然亡くなってしまった。ちょうどアキラも三歳になり本格的に娘夫婦に仕事を任せ始めた矢先の時だった。


 人物像としてはちょっと短気な祖父と、おっとりした祖母というぼんやりとした記憶が残っている。しかし、蜘蛛に関する会話だけは鮮明に覚えていた。


『ハエトリグモはよく見ると目が丸っこくて可愛いのよ』

『悪い虫を食べてくれるからハエトリグモを大切にして、良い子ね』


 おそらく、藍が蜘蛛を愛でていることを肯定的に捉えての発言だと成長してから深く理解した。


「蜘蛛を大切にする家だから、お父さんも最初は苦労したんじゃないの?」

「まぁね。よくおじいちゃんに怒られていたから。私とおばあちゃんが間に入ってなだめてと。高校野球の監督と選手みたいな感じね」

「常に緊張感か・・・・・・。ストレスしかない」

「それがね、そうでもなかったの。ほら、父さんは四男坊だから実家じゃ最初から『出る人間』として扱われてきたでしょう……」


 母親の真似をし、商品のPOP広告を改良しながら母娘で内緒話をするのも悪くないなと内心思った。   


「叱咤も愛情、厳しいけれど目をかけてもらえるのは嬉しい、か」

「父親と上手くいかない息子なんてけっこういるから。お葬式の時なんか、私以上に大泣きして大変だったし……」

「それは覚えている。アキラも人生最古の記憶が『お父さんの大泣き』だから」

「あれはひどかったね。母さんドン引きして泣きたくても泣けなくなったから」


 突然の別れで商店街や取引先の人がたくさん集まった通夜や葬式の席で、聖四朗はずっと泣き崩れてしまい、良子が喪主代わりとして務めていたのは商店街の一つの伝説として語り継がれている。


 飲み仲間だった氏家のおじいちゃんもワンワン泣き、見かねた藍が『もう泣かないで』『うるさいからシッー』と声をかけると、不謹慎ながらも周りにいた大人がみんな笑い出したのもこの界隈では知られた話だ。


「そうだね。あれは子どもながらにどうかと思ったし」

「孫と一緒にいる時間は短かったけど、藍の記憶に残っているならいいかな」


 いつも丸い顔でニコニコ笑顔がトレードマークの母親が、感傷的な雰囲気で話してきたので一瞬ドキリとした。


 しかし、三秒後にはいつものように威勢のいい声を張り上げて今日の特売品を紹介し、お客さんの購買意欲を掻き立てた。


「新鮮なトウモロコシ入荷したよ! 茹でてもいいし、天ぷらにしても美味しいよ!」

「茹でてあるトウモロコシはレジ横にありますよ!」


 声につられて買い物客が我先にトウモロコシを取っていく。まるでハーメルンの笛吹状態だが、それでも五箱分を完売するのは不可能に見えた。


「私、部屋で琴の練習したりするから。次に先生の所にいくまでに発表会で演奏する曲をみせることになっているから。怠けているとすぐバレるし」


 夕刻が近くなり、お客さんの数が徐々に増えてた。このままいたら邪魔になるとそそくさとその場を立ち去ろうとした。


「その前に、お弁当を自分で洗っておきなさいね!」

「はいはい」

「あと、お米も洗っておいて。八合でいいかな」

「はいはい」

「そうそう、言い忘れてたけど千駄ヶ谷で買ってきた扇子が風に飛ばされて畳に落ちていたから拾っとておいたから……」


 母親の言葉を最後まで聞かず、藍は慌てて店と住居を分ける五十センチの段差を乗り越えて自分の部屋へと階段を猛スピードで駆け上がっていった

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート