蜘蛛を愛する観る将JK 将棋の聖地に行ったらなぜか喫茶店で探偵見習いになる

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第7話 信用するか信用しないかそれが問題だ 1

公開日時: 2022年9月13日(火) 18:18
文字数:2,096

 北千住界隈に住んでいない、または全く知らない人からすると驚くほど立派で大きな北千住駅の西口を出ると『いつ ものファミレス』へと向かった。


 日は長くなり午後4時でも太陽の光が眩しいくらいだった。


 ベリーショートの美帆ががいつもの席に座っている。藍に気がついた彼女は大きな手を振る。そして、ベテーブルの上には山積みの問題集や教科書が置いてあった。


「いらっしゃいませ・・・・・・」


 彼女が店内に入ると、長年勤めているパートさんが言いかけたお決まりの文言を途中で引っ込めた。


「今日も勉強?」

「はい、友達のヘルプで」

「まぁ大変ね。今の高校生はデートもできない忙しさね」

「あはは・・・・・・」


 愛想笑いを浮かべて軽く会釈し、美帆が待つテーブルへと急いだ。


「いつもの人から『デートもせずに』って言われた?」

「言われた、言われた」


 挨拶代わりにパートさんとの会話を小声で確認し合った。


 決して上客ではないが、いつも客足が途絶えた時間帯に来て少額ながらお金を落とすため、悪い扱いはされない。とはいえ、毎回いつものパートさんから『デートもせずに』と聞かれるのがお決まりの挨拶だった。


「青春とは無縁だからね、私たち。あ、君は憧れの方がいるから青春真っ只中」

「美帆だって気になる人、いるでしょう」

「ないない。人間相手よりパソコン相手の方がときめくから」


 アプリ開発にどっぷりハマっているいる美帆は、恋愛至上主義の人間が苦手ということもあり、一般的な高校生ライフには興味がなかった。そんなこともあり、関心のある専門分野を早々に学びたいと高専へと進学した。


「それにしてもこの山。課題多いと評判の学校に自分から進んで受験したんだから仕方ないでしょう」

「高校生ライフは充実しているけど、どうしても家でアプリ開発とかしたくなってね」

「おばさんとか呆れてない?」

「そんなの昔から。伝説の美容販売員の娘がIT系に走ったのだから不思議よね」

「自分のことなのに・・・・・・」

「でもね、ようやく娘にお洒落させることは諦めたみたい」

「それは何より。衝突が減れば家内安全」

「平穏無事が良いわけだが、それよりも今日は千駄ヶ谷で何があったの?」


 提出しなければならない課題を片付ける前に、美帆は千駄ヶ谷での話を聞きたがり身を乗り出した。


「はいはい、それは後で。まずはこちらを片付けましょう」


 美帆を威圧するように、ドサッとテーブルの真ん中に『やるべきこと』を置くと観念するように小さくなった。


「・・・・・・はい、分かりました」

「うむ、分かればよろし」


 年配の先生のような言い回しをしながら、問題集や課題プリントを開き取り組む順番を一緒に考えるとどれだけ美帆が放置していたのかが分かる。


「まずは、古文から。『大江山』だね」

「もうさ、現代語でいいよ」

「教養です」

「私、教養なくてもいいよ」

「ゲームでも、戦国物は人気のある定番のジャンルでしょう。歴史や人間関係しらないと楽しくないでしょう」

「たしかに。お気に入りのキャラがいると、つい色々と調べるな。その人が書いた手紙とかインターネットで調べることある」

「愛用していた刀や甲冑をみに展覧会に足を運んだり」

「そうそう!以上に戦国時代の歴史に詳しくなる」

「美帆が勉強した『大江山』は平安時代だけど、古文のジャンルの時代は長いから」

「長すぎてね。平安貴族の優雅な世界はちょっと合わなさそう」

「そう決めつけずに。アプリ開発でも、意外とそういう古文からアイデアが浮かぶことだってあるんじゃないの?」

「たとえば何がある。教えてよ。そしたらやる気出るかも」

「そうね・・・。重ねの色目とか」


スマートフォンで重ねの色目を検索し、美帆に見せた。


「いわゆる十二単ね。これ、けっこうおもしろいよ。『自分に似合う重ねの色目を探せ』とか。ファッションとか化粧品にも応用できそう」

「着物とか、色ね。完全にお母さんの得意分野だけどニーズはある」

「化粧しなくてもい自分に合う口紅の色を探すサービスとか実際にあるしね」


 古文からかなり脱線したが、温故知新とばかりに現代の技術に活かせそうなものが隠れていることに気がついた美帆は、大人しく課題に着手した。


「何事も意味がある、か」

「流行や最先端を追っても意外と昔のものにヒントが隠れている、ってね」

「それ、誰の言葉?」

「亀井先生が、雑誌の対談で言っていた」

「また、亀井先生。何年経っている?」

「今年の春で四回目。もう、二十歳になったんだよね先生」

「ある意味運命を変えたわけだ。あんな激ムズの都立高校受験すると言い出したのも、彼の影響」

「だって、少しでも本郷に近づくためにはそれしかないでしょ」


 亀井晴也四冠の実家は本郷周辺。両親ともに大学の研究職で、受け継がれた天才的な頭脳は将棋の方で発揮した。幼少期から神童の誉れ高く奨励会入会後も大きなスランプもなく走り抜け、中学生プロ棋士としてデビュー。『将棋の神様に愛される男』として棋界に君臨する若いスター。


 どうすれば彼に近づけるか本気で考えた末、『本郷界隈の大学に進学する』ことが最短ルートだと結論付けたのだ。それが良いのか分からないが、きっとプラスになると信じていた。

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